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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で
9/59

9 交渉

「ああら、ごきげんよう、お姉様。何かご用かしら?」



私が訪ねると、カトレアの部屋の中に緊張が走った。

扉越しでも分かるほどに。

静かに、それでも慌ただしく何かが片付けられ、そして招き入れられる。

私を出迎えたカトレアは笑みこそ浮かべているものの、額に汗が滲んでいる。

大げさに腕を広げて、わざとらしい歓迎のポーズをしてくれた。

ミュージカルの振り付けだろうか。



「ごきげんよう、カトレア。セロシア様との婚約の件で、相談があって来たの」



私が開口一番そう言うと、ポーカーフェイスを貫こうとしていたカトレアの表情が歪む。



「まあ、何かしら?」



こちらの意図が見えないのだろう。

身構えるカトレアに、私はにっこり微笑んだ。



「私はね、カトレア。セロシア様には貴女の方が相応しいと思うわ」



その一言に、カトレアの細い眉が顰められる。



「……それで?」


「私を婚約者候補から外してもらえるよう、私が動くことも可能だと思うの。そうしたらカトレアも()()()嫁げると思わない?」



いくら正妃の愛娘といえど、暗殺の企ては罪だ。

ましてや相手は、同じ王族。

露見すればタダでは済まない。

それくらい、カトレアだってわかっているだろう。

たっぷり十秒ほど悩んでから、カトレアは頬に手をあて、分かりやすく困った表情をする。



「お姉様のお気持ちは嬉しいわ。けれどわたくしは不安ですの。セロシア様は素敵な御方ですもの。お姉様が口ではそう言いながら、実は薄汚く狡猾な方法でわたくしを陥れるつもりではないかと」


「……どうしたら信じてくれるのかしら?」



どの口が言うのかという反論を飲み込んで私がそう聞き返すと、目の前の少女は待っていたとばかりに手を打って微笑む。



「東の泉に咲くミルトスの花を取ってきてくださいませんこと?」


「ミルトスの花を?」


「ええ。我が国では花嫁の象徴でもある花でしょう?ちょうど今の時期に咲いているはずですから、それをお姉様が手ずから取ってきてくださったなら、そのお気持ちを信じますわ」



どこのかぐや姫だよ。

この言葉も頑張って飲み込んだ。

だけどこれは……どう考えても罠だろう。

東の泉というのは王都を出てさらに馬車で三日ほど進んだところにある泉だ。

多くの植物、色とりどりの花が自生する美しい場所だというが、王都の外には魔物がいる。

さらにこの様子だと、魔物以外の襲撃も予想できてしまう。

これは交渉決裂か、とため息をつきかけた時、それを察したようにアルが口を開いた。



「よろしいのではないですか?」



思いがけない言葉に、部屋中の視線が一人の少年に集中する。

その圧力をそよ風のように受け流し、アルは私に微笑んだ。



「せっかくの慶事です。僕もお供いたしますから、ミルトスの花を是非手に入れましょう」



カトレアがじっとりとアルを睨む。

これまで二度、アルの手によって暗殺者が撃退されている。

その話はカトレアの耳にも入っているはずだ。

彼女にとっては邪魔で仕方がない存在だろう。

実際はアルも暗殺者なんだけどね。



「いかがです?イベリス姫」


「……」



はっきり言って……

これでミルトスを取ってきたところで、カトレアは私への殺意を収めないだろう。

この提案はカトレアの意思表示だ。

和解する気など無い、と。

それほどに彼女は私が憎いらしい。


そうなれば、この提案を受けるメリットはあまり無いようにも思える。

ただただ、私が危険な場所に飛び込むだけだ。

王宮内にも暗殺者が既に三度侵入しているが、アルも言っていたようにいずれも凄腕だったから。

もちろん、アルも含めて。


ここは腐っても王宮だ。

警備は厳重なのだから、侵入できていない暗殺者も相当いるのだろう。

カトレアが何人の暗殺者を雇ったか知らないが、王宮の警備をかいくぐれなかった暗殺者たちは私が外に出るのを待っている。

だから、安全のことだけを考えるなら、受けないのが正解……だと思うんだけど。


私をじっと見る、翡翠の瞳に青がちらつく。

アルが好戦的になっている。

何が来ても返り討ちにするという意思表示だろう。

彼も私を狙う暗殺者だが、獲物の横取りは許さないと言っていた。

今回襲ってくる人々からは、きっと守ってくれる。

……カトレアに馬鹿にされたまま終わるよりは、アルの思惑に乗った方がマシか。


カトレアが私を嫌いなように、私だってカトレアを好きじゃない。

それに比べればアルの方がまだ……かろうじてほんのちょっぴり、だけど……好感度が高いのだ。

性格悪いけど、カトレアほどじゃないし。

暗殺者と比べても性格悪い王女ってひっどいな。


ふ、と溜息をついて口を開いた。



「分かったわ。可愛い妹の為、婚約を祝う花を取って来ましょう」


「まあ、有難うございます。楽しみにしていますわ」



カトレアの顔ににんまりとした笑みが浮かぶ。







「いつ出かけます?楽しみですね」



満面の笑みでそう言う姿は、それだけ見れば少年らしく、外見相応に可愛らしい。

しかし彼が楽しみにしているのは襲撃だ。

物騒極まりない。



「……アルって結構血の気が多いのね」


「ええ?……ああ、違いますよ。僕が嬉しいのはね、イベリス姫が僕を信用してくれたからです」


「……」


「これまで王宮に侵入できるレベルの暗殺者を派遣してきたんです。イベリス姫が外に出るとなればもっと大勢しかけることも可能なはず。流石に外出するとなれば騎士たちがついてくるとは思いますが、さばききれるとも限らない。僕を当てにしてくれたんですよね?」



……そう、なんだけど。

いざ面と向かって言われると。



「副業なのかもしれないけど、一応護衛として雇ってるのも事実なんだから、ちゃんと仕事してよね」


「ええ、お守りしますよ。イベリス姫が僕以外の手にかかるなんてごめんです」



貴方の手にかかるのもごめんなんですけど……



「おそらくそれを乗り切れば、僕以外の暗殺者はもう来ないんじゃないですかね。王女の暗殺なんて依頼を受けるのは、よほど腕に自信があるか、受ける以外の選択肢が無い何かしら問題のある暗殺者です。いずれにしても数は多くありませんよ。その証拠に今日カトレア姫が接触していた相手は腕はいいのに問題のある人物でしたから」


「……つまり、残る問題はアルだけだと」


「そうなります。一か八か、僕を誘惑してみてもいいと思いますよ?」



悪魔のささやきにしてはお粗末だ。

悩む余地が無い。



「ヤンデレお断り」


「ヤンデレ?」


「愛し方が病んでる人間のことよ」


「健全とは言いませんが、病気扱いされるのは心外ですね」



怒られた。



「よほどのことが無い限り殺しませんよ、多分」


「普通の人はよほどのことがあってもまず殺さないのよ……と、そんな話してる場合じゃないわ。すぐに出かける準備をしないと」



正直、時間が無い。

アル以外の暗殺者が片付くならメリットが無くは無いけれど、危険が百から八十くらいに減るだけ。

残り八十はもちろんアルだ。

暗殺者が減ったことで危機感を覚えたカトレアが依頼を取り下げてくれればいいんだけど……

まだ一人残ってると知ればそれに望みを託してきそうだもんなぁ。


東の泉へは往復一週間といったところ。

その間に、アルへの対処を考えよう。







「まさか思い立った翌日に出発するとは。お姫様の旅立ち準備にはもっと時間がかかるものだと思っていました」


「早くカトレアの誤解を解きたいからね。マーヤ達には無理行って悪かったけど」


「本当ですよ、こんな慌ただしく……」



私とアルの会話に、マーヤが溜息をつく。

馬車の中に居るのはこの三人だけだ。

私達は早速東の泉へと向かっていた。

カトレアと話をしたその日に国王から許可をもぎ取り、翌日には馬車に乗り込むという強引なスケジュール。

マーヤには昨日から何度小言を言われたか。


ついて来てくれている騎士達も急な話に驚かせてしまっただろう。

騎士の数は二十人。

馬車を取り囲むように護衛してくれている。

外出の許可を国王陛下に求めたところ、この人数を付けることを条件に許された。

いつもついてくれている兵士二人は年なので、と辞退された。

そもそも兵士は騎士と違って爵位も無い、いわば平社員。

王女の護衛は本来荷が重い仕事のはずだ。


ただ、年齢を理由にしていたあたりで、マーヤが冷ややかな目になったのが忘れられない。

ごめん、マーヤ。

私だって命の期限さえなければ、こんな迷惑な行動には出なかった。

もし一か月後に私が生きてたら、マーヤに何か贈り物でもしよう。



「殿下、ご気分はいかがですか?お疲れであれば休憩をとりますのでお気軽にお申し付けください」


「ええ、有難う」



馬車の外から声をかけてくれた騎士に礼を言う。

ついて来てくれた騎士の中にはもともと私の近衛隊だった人も居て、私の様子を頻繁に窺ってくれている。

目の前で嘔吐されるなんて気分のいい物ではなかっただろうに、優しい。

流石に大勢が近くに寄ってくると少し身構えてしまうが、もう吐くようなことは無いと思う。

前世を思い出して、イベリスとしての感覚が薄れたおかげかもしれない。

東の泉から戻ったら近衛の再編を頼んでみようか。

アルの対策として、身辺警護を強化する必要があると思う。

彼の正確な実力は知らないけど、流石に何十人もの騎士達に守られている相手を殺すのは無理だろう。

いや、でも強行突破しようとされたら騎士が犠牲になるのかもしれない。

そう考えると気が進まないな。



「王女様、どうなさいました?」


「何でもないわ、マーヤ」


「それならよろしいですが、眉間に皺が」


「……気を付けるわ」



この容姿に眉間の皺はいただけない。

ぐにぐにと眉間をもみほぐす。

王都を出て一時間も走った頃、また声がかかった。



「間もなく休憩に入ります」



やっと休憩か、と内心諸手を上げる。

王女用の馬車は良いものなんだろうけど、お尻が痛いのはどうしようもなかった。

マーヤも年だし、やっぱりもう少し休憩の頻度を上げてもらうべきだろうか。

慣れているのか、私よりはむしろ平気そうなんだけどね。

馬車が止まり、マーヤが一足先に降りて行く。

どうせ私がすぐに降りても、休ませる場所の準備とかで皆が焦るだけだから、少し間を置いてから降りよう。

アルと二人になったことで気が抜ける。

マーヤ達の前では王女様らしく振舞っているので少し疲れるのだ。



「魔法でもう少し楽に移動出来たらいいのに」


「イベリス姫一人くらいなら風魔法で吹っ飛ばしてあげられますよ」



吹っ飛ばされるとお尻以外も痛くなりそうなので、大人しく馬車のお世話になろうと思う。

しばらく待っていると、騎士が私をエスコートしに迎えに来てくれた。

どうやらもうお昼時だったらしい。

騎士たちが食事の準備をしてくれている。

ある程度のお世話はマーヤがしてくれるけれど、料理は別。

侍女は基本的に家事みたいなことはしないのだ。

この旅で料理をしたりお湯を用意したりというのは騎士達の役目だった。

マーヤが食事をとりに行ってくれている間、またアルと二人でしばらく待つ。



「前世では、離れた場所を移動する魔術や道具もあったんですけどね」


「そうなの?」


「ええ、でもこの世界には無いようです。少なくとも僕はできる気がしません」


「そう……」



希望が潰えた。

若返りの魔法は出来ても瞬間移動はできないのか……

しょげる私の元に食事が届く。

最近は夜も眠れる時間が増えていて、食欲も復活しつつある。

あらゆる食材がごった煮にされたスープはあっさりしていて、思ったより優しい味だった。



「……懐かしいですね」



一足先に食べ終えたマーヤがその場を離れたのを見計らったように、アルがそう呟く。



「ん?」


「前世で、僕が作る料理はこんな感じでした」


「料理……したのね」


「ええ。この体になってからは機会が無くてしていませんが」


「人肉とか」


「食べませんよ?」



すかさず否定したアルは、半眼で私を見る。



「イベリス姫は、僕のことを大きく誤解している気がします。そんな猟奇的な趣味はありません」


「いや、恋人殺したっていう話聞いたら、もうね」


「それだって嬉々として殺したわけではありませんよ。色々あったんです」



そう言うアルの目は昔を思い返すように遠い。

色々って何、と気軽に聞ける空気ではなかった。

話を変えた方がいいだろうと、話題を探す。



「そういえば、ご両親は元気?」


「どうでしょう。家を出てからは会っていません」


「え、それって……七年会ってないってこと?」


「そうなりますね。こんな仕事をしているので、家族なんて存在が知れると迷惑しかかけませんから」



……少し、予想外だった。

迷惑とか考えるんだ。

確かに私は彼のことを誤解しているのかもしれない。



「ご家族のこと、大切なの?」


「大切ですよ。言ったでしょう?僕は愛情深い人が好きなんです」



そういえばそんなことを聞いたっけな。

聞き流してたわ。



「……」



少し、意地悪な疑問が頭をよぎる。

口にするべきか迷ったけれど、この問いはたぶん重要だ。

彼がどういう人間なのか、知る上では。

だから、口を開く。



「もし、その両親の暗殺依頼が来たらどうするの?」


「殺しますよ」



アルは間髪入れずにそう答えた。

迷う要素など無いというように。

……これについては、予想していた。

彼はそう答えるだろうと。

けれどそこに一切の葛藤がないことまでは、覚悟していなかった。

私はどんな顔をしていたのだろうか。

翡翠の瞳が不思議そうに見つめてくる。



「何で傷ついたような顔をしているんです?」


「だって……どうして?大切なのに、躊躇いは無いの?」


「躊躇ったりしたら、苦しませますよ?」



思わず責めるようになってしまった私の言葉に、彼はそう返した。

その返答には、何の逡巡も無い。



「暗殺依頼がくるということは、誰かに死んでほしいと願われているということ。僕がやらなければ他の暗殺者か、その依頼者自身が手にかけようとするかもしれません」


「それは……」


「僕はね、一時は医者を目指していたんですよ。おかげで人体のことをそれなりに知ってます。だからこそ、一瞬で息の根を止めてあげられる」



……なんでそのまま医者を目指せなかったんだろうか。

きっとさっきの()()に含まれるんだろうな。



「この子供の体に慣れるまでは少し時間がかかりましたが、今では前世とさほど変わらない動きが出来ていると思います。僕なら、苦しませずに殺してあげられる。大切な存在であればあるほど、僕以外の人間の手にかけられるなんて耐えられない。最後の瞬間に僕以外の人間を見て、苦痛を刻み付けられながら息絶えるんですよ。イベリス姫はそれがお望みですか?」



意地悪な問いかけを返されて口がへの字に曲がった。

苦しむのは嫌だけど苦しまずに死ねるならいいかと言えばそうじゃない。

私は、生きたい。

アルの考えは、受け入れられない。

でも。



「……アルが猟奇的じゃないってことは信じるよ」


「まだそこを疑ってたんですか……」



アルは、私の問いかけに淀みなく返した。

それはつまり、いつも考えているからだ。

私には言い聞かせているようにも見えた。

葛藤が無いんじゃなくて、何度も葛藤したからこそ、結論が出ているのだと、なんとなくそう思った。

ご覧いただきありがとうございます。


↓以下おまけ


「アル自身も風魔法で移動ってできないの?」

「移動先に僕の勢いを殺して上手にいなして受け止めてくれる猛者が居ればいけると思います」

「むさくるしいゴールね……」

「もしくはこの前みたいに体を浮かせての移動とか」

「あ、そうよね。できてたじゃない」

「あの時のことを思い出してください。あれ、微調整できるレベルでの最高速度です」

「……徒歩の方が早いレベルだった気がするわ」

「その通りです。あれより速くしようとすると一気に調整が難しくなって、さっき言ったように猛者に頼ることになります」

「架空の猛者への負担が大きいわね、諦めましょう」

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