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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で
21/59

エピローグ1

その後、アルは約束通り明け方には私を公爵邸に帰した。

今後のことを何も相談していないと気付いたのは、彼が帰ってしまった後のこと。

次に会う約束すらしていない。

……いっぱいいっぱいで頭が回っていなかった。


でもきっと、すぐに迎えに来てくれるだろう。

今の彼には、第二王女イベリスを迎えに来るに足るだけの肩書がある。

その事実に胸を撫で下ろしていた私は、まだ事件が終結していないという事実をすっかり忘れていた。



「ただいまより、緊急の宮廷会議を開催する」



私が王宮に呼び戻されたのは三日後のことだった。

そして普段は呼ばれることのないはずの宮廷会議……本来政治に関することを議論するような場にまで呼び出されたのである。

ずっと出かけていたガーネット公爵の帰りを待って開かれたこの会議。

公爵は各地を回り、とある人々を集めて回っていたらしい。

息つく間もなくこの場が設けられたのは、同じく招集を受けている王妃とカトレアを逃がさない為だろう。

公爵が集めた人物を引き連れてこの会議の場に現れると、不機嫌そうにしていた王妃の顔色が一気に悪くなった。

彼らは、彼女たちの手駒となって動いていた貴族達なのだそうだ。

そう、この場は……王妃と第三王女を断罪するためのものだった。



「全て、王妃からのご命令でした」


「私は第三王女殿下から頼まれまして、暗殺ギルドへ」



公爵家と何らかの取引が行われたのか、彼らは素直に自白した。

いや、それが事実を証言しているのか、私には分からないけれど。



「わたくしは知りません!その者が申していることは全て噓ですわ!」


「第三王女。発言を許した覚えはない」



悲劇のヒロインのようにわざとらしくその場に崩れ落ちて叫ぶカトレアを、国王が低い声で一喝する。

この光景は既に三度目だ。

こうして隙あらば反駁しようとするカトレアに対し、王妃は一言も発さない。

険しい表情で証言台に立つ人々をじっと見ているだけだった。

もしこれが事実無根の汚名であるなら……王妃は唯々諾々とそれを受け入れるはずがない。

私はほとんど会話もしたことが無いけれど、彼女が気位の高い人間であることは知っている。

だとしたらきっと、証言は事実なのだろう。



「お父様……」



手を組んだカトレアが瞳を潤ませてじっと見つめても、国王は目もくれない。

泣き落としが通じる相手じゃないことは、カトレア自身よく知っているはずだ。

彼女の我がままをかなえてきたのは全て、王妃とその周りの人間。

父王はどちらかといえばそれを諫める側だった。


私がこの場に呼ばれたのは参考人という形のようだけれど、証言を求められることは無かった。

正直私が持っている情報なんて、せいぜいカトレアに嫌味を言われまくったことくらい。

後は全て推測と感想でしかない。

セロシア様やアルが集めた証拠の方がよほど信ぴょう性が高いだろうから、意見を求められないのも当然だった。

私は次々とあげられる暗殺未遂の証拠を見せつけられて、加害者以上に顔を青くするのみだ。


……暗殺者、全部で六十人くらい雇われてた。

証拠が見つかっていない案件も含めればもっといるのかもしれない。

暗殺業界、そんなに人いるの?

アル以外全部雇われてたんじゃないのかって思うレベルなんだけど。

逆にこのせいで一気に人手が足りなくなっているのでは?


そして会議という名の裁判は続き……

カトレアに関してはアルが集めた、証拠……部屋まで招き入れた暗殺者との契約書に、獣寄せの薬品に関することが決定打となった。

もはや潔白を証明するのが難しいと見たか、カトレアは隣の王妃にすがりつく。



「お母様!なんとかおっしゃってください!」



ずっと黙っていた王妃は、カトレアを振り払い……



「わたくしが間違っておりました」



素直にそう頭を下げた。

呆然とするカトレアと、静まり返る議場。



「全てをお話いたします」



そして自分の罪を朗々と語りだした。

既に証拠が突き付けられたものから、まだ国王も知らなかったらしい悪事に至るまで。

それは王妃を糾弾している側からすれば都合のいい証言だったはずなのに、公爵や国王は眉根を寄せていた。

後で王女としての勉強をし直して知ったことだけれど、王族が全ての罪を認め、謝罪をした場合は刑が軽くなる慣例がある。

当然、王妃だってそれは知っているだろう。

旗色が悪いとみて、彼女は早々に方針を変えたのだ。

少しでも減刑するべく動こうと。


そもそも、この緊急の宮廷会議に呼び出されているのは限られた人物であり、今回の件は公にされるものではない。

王妃が大罪を犯したことが知れ渡れば、国民の王族全体への信頼も揺らぐためだ。

ゆえにその処罰は大々的なものではなく秘密裏に行われる。

つまりは、ひっそりと暗殺されるか、病を名目に離宮に閉じ込められるか。

大まかにはこの二択。

王妃はせめて命だけでも助かろうと罪を認めることにしたのだろう。

強かな彼女らしい。


対してカトレアは断じて罪を認めなかった。

王妃の態度を見てもそれに追従することは無かった。

おそらく、彼女も王女としてのお勉強などろくにしていなかったに違いない。

罪を認めないことが己の首を絞めるとは知らないまま。



「すべてはイベリスお姉様の策略です!わたくしを陥れようとしているに違いありませんわ!」



もはや舞台女優のような仕草を取ることも忘れて、そうわめき続けるカトレアは、議場から憐みの視線を向けられていることに最後まで気付かなかった。







「まさか、近衛騎士達まで証言してくれるとは思わなかったわ……」



四時間も続いた会議がようやく終わり、部屋に戻ってそう呟く私。

マーヤはお茶を淹れてくれながら笑う。



「先の一件で、王女様は近衛隊の中で評判が良いそうですから」


「先の一件?」


「ええ、東の泉でのことですわ」


「私も聞きました!護衛の騎士達にとても慈悲深いお言葉をくださった優しい王女様って評判ですよ!」



そう付け加えたのは、茶菓子を運びながら微笑むダリア様……じゃない、ダリアだ。

あの日一緒にお茶をした辺境伯家のお嬢様は、今日から私の侍女として仕えることになった。

私の侍女が少ないことを知り、自ら志願してくれたのだ。

実家から遠く離れることになるというのに、それも厭わず。



「……耳が早いのね」


「王都から遠く離れた地で暮らしていますと、いかに情報を早く得るか常に考えなければなりませんので」



無邪気な笑みで強かなことを言う。



「第三王女殿下は自分の護衛騎士を抱き込んだつもりでいらしたようですが、詰めが甘かったですね。近衛はあくまで国王陛下直属の部隊。それを陛下が護衛としてお貸し下さっていただけで、本当に第三王女殿下にお仕えしているわけではありません。信頼関係も築けていないのに、いつまでも秘密を守ってもらえると思ったら大間違いです」



国王陛下直属の近衛隊。

とはいえ、王女の護衛に割り振られていた騎士達は、王女の要望に応えるべく動いていた。

その上、カトレアは弱みを握ったり、逆に金品を握らせたり、それになびかない人間は護衛から外したりして、自分の悪事が露呈しないよう働きかけていたようなんだけど……

宮廷会議でカトレアが断罪されると知った近衛隊内から圧力がかかり、カトレアの護衛を担当していた騎士達が証言をするに至ったわけだ。

信じていた騎士達に裏切られたカトレアは憤怒に顔を赤くしていたけれど、これがダメ押しとなった。


カトレアの悪事を報告しなかった騎士達の行動は国王への離反にあたる。

しかしこの証言によって恩赦が下り、解雇処分で済んだ。

本来なら命が無いと言うのだから、本当にこの世界は簡単に人が死ぬ。


かくして王妃は、病を理由に王宮の中でも最も小さな離宮へ監禁。

最後まであがいたカトレアは社会勉強として寒村の代官に就任する……という名目で僻地送りとなった。

小さな村の代官なんて大した仕事も無ければ、物資の供給も無い。

そこへ向かう道中も、悪路かつ人通りもほとんどないそうで、『何事もなく村に着けるといいですね』とはダリアの言である。

怖い。


とにもかくにもこうして事件は終幕となった。

ダリアという侍女が増えたおかげで負担が軽くなると、マーヤも少し機嫌がいい。

ここ数日の間は怖かったからなぁ。

竜胆国の王子といつ懇意になったのか、本当にあの男は大丈夫なのかと厳しく詰問された。

あの時、マーヤは廊下で待機していて、アルが騒動を起こしていた間も危険だからと騎士達にその場から動かないよう言われていた。

だからセロシア様とアルの会話など全く聞こえていなかったわけで……

自分が仕えている王女が急に現れた黒ずくめの男に抱き着き、かと思えば連れ去られると言う悪夢のような体験をしたわけである。

セロシア様達のフォローが無ければ卒倒していただろう。

……心配をかけて申し訳ない。


表向きには、ひそかに交流していた相手であると説明しているんだけど、マーヤからしたら信じられないだろう。

ずっと傍にいる自分が気付かないはずないと。

そりゃそうだ。

マーヤしか侍女がいなくて付きっ切りで世話をしてもらっていたのだから、彼女の目を盗むなど難しい。

寝室に忍び込まれでもしない限りは。

あの男とアルは同一人物なんですとも言い辛く、言葉を濁している状況だ。



「ところで、竜胆国の王子はもういらっしゃらないのですか?」



……ダリアは本当に耳が早い。

マーヤの目がまた暗くなったからその話題はやめてほしいんだけど、ダリアは無邪気に微笑むばかり。


その竜胆国の王子様は、私を公爵邸に帰したその日に国王へ正式訪問をしたらしい。

そこでどんなやり取りがあったのかはよく分からないけれど、形ばかりの謁見と会食を済ませてさっさと帰ってしまったそうだ。

王宮に戻って早々、国王に呼び出されて『竜胆国王子と友誼を結んだようだな。大儀であった』と言われた時の私の気持ちが分かるだろうか。

どんな顔をしていいか分からないし、どこまで知っているのかも分からないから何も言えない。

引きつった笑みで平伏するしか無かった。

ともあれ、国王にとっては、大使が来ただけでも大きな前進。

そして去り際に大使は『イベリス第二王女殿下が健やかであらせられますように』とのお言葉を残していかれたようなので、私が無事ならば友好関係を維持できるだろうと国王陛下はひとまず胸を撫で下ろしているようだ。


しかしその影響なのか、今日の宮廷会議では『暗殺者の目を晦ませるべく、第二王女の保護を買って出たガーネット公爵家への褒美』を国王陛下が宣言した。

これにより、私が公爵家へ行っていたのはあくまで身の安全の為であり、婚約とかは関係ないと宣言されたことになる。

つまり、婚約話は白紙に戻った。

……まさか何もなくこんなことを国王が言うとも思えないので、どこぞの王子様がなんらかの要求をしたと思われる。

無茶苦茶だとは思うけれど愛されていると思うとまんざらでもない。



「イベリス王女様、顔が赤いですよ」



私の顔を覗き込んでダリアが笑う。



「えっやだもう」


「この前おっしゃっていた王女の好きな殿方がまさか竜胆国の王子だったなんて!」


「わ、私も知らなかったのよ」



実際、その時まさかそんな肩書で登場するとは夢にも思っていなかった。



「身分を隠して会いに来られていたんですね!竜胆国に王子がいるなんて初耳ですし、存在を隠されていたのでしょう」



いや、最近できただけ。

とは言えない。



「竜胆国に良い印象はありませんでしたが、まさかこんな情熱的な王子がいらっしゃるとは……!少し評価を変えなければいけませんね」



キャー!と盛り上がるダリア。

今日は一日こんな調子だから、私もすっかり口調が砕けてしまった。

この世界で初めてできた女友達だ、ちょっと楽しい。



「んんっ」



そんな楽しい女子会空気も、マーヤの咳払いで終わりを迎える。



「それで、王女様。一体いつから竜胆国の王子殿下と交流を図られていたのですか?」



ほら来た。

もう何度目か分からない。

私もうんざりしているけど、マーヤもうんざりしているのだろう。

いつになったら本当のことを言うのかと。

しかも、今回はこれまでとは少し違った。



「わたくし、すっかり老いさらばえて失念しておりましたが、今日ふと思い出したのです」


「……」



嫌な予感。



「あの王子殿下のご容姿は、東の泉でお会いした、アルベルトの兄君によく似ているような気がするのです」


「ええええっと」



鋭い!



「えっ、そうなんですか?」



食いつかないでダリア!


確かに二人は同一人物だ。

だけどそれを認めたところで事態は好転しない。

なんで王子が臨時護衛をしてくれたのかとか、じゃあアルベルトも王子様なのかとか、つじつまを合わせようと思ったら嘘を何重にも塗りたくる羽目になる。

ずっと仕えてくれているマーヤに嘘を重ねるのは躊躇われるし、かといって本当のことを言ったところで安心させてあげられる気もしない。

こんなの私一人じゃ対処できないわよ……!

早くアルが迎えに来てくれないものかと頭を抱えたその時、ノックの音が聞こえた。



「はい?」



ダリアが軽やかな足取りで扉の方へと向かう。

マーヤはまだ剣呑な目をしていたけれど、溜息をついて視線をそらしてくれた。

た、助かった……



「イベリス王女、セロシア公子がお見えとのことですが……どうなさいます?」


「セロシア様が?」



先触れも無くどうしたんだろうか。

あの一件以降、公爵邸に留まっている間もセロシア様は私とほとんど顔を合せなかった。

忙しそうだったのもあるし、あえて避けても居たようだ。

後ろめたいことが多すぎてこちらとしても正直都合が良かったんだけど……



「……」



思うところはあれど、いろいろお世話になったのも事実。

アルが迷惑かけたのも事実……

このまま知らんぷりしているわけにはいかない。

よし、と意気込んで立ち上がった。



「お会いします!」

ご覧いただき有難うございます。

次でラストです!

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