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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で
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4 同類?

一瞬、何を言っているのかわからなかった。



「前世の僕は暗殺者として大きな組織で活動していました。死んだのは三十二の時です。流行病であっさりと。暗殺者としてはずいぶん恐れられて子分も多く居たんですが、病にかかればあっけないものでしたね。ほかに身の立て方を知らないので、この体に生まれ変わってからも前世の知識を生かして同じ仕事をしているわけです」



そう話しながら、青の瞳はじぃっと私を見ている。

ああ、またこの色なのか。



「この話をすると大体の人間が気味悪がるか、馬鹿にするかのどちらかなんですよ。イベリス姫はどちらでもない」



視線に質量は無いはずなのに、顔を這うような嫌な感覚を覚えて、顔を手のひらで覆い隠した。



「好奇心……違いますよね。期待、そして不安。共感と、その否定。ああ、やっぱり……」



色素の薄い唇が、にぃっと弧を描く。



「貴女も前世の記憶をお持ちなんですね。それも最近思い出したばかり。これまで僕が年齢のことを匂わせても反応しなかったところを見ると、前世亡くなったのは今の体とそんなに年が変わらない時なのでしょうか?もし僕と同じようにそれなりの年齢の人物が転生したのなら、もう少し反応があるでしょうし」



何で一言もしゃべっていないのに話が進んでいるんだろうか。

慌てて首を振る。



「ち、違うわよ。何勝手なこと言ってるのよ!」


「僕はターゲットのことは事前に調べます。イベリス姫は本来、大人しく慎ましく口数も少なければ出歩くこともあまり無い、たおやかな王女だったようです。今の貴女とはかけ離れている」


「やかましいわ」



喧嘩売ってんのか。



「ほら、それです。どう考えてもおかしいでしょう。他の人の前では多少委縮しているようですし、あんなことがあった後なので周囲の人間はあまり深く尋ねないでいるようですが」



あんなこと?

何のことだと口を挟もうとしたけれど、頭がズキリと痛んでそれを阻む。



「……よく分からないけど、私は前世なんて知らない」


「どうして隠すんです?僕も同類だと伝えているのに」


「確かに私はイベリスじゃない。まったく違う世界の人間よ。でも私は死んでない」


「ふむ?」


「だから私の場合は転生とかじゃなくて、ただの入れ替わりなのよ」



キッと睨みながらそう言うと、アルは顎に手を当てて何かを思案するそぶりを見せた。

その間も、青い瞳はこちらに向けられている。

奥の奥、むしろ部屋を突き破った向こう側を見通そうとしているかのような目だ。

そして視線をそらさない私を見て、ふ、と表情を緩めた。

同時に瞳の色が、翡翠に戻っていく。



「それは、失礼しました」


「分かってくれればいいわ。私は元の世界に戻りたいのよ」


「なるほど、自分の体じゃないと思っているから体を売ろうなんて思ったんですね」


「……酷い女だって言うんでしょ。分かってるわよ」


「いいえ。大変人間らしく、頭のいい選択だと思いますよ。聞いている限り、貴女はイベリス姫と何の所縁も無い人間だったのでしょう?それなのにイベリス姫の体を慮って自分を犠牲にする、なんて心優しい言葉を聞かされたら、ちょっと殺してみたくなったかもしれません」


「殺してみたくなるって何」



味見みたいに言わないでほしい。

優しい人が嫌いなんだろうか。

この男、何を考えているのか本当に分からない。

そう思って、ふと彼を見た。

少年。

幼い顔に、低い身長。

だけど前世という話を聞いて納得した。

男だ。

それも自分よりずっと年長の男。

そう思えばこの雰囲気がしっくりくる。

かえって不気味さが薄れるほどに。



「僕の顔に何か?」


「ううん。アルは前世も暗殺者だったのよね」


「ええ」


「だから、小さいうちから今の仕事を?」


「小さいといっても十一からですが」


「へえ、それまではどんな風に過ごしてたの?」


「僕に興味が?楽しい話ではないですよ?」


「聞かせてよ、友達でしょう?」



彼の感覚は分からない。

だけどなんとなく思う。

今の彼は、私を殺さない。

今だけだ。

その瞳が、緑のうちは大丈夫。

たぶん、だけど。

私の言葉に、アルは肩を竦めた。



「まぁ、いいでしょう。知られたところで貴女がこの情報を悪用できるとも思えません」


「一言多いわね」


「僕の長所ですので」



長所ってなんだっけ。



「……そうですね、まず僕が前世のことを思い出したのは四歳の時です。栄養不足だったこともあって病にかかり、生死を彷徨っている時に思い出しました」


「そういえば、昼間もそんなこと言ってたわね……」


「生み親は貧しく、自分たちの食事で精一杯でしたので」


「……普通、子供に食事を優先してあげるんじゃないの?」



大体聞く話としてはそうだ。

眉を下げる私に反して、アルは眉を上げて首を振った。



「そうする人間もいるのでしょうが、生み親の考えは違います。働き手の二人が倒れれば、どちらにせよ子供なんて飢え死にしますから」


「いや、そうなんだけど……」


「彼らの選択は合理的だと思いますよ」



自分の親のことを語っているとは思えないほど他人事で客観的な評価を下す。

前世の記憶があるからなのだろうか。



「それを見かねたのが育て親です。小さな食堂を営む夫婦だったのですが、瘦せこけた僕を見て引き取ると申し出たんです。これが五歳くらいの時でした」


「優しい人達だね」


「ええ、大変なお人よしです。既に家を継ぐ長男も居たというのに。店でも常にそんな感じでした。客があまり金を持っていないとみると、その金額で出せる精一杯の量の食事を出してやったり、一品余分につけたりしていました。その客がそれに恩を感じて通うようになるならいいんですが、そうとも限らないというのに」



生み親のことと違い、育て親のことを語るアルは少しだけ瞳を揺らす。

感情がその分だけ、動かされているように。



「でも、それでなんで今の仕事を?」


「言ったでしょう?他に身の立て方を知らないんですよ。だからもともと、ある程度体が出来上がれば家を出るつもりでいました」


「ご両親が止めそうだけど」


「表向きは傭兵ギルドに登録している傭兵です。それでも育て親は良い顔をしませんでしたが、止めはしませんでしたね」



十一歳で家を出ると言うのは、この世界でも早い方だと思う。

それなのに親はそれを止めなかった。

しかも傭兵というのは、何でも屋だ。

街中で雑用を受けることもあれば、もっと荒事に手を出すこともある。


話を聞く限り、育ててくれた両親の性格なら心配して止めそうなものだ。

でもそうしなかったというのなら……もしかしたら、だけど。

ご両親はアルが居心地の悪さを感じていたことに気付いていたんじゃないだろうか。

きっと彼は今、マーヤ達の前でそうしているように聞き分けのいい少年を演じていただろう。

だけどそれが彼の本意ではないと気付いていて、早く解放してあげるのが本人のためだと、そう思ったのかもしれない。



「流石に暗殺業を始めるいきさつは言えません。暗殺者にルールもマナーも無いとは言いましたが、この世界に入るにはある程度人の手を介します。その人物たちの情報を流すのは禁忌です。たちまち僕が消される側に回ってしまう」



そう言いながらもアルの表情に気負いはない。

その立場になったところで切り抜けられる自信があるのだろうか。

前世を含めれば長いキャリアみたいだし、ありそうだ。



「と、まぁ話せるのはこの程度ですか。楽しい話ではないでしょう?」


「そうね、楽しくはなかったわ」


「……だから言ったじゃないですか」


「でも、少しだけ貴方のことが怖くなくなった」



そう言う私の言葉に、翡翠の瞳がほんのり青くなる。



「何か勘違いされているようですが、僕は貴女を信頼しているわけでも、殺すのを惜しいと思っているわけでもありませんよ」


「勘違いなんてしてないよ。殺されるのは怖いし、そういう意味ではアルは今でもずっと怖い」



目、青くなっちゃったし。

失言だったらしい。

そもそも、身の上話をしてくれたから打ち解けられたと安堵するには、出会いが刺激的すぎる。

そして彼が相当癖のある人物だというのはこの短い間でもよく分かるわけで、本当のお友達になるにはちょっと勇気がいる相手だ。



「でも、知らないって怖いじゃない」



アルが、息を呑んだ気がした。



「少し知れた分だけ安心したって言うだけだよ」


「……そうですか」



薄い唇が何か言いたげに動いたけれど、結局別の言葉を口にしたようだった。



「顔色が良くなってきましたね」


「そうね、少し落ち着いたかも」


「僕を前にして落ち着いたなんて言う人間は初めてです」


「流石にこれだけ張り付かれてたら、多少は慣れるわよ」



流石に好意までは抱けそうにないけど。



「それは結構。食欲はありますか?マーヤが食事を持ってくると言っていましたが」


「……あんまりないけど、スープくらいは飲むわ」



睡眠もとれていないのに食事まで抜いては本当に倒れてしまう。



「分かりました、受け取ってきます」



一度寝室の外に出たアルは、すぐに戻ってきた。

マーヤから受け取ったらしいお盆には、お皿がいくつか並んでいる。

しかし案の定お肉は胃が受け付けず、サラダを少しと、スープだけ飲んで食事を終えた。

少し早いけれどこのまま眠ってしまった方がいいと言われ、ベッドに横たわったまま、窓の外の夕焼けを眺める。



「眠らないんですか?」



答えを知っているだろうに、アルがそんなことを聞く。



「あんなことがあった後に眠れないわよ」


「ただでさえ不眠症ですしね」


「知ってるなら聞かないでよ」


「でもいい加減に眠らないと、本当に倒れますよ」



私だってそう思う。

だけど眠れないものはどうしようもない。



「何かお話でもしてよ」



断られることを前提にそんな軽口をたたいてみた。

けれど思いがけず彼は口元に手を当てて思案気な顔をした。



「何でもいいんですか?」


「話してくれるの?」


「僕が話せる話でよければ」


「へえ、気になるわ」


「では僕が過去に見聞きした暗殺珍事件をいくつか」


「やっぱやめて」



暗殺珍事件という響きには妙に興味を惹かれるけれど、聞いたら後悔しそうだ。

ますます眠れなくなる気がする。

『残念』と肩を竦める様が腹立たしい。



「そういえば」


「はい?」


「アルの目って、何色?」



おかしな質問だ。

アルは目を隠したりはしていないのだから。

だけどそう聞きたくなるのも当然だろう。

私は彼の目が二つの色を持つことを知っている。



「ああ……やっぱり、変わってしまっていましたか。本来の僕の目の色は青なんです」


「あっちが本当なんだ」



透き通ったサファイアの色。

その色を見るときはいつも恐ろしい思いをしている時だけれど、同時にそちらの方が綺麗だとも思う。



「魔法で姿を子供のものに変えていると言ったでしょう?その初歩段階として髪や目の色を変える魔法の練習をしていたんです」


「パーツの色も変えられるんだ」


「ええ。この仕事をする上では足がつきにくくなって便利です」



一部の業界人だけが使える秘密の魔法っていうの、他にも結構ありそうな気がしてきた。



「うっかり目の色を緑に変えた状態のまま記憶の魔法を発動してしまいまして、このように。ですが、二重の魔法になってしまっているせいか不安定で、気分が昂ると瞳の色が戻りやすいみたいなんです」


「……気分が昂ると、ね」


「ええ、過去に師匠から指摘を受けたのは、人を殺す時でした」


「あえて聞き直さなかったのにわざわざご説明有難う」


「礼には及びません」



腹立つこいつ。



「つまり、私を見て青い目をしてる時は、私を殺したい?」


「変わっている自覚はないのでいつそうだったのか知りませんが、たぶんそういう時でしょうね。ちゃんと我慢してますよ」


「知ってる」



だって死んでないし。



「殺すの、好きなの?」


「人聞きが悪いですね。前にも言ったでしょう。死を前にした時の人間を見るのが趣味なだけです」



聞いたわ。

二回も聞く話じゃなかったと後悔する。

こっちなら人聞き悪くないのか。

やっぱりこの男は理解できない。

私とは別世界の人間だ。


ふうっと息をつくと急激に瞼が重くなっていくのを感じた。

あれ?何で急に?



「どうやら無事、眠気が来たようですね」



……寝たく、ないのに。



「おやすみなさい、イベリス姫」



そんな私を知ってか知らずか、そんな声を最後に意識が落ちた。







水の音が聞こえる。

誰かがもがくように、水を叩く音が。

そして今度は、耳を覆うようにごうごうとした音が響く。

二つの音を何度か繰り返し、最後には音が何も聞こえなくなる。

息が、できない。

苦しい。

限界を迎えた瞬間、目を開く。



「ひっ!?」



間近に誰かの顔があって悲鳴が漏れた。

明るい緑の瞳。

驚いた私に気付いたように、アルは定位置であるドアの傍まで下がった。



「失礼。うなされていたので」



頭が、腕が、全身が脈打っている。

心臓が体のあちこちに増えたようだ。

心臓の音も自分の呼吸音も、頭に響いてうるさい。

その様を、アルは静かに観察していた。



「……ずっと見てたの?」


「指一本触れてませんよ」



そういうことじゃない。



「うなされてたの気付いたなら、起こしてくれても……」


「気が進みませんね」



何でだよ。



「うなされていたとしても、眠れないよりはマシでしょう」


「……嫌な夢を見るから、寝たくなかったのよ」


「嫌な夢、ですか?どのような?」



まるで生徒が先生に、分からないところを質問するように。

他意なく、ただただ知らないことを知ろうとしているだけのような声。



「……わからないわ」


「そうですか」



あっさりアルは諦めた。



「ではもう一度眠っては?」


「……話聞いてた?」


「まだ眠いはずですが」



確かに妙に体がだるい。

しかしその口ぶりが気にかかる。



「……何か盛った?」


「睡眠薬だけですよ」


「だけって!?」


「僕は毒殺は好みません」



暗殺ポリシーを聞きたかったわけじゃない。



「なんで……」


「マーヤから受け取ったスープに一滴たらしただけです。スープは飲むとのことだったので簡単でした」


「何でそんなことができたのかを聞きたかったんじゃなくてね。どうしてそんなことしたのか聞きたかったのよ」


「このままでは一か月を持たずに衰弱して死にそうでしたので。それは貴女も望むところではないでしょう?」



アルはまるで聞き分けの悪い子供を諭すように首を振った。



「僕は多少眠れない日が続いても平気ですが、イベリス姫はそうでは無さそうです。眠らないとあっという間に弱ってしまう。貴女がそんな状態になったら、僕は見切りをつけて殺しますよ」


「……それは、困るわね」



ぐったりとベッドに四肢を投げ出した。

命がけで睡眠をとらないといけない。



「私が眠れるようになるために協力する気はあるのよね?」


「多少は」


「それなら、次にうなされてたら起こしてほしいわ」


「……」


「不服そうな顔しないで。嫌な夢を見るのが怖くて眠れなくなってるんだから。これを繰り返してたらますます眠れなくなっちゃう」


「……面倒な生き物ですね」



生き物言うな。

しかしそう言いつつも、アルは一晩中私を起こしては寝かしつけると言う作業を繰り返してくれた。

ご覧いただきありがとうございます。


↓以下おまけ


「珍事件ってどんなのがあるの?タイトルだけ言ってみてよ」


「タイトルですか……暗殺者Aの失敗談~出し過ぎ編~……とかでしょうか?」


「内容はやっぱり聞かないでおくわ」

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