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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第二章 その褥に竜胆は咲く

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1 師匠の手紙

「あー、極楽ぅ」



岩で囲まれた露天風呂。

もちろんお湯は源泉掛け流し。

降り出した雪が少しずつ周囲の木々を白く染めていく様も風流で、溜まった疲れが溶けていくよう。

しかし、そんな私の幸せをぶち壊す少年の声がその場に響いた。



「そんなことで極楽に行かれては困りますね。僕以外に殺されないでくださいよ」


「ちょっ……何でここにいるのよ!」



いつの間にか背後に立っていたのは、小間使いの黒を基調としたお仕着せを見にまとう少年だ。

その外見は十歳そこら。

夜空を溶いたような黒髪に、翡翠の瞳を持つ美少年。

アルベルト……アルは私の護衛だ。

しかし。



「そんな慌てて隠さなくても。イベリス姫の体で知らないところなんてもう無いんですから」


「そ、そういうこと大きな声で言わないでくれない!?」



慌てて周囲を見回すも、周囲に人影は無い。

一人でゆっくりさせてほしいと言っておいた為だろう。



「小声で囁いて欲しかったんですか?」


「そういうことじゃないわよ馬鹿っ!」


「大丈夫です。女中達は下がっていますので、貴女が幼児趣味だとは誰も知らないままです」


「誰が幼児趣味よっ!アルが勝手にその姿に変身してるだけでしょ!」


「そうですね。ベッドの上では大抵ちゃんと大人の姿に戻りますし、貴女もそんな僕を見て興奮しているようなので幼児趣味は言い過ぎでした」


「だからそういうことをっ!」



思わず真っ赤になって立ち上がりそうになる私の頭を、小さな手がぐいっと押さえる。

そんなに力は強く無いはずなのに、手のひらで簡単に押さえ込まれ、体はお湯の中に引き戻された。

視界が揺れる刹那、アルが懐から何かを放ったのが見える。



「……えっと?」



さきほどまで翡翠のような緑だったアルの瞳が、月明かりを縁取るような濃い青に変わっている。

彼は本来、黒い髪に青の瞳を持つ青年。

緑の瞳の少年は仮の姿だ。

感情が強く動いたときに、瞳の色だけが元の青色へと戻る。

これは私と彼の師匠しか知らない秘密だけど。

呆然とする私のすぐそばに、折れた矢が落ちた。

のどかな温泉風景に似つかわしくない小道具だ。



「僕は仕事をしに来たんですよ、これでも。一人にさせてくれなんて言って、まんまと刺客の餌食になりそうな王女殿下を守った僕って護衛の鑑だと思いません?」



いけしゃあしゃあとそんなことを言われて、一気に頭に血が上る。



「そもそもっ……この国でまで刺客に狙われてるのはあんたのせいじゃないの!」



そう叫びながら再び立ち上がると、妙に重たく感じる頭がぐらりと揺れた。



「う……」


「ああもう、のぼせてるじゃないですか。早く上がらないから」


「さっき上がろうとしたら頭を押さえつけられたのよ……」


「僕が押さえつけていなければ今頃頭に何か生えてますよ」



髪の毛以外の何かが頭から生えるのは嫌だな……



「でもアルなら相手がアクション起こす前に追い払えたんじゃないの?」


「何を言ってるんですか。僕はイベリス姫の護衛ですよ」



ジト目で尋ねる私に、アルはキョトンとしながらそんなことを言う。



「そうだけど……?」


「護衛は、護衛対象に危険が及ばない限り人を殺してはいけないんでしょう?」



確かに少し前、似たようなことをアルに言ったんだけど……微妙にニュアンスが違う。

が、一旦スルーしておこう。



「つまり?」


「遠目とはいえイベリスの入浴を覗いたのですから確実に息の根を止めたいので、相手がアクションを起こすのを待ちました」


「待つな!」



いい笑顔で言うんじゃない!

けれどそう叫んだらまた頭がぐらりとした。

体を隠していた手ぬぐいがはらりと落ちかけたのを、アルがひょいっと拾い上げる。



「やれやれ。誘うのは場所を選んで欲しいですね」


「ちがう……」


「分かりましたから、もう上がりましょう。部屋に布団を用意させますから、誘惑はその後に」


「わかってない……」



ふらつく私の体を支えて上機嫌で歩く少年の姿に、ため息をついた。


イベリス・グラジオラス。

グラジオラス王国の第二王女。

それが今世の私だった。

砂糖菓子のようなピンクブロンドに緋色の瞳。

まるで人形のようなこの美少女に転生していると気付いたのは今年の四月の終わり……今は十二月だから七か月以上も前のこと。


公爵家の子息セロシア様との縁談や、それを発端とした暗殺事件。

一か月後に私を殺すと宣言した少年暗殺者が、その翌日に少年護衛として懐に潜り込んできたのもその時だ。

すったもんだあった末に、暗殺を画策した私の妹カトレアとその母親である正妃は処分を受け、最強の暗殺者……掃除屋の異名を持つアルベルトとは何故だか恋仲に。

セロシア様との縁談を阻止すべく隣国の王子の肩書まで手に入れてくれたアルだけれど、最終的には私の護衛に戻ると言う、訳のわからない事態に落ち着いた。

『王子様として迎えに来るんじゃないの?』という私の問いに『発想になかった』というまさかの返答をいただいたのは一生忘れられない気がする。


しかし今現在、私たちはその隣国……竜胆国に居た。

ことは約三週間前に遡る。

アルのお師匠さんから手紙が届いたことがきっかけだった。





「うう、肩凝ってきたぁ」


「お疲れ様でした、イベリス王女様」



肩を押さえる私をそう労い、優しく声をかけてくれたのは、八月に誕生日を迎えて十三歳になった少女、ダリアだ。

彼女はグラジオラス王国の辺境伯家の御令嬢であり、今は私の侍女として仕えてくれている。

明るくて頭もよく、恋愛話が好きな可愛らしい女の子で、私にとっては貴重な友人でもあった。



「最近はお勉強をよく頑張っておいでですからね」



いつもは厳しい侍女頭のマーヤもそう言ってくれたる。

マーヤは私が幼い頃から仕えてくれている、五十過ぎのベテラン侍女だ。

カトレアの策略により、侍女がマーヤ一人となってしまっていた時期もある。

その時にはとても苦労をかけたけれど、それでもずっと支えてくれた。

色々落ち着いた頃に感謝を込めてブローチを送ったところ、『これ以上問題を起こさず居てくださることが一番のプレゼントなんですがね』なんて小言を言いつつも、その日以来毎日身につけてくれている。

さらに、ダリアが来てからは侍女頭という役職に昇進した。

ダリアが連れてきてくれたメイドもあわせて取りまとめる立場になったんだけど、人手が増えた分かえって楽になったと喜んでいる。

腰を押さえて辛そうにしている姿を見なくなったので、私もほっとしているところだ。



「アルベルト、王女様がお着替えなさるから少し下がりなさい」


「はい。扉の外にて控えております」



マーヤの言葉を受けて、アルが恭しく礼を取る。

暗殺者である彼が、この少年の姿で護衛として潜り込んできた時には生きた心地がしなかったものだ。

人前では少年らしく振舞っているアルのことを、まさか暗殺者だなんて疑う人は誰も居ない。

真実を知っているのは私だけなわけで、いつ殺されるともしれない恐怖があった。

こうして暗殺者をやめて名実共に護衛となった今でも、彼の正体をマーヤ達は知らない。

……まあ、アルは護衛の為に夜には寝室にまでついてくるんだから、知ってたら許されていないことだろう。

ちなみにアルも転生者で、前世でも同じような稼業をやっていたという生粋の暗殺者。

そんな彼が暗殺者をやめて護衛として生きると言ったのは私の為だった。

嬉しいんだけど、護衛と王女では結婚なんて不可能なので少し複雑だ。

とはいえ歪な関係ながらもこうして恋人は常にそばに居てくれて、良い侍女たちにも恵まれている。

暗殺事件から半年、私は平和な日々を送っていた。



「ちょっと、ちょっと待って!」


「待てません」



すっかり夜が更け、侍女たちが全員下がった夜。

いつものように、寝室には私とアルの二人だけだった。

ベッドに横たわる私にのしかかってきているのは、細身ながら引き締まった筋肉が服の上からでもわかる美男子。

黒い布を巻き付けたような装束がよく似合う。

これがアルの本来の姿だ。

彼が王城の中でこの姿に戻るのはこの部屋だけと言っていい。

理由は口にしづらいけれど、まあ……今まさに迫られているところである。



「無理!先週も体が痛くて立つのが辛かったのよ!いい加減マーヤ達に怪しまれるわ。しばらく体休ませてよ!」


「怪しまれたところでまさか僕が手を出しているなんて思われませんよ。寝相が激しいのだと思われるだけでは?」


「それはそれで嫌よ!」



筋肉痛になるような寝相ってどんなのよ!

腕を突っ張って抵抗する私を見て、目の前の美男子は見せつけるように舌なめずりをする。



「あんまり抵抗されると酷くしたくなるんですが、構いませんか?」


「構うに決まってるじゃないの!」


「イベリス姫が可愛いのが悪いんです。僕は悪くない。そうでしょう?」



ぐっと体勢を低くして、上目遣いでそんなことを言う。

甘えるような声色に、思わず抵抗を弱めてしまった。



「……これで引いてくれるんですから、イベリスは優しいですね」



忍び笑いを零したアルは、優しく私の頬に口づけた。



「卑怯よ……」


「こんなのが効くのはイベリスくらいです」


「そうかしら」



アルベルトは文句なしの美男子だ。

猫っ毛の黒髪はふわふわしていて柔らかいし、大きくたれ目がちな青い瞳は時に酷薄な印象も受けるけれど、今は甘く細められている。

通った鼻梁も白い肌も、溜息を零して見つめる令嬢はたくさんいるだろう。

私が社交界に出る時には少年の姿で護衛としてついて来てくれることが多いけれど、その姿ですら美少年だと称賛を受けることが多いのに。

そんなことをブツブツ言う私を見て、アルはまた笑う。



「また嫉妬してるんですか?可愛いですね」


「……私、そんなによく妬いてる?」



確かに、先日の舞踏会でアルが十二歳くらいのご令嬢から声をかけられていたのを見て、その後大人げなくもしばらく拗ねてしまったことがあった。

そう言う時のアルは心底楽しそうに、拗ねている私を眺めているのだ。

機嫌を取ってくれないのがたちの悪いところ。



「嬉しいですよ。妬いてください。世界中の女性を呪うくらいで良い」


「何も良くないわよ……」


「僕も貴女が他の男に触れることがあれば、その指を切り落としたくなるくらいですからおあいこです」


「おあいこって言えるかしら!?」



アルの何が問題だって、性格の悪さじゃない。

いや性格の歪みっぷりはすごいんだけど、ヤンデレ属性持ちなのが厄介だ。

前世のトラウマの影響で、好意を抱いた相手ほど殺したくなるなんて言うとんでもない癖を持っている。

一応『貴女は生きたままで見ていたい、今のところは』というお言葉を頂いたんだけど、まあ何かのきっかけで殺されるのではという危機感はゼロじゃない。

愛が重すぎて圧死しそう。



「本当に切り落としたりしませんよ。貴女が僕に触れてくれなくなるのは悲しいですからね」



そう言って私の手を取り、自分の顔に当てて頬ずりしてくる様はまるで猫のよう。

幸せそうに眼を閉じる姿を見ていると、好きにさせたくなってしまう。

ああ……本当に質が悪い。

私が目を奪われているのに気付いたかのように、そっと顔をずらして手のひらを軽く食んできた。

流し目で青い視線を向けられると、それだけで私の体は自由を失ってしまう。



「……その顔、一番そそられます」


「そのっ、顔って何っ……」



赤い舌が手のひらをくすぐる感覚に耐えながらそう返せば、青い瞳が獰猛に細められた。



「追い詰められた獲物みたいな顔です」



このケダモノ。

そんな悪態をつく余裕は、それ以降与えてもらえなかった。





「主人、いい加減腕キツイっす……!」



そんな声が聞こえて意識が浮上した。



「声が大きい。それくらい耐えなさい馬鹿犬」


「無理っす……!連日の過酷な任務でおいらの体は悲鳴をあげているっすよ……!その状態で長時間壁に張り付くのはきついっす。せめて、窓の淵に手をかけさせて…」


「手をかけるだけなら許します。顔を上げて部屋の中を見たら殺しますよ。全く……お前が騒ぐせいでイベリス姫が起きてしまったでしょう」



窓際に立ちながら、アルが誰かと話している。

声からして、相手は若い男性だろう。

しかし、いつの間にか少年の姿に戻っている彼の傍には誰も居ない。

おそらく窓の外に誰かいるのだろう。

アルは顔はこちらに向けたまま、手には何故だか白い布を抱えている。

私と目が合うと、翡翠の瞳が優しく下げられた。



「起こしてすみません。まだ夜明けまでは時間があります。寝ていてください」


「誰かいるの?」


「駄犬が窓の外にぶら下がっているだけですからお気になさらず」


「駄犬とはひどいっす。おいら結局お姫様の顔見たこと無いんすけど!」


「見なくていいです。減ります」



私は今薄いシーツを被っているだけで裸の状態なので、確かに見られては困る。



「酷いっす…」


「とにかく、手紙は受け取りました。あと、これもいつものように頼みます」



アルが窓の外に白い布を落とした。



「ぶへっ……あのっすね……洗濯物にこれ紛れ込ませるの結構大変なんすよ。王族用のシーツって特別に扱ってるみたいなんで、洗濯場に急に持ち込んだり、代わりのシーツ持ち出すと疑われるっていうか」


「そうですか。その程度の工作もできないと。これは別の犬を育てないといけませんかね」


「やるっす!おいらできるっす!捨てないでくださいっす!」


「良い子です。では行きなさい」



シッシッとアルが手を振り、それきり窓の外には視線もやらずに私の方へと戻ってきた。

今のが誰なのか聞きたいところだけれど、それ以上に気になることがある。



「……シーツ……って……」



そういえば、今まで気にしたことが無かった。

起きた時にシーツの汚れなんて見たことが無かったから。

でもよく考えれば痕跡くらい残っていても不思議ではないし、痕跡があればマーヤ達が大騒ぎする。



「大丈夫です。あの犬は優秀ですから、ちゃんと洗濯場に回してくれます。これまでも騒ぎになっていないので問題ありません」



騒ぎになっていなくても、見ず知らずの人に今まで何度も後始末をさせていたという事実は変わらない。

頭を抱えた。



「は、恥ずかしい……」


「それはいけませんね。僕以外の人間がイベリスを辱めるなんて……殺しますか」


「やめて。大丈夫。もう恥ずかしくないわ」



でも一つだけ言えるとしたら、私を辱めているのは他でもないあんただ。



「さっきの人はアルの仲間なのよね?」



なんか犬呼ばわりしてた気がするけど。



「そうですね。僕の子分みたいなものです」


「暗殺者なの?」


「いえ、仕事としては僕の小間使いです。暗殺技術も仕込んでいますし、仕事に必要であればその技術も使いますが……ギルドに登録していませんし依頼を受けさせても居ないので、暗殺者とは呼べないでしょう」



どっちにしろなんか物騒なことには変わりなさそうだった。



「師匠との間の伝令役に使ったりもしています。見つかると困るのでいつもはすぐに帰るんですが……今日はちょっとごねられましてね。起こしてすみません」


「それはいいけど……何かあったの?」



アルの表情が曇り気味なのが気にかかる。



「いえ、何も」


「嘘。絶対何かあったわ。教えてよ」



じっと見つめると、アルが観念したように溜息をついた。



「師匠から手紙が来たんです」


「お師匠さんから?なんて?」



私の問いかけに、アルは眉を顰めてうんざりしたような顔で答える。



「竜胆国に戻れ、と」

ご覧いただきありがとうございます。

ブックマークや評価、感想などとても嬉しいです!

応援に感謝して、もう少し続きを書かせていただくことにしました。

二十話弱の予定ですのでぜひお付き合いくださいませ。

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