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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第二章 その褥に竜胆は咲く
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4 知りたくなかった父の優しさ

「第二王女殿下。その者は入室できません」



呼び出されたのは国王の執務室。

非公式の謁見だからだ。

けれどそこにも、アルは入れてもらえないらしい。

騎士に止められて仕方なくアルをそこに待たせようとしていると、室内から声が聞こえてきた。



「良い。その者も連れて参れ」



それは父、国王陛下の声だった。

本人がそう言うならば騎士に否やは無いようで、頭を下げて私とアルが入室するのを見届ける。



「失礼いたします」



なぜアルまで許してくれたのだろうかと訝しみつつ入室すると、何かの書類に目を通している忙しそうな父王の姿があった。

視線をこちらに寄越さないまま、口を開く。



「竜胆国の話は聞いた。ずいぶんな招待状だったようだが、どうするつもりだ?」



私の意見を聞いてくれるとは意外だ。

問答無用でどう動くべきか命じられると思っていた。



「国交正常化の好機です。私は竜胆国へ行きたいと考えています」


「……騎士を一人も連れて行けないのだぞ」


「お言葉ですが、護衛を連れて行っては行けないとは書かれていませんでした」



父王の指摘にそう返したのは、私ではなくアルだった。

そう、確かにそれは二人でも話していたことだ。

護衛としてアルベルトを連れて行くとなれば、多少は安全面で安心してもらえるだろうと。

けれど騎士じゃなくて護衛だもん、なんていうのは屁理屈にすぎないので、堂々とは連れて行かない。

潜入という形をとってもらう。

アルにとっては十八番だ、問題ない。

けれど仮にも国王陛下に向かって、許しもなくこの発言。

慌てる私に反して、父王はチラリとアルを見ただけだった。



「イベリスの護衛。たった一人で王女を守れると思うか」


「一人ではありません。竜胆国にはイベリス姫の最大の味方である王子がおいででしょう?」



一人じゃん。同一人物なんだから。

しかしそう突っ込むわけにもいかずに黙っていると、父王はクッと笑いをもらした。

耐えかねたような笑い声とその表情。

こんな姿を見るのは初めてだ。



「その王子はイベリスを守れるだけの力があるのか?」


「竜胆国の王子は単身で将軍家を制圧できるそうですから、問題ないでしょう」



にっこり微笑むアルを、父王がジッと見つめる。

もはや私は蚊帳の外だ。



「……イベリス第二王女。国の名を背負うからには手ぶらは許されぬ。心して赴くが良い」


「は、はいっ!」



脅しはかけられたものの、許可は出たようだ。

慌てて頭を下げる。

退室後、周囲に誰も居ない廊下に差し掛かってからようやく息をつけた。



「……なんか、妙にアルに話を振ってたわね。やっぱり護衛の意見が気になったのかしら」



そんな私の言葉に、アルは苦笑した。



「イベリス姫、あれは護衛と会話したかったのではありません。竜胆国の王子の意向を確かめていたんです」


「……え?」



護衛の少年アルが竜胆国の王子と同一人物。

それを知る人間は私とセロシア様くらい。

父王はどこまで知っているのかよく分からないと思っていた。

でももしかして……全部知ってる?



「まさか隠せていると思っていたんですか?セロシア公子がこんな重大な情報を国王に知らせないはずが無いでしょう」


「……いや、それは……」



そうなんだけど。



「僕がこうしてイベリス姫の傍にいることを許されているのは、僕の能力と竜胆国の王子としての肩書に有用性があるからです。僕が竜胆国と接触している様子が無いことにやきもきしていたとは思いますが、それでも僕が唯一の窓口である事実は変わりません。ずいぶん大目に見てもらえているんですよ」



だからこの面倒な肩書を何だかんだで放棄できずにいたんです、とアルは溜息をつく。

っていうことは……父王が私にちょいちょい竜胆国の話を振って来ていたのは、王子本人がすぐ傍にいることを知っていたから?



「え、待って……アルが本当は大人だってことも知った上で、護衛を続けさせてくれてるの?」


「おそらくは国王陛下の胸の内にしまってあるでしょうがね」



……つまり、夜を共にしている事実も見逃してもらえている。



「使用人たちは知らないはずですのでシーツは隠蔽していますが、万が一報告が上がっても国王陛下が揉み消してくれると言う確証はあったんですよ。安心しました?」


「逆よぉ!」



思わずその場にしゃがみこんだ。

一般的な親子関係とは違う。

それでも父親だ。

あれもこれも実はバレバレで黙って見守ってくれていたなんていう事実を知って、安心できるわけがない。



「穴があったら入りたい……」


「それこそ逆では」


「……どういう意味?」


「明るいうちから口にしていいんですか?」



枕があったら投げているところだ。

ホント中身おっさんなんだから!



「まあ冗談はさておき、国王陛下は竜胆国王子がどういう経緯でその肩書を手にしたかもおおよそ察していることでしょう。僕の実力は疑っていないはずです。その僕が安全を約束したから、イベリス姫を送り出すことにしたんです。貴女は国王陛下との間に距離を感じているようですが、陛下は十分イベリス姫の身を案じているように思いますよ」


「……そう、なのかしら」


「その上でイベリス姫に成果を持ち帰れなどと圧力をかけたのは、遠回しに僕に対する要求です。これは竜胆国に行ってから少しは政治的な動きをしないといけませんね。まったく……こういうのは僕の領分では無いんですが」



そう言いつつも、アルは楽しそうに笑った。



「惚れた弱みです。少しだけ貴女の王子様として仕事をしましょう」



流し目でそんなことを言われて、心臓が跳ねた。

見た目は少年のままなのに、私はもうすっかりこの姿のアルにも弱い。



「そう言う顔をされると悪戯したくなってきますが……残念ながらあまり時間がありません。部屋に戻って準備にとりかかりましょう」



色々言いたいことはあるけれど、もはや何から口にしていいか分からない。

機嫌の良さそうな少年から視線を逸らし、溜息をついて歩みを進めた。

そして部屋に戻った後、陛下の決定を告げるとダリアもマーヤも驚愕の声をあげていた。

こうなると揉めるのはたった一人の侍女として誰がついていくかだ。

押し付け合いではない、その逆だった。



「老い先短いわたくしが向かうべきでしょう」


「いいえ、何かあった時にすぐ動けるのはわたくしの方ですわ。多少は護身術の心得もございますもの」



ダリアとマーヤ、どちらも自分が行くと言って聞かない。

しかも現地で危険が及ぶこと前提。

死地に赴かんと覚悟までしてくれていると思うと居た堪れない。



「二人とも……なんなら私一人でも大丈夫よ」



さすがに現地で誰もお世話してくれないってことはないだろうし。



「何をおっしゃいます!?イベリス王女様を一人でなどとんでもないことですわ!」


「そうです!お世話に慣れた侍女無しでは必ずお困りになります!」



確かに異文化の地で一人だけというのはかなり心細い。

アルが居てくれるとはいっても私の身の回りの世話の仕方まで知っているわけじゃないから……

現地の生活面で何かあれば私一人で悩むことになるだろう。

さりげなくアルに近付いて、小声で相談する。



「どう思う?」


「悩ましいところですね。ダリアのように護身術を習っている人間は、有事の際の行動がかえって予測しづらくなるので少々厄介です。とはいえ唯一ついていく侍女が老齢となると竜胆国側にはイベリス姫はグラジオラス王国で冷遇されていると判断されかねません」


「どうして?マーヤはベテラン侍女よ。冷遇だなんて思われるかしら」


「彼女がベテランの侍女だということには同意しますが、若い侍女でも能力の高い人というのは居るものです。イベリス姫の立場ならば本来は、若く優秀な侍女が何人もついていてもおかしくありません」


「それは……そうだけど」



カトレアに全部やめさせられちゃったんだから仕方ない。



「竜胆国への道のりは長旅で、体力が必要となるのは言うまでもないでしょう?それなのに年老いた侍女を供にすれば、若い侍女についてくる者がいなかったのではという邪推も生まれます。竜胆国との関係は知っての通りですからね。有事に備えて老い先短い侍女をあてがったのだと向こうも判断しかねません。つまりはイベリス姫の身の安全を、グラジオラス王国側も諦めていると受け取られるんですよ」


「……なるほど」


「侮られると待遇に影響しますし、そうなれば安全性が低くなります。いっそ若すぎる侍女の方がまだ、よほど有能なのだろうという印象を与えられるかと思います。そのハッタリを通せる程度にはダリアは優秀ですし」


「……」



やっぱりアルって私よりは王族向いてるんじゃないかな。



「じゃあ、ダリアの方がいいかな?」


「総合的に見ればダリアでしょうね。これまで見ている限り彼女は頭がいいので、現地での振る舞いをしくじることもないでしょう。もとより今回の訪問で、イベリス姫や侍女が表立って動くべきことはありません。滞在している間に僕が話をまとめてみせます」


「全部アル任せっていうのは嫌だけど……人選については分かったわ」



コホン、と咳ばらいをして、未だに口論している二人に声をかける。



「二人とも、静かに。連れていく侍女はダリアにするわ」


「そんな、王女様どうかお考え直しを!ダリアは辺境伯家のご令嬢です!」



マーヤが悲痛な声を出した。



「生贄にしようっていうんじゃないのよ、落ち着いて。まず、今回の旅にはアルもついて来てくれるわ。騎士は連れてくるなって話だけれど、護衛のことは書かれていなかったもの。そこの穴をつきます。とはいっても堂々と連れて行って締め出されると困るから、潜入っていう形をとってもらうけれど……アルならできるわ」


「そんな、危険ではありませんか?」


「大丈夫ですよ。現地に知り合いもいますのでうまくやれます」



ダリアだけでなくアルまで連れて行くなどとんでもないといいたげなマーヤに、アルが微笑んでそう言う。

まあ、確かに現地にお師匠さんはいるんだけど、囚われの身なので当てにはならない。

とはいえ嘘は言っていないので、私も口を挟まないで置いた。



「ダリアは竜胆国に接する土地で過ごしてきた分、あの国のことも詳しいし、そういう面でも頼りにできるわ。それに竜胆国までは片道二週間かかるというから、マーヤでは体の負担も大きいでしょう」



マーヤが年のせいで侮られるなんてことをストレートには言えないので、多少言葉を選んで伝える。

しかし本人はきちんと裏を読み取ってしまったようで、マーヤは項垂れて首を振った。



「確かに、わたくしがお供するとなると、王女様の体面を傷つけるかもしれませんわね。体力面でも足手まといとなりかねません」


「……マーヤが頼りになる侍女だってことは、私が誰より知ってるわ」


「有難うございます」



気の利いたことを言えないこの口がもどかしい。



「ダリア。私はきっと王子殿下が守ってくださると信じているけれど、貴女はそうじゃないわよね。心細い思いをさせるかもしれないけれどついて来てくれるかしら?」


「もちろんです!長年我が家も切望していたあの地に足を踏み入れ、和平の一歩を踏み出す大役ですもの!」



ダリアは力強く頷いた。

まだ十三歳なのに本当にしっかりしてる子だわ……

こうしてメンバーが決まった後は慌ただしく旅支度が進み、あっという間に四日が過ぎた。





「ダリア、体は大丈夫?」


「嫌ですわ、イベリス王女様。わたくし領地から王都まで行き来するのは慣れているんですのよ。ましてや王室の馬車はこの通り揺れも少ないですし、快適なくらいです」



そうだった。

ダリアは私より旅慣れしてるんだ。


王都を出発して十日。

ダリアの実家があるスパティフィラム辺境伯の領地に差し掛かり、竜胆国との国境が間近になっている。

東の泉よりずっと遠いので、旅慣れしていない私はそろそろ疲れが出てきていた。

乗馬している騎士達に比べればマシなんだろうけど、ずっと馬車に揺られているのも疲れるものだ。


馬車を護衛するのは五十人以上を擁する小隊規模の騎士達。

正妃の邪魔も無く、国王陛下の命を受けてきっちり編隊された精鋭たちだ。

私が見知った騎士もいれば、初めて見る人たちもいる。

馬車にぴったりついている騎士の数が少ないのは、私が男性恐怖症ということになっているが故。

本当はもう改善傾向にあるんだけど、そういうことにしないとアルの仕事が無くなってしまうので未だに周囲にはそう思われている。


姿は見えないけれど、コリー君も追随してくれているそうだ。

ただでさえ大所帯なので野党や魔物は寄ってきにくいけれど、それでも近づくものがあれば対処してくれているらしい。

おかげで旅の道中はいたって平和だ。

ダリアも故郷が近づいているせいかリラックスした表情をしている。



「もうじき道も整えられた区域に入りますわ。本日はわたくしの家でお休みください」


「有難う」



そうしてしばらく馬車に揺られていると、夕方ごろにはスパティフィラム家の屋敷についた。

ダリアの計らいもあり、辺境伯へのあいさつや晩餐は手短に済まされ、早めに部屋で休ませてもらえることになった。

本当に小さいながらできる侍女を持って幸せだ。



「イベリス姫、少し外してもよろしいですか?」



いつものようにベッドにもぐりこもうとした矢先、アルがそんなことを言いだした。



「外す?」


「一度竜胆国に行ってきます。万が一イベリス姫に危険が及ぶような小細工をされているようなら立場を思い出させないといけませんし」


「………今から行くの?」


「ここから龍脈を使えば一時間もせずに竜胆国に入れます。朝までには戻りますよ」



何だかんだで、アルはずっと私の傍にいた。

この半年もの間、彼がいない夜を過ごしたことは無い。

その不安が表情に出ていたのだろう。

アルが苦笑する。



「全く。そんな調子でよく僕に竜胆国へ行ってこいなんて言えましたね」


「だって……」


「すぐ戻ります。今回は騎士達も大勢ついて来ていますし警備に問題は無いと思いますが、もし不安があれば先日差し上げた犬笛でコリーを呼んでください。有事の時以外は半径三メートル以内に近寄らないよう言いつけてありますので、窓の外に控えるはずです」


「それはちょっと可哀想なんじゃ……」


「それくらいでちょうどいいんですよ。……では行ってきますから、良い子にしていてくださいね」



あやすように優しくキスを落とされて、思わず口を閉ざしてしまう。

そして瞬きをしている間に、アルの姿はその場から消えていた。



「……ずるい」



文句を言う隙も無く行ってしまった。

静まり返った室内。

いつもの寝室と違う上に、アルもいない。

その事実にさきほどまでただよっていた眠気が霧散してしまったようで、とてもじゃないけど眠れる気がしない。

コリー君には悪いけれど、話し相手になってもらおう。

ご覧いただきありがとうございます。

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