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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第二章 その褥に竜胆は咲く

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8 候補者達の思惑

「コリー」



アルベルトの呼びかけに答えて、暗闇から人影が現れる。



「ダリアの護衛につけ。殺傷を企む輩があれば始末。接触しようとする人間がいればその人物について報告を」


「はいっす」



短く返事をして、影は再び消えた。

イベリスには伝えなかったが、アルベルトが一番懸念していたのはダリアを狙われるケースだった。

イベリス本人には常にアルベルトが目を光らせている。

下手に手出しをすればこの屋敷の兵士を全て下したルアー王子の怒りを買うことも、人々はわかっているはず。

そうなると、最も手出しをしやすいのがダリアだった。

しっかり者のダリアではあるが、それは"年齢のわりに"という前置きがつく。

うまく言いくるめられて利用されることは十分に考えられた。

イベリスはダリアを大切にしている。

なんだかんだでイベリスは自分の身に危険が及ぶことには慣れつつあるが、その大切な侍女に危険が及ぶとなれば途端に冷静さを欠いて自分の身を投げ打ちかねない。

故にアルベルトにとってダリアの安全確保は優先順位のかなり高い事柄だった。



「さて……これでダリア一人を狙うこともできなくなりましたが……どうでますかね?」





「おはようございます……」



翌朝、おそろおそるといった様子でダリアが離れにやって来た。



「おはよう。昨夜はよく眠れた?」


「はい……」



ダリアは頷いたけれど、顔には疲労が見て取れる。

『ダリア様のお世話はお任せください』という女中さんを信じて、昨日はあれから完全に別行動だったけど……やっぱり一人にしない方が良かったかな。



「ご飯は食べられた?」



昨夜の夕食は、和食がダリアの口に合わないことも考えて、アルに対応をお願いしたんだけど……



「は、はい……」



何故だかダリアが俯いて頬を赤くする。

……待って、何したのアル。



「アルベルトって……よく気が付くと言うか、優しいですよね」



デリカシーの無さと煽りスキルは王国内でも指折りの持ち主なんだけど?

流石にそんなツッコミをダリア相手にするわけにもいかず、口をもごもごさせていると、ダリアがハッとしたように顔を上げた。



「あ!アルベルトはきちんとこの城にも潜入できているようです!」


「へ?ああ、ええ。そうね?」



まさかルアー様と同一人物とは思っていないであろうダリアがそう報告してくれたけれど、思わず間抜けな返事をしてしまった。



「あ、そうですよねっ……当然イベリス王女様には報告してありますよね………」


「ええ……アルと何かあったの?」


「それがその……この国の食事が口に合わないことに気付いていたようで……川魚を香草と共に包んで焼いたものを持ってきてくれたんです」



心なしか潤んだ瞳で嬉しそうに語るダリア。

ちょっと待って、これ……



「……私がアルに頼んだんだけど……」



勘違いしているらしい、と気付いて思わずそう口を挟んでしまった。

しかしすぐにしまったと思う。

ダリアの表情に明らかな落胆が浮かんだからだ。

大人げないことをしてしまった。



「そ、そうでしたか!有難うございますっお気遣いいただいて……」


「……ごめんなさい。余計なことを言ったわ」


「そんな!そんなことありませんわ!」



一体アルはダリアにどう接したのだろうか。

どう見てもダリアがアルに特別な感情を抱き始めている。

こんなところで恋敵なんて作りたくないのに。



「そういえばイベリス王女様は、アルベルトとルアー王子殿下の関係について何かご存知ですか?」



ダリアが慌てたように話題転換を図った。

年下に気を遣わせて申し訳ない。



「……よく似ているわよね。でもよく分からないわ」



あからさまに困った笑みを浮かべて見せる。

打ち合わせ通りだ。

ダリアは空気を読める子なので、きっとこれで察してくれる。



「そう、ですか……」



しかし、口を閉ざす彼女はどことなく嬉しそうだ。

……ひょっとして、アルとルアーの兄弟設定をアルの口から聞いたんだろうか。

それで自分にだけ教えてくれたのかもって思っちゃったとか…

うわああそんな気がしてならない!

フラグは早いとこ折りたいのにしくじった!


しかし今更『私も知ってるけどね』と言うわけにもいかない。

大人げなさすぎるしダリアを相手にマウントとってどうすんだって話だし!

でもモヤる!

微妙な空気が漂う中、私は溜息をついた。

……ここで悶えていても仕方がないか。



「……着替えるから、手伝ってくれる?ダリア」


「は、はい!もちろんです!」



着替えはもちろん着物だ。

ダリアも女中さんに着つけてもらったそうで、可愛らしいピンクの着物を着ていた。

私にも鮮やかな青の着物が用意されている。

女中さんを呼ぼうかと思ったけれど、昨日から着付けを見て覚えられたはずだと言うダリアがやりたがるのでひとまず任せてみる。

多分無理だろうなと思っていたのに、覚束ない手つきながら見事に着物を着せてくれた。

私は元日本人だと言うのに一人で着ることができない。

こんな短時間で身に着けるダリアは本当に優秀だ。

……こんな良い子をたぶらかした男には、後でしっかり話を聞かせてもらおう。

『ひとまずルアー様に会いに行きましょう』と言ってダリアと共に離れを出ると、母屋までの道中で日野晴様に出くわした。



「おはようございます!」


「……おはようございます」



引き攣った笑みでなんとか挨拶を返す。

何故なら彼は上半身の着物を下げて半裸状態。

木刀を手に素振りをしていたようなので、そのせいだろう。

相変わらずいかつい風貌に、汗まで滴っているので冬なのに暑苦しい。

私の姿を見てその手を止め、元気な声であいさつをしてくれたけれど……

なんでここに?

わざわざ私の離れの近くで素振り?

それともここがいつもの練習スポットなのだろうか。

別に上半身裸とかはどうでもいいのだけれど、ここで出会うと思っていなかった相手なので、どうしていいか分からない。



「昨日はまともにご挨拶もできておりませんでしたので……」



改めて自己紹介を、と口を開いた日野晴様の言葉を遮るように、ダリアが私の前へ進み出た。

顔は斜め下へ向けたまま、日野晴様の前に立ちふさがる。



「ご挨拶を遮る無礼、そして竜胆国の文化についてまだ不勉強な身での発言をお許しください。我が国では伴侶でもない女性に対してそのような姿を見せるのは失礼にあたります。ましてや第二王女殿下の御前です。わたくしの立場といたしましては、見過ごすわけには参りません」


「おっと……これは失礼。(それがし)も貴国の文化には疎いもので……」



ダリアの指摘に、慌てて着物を引き上げて身だしなみを整える様を見る限りでは真面目そうな人だ。

正直私は前世の記憶のおかげで上半身裸を見たくらいで騒いだりしないんだけど、ダリアは耳を赤くして必死に視線をそらしている。

そのピュアさ、王女として見習いたい……



「まさか朝から僕の恋人をたぶらかそうとしている悪い男がいるとは思いませんでした」



そんな声が、日野晴様の後ろから聞こえてくる。

いつの間に現れたのやら、彼の肩に手を置いたのはアルだ。

一体どの口が言うのかしら。

それにしてもアルは今日も黒づくめの着物で、羽織まで真っ黒だった。



「っ……これは、ルアー様!たぶらかすなどとは滅相も無い」



突然現れた王子の姿に驚いたようだけれど、日野晴様はすぐに切り替えてその場に素早く跪き、頭を垂れた。

その横を悠々と通って、アルが私の肩を抱く。



「おはようございます、イベリス姫。迎えが遅くなってすみません。何もされていませんか?」


「大丈夫です……」



私の機嫌が悪いことに気付いているのか、ことさら笑顔で声をかけてくる。



「ルアー様のお許しなくお声がけしたことは謝罪申し上げます!某も順序を踏みルアー様とお話させていただく所存でしたが、昨晩からどちらにいらっしゃったのか全く分からず……」



日野晴様は困ったようにそう言う。

……ああ、捕まらなかったのか。

確かに私のところに来たり、裏で色々動いたりとか、多分与えられた部屋にはろくに居なかったのだろうから無理もない。



「ふむ……用件を聞きましょうか」


「グラジオラス王国から王女殿下をお連れした理由をお伺いしたく存じます!」


「僕が彼女と離れたくなかっただけですが?」



臆面もなくそうおっしゃるルアー様に春幸様は目を瞬かせる。



「まさか……そんな理由で一国の王女を連れ出すことはございませんでしょう!」



実際に主な理由がそれなんだから困ったもんだ。

お師匠さんを救出するには私は必要なかったみたいだし……

竜胆国との関係構築というのはグラジオラス国の要望であってアルの目的ではない。

日野晴様の言葉を受けても、アルは微笑むだけ。

気圧されたように、日野晴様がこちらへ視線を向けてくる。



「王女殿下、貴女様が訪問された目的は……?」


「もちろん、僕に会いたかったからで」


「竜胆国との親交を深めるためですわ」



馬鹿な回答をしようとしたアルの声を遮った。

仮にも国王から託されて竜胆国に融和を図りに来たのに、私まで馬鹿な王女だと思われたら困る。

私の返事に、日野晴様がこころなしかほっとした表情に変わった。

訳の分からないことばかり言われて、話が通じず困っていたのかもしれない。



「そういうことであれば、某と話を……」


「グラジオラス王国との政治的な話は、後継者が決まり次第進める予定です。それまでイベリス姫への接触は控えてください。用件は僕に」



アルが冷たい声でそう言い放つ。

流石に気の毒になって声をかけようとしたけれど、肩を強く掴まれて口を閉ざした。

そのまま腕を引かれ、日野晴様の前を通り過ぎる。

ダリアも慌てたように後をついてきた。



「……あの男に気を許してはなりません」



小声でそう囁かれるけれど、溜息しか出ない。



「敵ばっかり作ってどうするのよ」


「敵を作っているわけではありません。物事を進める順序というものを教えているんです。後継者を決めるのは僕なのですから、貴女を経由されては困ります。そもそもですね。貴女は僕の客です。気軽に声をかけられる存在ではありません」



尤もらしいことを言ってるけど……



「肝心の王子様が捕まらないから私に声をかけたっていう話だったと思うけど」


「それはそれ、これはこれです」



この王子様を捕まえるには、結局私と接触するのが一番早いだろうと私も思う。

私に声をかければ多分どこからともなく現れるので。

もはや呼び出しボタンみたいなものだ。



「それで、後継者はどうやって選ぶの?民主主義っていうわけにもいかないんでしょう?」


「民主?なんです?」


「国民が自分たちの中からその国の代表を選ぶような感じね。私の前世はそうだったわ」



ふむ?とアルは眉根を寄せる。

この世界ではおそらくあまりなじみが無い。

少なくとも私は民主主義の国を知らない。

この反応を見る限り、アルが前世に生きていた国も違ったんだろう。



「民意を反映した方が政変は起きにくいでしょ。まあ、この国は将軍っていうトップの権力が強い、ほとんど王政と同じみたいだから難しいと思うけど」


「民意を反映した代表選びですか。興味深い話ではありますが、同じ形は難しいでしょうね。………一応、後継者の目星はついているんですが」


「え、そうなの?」



思ったより早い。



「とはいえまだ情報収集中です。少し時間を稼ぐことで向こうの出方を見ているところなんです。ご心配なく。前世でもこういう工作をすることはありました。イベリス姫にとってより良い形の成果を持ち帰らせてあげます」


「……それは」



私の成果って言えない気がする。

何もせず、アルが用意してくれただけの成果を持ち帰っても……私は胸を張れない。

けれどそう伝えるより先に、また声をかける人がいた。



「おはようございます」



母屋に入ってすぐ、待ち構えていたように跪いていたのは春幸様だった。



「ルアー様、私に王女殿下とお話しする機会をいただけませぬか?」



そう言いながら、春幸様が私に微笑みかける。

柔和な笑みにこちらも微笑み返しそうになるけれど、肩に置かれた手に力が込められて阻止された。



「話なら僕が聞きますが、用件は?」


「……グラジオラス王国のことをお聞かせいただければと」


「僕もその国のことはある程度答えられます。今度時間をとりますので、イベリス姫を煩わせないでください」



穏やかだった春幸様の表情が、あからさまに歪んでいく。

アルの方が悪いとも思うけれど、春幸様も思ったよりカチンとしやすいタイプらしい。

日野晴様の方がまだ取り繕っていた。

それにしてもさっきから候補者たちとアルの関係が悪化していくところしかみてないんだけど……本当に大丈夫なのかしら。



「ふふっ。本当に、ルアー様は王女殿下のことを大切にしておられるのねぇ」



凍り付いた空気に困っていると、気だるげな美女が廊下の向こうから歩いて来た。

雪音様だ。



「雪音……」


「まあ。そんな怖いお顔をしていては王女殿下が怖がられますわよ」



春幸様から睨まれても応えた様子一つ見せずに、雪音様はこちらへ歩み寄り、微笑んだ。



「ルアー様、イベリス王女殿下と後ろの姫君をお茶にご招待してはいけませんかしら?」


「お茶?」


「ええ、おいしいお菓子もご用意いたしますわ。女性だけでのんびりお喋りするの。いかがかしら?」



訝しむアルに反して、私の目は輝いていたことだろう。

お茶、お菓子!

日本テイストの竜胆国で言うそれは、きっと抹茶と和菓子だ。

転生してから一度も食べていない。

そもそもグラジオラス王国のお菓子は香辛料が使われているものが多くて私の好みに合わなかった。

今でこそ慣れてきてまあまあいけると思う時もあるけれど、そんなに積極的には食べないのでマーヤやダリアに『健康と美容のために良い事です』と褒められるほど。

しかし勿論甘いものが嫌いなわけではない。

和菓子も抹茶も、前世では大好きだったんだから。



「ルアー様、行ってきてもいいですか?」



これは抗いがたい魅力。

しかも相手は女性だし、アルがヤキモチをやく必要はない。

確かに雪音様はハッとするほどの美人だし、なんだか良い匂いもするし、同性ながらお近づきになりたいと思ってしまうような女性だけれど、私にその気は無いので……

ダリアもお菓子と聞いて少し興味が沸いているようだし、ここは女子会で緊張をほぐさせてあげるのもいいんじゃないだろうか。

そんな私の願いがこもった視線を受けて、アルは大きなため息をついた。



「……昼までですよ」


「はい!」


「良かった。ではすぐに準備いたしますわ。茶室にご案内しますわね」



雪音様は嬉しそうに手を合わせて微笑む。

可愛らしい。

同じお姫様、同じ美女でも、私よりたおやかで美しい。

やっぱり中身も大事なのね……

春幸様をけん制し続けるアルをその場に残し、私とダリアは雪音様の後をついて行った。

ご覧いただきありがとうございます。

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