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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第二章 その褥に竜胆は咲く

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おまけ 辺境伯令嬢の初恋・後編

すっかり日課となったお茶の時間。

初めは不思議な味だと思った抹茶にも慣れ、ダリアはこの時間を楽しみにしていた。

相変わらず真意をなかなか明かさない雪音への警戒は怠っていないが、少なくとも三人で過ごす時間は穏やかで、ダリアにとっても憩いの時間だった。

すでにこの国にきて二週間以上経過しており、そろそろ何らかの進展が欲しかったが、後継者が決まったという話もなければ、両国の関係について会談が開かれている気配もない。

イベリス王女に尋ねてみても、『ルアー様がいろいろ考えていらっしゃるみたいだから、まだ様子見ね』と困った笑みで返されるだけ。

おそらくどう動いてよいのかわからないのは同じなのだろうと、ダリアもまだ様子見を続けることにしていた。

とはいえさすがにこれ以上長期間となると、グラジオラス王国から横槍が入るおそれもある。

アルベルトに頼んで連絡をとってもらおうかと少し神経をとがらせていたからだろうか。

その日、雪音の表情に陰りがあることに気づけたのは。



「雪音様?何かあったのですか?」



会話の合間を見計らってダリアは雪音に伺うような声をかけた。

隣のイベリス王女はお茶を飲んでぼんやりしている。

ダリアは警戒を押し隠しながら、雪音を見つめた。

そんな二人に視線を巡らせた後、お茶会の主は無言で立ち上がった。

ダリアの視界が真っ逆さまになる、数秒前の出来事だ。





必死の逃亡劇を繰り広げてから二日。

怒涛の後継者争いとその決着は、おそらくダリアにとって一生忘れられない一件となった。

追い回された恐怖や春幸の怪我を目の当たりにした恐怖もさることながら、その恐怖の象徴たる日野晴が、その翌日にはコリーなる謎の少年に傅いていたあの光景。

何が起きているのか全く分からなかった。

訳が分からな過ぎて竜胆国への苦手意識が再燃しそうだった。


しかし混乱していたダリアの頭も、さらに一晩経てばいくらか落ち着きを取り戻す。

そしてその結果……己の行動を顧みて、すっかり落ち込んでしまっていた。

自分がもう少しうまく立ち回っていればと、どうしても考えてしまうのだ。

確かにあの一件があったからこそ、竜胆国との対話はこちらが有利な形で進められている。

しかしもっと平和な道もあったはずだ。

多くの人が傷つくことになった事件を、あって良かったなどとはとても思えない。



「あの時……私が止めていたなら……」



ポツリと零した言葉が部屋に落ちる。

落下した時に負った傷は擦り傷や打ち身といった軽傷だったが、昨日のうちにイベリス王女が治療してくれた。

王女である主人から直々に回復魔法を授かるなど恐れ多かったのだが、『嫁入り前に傷跡が残ったら大変!』と鼻息を荒くするイベリス王女にダリアが根負けした。

そうして治っていく自分の傷を見ながら脳裏によぎったのは、雪音の表情だった。

あの日、おそらくルアーの手配で大通りに連れてこられたらしい雪音は、ダリアとイベリス王女の姿を見た瞬間明らかな安堵を見せていた。

その後は上級貴族のように極力感情を顔に出さないよう努めていたようだったが、ダリアには罪悪感に苛まれているようにも見えた。

全員が平伏してイベリス王女とルアーを出迎えた昨日、春幸との話が落ち着いた後に、その場で雪音と日野晴は謝罪を口にした。

しかしゆっくり話す間もなく二人して下がってしまい、それきり会えていないのだ。


そして今日。

いつもなら三人でお茶をしていた時間にも雪音は姿を現さない。

当然だろうとは思う。

ダリアが雪音の立場だったとしたら、あの後でどんな顔をして声をかければいいのかわからなくなるだろう。

それでもやるせない。

あの瞬間までは確かに穏やかな時間が流れていたのだ。

少々自国への愛が強すぎる人物であることは気にかかっても、ダリアに優しい言葉をかけてくれたし、イベリス王女にも配慮してくれた。

時間をかけてグラジオラス王国のことを知ってもらい、良い関係を築ければと思っていたのに。

もしあの時、雪音が決定的な過ちを犯す前に止めることができていれば、イベリス王女が危険な目に合うことも無く、雪音ともまた笑顔で語り合えていたのでは。

取り留めも無い考えが浮かんでは消えて、ダリアはこの国に来たばかりの頃と同じように人払いした部屋の隅で膝を抱えていた。



「ご自分を責めるのはそれくらいにされては?」



そう声がかかったのはその時だ。

まるであの日の再現のように、落ち込むダリアを引き上げる、涼やかな声が聞こえる。

いつの間にか壁際にアルベルトが立っていた。

仮にも女性かつ貴人の部屋に無断で侵入するなど、咎めるべきところ。

しかしこの国に来てから龍脈というものとその不思議な力を知ったためだろうか、アルベルトが急に現れるのも当然のように思えて、ダリアは全く怒りが湧かなかった。



「……どうして、自分を責めていると?」


「分かりますよ。ダリア様はそういう人ですし、よく顔に出ますから」



顔に出るなど初めて言われた。

とはいえ今のダリアはおそらく落ち込み切った顔をしているのだろう。

自室でくらい素を出して何が悪いのか。

こんな急に入って来られる方が予想外だ。



「自分がこうしていれば誰も傷つかなかったなんて、益体も無い自己陶酔はおやめになった方がいいですよ」


「っ……自己陶酔だなんて!」



考えていたことを的確に見抜かれたあげく、不躾に踏みつけるような口ぶりに声を荒げてしまう。



「違うと?ダリア様は心根が優しく真面目で己の理想を追いかける向上心の高い方です。こういう時に心を痛めないような人間はおそらくダリア様の理想とは違うので、心を痛めたフリをせずにはいられないんでしょう?」



こんなに誉め言葉のような単語を並べながら馬鹿にされたのは初めてだ。

カッと頭に血が上った。



「そのようなつもりはありませんわ!」


「ではどのようなつもりで膝を抱えていたんです?そうしていればイベリス姫が喜ぶんですか?それともダリア様の能力向上に役立ちます?反省の時間が不要だとは言いませんが、それを長引かせたところで妙案が浮かぶ確率はそう高くありませんよ。ましてや己に責任の無いことまで気に病んでどうするんですか」



酷く刺々しい言葉だ。

ダリアの神経を的確に逆撫でする。

しかし、ダリアは反駁しようとしていた口を閉ざした。

最後に付け足された一言を聞いた為に。

数秒視線を彷徨わせた後、ダリアは問いかけた。



「……もしかして……励ましてくれているのですか?」


「何だと思ってたんです?」



意外そうに眼を丸くするアルベルトを見て、ダリアは怒らせていた肩がストンと落ちるのを感じた。

……不器用にもほどがある。

前々からアルベルトはたまに言葉に棘が混じると感じていたけれど、今日はまたそれが顕著だった。

最後の言葉が無ければただの嫌味だ。

こちらを煽っているとしか思えなかった。

しかもそれが的外れではないのがまた厄介だ。

こんなに頭が真っ白になるほどダリアが怒りに飲まれそうになったのは、図星だったから。

感情の制御は幼いころから言い聞かされてきた。

しかしそんなダリアをこうも的確に煽り、それでいてそのつもりが無いだなんて……



「アルベルトは天才ですわ……」


「光栄です」



何の天才かは言っていない。

けれど皮肉だと分かるような口調で言ったつもりなのに、アルベルトは全く応えた様子もなく笑顔で受け入れた。

……本当に煽るつもりがないのだろうか。



「アルベルトがそういう人だったなんて初めて知りましたわ」


「どういう人間だと思っていたんです?」



その問いかけにダリアは口ごもった。

この国に来てからアルベルトに抱き始めた感情は、とても誰かに……特に本人には言えるものではない。

こんな人間だと知った後にも……残念なことに変わっていないのだから、尚更だ。

なんとか掻き消そうとしても、顔を合わせるだけで滲みだしてしまう恋情。

きつい物言いも、しかしこれほど忌憚なく意見をくれる人物がどれだけいるだろうかとダリアの冷静な部分はむしろ高く評価してしまっている。


あまり良い好みだとは言えないと、自分でも思う。

それでも……

いつの間にかダリアの手は顔を覆っていた。

泣いてなどいない。

けれど泣きそうなほどの感情があふれ出している。

このままグラジオラス王国に戻って、果たしてダリアは今まで通りの生活を送れるだろうか。

アルベルトのことを意識せずに、侍女としての務めを果たせるだろうか。



「ダリア様」



ダリアの様子がおかしいことに気付いているだろうに、アルベルトの声には動揺一つみられない。

その事実が、ダリアの胸に刺さる。



「今貴女が抱いている感情は、己を高めてくれるものですか?」



……彼は本当に、どこまで見透かしているのだろうか。

ダリアが一番怖いのは……この国で幾度かあったように、アルベルトのことを考えすぎて、主人であるイベリス王女の前で失態を犯すこと。

己の本分を忘れて自己嫌悪に陥る、そんな日々が続きそうで怖かった。



「ご自分で整理がつかないのなら、僕がお手伝いします」



ああ、全てお見通しだったのだと察して、ダリアは唇を開く。

整理をつけさせようと言うのだ。

彼の言う『手伝い』が何を意味するのかはわかっていた。

けれどそれでも口にせずにはいられない。

このまま押し込めていたところで自分でうまく消化できる気がしない。



「………わたくしは……………アルベルトが……貴方のことが、好きです」



ダリアは掠れた己の声を聞きながら、震える手をゆっくり下ろした。

いつの間にか滲んでしまっていた視界に、黒髪の少年が映る。

その表情はよく分からない。

それが唯一の救いだっただろう。



「僕は他に想う人がいます。貴女を想うことは、この先もありません」



そんな言葉を、表情一つ変えずに口にしているのを見たら、きっと傷ついただろうから。

いや、それが無かったとしても、ダリアは確かにその言葉に傷ついた。

アルベルトはちゃんと、傷つけてくれた。

身分のことなど一つも口にしなかった。

ダリア個人を見て、その上で返事をしてくれた。

希望を一つも与えないその言葉は、きっと今のダリアに必要なものだった。

だからだろう。

傷つくと同時に、優しさすら感じられたのは。


ダリアは声も無く泣いた。

おそらく、恋した相手が悪かったわけではない。

誰が相手でも同じ結末になっていた気がした。

今のダリアには立派な侍女になるという目標がある。

恋を楽しみながらその目標に邁進するには、今のダリアではまだ未熟だった。

妨げにしかならない恋ならば、遅かれ早かれダリアは泣くことになっただろう。

むしろアルベルトは傷の浅いうちに幕を引いてくれたくらいだ。


そして再び顔を上げた時、部屋にはもう誰も居なかった。

慰めの置き土産くらいくれても良いのにと思わなくも無いが、おそらくそんなものが無くてもわだかまりなど残らないのだろうとダリアには不思議な安心感があった。

アルベルトは次に会った時、何事も無かったかのように振る舞うだろう。

ダリアがいつも通りの仕事をこなせるように、気遣いなど一つもしないでいてくれるに違いない。

きっと、恋をする前のように戻れる。

振られた後の方が安堵できるだなんて、全く駄目な恋をしたとダリアは苦笑した。





「だから……もう!」



真っ赤になって怒るイベリス王女を、アルベルトがにこやかに眺めている。

グラジオラス王国に戻ってから、ダリアは予想通りいつもの日常に戻ることができていた。

こうしてアルベルトが何か言って、イベリス王女を怒らせるのもいつものことだ。

大抵ひそひそと小声で話した後にこうなるので、何を言って怒らせているのかダリアには分からない。

けれどアルベルトの本性を垣間見た身としては、おそらく余計な事を口にしているのだろうと思う。



「今度は何を言いましたの?」


「イベリス姫の可愛らしいところを伝えただけなのですが、照れてしまったようで」



こっそり尋ねてみて返ってきたのはそんな言葉だ。

しかしイベリス王女の反応を見れば、ただそれだけでないのは明白だった。

己の主人、しかも一国の王女を怒らせておきながら、アルベルトはいつも楽しげだ。

もう少し畏敬の念をと言いたいのだけれど、イベリス王女の言動にも問題があるのでアルベルトばかりを責められない。

本気で嫌だと思えば解雇でも何でもできるのにそうしていないことからして、イベリス王女も言うほど嫌がってはいないのだろうし。

笑顔のアルベルトに気付いて、イベリス王女はますます眉を吊り上げる。

それを見てアルベルトはますます笑みを深くする。

……厄介な人たちだと、ダリアは内心で溜息をついた。


アルベルトはあの日、ダリアに対して『他に想う人がいる』と告げた。

そしてその相手が誰なのか、ダリアはすぐに思い至った。

イベリス王女だけなのだ。

アルベルトがこれほど強く関心を抱いているのは。


彼はダリアのことを認めてくれている。

あの不器用な慰めでも、誉め言葉のようなものを多少口にしてくれた。

けれどそれは客観的に感じたことであり、アルベルトの心を動かすほどのものでないことは明白だ。

彼がダリアに一定の敬意を示すのは、一個人としての能力や人柄を認めていることと、何よりもイベリス王女自身がダリアを重用してくれているところにあるのだろう。

ひとたび気付いてしまえば、アルベルトの態度はあからさまだった。

いつぞやも怒っているイベリス王女のことを可愛いと形容していたことがあったのを思い出す。

きっとあの時にはすでに、アルベルトはイベリス王女を見つめていたのだろう。



「……不毛な恋はお互い様ですわね」



思わずそう口にしたダリアに、アルベルトが眉を上げる。

イベリス王女にはルアー王子がいる。

それを差し引いたって、年齢やら身分やら、アルベルトの恋が叶わない理由ならいくらでも思いつく。

相手が王女ともなれば、辺境伯令嬢との恋などまだ叶いそうだと思えるほどに高嶺の花なのだ。

しかし、ダリアをすげなく振ったこの少年が、その程度のことを理解していないはずもない。

だからダリアの一言に傷つくことなど無いと、分かっていた。



「水を撒く行為そのものが楽しいので不毛でも構わないんですが……イベリス姫の反応は、なかなか豊作ですよ」



悪戯っぽく口角を上げる少年の顔を見て、ダリアは肩を竦めた。

そうだろうと思っていた。

これほど毎日楽しそうにイベリス王女を見ているのだ。

きっとアルベルトの恋はダリアのように駄目な恋ではなく、幸せな恋なのだろう。

……そうであってほしいと思う。

変わらない日常の中で、ほんの少しだけ変わったのは同僚である少年と以前より打ち解けたことだろう。

彼の恋を『応援はできなくてもしばらくは見守ってあげよう』なんて大人びた目線で考えて、ダリアは微笑んだ。

これにておまけ完結です。

ダリアはあっさり失恋しましたが、そんなに悪い思い出でもないようです。

実際のところアルベルトは叶わぬ恋をしているわけでもなければ悩みのない幸せな恋をしているわけでもなく。

まぁ、そんなの他人から見てもわからないものですよね。


ここまでご覧いただきありがとうございました。

いずれ書くかもしれない続編で、もしくは別の作品でお会いできれば幸いです。

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