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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で

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おまけ 王女と元暗殺者の舞踏会・後編

「第二王女殿下、お戻りですか?」



会場を出ようとする私に声をかけてくれたのはレイモンドだ。

帰りもエスコートしようと待機してくれていたのだろう。

しかし手を差し出そうとする彼を押しとどめたのはアルだった。



「イベリス姫はご気分が優れないようですので、僕がお連れ致します」



わざとらしく困ったような顔をして私をレイモンドからそっと離す。

その様子を見てレイモンドは何かを察したように息を呑み、自らもさりげなく距離を置いた。



「失礼いたしました。ごゆっくりお休みくださいませ」



そんな真面目な騎士に会釈して、アルは私の手を引いて歩き出す。



「……あれ、誤解されてない?」


「何がです?」


「何がって……」


「男性恐怖症のイベリス姫が頑張って招待客の対応をしていいたものの、限界が来たと思われるだけでは?」



それを誤解という。



「イベリス姫には、僕が居ないとダメなので」


「………」



その言い訳の為だけに、私は未だに男性恐怖症ということになってるのよね……

いや、でもアルがいないとダメだというのは否定できない。



「さっき、有難う」



足がすくんでいた私を助けてくれたのも、腹の探り合いみたいな対応にうんざりしていたところで助け舟を出してくれたのもアルだ。

確かに私は彼が居ないとダメだった。

けれど本人は素知らぬ顔で、また『何がです?』なんて返してくるので私も『何でもない』と言い返す。


女心を察してくれないくせに、ああいう時には絶対助けてくれるんだから。

優しいところもあるんだ。

それは東の泉で、たった一輪の花のために体を張ってくれた時から知っていた。

きっと私が彼を好きになったのは、それがきっかけだった。

だから。



「あと、ごめん」



ちゃんと謝ろうと思ってそう口にした。

きっとまた『何がです?』とか返されるんだろうと思ったのに、アルはこちらを振り返って疲れたように言った。



「もう何度も聞きましたよ」


「え?」



何度も?

何の話かと尋ねるより先に、アルが再び口を開いた。



「それとも、他の男と腕を組んで歩いたことを謝っています?」


「……気にしてたの?」



ここでその言葉が出てくると言うことは、アルも少なからず引っかかっていたということだろう。



「良い気分ではありませんね。高貴な女性が男性にエスコートされるのは当然のこととはいえ……あの時ばかりは竜胆国の王子として緊急訪問しようかと思いました」


「……してくれても良かったのに」


「そんな事をすれば、いよいよ言い逃れができなくなるでしょう。王子どころかショーグンにさせられかねません。何度も言いますが僕に王族は無理なんです」


「そうかしら……私よりは向いているんじゃないかと思ったけど」


「本気で言っています?」


「貴族たち相手に一歩も引かずに対応できそうだし」


「それくらいはできますが……思い出してください。僕は王子どころか隙あらばショーグンにされそうなんですよ。国のトップです。僕に国を治めるなんてできると思いますか?国を富ませることにも国民の生活の改善なんてものにも全く関心が無いのに」


「………」



それを言われると……確かに国民が不幸になる未来が待っていそう。

王族なんて気軽になるものじゃない。

当たり前のことだけど改めてそう思う。

そうこう言っている間に、いつの間にか庭園まで出てきていた。

建物の間にとりあえず作っておいたような狭いその庭に人影はない。

私もほとんど来たことが無いような場所だ。



「あれ、何でこっちに来たの?」


「今聞くんですか……」



私の宮とは全く違う方向に歩いていたらしい。

謝らなくちゃということに頭がいっぱいで気づいていなかった。



「しかも、警備に全く会わなかったわね」



一応ここは外交にも使用される宮殿で、今日は舞踏会も行われている。

いつも以上に警備の数は増やされているはずだ。



「警備を避けて歩きましたので」


「………」



そんな簡単に避けられては警備の意味がないんだけど、この男に言ったところで今更だろう。



「とはいっても、ここもあと十五分もすれば巡回が来ます。早めに済ませますよ」


「済ませるって……何を?」



私から手を離したアルは、近くにある木の上に登っていった。

星あかりくらいしかないこの場所は暗く、木の陰に紛れたアルが何をしているのか全く見えない。

物音も聞こえないので、本当にそこにいるのか不安になる程だ。



「アル?」


「はい」



おそるおそる呼びかけた私の声に答えたのは、先程までの少年の声ではない。

同時に木から降り立った人物は私より背の高い、黒づくめの成人男性だった。



「な、何してるの!」



アルの本来の姿。

私の寝室では……まあいろいろあってこの姿に戻ったりもするけれど、基本的にこの姿は人前では見せないように隠している。

こんな王宮の庭園でこの姿のアルが見つかれば大騒ぎになること間違いなしだ。

最初は不審者として、そしてその後は竜胆王国の王子として。

それは避けたいと本人も言っていたばかりなのに。



「何してるって、貴女のご希望を叶えようかと」


「ご希望?」



目を瞬かせる私の前で、アルが跪く。



「踊っていただけますか?」



それは男性が女性をダンスに誘うときの定型文。

私だって記憶を取り戻す前に幾度も聞いた。

だけど、目の前の相手から聞けるとは思わなかった言葉だ。



「どうして……」


「これがお望みだったのでしょう?」



確かにこうなったらいいななんて考えたことはある。

でも叶わぬ願いだと分かっていたから、口にすることは無かった。

それなのに、なんで。



「分かりますよ。貴女は僕に王子様として迎えに来てほしいなんていう、かなり夢見がちなロマンチストですからね」


「馬鹿にしてるわよね?」


「いいえ、呆れているだけです」



あんまり変わらない気が。

渋面を作る私に、アルは笑った。



「ですが、そこも貴女の可愛いところです」


「………」


「イベリス姫に夢を抱かれるのは悪い気はしません。全てを叶えてあげることはできませんが、ダンスを踊るくらいはできますから」


「……踊れるの?」


「おそらく」



おそらくて。



「前世では幾度か踊ったことがあります」


「……前世で、アルが?」



お師匠さんから聞いた限りでは、アルは前世でも貴族ではなかったようなんだけど。



「前世のボスは人使いが荒くて……社交界に潜入して工作が必要だったこともありましたので」


「……暗殺者の仕事ってこと」


「時々暗殺者の枠を超えた依頼をされたんですよ。ああ、そういえば一度だけ護衛の仕事も振られましたね。護衛対象に危害を加えようとする人物を殺すのが一番の目的でしたから、これは本業とそんなに変わらなかったんですが」



ダンス前に聞く話題じゃなかった。



「今世でも何度か舞踏会の様子を見たことはあります。前世のダンスと少しステップが違うんですよね。練習したことは無いので上手くなくても大目に見てください」


「……大丈夫、私がリードしてあげる」


「頼もしいですね」



アルの手を取ると思いのほか堂に入ったホールドで迎え入れられた。

記憶を頼りにという割には迷いのない足取りで、私がリードする隙など無い。

……潜入のための記憶力や対応力は本当にハイスペックだなと舌を巻いた。

ダンスの先生ほど上手とはいかずとも、決して下手とはいえない腕前だ。

無造作に伸ばされた黒い髪の隙間から覗く青い瞳が、私の視線を受けて微笑んだ。


舞踏会の会場から微かに音楽が聞こえる。

草木が風に揺れる音で掻き消えてしまいそうなほど微かな音だ。

シャンデリアに照らされた煌びやかな会場ではなく、僅かな月明かりに照らされた薄暗い庭園。

私の手をとるのは、世闇に溶けて消えてしまいそうな美しい黒髪と真っ黒な衣装を身にまとう男。

思い描いていたのとは全く違うけれど、私が好きになった元暗殺者にはこの空気の方がよく似合う。

二人だけの秘密のダンスというのも、案外ロマンチックだった。

先ほどの口ぶりだと、この時間に人目が無くなるこの場所のことも事前に調べてくれていたんだろう。

私が諦めかけていた『アルとダンスを踊ってみたい』という願いを叶えるために。

そう思うとジーンとしてしまう。



「有難う、アル」


「機嫌が直ってしまったようですね」



素直にお礼を言ったら、引っかかる返答をされた。



「……直っちゃダメだったの?」


「駄目とはいいませんが、あの拗ねている姿が見れなくなるのも惜しいなと」


「………」



私は喧嘩の間中ずっとハラハラドキドキしていたというのに、もしかしてこの男は楽しんでいたとでもいうのか。



「……私に嫌われたかもとかは思わなかったのしら?」



私は思ったのに。

というか親しい人と喧嘩が長引けば、少しくらいそういう不安がよぎるのが人情ではないのか。

唇を尖らせる私に、アルはまたいい笑顔を向けてくれた。



「僕に嫌われていないかチラチラと様子をうかがっている姿は、いつまで見ていても飽きないほど愛らしかったですよ」


「………」



性格悪いわ、本当に。

私がそんな態度だったから、嫌われているかもという不安を感じずに済んだということか。

私ばかり気を揉んで、なんだか損した気分だ。



「これでっ、私がアルなんか嫌いだから出て行ってとか言ったらどうするつもりだったのよ!」


「まずは僕の家に拉致します」


「……ん?」



間髪入れずに返された言葉が予想外で、一瞬理解が遅れた。



「仮にも王女様ですからね。本気で拒絶されると警備が厳しくなって攫いにくくなりますので、警備を強化される前に城から連れ出してしまわないと」


「……えええ」


「ですが生活に不自由させたくは無いので、竜胆国に屋敷と人を用意してもらってそちらに移り住みます。この国に留まるといつ王家の手が及ぶかわかりませんから。竜胆国は竜胆国で、またショーグンに会うとうるさそうなので気が進まないんですけどね」


「……城を明け渡すから代わりに将軍になれって言われるんじゃない?」


「それは避けたいところですが、最低でも戦力の提供を求められるでしょう。ショーグンの求めに応じて暗殺業を再開するのが一番現実的でしょうね。貴女にますます嫌われそうですし、傍に居られる時間が減りそうで僕も嫌なんですが」


「ていうかとっさの回答にしては具体的すぎるわ……」


「もともと考えていたことなので」


「え?」



考えていた?



「竜胆国の王子として公爵家へ伺ったあの日、イベリス姫が僕を拒絶するようなら、そのまま竜胆国へ攫うつもりでいました。実はそれなりに下準備もしていたんですよ。貴女をつれて国境を超えるためのルートも検討していましたし」


「………」



意外にもネガティブだった。



「でもそれって……私が拒絶してる状態でやったら駆け落ちじゃなくて誘拐監禁よね?」


「そうとも言えますね」



それ以外になんて言うのだろうか。

相変わらずサラッとヤンデレ発言するんだから……



「アルを好きで良かったわ……」



そんな展開は私もアルも幸せとは言い難い。

避けられて良かった。

そんな私の言葉を受けて、青い瞳が優しく緩む。

喜んでいるようだ。

いやまあ……実際は嫌いになってもおかしくないと思うんだけどね。

何で私こんなヤンデレが好きなのかしら。

我ながら失礼なことを考えながらアルを見上げると、見透かしたかのように苦笑される。



「大丈夫です。本当に貴女が……どうしても辛そうだったら、解放してさしあげますよ」



瞳を伏せて、物憂げにそう言う姿を見て私は……



「この世から?」



思わずそう尋ねたけれど、返ってきたのは笑い声だった。







「散々焦らされたんですから、もう少し付き合ってほしかったんですけどね」



隣で力尽きたイベリスの寝顔を見て、アルベルトは溜息をついた。

触れられない期間が長期化したのは自分が望んだことでもあるかと諦めて上体を起こし、周囲を伺う。

誰かが部屋に近付いている気配はない。

仮にも王女の寝室だ。

今日はいつもより()()()()しまったのだが、外には聞こえなかったようだとアルベルトは安堵した。

以前は隣の部屋で控えていたマーヤも、最近は自分の部屋へ戻るようになっている。

声を張り上げて呼ばない限りは見張りの兵士もやってこない。

寝室にアルベルトという護衛がいることに安堵しているためだろう。

まさかその護衛自身が王女に手を出す男だとも知らずに。



「んー……」


「起きました?」


「……アルのばかー」


「……酷い寝言ですね」



それっきりまた沈黙してしまったイベリスの頭をそっと撫でて、アルベルトは数時間前の会話を思い出す。

『私がアルなんか嫌いだから出て行ってとか言ったらどうするつもりだったのよ』

口に出された時、本当のことを言うとひやりとした。

その願いだけは……叶えられない。



「……もし、貴女が僕から離れることを望んだら……」



もし、そうなったなら。

すかさずその体を抱いて、暴れるのも構わずに窓から飛び出して。

騎士達の怒号を聞きながら街中に隠れる。

きっと怯えるだろう彼女がそれ以上恐怖を感じずに済むように、睡眠薬でしばらく眠っていてもらって。

その間に国境を越え、将軍を脅し……ではなく頼って……十分な環境を整え、何不自由ない生活だけは約束しよう。


そんな、イベリスが聞けばまた顔をしかめそうなことを考えながら、アルベルトは髪をかき上げた。

この過激な空想をするのは今に始まったことでは無い。

竜胆国を襲撃してイベリスを迎えに行く準備をしていた時から、王女の護衛として戻ってきた後にも……何度も何度も考えた。

ほんの数日前にだって思い描いたことだ。

問いかけにすぐ答えられてしまう程度には、頭にある仮定だったのだ。

アルベルトにとってイベリスは、面倒で厄介で夢見がちで純粋で愛らしく明るい……とても自分とは交わりえない世界の住人だった。

それが今、こうして肌を重ねられるほどの関係にあるというのは奇跡のような話だ。


イベリスの感覚からすれば自分は異常者であり恐怖の対象であろうことを、アルベルトは十分理解している。

それでも一緒にいるために、イベリスが少なくない譲歩をしていることも。

アルベルトもそれなりに譲歩をしているつもりだが、イベリスにとってはまだまだ足りないに違いない。

気遣いが足らず怒らせてしまうことも少なくない。

この関係は薄氷の上にある。

だからアルベルトはいつも考えていた。

誰かにイベリスを奪われそうになったらどう対応するか。

彼女に嫌われたらどう行動するか、と。

そんな中でイベリスが見せた、アルベルトに嫌われたのではと不安がる様子は、彼にとっては慰めでしかなかったのだ。



「愛していますよ、イベリス」



ストロベリーブロンドに口づけながら、アルベルトは思う。

果たしていざ彼女に拒絶されたとき、自分は本当に動揺せず計画通りの行動を起こせるのだろうか。

そして彼女が辛そうにしていた時、告げた通り解放してやることができるのかと。


『本当は愛している』なんて言葉を死に際の彼女が口にすることを期待して、その首にナイフをつきつける……そんな光景が頭をよぎって、掻き消すようにイベリスの体を抱き寄せた。

願わくばこのぬるま湯のような時間が、もうしばらくは続くようにと祈りながら。

ご覧いただきありがとうございます。


恋人の夢をかなえてあげたい割に、それを『早めに済ます』とか言っちゃうデフォルト低デリカシーなアルベルトです。

悪気はないです。

早くしないと見つかるし、という任務感が先立ってるだけです。

彼なりにイベリスをめちゃくちゃ大事にしてます。

そういうところの気の遣い方がへたっぴなのです。

たまに自分でも気付いてひっそり『そのうち嫌われそうだなー』とかへこみます。表には出しません。


……っていうのが好きなんです。

そんな私の好みを詰め込んだおまけ、少しでも楽しんでいただけたら幸いです!

これで終わりのつもりですが、まだポイント増え続けて応援していただけているようなので、

もしかしたらそのうち続編とかやるかもしれません。

余裕ができれば……できたらいいな……

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[一言] 続編をー! 希望しますーーーーー! デロデロなヤンデレをーーーー プリーーーーズ!
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