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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第二章 その褥に竜胆は咲く
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16 犬

この国に来た初日と同じ顔ぶれが、広間にそろっていた。

ただし前回雪之丞様が座っていた将軍の席には春幸様が座り、雪之丞様は脇にずれて座っている。

アルが正式に将軍として春幸様を指名した為に、位置関係が変わったのだ。

将軍の席の一番近くでアルが立っているのはあの日と同じなんだけれど、なぜだか私の肩をずっと抱いたまま。

おかげで私もぴったり寄り添いながら立っている羽目になった。

ダリアも仕方なく、私の後ろに控えるように立っている。


新しい将軍が春幸様だという宣言を受けて、家臣たちは頭を下げた。

しかしその表情に不服の色が見て取れる人もいる。

日野晴様は未だに燃えるような目で春幸様とアルを見ているし、雪音様はどこかに消えてしまいそうなほど儚げな表情で虚空を見つめている。

……これ、本当に何とかなるんだろうか。

不安になって見上げると、私の視線を受けたアルは微笑む。



「さて、こうして新しい将軍が決まったわけですが……ご存知の通り家臣たちは三派にわかれ、軍事力に置いても家臣の統率に置いても、日野晴と雪音の協力は必須でしょう」



侮るような言葉を受けても、春幸様は黙って頷いた。

自らの不足をよく理解していると言うような表情だ。



「だというのに二人に協力姿勢が見えません。これでは春幸もその支持者も安心できないことでしょう。僕も指名者としての責任がありますので、この状態で放りだすのは忍びない。……コリー」


「はいっす」



アルの目の前に跪いて現れた人影に、広間がどよめいた。



「く、またしても……」


めい。ルアー様とその弟子の能力は我らに太刀打ちできるものではない」



城の人達からしたら招いたわけでもない人物が本丸に突如現れたわけで、家臣がコリー君を取り押さえようとするのも当然のこと。

しかし春幸様がすぐに止めた。

怒るだけ無駄だと知っているようにアルとコリー君を静かに見つめている。

こんな不法侵入に対して諦めるしかないなんて、私が春幸様達の立場なら怖くて仕方がない。

堂々としている春幸様を尊敬する。



「コリー、この春幸がこの国のトップとなります。しかし春幸にはこの二人の協力が必要です。協力すると約束させなさい」


「へ?」



コリー君がポカンとしている。

過去にない命令だったようだ。



「ど、どういうことっすか?」


「この二人に協力を約束させればいいんです」



言い聞かせるようにもう一度言われても、コリー君は戸惑うばかり。

オロオロしながらコリー君が二人を見やるも、日野晴様は反抗的な睨みを返し、雪音様は相変わらず視線がどこかへ飛んで行っている。



「どうやってっすか!言うこと聞く気がしないんすけど!」


「何を馬鹿なこと言ってるんです?お前は犬でしょう。下位の存在に対して言うことを聞いてもらおうなんて考える必要はありません。言うことは聞かせるものです。お前の能力は僕には遠く及びませんが、この城を制圧するには十分なんですから」



出来の悪い子供に言い聞かせるような口ぶりで、物騒なことを言う。



「イベリス姫に牙を剥いたことを後悔させ、従順に躾けなさい。犬ならば、序列をつけるのは得意でしょう?」


「……なるほど」



目から鱗とばかりに瞳を丸くしたコリー君は、それまでの頼りなげな表情をひっこめる。

穏やかな笑みに浮かぶ獰猛な眼差しは、実にご主人様そっくりだ。



「いいですか、序列をつけるだけです。殺してはいけませんよ。彼らには今後も表舞台に出てもらわなければいけませんから。……できますね?」


「はいっす」



尻尾があればぶんぶん振っていそうな笑みで返事をしたコリー君は、それが嘘だったかのように冷ややかな眼差しを日野晴様と雪音様に向けた。

その変貌ぶりに、ひっそり溜息をつく。

驚いてはいない。

コリー君が本当はそういう人だと、聞かされていたからだ。

それはコリー君に初めて会った日のこと。

アルの無茶ぶりを受けた彼を見送った後、私が彼を心配する言葉を口にすると、アルは笑ったのだ。

見る目が無い、と。

その後、アルは少し詳しく話をしてくれた。



「犬……コリーは天才ですよ」


「天才?」


「考えてもみてください。僕が奴を拾ったのは四年前です。たった四年で、この王城まで忍び込めるほどの技術を身に着けているんです。僕は前世のアドバンテージがありますが、コリーは違う。素養のありそうな子供を見つけたつもりではありましたが、想像以上でした」



そう言われて気付く。

暗殺者の技術習得の基準なんて知らないけれど、確かにそれは驚異的な成長なのではないかと。



「龍脈に関してもそうです。龍脈に乗るにはうまく自分の存在を気の中に溶け込ませないといけません。気配を消すという暗殺者の技能の応用でもありますが、前世には無かった技術なので僕は完全に使えるようになるのに五年かかりました。それでも師匠にはかなり早いと言われていたんですよ。十年はかかると思っていたと。それをコリーは三年で身に着けました。まだ龍脈に乗りきれずに速度に難はありますが、異常な成長速度です」


「……それ、コリー君に言ってあげたことは?」


「ありません。言うべきではないでしょう」



アルははっきりと否定した。

それは意地悪なんて単純な理由では無さそうだと察して首を傾げる。



「コリーの最も特筆すべき特性というのは、潜入技術でも龍脈に乗る技術でもないんです。その戦闘センスと極端な無邪気さ……分かりやすく言えば、残虐さでしょうか」


「え……」



先ほどまで目にしていた人懐っこい笑みからは想像のつかない言葉だ。



「奴には罪悪感という一般的な感情がありません。道徳的な意味での善悪の判断がほとんどないんです。人から物を奪ってはいけない、人を殺してはいけない……人間が社会的に持ちうる善悪の基準を、理解できていない」


「……」



衝撃的な言葉に絶句する。



「暗殺者のような仕事をする上で、道徳観は邪魔にもなり得ます。しかし全くないのは問題です」


「そうなの?」


「暗殺手順の確認をするために潜入が求められる場合もありますが、根本の価値観が違う人間は明らかに目立ちます。暗殺者としては致命的です。何より善悪の判断が無いと言うのは、物事の限度を測れないということです。殺すこと自体を楽しんでいるわけではないのが救いですが、それでも見境なく人を殺す人間を暗殺者とは呼ばないでしょう?」


「確かに、そうね……」



ぞっとして腕をさする私に、アルは肩を竦めて見せた。



「イベリス姫を見る目がないと言いましたが、実は僕も同じなんです。拾ってきた時にはそこまでの本質を見抜けなかった。ある程度鍛えあげてからそこに気付いた時、実は後悔もしたんですよ。厄介な子供を拾ってしまったと。こんなものを世に放てばちょっと迷惑じゃないですか」



ちょっとだろうか。

大迷惑だと思うけれど。



「しかし、偶然呼んでいた呼び名が良いヒントになりました。コリーは良くも悪くも野性的で、強者に対しては従順なところがありました。一般的に人を殺してはいけない、という感覚は知らなくても、強者の言うことを聞かなくてはいけないというルールなら覚えられるんです」



アルは少し疲れたように溜息をつく。



「だから僕はあれを犬と呼び続けました。序列をハッキリさせ、僕と師匠の言う事には必ず従う。常に何かの仕事を与え、それ以外の行動を制限する。そうすることで奴は一定のルール内で生きられます。野放しにすればあっという間に事件を起こして投獄、あるいは処刑されていることでしょう」


「コリー君を守るためだったの……」


「拾い、育てた者の責任という方が正しいでしょうか。ともかく、そういう特性に合わせて教育しています。時に褒美をやることはありますが、褒めて調子に乗らせるのはよくありません。己は駄犬であり、主人である僕のいう事を聞かねばならないと思っていてもらわないと困るんですよ」



ずいぶんと厄介な話だ。



「それにしても助かりました」


「え?」


「コリーとイベリス姫を会わせるのは本意ではありませんでしたが、幸い本人はイベリス姫のことを格上として位置付けたようです。僕の態度と、名づけが良かったのでしょうね。犬に紐づけてくれたこと、役に立つと言う使われる側の立場を強調した名前にしてくれたのは正解でした」


「えっそんなつもりは……」



確かに人間の名前の由来としてはどうかと思ったけれど、そっちの方がコリー君が喜びそうだと思って……

いや、それが良かったっていう話なのか。



「僕に万が一のことがあれば、結局奴は野放しになります。手綱を握れる人間が他にもほしいと思っていたんですよ」


「……ちょっと待って」


「犬笛をイベリス姫の分も用意しておきます。何かあれば言いつけてやってください。そうして序列を確かなものにするんです。決して侮られてはなりませんよ。生意気な口を叩くことがあれば蹴り飛ばしてやってもいいです。イベリス姫なら力いっぱいやるくらいでないと応えないでしょうから、どうぞ遠慮なく」


「そんなバイオレンスな関係強要しないでよ!」


「え?でもイベリス姫だって屈服させられる側の気持ちはわかるでしょう?いじめられるの結構お好きですよね?この前だって……」


「黙って」


「黙ります」



うるさいのは黙ったけれど、頭が痛いのは変わらない。



「……ねえ、もしコリー君がアルや私を下に見て、言うこと聞かなくなったらどうするの?」



こわごわそう問いかけた私に、アルは口を閉じたまま微笑んで、首にナイフを滑らせるジェスチャーをした。

責任もって後始末しますと言わんばかりに胸を張られたけれど、安心はできない。

命の危機を感じるような相手が身の回りに増えたと知って涙が出そうだった。

しかしそんな人物ならば尚更、話をしてしっかり関係を築かねば怖い。

そう思って寝室にコリー君を招いたのが、竜胆国へと向かう道中のこと。

あの時には肝が冷えた。

私が何気なく謝罪を口にした瞬間、コリー君の目が変わったのだから。

アルが瞳を青くするときと同じ……いや、それよりももっと純粋で暴力的な殺気というものを感じた気がした。

彼を相手に、自分が下位であるかのような言動は決してしてはならないのだと思い知った。


将軍家の人々を見下ろして獰猛に笑うコリー君の姿を見て、改めて気を引き締める。

もしあの時にうまくごまかせず、序列がひっくり返っていたら……私もこの目で見下ろされたのだろうから。



「主人、明日の朝まで時間が欲しいっす。この屋敷を主人と王女様の庭にしてみせるっす」


「いい返事です」



そのやり取りに青くなったのは日野晴様と雪音様だけではない。

春幸様は眉根を寄せて諦めたように溜息をついただけだったけれど、前将軍や家臣たちは一斉に顔色を変えてすがるような目を向けてきた。

……私に。

止められるのは私だけだと思っているのだろう。

けれど私は黙って首を振る。


そもそもアルがここまで怒っているのは、後継者争いに強引に巻き込んできた前将軍や、手荒な手にでた後継者候補のせいだ。

もちろん竜胆国との繋がりは我が国の望みでもあったので、率先して首を突っ込んだところもあるけれど、仮にも隣国の王族という賓客に対してこんな真似をしておいて大目に見てもらえるなんて思わないでほしい。

アルを信じていたとはいえ怖い思いや痛い思いをしたし、ダリアにもかなりの負担をかけた。

それでもなおアルをとりなして庇ってやるほどお人よしではないのだ。

まあ、流石にこれで血をみるような粛清を言い出せば止めただろうけれど。

何だかんだでアルは仕事以外で人を殺すことは無い。

好意によって殺したくなると言うのは別枠として……まあ、今回の対処は想定の範囲内だろう。

コリー君がアルに忠実ならば死者はでまい。


そっと目を伏せるとこちらの意図が正しく伝わったようで、すがるような目が絶望に変わる。

自業自得だと思って甘んじて変革を受け入れてほしいところだ。



「今夜は騒がしくなりそうですから、僕たちは城下で宿をとりましょう」



アルがそう言って私とダリアを促す。

ダリアの護衛として選ばれた女性兵士は、不穏な空気の漂う城から脱出できることを喜ぶように明るい表情だった。



「コリー君、やりすぎないといいんだけど……」


「大丈夫です。上下関係をよく分かっていますので、誰を躾ければ誰がついて来て、誰が反発するかは敏感に察します。大人しく言うことを聞く者はほとんど放置で済むでしょう」



痛い目を見るのはいつまでたっても立場を分からぬプライドの塊だけです、と具体的にどこかの誰かを思い浮かべていそうな一言が付け加えられた。

牛車に乗り込んで一息つくと、目まぐるしい展開に混乱していたダリアもようやく頭が働きだしたようで、難しい顔でしばらく黙り込んでいたかと思えばアルをじっと見た。



「ルアー様……ルアー様のお立場はどのようになるのでしょうか?」


「そうですね、イベリス姫の意向に沿えなくなると困るので何かしらの窓口は用意するつもりですが……僕の肩書は変わるかもしれませんね」



相変わらず私の肩を抱いたままそんなことを言うアルに、慌てたのは私だ。



「ルアー様は王子ではなくなるのですか?」


「僕が王子でなくなったら愛想をつかしますか?」



からかうようにそんな返事を寄こされるけれど、そういう問題じゃない。

ダリアも困ったような顔をしている。



「ルアー様、わたくしは竜胆国の政に詳しくはありませんし、竜胆国における王子というものがどういう立場にあるのか今一つ理解できておりません。しかしグラジオラス王国において、王子というのは、王が替わってもその立場に一定の保証がある肩書です。それ故にこれまでほとんど交流の無かった隣国の王子ということで、ルアー様とイベリス王女様の関係は歓迎されて参りました。もしその肩書を失うとなれば、イベリス王女様とのお付き合いを存続させるのに障害が多くなりかねません」


「まあ、そうでしょうね」



ダリアが滾々と心配を口にするのに対して、アルは他人事のようにさらりとした返答だ。

……たぶん、別に王子と私のお付き合いが無くなったところで構わないと思ってるんだろうなぁ……

私が他の誰かと結婚さえしなければいいと言っていた男だ。

周囲がどう考えているかなんてどうでもいいに違いない。

しかしそんな明後日の感覚を理解できないだろうダリアは、深刻さが伝わっていないとみて焦った表情になる。



「正式な婚約もなさっていないのですから、イベリス王女様に他の縁談が持ち込まれてしまうのですよ」


「持ち込まれませんよ」


「え?」


「僕が阻止します」



私の肩を抱きながら、アルは笑顔でそんなことを言う。

しばし呆然としていたダリアは我に返った後、信じられないものを見るような視線を、アルではなく私に向けてきた。

……やめて、私をそんな目で見ないで。

確かにこういう男だって知った上で傍にいるのは私だけど、私がおかしいんじゃないのよ!……たぶん。



「イベリス王女様……それでよろしいのですか?」


「……帰国してからゆっくりお話ししましょう」



まさか『私もよくないんだけど何かこうなっちゃったのよ』と言うわけにもいかない。

帰国するまでに言い訳を考えないと……

先送りにした私はそっと視線を窓の外にそらし、ダリアの溜息を聞き流した。

ダリアは自分の主のお相手がヤバい奴だと察しました。

イベリスは主としての尊厳を保てるか不安です。

そんな二人をよそに次回はヤンデレが大暴走。


なお、作者はコリーみたいなキャラが絡むラブコメも好物です。

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