表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/59

おまけ 王女と元暗殺者の舞踏会・中編

「おやすみなさい、イベリス姫」


「……」



いつものように寝室の傍に控え、私にそう告げる少年。

私がその言葉に何も返事をしなくても、表情一つ変えない。

明日はとうとう舞踏会当日だ。

つまりはかれこれ一週間、この光景が繰り返されている。


……すっかり謝るタイミングを逃してしまった。


アルに物申したいこともあるけれど、自分の子供っぽい言い分を押し付けたのは悪かった。

こうして無視を続けているのも非常に態度が悪い。

自分でもそう思うのに、どのタイミングでやめればいいのか分からなくなってしまった。

こんな喧嘩の仕方、今世でしたことはないし、前世ではあった気がするんだけどどう仲直りしたのか覚えていない。

どうしたらいいのか、過去の経験は全く役に立ってくれないのだ。


ベッドにもぐりこんで唇を噛む。

一緒に舞踏会が無理でも、ドレス姿を見せて綺麗だの一言くらい聞きたかった。

アルのことだからそんな気の利いた言葉は言ってくれない気がするけれど、もしかしたらってこともある。

そうだ、明日一番に謝ろう。

誰かが聞いたら今謝ればいいのにと言われそうだけど、二人きりの時だとまた喧嘩になりそうだから、マーヤかダリアが居る時に。

……アル、許してくれるかな。

全く表情も態度も変わらない彼が、今怒っているのか気にしていないのかもよく分からない。

それが怖くて謝れずにいるのもある。


私が意地を張ってさっさとベッドに入るようになってから、アルは全く私に触れてこなくなった。

拗ねている相手にそんな気分にならないのだろうか。

もしかして私に興味が無くなってしまったのだろうか。


でもたぶん、本当に怒ってたり、興味が無くなったりしたら……護衛やめてるよね?

殺すとかにはならないだろう。

彼は嫌いな相手なら、むしろ殺す気を無くしそうだ。

……それってすごく平和なことなのに、考えると悲しくなってくる。

殺されたいわけじゃないのに。


そんな、ここのところ毎晩考えていることを今夜も考えながら目を閉じた。

明日謝ろうと言う決心も毎晩のようにしているのだ。

いや、明日こそは。

本当に謝るから、明日は絶対。

そう考えながら一向に実行できていない報いだろうか。

このところ夢見が悪い気がする。

アルが起こしてくれているのか、そんなに長引いている気はしないんだけど。

記憶が無いから本当に起こしてくれているのか定かではない。

もし起こしてくれるのを覚えていたら、怒っていないとそれで分かったかもしれないのに。

そんなことを考えつつも、意識はゆっくり沈んでいった。





「……イベリス姫」



ひく、ひくっと不自然な息の吸い込み方をして喘ぐ目の前の少女。

その肩を優しく揺り動かしながら、アルベルトは彼女の名前を呼んだ。

出会ったころから変わらず、彼女は今でも時折悪い夢にうなされる。

そしてこの一週間は毎晩のようにこれが起きていた。

最近は頻度が下がっていたというのに……

自分とうまく話せていないせいなのだろうかと考えて、アルベルトは頬を緩ませる。

世間一般的には意地が悪いと言われるのだろう。

自分のせいで相手が思い悩んでいる姿を見て喜ぶのは。


しかしながら息ができずに苦しんでいる様をずっと見ているのは流石に忍びないので、こうして夜毎やさしく悪夢から起こしてはいるのだ。

幾度か揺さぶると、イベリスの瞳がうっすらと開かれる。

春に咲くひなげしの花のように、柔らかな赤い色。

涙で濡れるその色を見て、吸い込まれるようにアルベルトはその瞼に唇を寄せた。



「ん……」


「……イベリス姫」



微かな吐息に煽られて口づけを唇にも落とすと、それに促されたようにイベリスは口を開く。

アルベルトが彼女の腰へと手を伸ばすよりも早く。



「ごめんね、アル……」


「……もう何度も聞きましたよ」



風の音に掻き消えそうなほど微かな謝罪に、ため息交じりにそう返す。

こうして起こすたびに、彼女は同じ言葉を口にするのだ。

しかし。



「……また寝ましたか」



規則正しい寝息が聞こえてきて、アルベルトは肩を落とす。

彼女はどうやら、この時の記憶が無い。

翌朝にはまた『いつ謝ればいいのだろうか』という苦悩を顔に張り付けて、強張った目でアルベルトを見る。

加えて毎度、この行き場の無い手をどうしたものかと渋面を作る羽目になるのだ。

何度か、眠りを妨げてでもこの持て余した衝動を受け止めてもらおうかと思ったのだが、そんなことをすればうやむやのまま彼女は機嫌を直してしまう。

せっかく自分のことで悩んでいる姿を見せてくれているのにそれは勿体ないと、ぐっと堪えているのが現状だ。



「悩ましいのは、お互い様ですよね」



そんなことを呟いて、アルベルトは小さな背中を再び寝室のドアへともたれさせた。





マーヤとダリアが来たら謝ろう。

今日こそは。

だってドレス姿を褒めてもらえるかもしれないのだから。

そんなことを考えていた私は甘かった。


舞踏会のために肌や体のコンディションを整え、舞踏会参加者に関する情報をおさらい、そしてドレスの着付けにヘアメイク。

これは私だけではなくダリアもしなければいけないことなので、それはもう朝から慌ただしかった。



「王女様、どうか侍女かメイドをもう一人……いえ、あと二人増やしてくださいませ」



マーヤがかつてないほどの真顔でそう懇願してきたほどだ。

私は黙ってうなずくしかなかった。

ごめん、舐めてた。

マーヤ自身も久々のことだったのでちょっと舐めていたのだろう。

ダリアのお世話までしてくれているので負担は二倍だ。



「来月お父様が王都に来るとき、何名かメイドを連れてきてもらいますわ」



ダリアも目を回しつつ、そう言ってくれた。

立っている者は護衛でも使えとばかりにマーヤはアルにもあれこれ頼みごとをする。

護衛なので私の傍から離れることこそないものの、アルも部屋の中をあちこち走りまわされていた。

流石体力が違うと言うか、一人だけケロッとしているけれど。

一足先に会場へと向かうダリアを見送り、私も最後にアクセサリーを身に着け、マーヤからほつれやほこりが無いかの最終チェックを受ける。


そうこうしている間に時間となり、謝るどころか完成した姿をしっかり見てもらう暇も無いまま、『王女殿下、お迎えに上がりました!』と騎士から声がかかった。

今日も部屋の前で番をしてくれている兵士のタイラントに短く礼を言ってから会場へと向かう。

迎えに来てくれた騎士は、東の泉旅にもついて来てくれた近衛騎士の一人だった。

名前はレイモンド。

彼はあの一件以降私に良い印象を持ってくれているようで、時折顔を合わせることがあるとにこやかに挨拶して礼を尽くしてくれる。

数少ない私が心を許している騎士ということで、会場までのエスコートは彼がしてくれるようだ。

流石に会場までの道のりを、エスコート無しに王女がぽつんと歩くのは外聞が悪いらしい。


他の男性の腕をとって歩く姿を見て、気を悪くはしないのだろうかとちらりと後ろを振り返る。

パーティー会場でも浮かないように、とトラインが世話をしてくれたらしい盛装姿のアル。

黒の燕尾に、瞳の色に合わせた青のタイ。

元が綺麗な顔立ちなので、同年代の女の子たちが騒ぎそうな美少年がそこに居る。

……何食わぬ顔で。


私はアルが会場で女の子に声をかけられるのではと早くも冷や冷やしているのに、アルは目の前で私が他の男性と腕を組んでいても何も思わないらしい。

眉間に皺が寄りそうになるのをぐっと堪えていると、隣のレイモンドが不思議そうに声をかけてきた。



「第二王女殿下?」


「は、はい?」


「……到着しましたが」


「あ」



いつの間にか会場についていたようだ。

大きな扉の向こうに大勢の人の気配。

身分が低い者から準備会場入りするので、おそらく招待客は全員入場しているだろう。

今更ながら、緊張する。



「イベリス第二王女殿下、ご来臨!」



会場の中からそんな声が聞こえて、扉がゆっくり開かれる。

それと同時にレイモンドはそっと私から離れて脇へと下がっていった。

レイモンドの仕事はここまでだ。

このまま会場に入ると私の新しい婚約者候補かと誤解されるので一緒には入れない。


まばゆいシャンデリアの光に照らされた会場が視界一杯に広がり、その中に立つ大勢の人々の視線が私へと突き刺さる。

久しぶりの公の場。

そして今現在、疑惑がうずまいている王家の娘。

向けられる感情が好ましいものばかりでないことは予想していたけれど、いざ目の当たりにすると足がすくんだ。


……ど、どうしよう。足が。


王族たるもの威厳をもってゆったり動くべき、とはいえいつまでも固まっていれば流石に何事かと思われる。

だけど背筋から足にかけて、棒が入ったように体が動かない……



「全く、困った人ですね」



そんな小さな声が聞こえたかと思えば、私の背中を何かがトンと押した。

その勢いに押されて一歩足を踏み出すと、呪縛がとけたように体が動き出す。



「後ろには僕が居ます」



隣でエスコートしてくれる王子様は居ない。

けれど後ろを支えてくれる護衛が居る。

久しぶりに聞いた気がする、ほんの少しだけ甘やかすような、困った子供を諭すような声。

ただそれだけで瞳が潤みそうになるのをぐっと堪えて会場に足を踏み入れれば、その場の全員がそろって頭を垂れた。

……ザッって音がした。

今更だけど私って王族なんだなと、頭を下げられた側ながら慄いてしまう。


そして王族の為に用意された場所まで移動し、私もそのまま頭を下げて礼を取った。

今日の参加者の中で、王族としては私が一番下っ端だ。

私が入場した後は、王位継承権のある兄弟達やその妃、そして国王の側妃、最後に国王陛下の入場が待っている。

その間ずっとこの姿勢で待っていないといけないのだ。

軽く見積もっても十五分はかかる。

……腰がやられそう。

重厚な音楽のみが流され、誰一人無駄話などしない。

そんな不敬を見咎められれば物理的に首が飛ぶのだから当然だろう。


そうして国王が入場した後はさらにその演説が待っていて、私は全校集会の校長先生のお話を思い出した。

そういえば校長先生の顔ってもう思い出せないわね……カツラ疑惑があったことは覚えてるんだけど。

お城の舞踏会っていっても、現実はあんまり夢が無い。

長い演説が終われば、今度は挨拶の列が目の前に出来上がる。

他の王族への挨拶か、久々に見る話題の王女への挨拶か悩んだ末に流れてきた人々だ。



「ますますお美しくなられましたね」



そんな賛辞を寄こしてくれるのは大体、男性だった。

だけど視線が胸をチラチラ見ているの、気付いてますよと言ってやりたい。

別にあんた達に見せたくて磨いている体じゃないのよ。



「しばらくお姿をお見掛けしておりませんでしたので、何があったのかと心配しておりました」



そう心配を装って嫌味や探りを入れてくるのは、権力者のおじさんや香水くさいご令嬢だ。

時々本当に心配してくれているらしい人もいるんだけれど、圧倒的に裏のある人物が多い。

……ああ、本当に夢が無い。

お城の舞踏会、なんていって浮かれていた少し前までの自分の頬を打ちたくなる。

こんなの、前世の記憶が戻る前の私ならすっかり委縮してしまっただろう。

経験の浅い今の私もかなりの緊張を強いられているけれど、前世の私は負けん気が強い方だったのが幸いしてか、言われっぱなしでなるものかと何とか言い返している。



「婚約のお話が持ち上がったようでしたのに無くなってしまわれたと聞いて、お心を痛めているのではと、わたくし王女殿下のことが心配で」


「あら、ご心配ありがとうございます。ですがそれには及びませんのよ。私には既に心に決めた方がおりますので」



そう返した時には、周囲がざわついた。

これは後でトラインや国王に怒られるかもしれない。

だけど馬鹿にされたままで惨めに口を閉ざすなど、今の私にはできないことだ。



「それは……本当ですか?一体どなたが」


「ご令嬢にこれ以上ご心配をおかけしては心苦しいので、その必要のない御方とだけ申し上げておきますわ。一部の方々のお耳には入っているかもしれませんが、まだ慎重にお話を進めている最中ですの。どうぞ見守ってくださいませ」



にっこり微笑んで、暗に『お前は情報不足』という嫌味を挟んでおく。

実際のところ、竜胆国の王子が訪問したと言う情報は一部では出回っているし、彼が私を気に入っているらしいと言う噂も情報通なら知っている、というのはダリアの言だ。

それを私が認めることで、またさらに噂は拡大するだろう。

あれっきり当の王子様から音沙汰が無いのだから、あまり煽るべきでは無いと言うのが国王の判断だとは思うんだけど。



「ふっ……」



背後で小さく噴き出す声が聞こえた。

……笑ったわね?

あんたが迎えに来ないから、私が孤軍奮闘するしかないんでしょうが!

そんな抗議をこの場でするわけにもいかない。

迎えに来る予定の無い恋人の話を吹聴する空しさには気付いているけれど、今この場で虚勢を張るくらい許してほしい。

悔し気な表情をにじませた令嬢が去った後も、まだまだ列は続いている。

なんだかドッと疲れを感じた。

これ全員相手にしていたら、どっちにしろ踊る時間なんか無いのでは。



「イベリス姫」



そんな私に気付いたのだろうか、背後から少年の声がかかった。



「お加減が悪いご様子ですね。お休みになられてはいかがでしょう?」



挨拶しようとしていた目の前の青年が気を悪くしたようにアルを見る。

しかしその綺麗な容姿に気圧されてか、唇を噤んだ。

その場の視線が集中しても、少年は微笑みを浮かべたまま、何一つ動じた様子は無い。

……王族向いてないって言ってたけど、表面上だけなら私よりうまくやりそうだ。



「第二王女殿下、その少年は……」


「私の護衛を務めてくれているアルベルトです。こう見えて腕が立つのですよ」


「はあ……」



信じていなさそうな返事だ。



「では近衛隊を陛下に返上したと言うのは事実なのですね」


「近衛隊は本来国王陛下をお守りする任があります。陛下の庇護を受けている私にはそう危険なこともありませんから、この小さな護衛で十分なのです」



と、表向きはそういうことにしておくよう、トラインから言われている。

私の男性恐怖症を知られるわけにはいかないし、ついでに王宮の警備は盤石であるというアピールにもなる。

実際はまったくそんなことは無くて、何度も暗殺者の侵入を許しているわけなんだけど、まあ建前ってそういうものなんだろう。

額面通り受け取ってくれる人がどれだけいるか知らないが、私が堂々と笑顔で言って見せることが大事なのだそうだ。

貴族社会って面倒くさいね。



「それでは皆様、ご挨拶はまた次の機会に。少し気分が優れませんので本日はこれで失礼いたしますわ」



そう言って、会場を後にする。

去り際に国王の方を伺ったけれど、黙って頷いてくれたので役目は十分果たせたのだろう。

もともと少し顔を出すだけでいいって言われてたしね。

ご覧いただきありがとうございます。

後編は明日投稿予定です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ