おまけ 王女と元暗殺者の舞踏会・前編
ブックマークや評価有難うございます!
一気にポイントが増えていて目を疑いました…
応援してくださっている方々へのお礼に、おまけエピソードを追加します。
3話ほどで終わる予定です。
「こっちは?」
「お似合いです」
「それならこっち」
「いいんじゃないですか?」
「…………」
最近の流行らしいちょっと個性的なオレンジのドレス、ちょっと大人っぽい青のドレスに、年齢的にそろそろギリギリな感じのふりふりピンクドレス。
どれを見せても、同じような感情の無い瞳で見据えてくる少年。
私の護衛兼恋人であるはずの彼は、典型的な『女性の服に感想を言うのが苦手な男子』であるらしい。
いやまあ、興味ないものは仕方ないとは思うわよ、でもね。
「女心としては、もう少し感想が欲しいんだけど?」
マーヤとダリアが下がった後、寝室で思わずそうごちる。
「感想ですか……」
それを聞いたアルは、うーんと唸ってから口を開いた。
「青のドレスは体にフィットしていて良いんですが、もう少しスリットが入っているとなお良いと思いました」
「……」
「そうすると多少は足技も使えるのではないかと」
「そっち!?」
「最初に見たオレンジのドレスは肩の可動域が狭そうでした。最後のピンクのドレスはスカート部分がボリューミーですので言うまでも無く動きにくそうです。間合いが掴みにくくなりますし、動いた時にどうしても衣擦れの音が大きくなるのではないかと」
「何の感想を言っているのよ……」
別に私はドレスを着てどこかに潜入するわけでは無いんだけど。
「僕の感想はこうなりますよ」
「アルの好みとか」
「僕は衣装にこだわりが無いので」
そういえば基本的に仕事スタイルは黒づくめだったわ……
「……私にどれが一番似合うとか」
「イベリス姫は何を着ても似合うじゃないですか」
何を言っているのか分からないと言うような顔でそう返された。
褒められていると言うよりは、当たり前のことを指摘されたような感じ。
……あんまり、嬉しくない。
「……アルに聞いた私が馬鹿だったわ」
「歯の浮くようなセリフを僕に期待する方が間違いですよ」
確かにファッションに関して気の利いたコメントを言うアルというのも想像がつかない。
とはいえ気の無い返事しかされないと、私に関心が無いように聞こえて悲しくなるのも事実だ。
こういう人だと分かっているはずなのに。
「……私って面倒くさい女ね」
「何を今更」
この男、私と喧嘩したいんだろうか。
反省をこめて口にしたと言うのに、そう返されるとカチンとくる。
「面倒くさい女だと思ってたのね?」
「出会ってからこっち、貴女は面倒な言動ばかり繰り返していると思いますが」
確かにたくさん迷惑をかけた部分はあると思う。
私たちは価値観も結構違うから、アルからしたら理解のできない言動もあったはず。
でもだからってそんな言い方は無いでしょう……
仮にも私は恋人では?
いつもならそう突っ込んで終わらせられるのに、今日一日ドレス選びで疲れているせいもあるのだろうか。
なんだか悲しくなってきて言葉を継げなくなってしまった。
黙ってベッドにもぐりこむ。
できれば今は一人にしてほしいけれど、いかんせん相手は護衛。
いつも通り扉の前に佇んだまま動く気配はない。
「おやすみなさい、イベリス姫」
……ほんの少しフォローの言葉があるのではなんて考えた私の甘い期待は打ち砕かれた。
「アルの馬鹿」
そんな言葉も聞こえているはずなのに、無言でスルーされる。
……虚しい。
そもそも私がドレスを選んでいたのは、一週間後の舞踏会の為だ。
王宮で開催されるその舞踏会に、私も顔を出すことになった。
父王に頼まれたからだ。
私はもともと公式行事の参加は最低限にしていたし、前世の記憶を取り戻すきっかけとなった事件もあって、しばらくは自粛できると思っていた。
しかし、正妃とカトレアがそろって表舞台から姿を消すことになったせいで事情が変わった。
醜聞を避けるため、一部の関係者を除いて正妃とカトレアが断罪されたことは秘匿されている。
あくまで正妃は病気の療養、カトレアは社会勉強のために僻地へ行ったことになっているのだ。
とはいっても急なことなので、怪しむ人は当然いる。
というか勘付いている貴族はそれなりにいるだろう。
そんな中で私まで舞踏会に出てこないと、『今の王家大丈夫か?』と疑念と不安を持たれることになるわけだ。
という理由から、『顔だけでも出してほしい』と珍しく父王から命令というよりは懇願に近い話を寄こされたのである。
本当はもうほぼ平気になっているとはいえ、表向き私はまだ『大勢の男性が怖い』ことになっている。
その配慮もあっての"お願い"なのだろう。
全てが片付いたら心を入れ替えて、王女として色んな勉強をしようと決意していた私。
これが王女としてすべき仕事ならばと受け入れた。
不安半分、期待半分。
前世の記憶がよみがえって以降、舞踏会に参加した経験は無い。
ちゃんと振舞えるのか、踊れるのかという不安はありつつ、やっぱりお城の舞踏会なんてワードに憧れはあるわけで。
浮足立ちながらドレスやアクセサリーの準備に、ダンスレッスンにと精を出している。
ちなみに……当日、私をエスコートする人は居ない。
多分、本来ならセロシア様がその役目をするはずだっただろう。
でもどこぞの王子様の希望により、セロシア様との婚約話は白紙に。
当然他の男性達ともお近づきにならないよう、父王は配慮してくださっている。
かといってその王子様が私の隣に立ってくれるかというとそれも無い。
王子として迎えに来るつもりはないと暗に言われたのは二週間ほど前のことだ。
当日は護衛として少年の姿でついて来てくれはするようだけど、王子様が迎えに来てくれることは無いのだ。
父王は竜胆国の王子に配慮、その王子は迎えに来ないとなると……
私、舞踏会ではぼっち確定。
そもそも社交界に友人は居ない。
もとの内向的な性格に加えカトレアの妨害があったせいだ。
ダリアが参加予定だから話し相手くらいにはなってくれるかもしれないけど、彼女にも付き合いがある。
そしてダンスに誘われることもあるだろう。
でも私は誰にも誘われない。
国王陛下がそのように周囲に圧力をかけているからだ。
どんなにドレスを選んでも、思いっきりめかし込んでも、私は本当にちょっと顔を出すくらいしかすることが無いのだ。
それならばせめてドレス選びくらい恋人気分を味わわせてほしい、なんて……
……そう伝えたわけでもないのに、アルが分かるわけないか。
もともと女心に敏感なわけでもなければ、相手の本音を探るために死に際を観察したいなんて言うイカれた男だ。
察してほしいなんて言えるわけもない。
かといって何となく折れるのも癪だと、私はそこから舞踏会の日までアルに対して素直になれないままだった。
◆
舞踏会まであと三日と迫る中。
イベリスの友人であり侍女でもあるダリアは、自分自身の舞踏会準備に加えてイベリスの準備の手伝いもこなしつつ、忙しい日々を過ごしていた。
そんな中でも当然、イベリスとアルベルトのぎくしゃくとした空気は十分伝わってくる。
二人が喧嘩することはこれまでにも幾度かあったとマーヤから聞いてはいたものの、今回はずいぶん長引いているようだ。
そしてダリアはついに見かねて、少年の方に声をかけることにしたのである。
「アルベルト、イベリス王女と何がありましたの?」
ダリアからの問いかけに、彼女より幼い少年は小首を傾げて微笑んで見せた。
「ドレスの感想を聞かれたのですが、僕にはよく分からなくて……それがお気に召さなかったようです」
「まあ……アルベルトにはまだ女性のドレスなんて分からなくて当然ですわよね」
平民で、しかもまだ幼い少年なのだから、と溜息をつくダリアは、彼が自分よりうんと年上の男性であるなどもちろん知る由もない。
優し気な翡翠の瞳をいつもよりさらに下げ、気丈にも微笑んで見せる少年の姿は、どこか儚げな雰囲気すら伴う。
ダリアは初めてアルベルトを見た時に、彼が護衛だなんて信じられなかった。
その腕は自分より細いのではと思うほどだったのだから。
そんな少年が自分の主の不機嫌に振り回されていると考えれば、ダリアが同情するのも当然のことだった。
「イベリス王女を説得しておきますわ。アルベルトもこのままでは居心地が悪いでしょう」
そう口にしたのは親切心だ。
イベリスは確かに時々子供っぽいところがあるが、マーヤやダリアの諫言にはきちんと耳を貸すし、自分が悪いとなれば謝ることができる人。
喧嘩の理由は些細なことだしおそらく仲直りのきっかけを見失っているだけなのだろうから、間に立ってやればすぐに解決するだろうと。
しかし、アルベルトは首を振った。
「いいえ、お気遣いありがとうございます。ですがどうぞこのままに」
「え?」
「ダリア様のお仕事に差し支えるようでしたら考えますが」
「いえ、わたくしは別に……イベリス王女もわたくし達にはいつも通りですから」
まさか断られると思っていなかったダリアは目をぱちぱちさせる。
「……間に入った方が、解決が早いのではと思いますけれど」
「ええ、僕もそう思いますが、まだ良いかなと」
「まだ良い?」
首を傾げるダリアに、アルベルトは小さく笑う。
「おそらくですが、イベリス姫はダリア様達に対してはこのような態度をとられないでしょう?」
「……そうですわね。わたくしが失言しても苦笑して流されるか、冷静に注意なさって終わりですもの」
「ええ。ああみえて、イベリス姫はそういう振る舞いもできるんですよ」
色々トラブルがあったとはいえ、幼いころから王女として育ってきた人物だ。
それはそうだろうとダリアも頷く。
「ですので、せっかく珍しく拗ねているのだから、もう少し様子を見ようかと」
無垢な笑みでそんな事を言うアルベルトに、ダリアの口がぽかんと開いた。
はしたないと気付いて慌てて口を閉ざし、ダリアは視線を彷徨わせる。
「アルベルトは、イベリス王女の態度に困ってはいませんのね?」
「困る?」
アルベルトは目を丸くした後、また柔らかく目じりを下げた。
「愛らしいと思っていますよ」
「……イベリス王女がアルベルトに対してだけ、少し子供っぽくなる理由が分かる気がいたしますわ」
アルベルトの態度は大人だ。
イベリスの不機嫌すら微笑ましいもののように見ているのだと察して、ダリアは溜息をついた。
「貴方がそう言うのならわたくしも見守りますが……イベリス王女様の御心が傷ついたり、周囲に見咎められるような振る舞いをなさる前に、解決をお願いいたしますね?」
「心得ております」
頭を下げてそう言う少年の姿を見て、ダリアはもう一度溜息をついた。
……イベリス王女、油断しているとアルベルトに手玉に取られそうですわ、と、イベリス本人が聞いたら耳をふさいで呻きそうなことを考えながら。
できれば続きは明日投稿したいと思います!




