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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第二章 その褥に竜胆は咲く
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6 懐かしい風景


「第二王女殿下、我らは下がります。長時間留まればあちらを刺激してしまいます」



ここまで護衛をしてくれていた小隊の隊長が最後にそう言った。

有事の際に備えてしばらくは少し離れたところで待機してくれるそうだけれど、竜胆国側の砦から見える位置に居座るのはまずいとかで、伝令役を残して大きく後退を余儀なくされるらしい。



「ここまで有難う。助かりました」


「勿体ないお言葉です」



恭しく礼をする騎士達から離れて、あちらへ渡る為に用意された二頭立ての馬車に乗り換える。



「ダリア、本当に御者を任せて大丈夫なの?」


「ええ、領地では幾度かやったことがあります。石橋を越えるくらいは問題ありません」



あちらから許されているのが侍女一人である以上、御者の役目もダリアに頼むしかない。

アルもついては来るけれど、極力姿を隠す方針だからだ。

竜胆国側に見つかって断られれば付いていけなくなるという理由を聞いて、ダリアも賛同している。

護衛はつけちゃダメって言われてないし、というのはいざ見つかった時の言い訳だ。

竜胆国王子様が幅を利かせている間はどちらにしろ文句を言われないだろうけど。

何にせよ、竜胆国王子として私に接している間は、護衛のアルは姿を現せない。

ダリアに怪しまれないためにも、ひっそり潜入の体を取るのは都合が良かった。


小さな馬車の中には私一人。

すでにアルは竜胆国へ先に入っている。

御者席にはダリア。

衣料品や日用品は最低限、食料も取り上げられることを考えてほとんど持ち込まない。

『ドレスも食料調達もいざとなれば僕がどうとでもできます』というアルの言葉が無ければ不安で仕方が無かっただろう。

アルの実力をよく知らないダリアに至っては、それを聞いてもかなり表情が強張っている。

万が一竜胆国側が攻撃してくる際に、真っ先に危険になるのは彼女なのだから当然だろう。

もしそんなことがあってもアルが何とかしてくれるはずだけれど、もちろんダリアはこの点においてもあまり信用していないと思われる。

心中では色々と覚悟を決めて涙をこらえているのだろうと思うと居た堪れない。

とはいえ辺境伯家で生まれ育った彼女にとってもこれは悲願。

幼いながらに覚悟を決めてくれたダリアの為に、何かしらの成果を持ち帰らせてあげたいものだ。


馬車がゆっくり石橋を渡る。

向こう岸に立っていた兵士達はこちらに手出しをすることなく、砦の十メートルほど手前で馬車を止めるよう指示してきただけだった。

馬車が止まったのを確認してから、女性の兵士が前に出る。



「グラジオラス王国第二王女の馬車とお見受けします。相違ございませぬか!」


「その通りです。竜胆国王子殿下のご招待に応じました。貴国のご要望通り、車内には第二王女殿下お一人、そして侍女であるわたくしはスペティフィラム伯爵家が公女、ダリアにございます」


「よくおいでなされました。この場より我が国の牛車にて紅城(こうじょう)までお連れ致します」



思ったよりは丁重に扱われている気がする。

紅城というのは、竜胆国の将軍が住まうお城。

つまりは王城みたいなものだそうだ。

なぜ紅なのかというと、この国が象徴としているのが赤い竜胆だから。

全部アルからの受け売りである。

実物は赤というよりはピンクらしいのだけれど、竜胆というと青紫のイメージが強かったのでちょっと驚いた。

ピンクの竜胆ってあるんだ。

できれば見てみたかったけれど、残念ながら開花期は過ぎているらしい。


その後、女性の兵士がさらに数人砦からやってきて、私を馬車から降ろしてくれた。

未婚の女性に配偶者でもない男性が触れるのは良くないと言うのが竜胆国の考えらしく、全て女性が世話をしてくれる。

ダリアも同様の扱いをしてもらっているようだ。

声をかけてくるのも基本的には女性だし、荷物に触れるのも女性。

男性の兵士は一応そばで目を光らせているだけという印象だった。

アルが事前に根回ししてくれたおかげだろうか。


私たちが乗ってきた馬車はこの砦で保管され、馬の世話もしてくれるという。

このあたりは信用するしか無いだろう。

もはや私たちの身柄は竜胆国に渡ったのだから。


牛車の中は思ったより広く、中は畳敷き。

久々に嗅ぐ香りと、靴を脱いでくつろぐ解放感に私はむしろほっとしたのだけれど、この習慣に早速驚いたらしいダリアは足をもぞもぞさせていた。



「逃げられないように靴を奪ったのでしょうか」


「違うわよ。室内では靴を脱ぐのが一般的なだけ。車の中も室内扱いだからそうしてるだけだと思うわ」



不安げにしているダリアを安心させるべくそう声をかけると、驚いたように目を丸くされた。



「イベリス王女様、竜胆国の文化をご存知なのですか」



あ、しまった。

日本の感覚で話しちゃった。

本当に竜胆国がそういう文化か知らないのに。

……あってますようにと祈りながら曖昧に笑ってごまかしておく。


車内には窓の代わりに障子のようなものがつけられていて、そこを開ければ外の景色を見ることもできた。

私のイメージする牛舎はゆっくりとした歩みのものなんだけど、馬車と遜色ないスピードが出ている気がする。



「さきほど見た時、普通の牛ではないように見えました。おそらくですが準魔物に分類される牛を使っているのではないでしょうか……」



私の疑問にダリアがそう答えた。

魔物と普通の動物の違いは、人を捕食するか否か。

準魔物は、人を襲うことはあるけれど食べるわけではないという位置づけのものを指す。

この分類で行くと猿とかも準魔物な気がする……今世では見たことが無いけれど、前世にテレビで見た猿はそんな感じだった。

もちろん前世にはいなかったような生き物もこの世界にはたくさん居るので、力が強くて足も速い、馬の代わりになるような牛がいても不思議ではない。


しばらく開けた草原を進んでいくと、前方に街をぐるりと囲む防壁が見えてきた。

これも竜胆国が来る前からある古い物のようで、ところどころ崩れた跡が見て取れる。

そこを越えた途端、一気に異文化を実感できる街並みが広がった。

まるで時代劇に出てきそうな、和風建築がずらり。

通りから離れた場所では元あった建物を使っているところもあるのか、洋風の建物が覗くこともあるけれど、大通り沿いは竜胆国式の建物で統一されているらしい。


ずっと緊張状態だったダリアもこの景色は物珍しかったようで、少し興奮した面持ちで外を眺めていた。

鮮やかな色彩を持つ人が多いグラジオラスの人間と違い、竜胆国の人々はみんな黒髪に黒目だ。

これもまた日本のよう。

着物姿で歩く人々、風車を手に走る子供。

私が前世に生きた時代で見慣れたものかといえばそうではない。

けれど様々な媒体で目にしてきた日本文化が重なる。

生まれ変わってからは、二度と目にできないと思っていたような風景だ。

前世の記憶は少しずつ薄れている。

けれど忘れかけていた郷愁すら想起させるような、そんな景色。



「……懐かしい」



思わずこぼれた言葉に、ダリアが反応する。



「懐かしいとは?」


「あ、ううん。間違えた。気にしないで」



慌てて口を閉じる。

私が竜胆国に来たのはこれが初めてだ。

けれど……そう、思い出した。

前世の私が住んでいた家の近くには大きなお寺があって、その通りには文化財に指定されるようなお屋敷もあった。

それを思い出してしまったのだ。

きっと建造物や歴史に詳しい人がいれば、全くの別物にも見えたんだろう。

けれど詳しくない私にとっては、ただ日本に似ているというそれだけで懐かしさを感じるには十分だった。

どうやらこの街はかなり大きいようで、通り抜ける前に日が暮れてしまいそうなほど。

その予想は正しく、日が傾き始めたころ、牛車は大きな屋敷の門の前で停まった。



「この街の代官の屋敷でございます。本日はこちらでお休みください」



竜胆国には領主の代わりに代官がいる。

将軍から指名された名家が各地を治め、税の徴収や治安維持などを代わりに行うのだ。

詳しい情報が入ってきづらい国だから、それ以外あまりよく知らないけれど……

しかも転換期にあるということだし、この国の政治の在り方も大きく変わっていくだろう。

隣国の王女として注視しておかないと。


屋敷の中に入ると、代官の老夫婦が迎えてくれた。

屋内で靴を脱ぐ文化はやはりこの国にもあったようで、代官たちもみんな履物を脱いで家の中に入っているのを見て、ダリアは私に尊敬のまなざしをくれる。

決して私が博識なわけでは無いので高く評価するのはやめてほしい……

それにしても代官夫妻はかなり緊張しているらしく、顔は強張っているし声も震えていた。

屋敷の使用人達も一様に態度が固く、あまりに気の毒だったので部屋に案内してもらった後は早めに下がらせた。



「……なんだか怯えられていませんか?」



ダリアもそう感じたらしい。

不思議そうにしている彼女と違い、私はなんとなく理由が分かる気がしている。

きっとアルがこの屋敷の主である老夫婦に()()()したのだろう。

間違っても私に危害を加えることがないように。

有難いけれどやり過ぎだと頭を抱えた。

『今夜は食事をご一緒に』と代官が言ってくれたけれど、それも無理をしているのは明らか。

こちらもかえって気を遣いそうだったので、『疲れているので食事は二人でとらせてほしい』と頼むと、ほっとしたように了承された。


それ以外は本当に快適だった。

広いお風呂のおかげで旅の汚れをスッキリ落とせたし、畳の部屋も懐かしくて落ち着く。

湯上りの服が浴衣だったこともあってなんだか温泉旅行に来たみたいだ。

浴衣なんて当然ダリアは初めて。

私と一緒に、女中さんに着付けを教えてもらう。

私は浴衣くらいなら着方を覚えていたけれど、着崩れしにくいポイントとかは知らなかったので勉強になった。


そしてご飯は懐かしの和食。

前世では和食派か洋食派かで言えば間違いなく洋食派でジャンクフード大好きな人間だったんだけど、食べられないとなると恋しくなるのが人の性。

御膳が運ばれてくるのを見て、目を輝かせてしまった。

食事の準備を整えてくれた女中さんが去った後、入れ替わりのようにアルが入室してくる。



「失礼します」


「アルベルト……本当に無事潜入できたのですね」



ダリアが驚いている。

彼女にとって、アルはただ普通の子供より腕の立つ少年にすぎなかったのだろう。

まさかあの厳重な砦や城壁の目をかいくぐり、こうして代官屋敷の中まで入って来れるとは思っていなかったに違いない。

アルはにっこり微笑んだ。



「かくれんぼは得意ですので」



そんな可愛い話じゃないだろと突っ込みたいところだけれど、ダリアは緊張がほぐれたようでクスクス笑ったので良しとしよう。



「調理の様子も見張っていましたがおかしな動きはありませんでした。念のためスープは残しておいてください。一番毒を盛りやすいものなので」


「えっ……」



久しぶりのお味噌汁を楽しみにしていたのに!

私があからさまにショックを受けているのを見て、アルは溜息をついた。



「……分かりました。念のため毒見します」


「あ、いやそこまでしなくても……」



それで本当に毒が入っていたらアルが危ない。

いや、なんかどんな猛毒も効かないんじゃないかという気もするけれど、万が一というこもある。

しかし私の制止を聞くことなく、アルは御椀の蓋を開け、器をゆすって沈殿物を全体にいきわたらせるようにしてから口をつけた。

しばらく何かを確かめるように口の中に含んだ後、ゆっくり嚥下して頷く。



「……独特の風味のスープですが、毒物ではないと思います。一応しばらく様子を見たいので、これを飲むのは最後にしてください。冷めるのは我慢してもらうしかありませんね」


「有難う」



我がままを言ってしまったと申し訳なくなりながら、お椀を受け取る。

それを黙って見守っていたダリアが、おそるおそると言った様子で手を挙げた。



「あの……アルベルト。貴方はこの国の食文化に詳しい?」


「詳しくはありませんが……?」


「ナイフもフォークもないのだけれど……」



ダリアが戸惑っている訳が分かった。

私にはなじみのある……しかしグラジオラスの人間はほとんど知らないであろうお箸がお膳には乗せられていたのだ。



「ああ……その二つの棒を使って食事をするみたいですよ。ハシとかいう。僕も使ったことはありませんが、見たことはあります。こんな感じで食べ物を挟んで口に運ぶようです」



そう言いながらも、私のお膳から箸を取り上げ、お手本をして見せた。

使ったことが無いと言いながらも綺麗な持ち方だ。

やっぱり器用なんだろうなぁ……



「ああ、ハシというのは聞いたことがあります!漆細工の品として持ち込まれ、どこかの貴族が観賞用に購入したという情報が入っていたのですが…食器だったのですね」



そう言いながらダリアも箸を持とうとするものの、まあ当然ながら初めての人間が簡単に扱えるものでもない。

私はどうしたものかと思いつつ、わざと下手なふりをしながらも箸を持って食事に手を付けた。



「イベリス王女様、お上手ですね!」



下手なふりをしていても、ダリアからすれば掴めているだけで驚きなのだろう。

素直な称賛に胸が痛む。



「ダリア、持ってきたものの中に銀のカトラリーがあったはずよ。貴女は無理せずそれを使いなさい」



そう言われてダリアは『あっ』と口を開く。



「それはどうぞイベリス王女様がお使いください!失念しておりました。イベリス王女様が召し上がる物は全て銀食器を使うよう、マーヤ様からも言いつけられていたのに!」



慣れない土地で気を這っていたのだから、しっかり者のダリアだってうっかりすることはある。

銀食器というと毒が反応することで有名。

どんな毒でも反応するわけじゃないけど、硫黄が混ざったヒ素なんかには一定の効果があるという。

けれどわざわざ移し替えてまでそれを使う気にはならない。



「私は大丈夫よ。アルがチェックしてくれたし、この通り箸もつかえそうだから。ダリアが使いなさい。それとも私が食べさせてあげた方がいいかしら?」



そう言うとダリアは恐縮しつつも、王女に食べさせてもらうよりは……と考えたようで大人しく荷物の中から食器を取り出した。

銀は扱いが面倒だし、私はアルの判断を信用している。

マーヤが持って行けと聞かなかったから持ってきたけれど、正直使わないと思っていた。

でも持ってきて正解だったな……ダリアがご飯を食べられなくなるところだった。



「では僕はこれで。何か異常があれば知らせます。三十分以内に異常がなければまず問題ないと思いますので、スープを飲むのは三十分後でお願いします」


「わかった。アルの食事は大丈夫なの?」



潜入の形をとっているので、当然アルの食事は用意されていない。



「ご心配なく。食料は自分で用意できます」


「良かったらわたくしの分を分けますわよ?」


「お気持ちだけで」



ダリアの配慮も断って、アルは退室した。



「……アルベルトって何者なのでしょう?潜入もできて毒見もできて……優秀な傭兵というのは皆あのようなのでしょうか?」



根っからのお嬢様であるダリアが驚いている。

騎士ともまた違う頼もしさがあるものね……

私のように特殊な事情でもない限り、王侯貴族の子女が傭兵と接することなど無い。



「たぶん、アルは傭兵の中でも特に優秀なんだと思うわ……」


「王女殿下の護衛に選出されるくらいですものね……少し見る目が変わりましたわ」



あれが傭兵の基準になってはまずかろうとそう訂正したんだけれど、これはそのうちダリアには正体がばれそうだ。

アル本人も言っていたけれど、こんな隠密能力の高い人材がゴロゴロいたら、保安上の問題がある。

頭のいいダリアならそのうち何かおかしいと勘付くだろう。

けど案外理解してくれそうな気がしないでもない。

それもあってマーヤではなくダリアを選んだんだろうか。


ひとまずアルからのOKも出たので食事に手をつける。

昔は夕飯に出てきても敬遠気味だったはずの煮物のおいしさと言ったらない。

シンプルな魚の干物もたまらなかった。

何より白米!

干物や漬物の塩気と共に味わうお米のうまみ……ああ、こんなにおいしかったっけ。



「イベリス王女様のお口にはあったようですわね」



パクパク食べ勧める私を見てダリアはそう微笑むけれど、彼女はあまり食が進んでいない。

慣れない味付けに戸惑っているのだろう。

お米の風味も結構人を選ぶと聞いたことがあるしなぁ……

このままじゃ滞在中にダリアややつれてしまいそうだ。

アルに頼んでダリアも食べられる食事の調達を考えた方がいいかもしれない。

ご覧いただき有難うございます。

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