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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で
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2 オトモダチ

猫っ毛らしい黒髪をはねさせ、垂れ下がった瞳を無邪気に細める美少年。

何も知らない人間が見たら天使のようにも見えたかもしれない。

しかし彼は、昨夜私にナイフを放った侵入者にあまりにも似ていた。

ただ一つ違うのは、サファイアに見えた瞳が、翡翠のような緑になっていることだけだ。

言葉を失う私に、トラインが眉を跳ね上げる。



「第二王女殿下?」


「僕が子供なので驚かれているのでしょう」


「無理もありませんな。しかし先ほどタイラントを相手に動きを見ましたが、問題ありません。子供故(こどもゆえ)力はありませんが機敏ですし、風の魔法も扱えるようです。相手をけん制し、応援がかけつけるまでの時間稼ぎは十分可能でしょう」



そう説明を添えながら、トラインの目が私を睨む。

挨拶をしろ、と。

王女らしい振る舞いをと言いたいのだろう。

イベリスとトラインは長い付き合いだ。

口に出されずとも分かる。

しかしいつもよりは険のない眼差しだった。

イベリスの記憶では、トラインからもっと厳しい視線を頂いていることが多かったはず。

流石に暗殺事件があったので気遣ってくれているのかもしれない。

できれば人選にも気を遣ってほしかった。

とりあえず、挨拶をしないことには話が進まなそうだと口を開く。



「は、初めまして。アルベルト」


「どうぞアルとお呼びください」



私の挨拶に、少年は如才なく返した。

トラインは咳ばらいをして話を続ける。



「契約期間はひとまず二か月としてあります。その間、いつ暗殺者が来るともしれませんのでアルベルトが常時お傍に控えます。職務上、寝室にも入りますが、静かに控えるよう申し付けてありますのでご理解ください」


「あ、あの……トライン?男性はちょっと……」



何とかしてこの契約を取りやめてほしいと訴えたいのだけれど、控えめな態度になってしまう。

イベリスはトラインが苦手だったようなので、体がそう覚えてしまっているのかもしれない。

イベリスはもともと誰に対しても敬語を使っていたけれど、私でもこの人には畏まってしまう。

普通に怖い。

しかし私のなけなしの勇気も、トラインの首の一振りで一蹴された。



「お気持ちは分かりますがご容赦を。女性で条件を満たす人材がおりませんでした。ご安心ください、この者はまだ十歳で精通もしていないそうですので御身に傷をつけることはありません」



私の懸念をどれだけ深読みしてくださったのか、思いがけないほど赤裸々な話をされてしまった。

大事なことなのかもしれないけど、そんな直球で言わなくても。

トラインの口調は淡々としたものだが、聞いているこちらが反応に困る。

さらにトラインは続けた。



「ご気分は悪くなりますか?悪心があるようでしたら無理にとは申しませんが」



悪心って……吐き気ってことだよね?

いや、この美少年を見て吐き気を覚えるってどういうこと。

なんの心配?

流石に肯定しづらくて口を閉ざすと、代わりに当の本人が笑顔で口を開いた。



「どうぞご安心ください。僕がイベリス姫のベッドに上がることはありませんよ。これほどお綺麗な王女様ですから、初恋の君にはなるかもしれませんが」



茶目っ気のある言葉に、マーヤとタイラントが笑い声をあげる。

冗談だと思っているのだろう。

いや、私だって第三者なら冗談だと思ったはずだ。

昨夜のやり取りさえなければ、可愛らしい護衛が出来たと微笑ましく思うこともできただろう。


言ってしまいたい。

『この少年こそが昨夜忍び込んできた暗殺者なんです』と。

しかしイベリスの口は開かない。

言っても無駄だと知っているように。

こんな少年が厳重な警備をかいくぐり、王女の寝室にまでたどりついた。

あまつさえその事実さえ知られず、護衛として再度の潜入を果たしている。

ひどい喜劇だ。

トラインが、国王陛下が、そんな話を認めてくれるわけがない。



「短い間ですが、どうぞよろしく」



その言葉が死へのカウントダウンに聞こえたのも、私だけなんだろう。







「……えっと」



夜。

寝支度を整えた私は寝室に入る。

侍女のマーヤが下がり、その場には私とアルベルトだけが残された。



「どうぞ、お休みください」



にこにこと、相変わらず愛想のいい笑みを浮かべる少年に、私は一歩後ずさった。

その姿を見て、少年の笑みが気の毒そうなものに変わる。



「……驚きましたね。こんなに表情に出やすい少女が王族とは。僕でなくてもつけ入れそうだ」



酷薄な声色が部屋に落ち、ぞわりと背筋が寒くなる。

その声は昨夜聞いたばかりのものだ。

少年が一歩ずつ近づいてくる。

絨毯に吸い込まれたように足音が全くしない。

逃れようにも、凍り付いたように私の足は動かなくなっていた。


ほんの少し手を伸ばせば届くほどの距離に、少年が立つ。

私より十センチは低い身長。

その眼差しは私より下にあるはずなのに、まるで見下ろされているかのような威圧感。

窓から差し込む月明かりに、青い緑が煌めいた。

翡翠だと思った。

だけどサファイアだとも思った。

今は、少しずつ揺らぎながら……完全な青に染まっていく。

カラコンを入れていたわけではなかったのか。

その色一つで、昨夜のことを想起させる。



「どうしました?僕を誘惑するんでしょう?乙女を売って命を買うのではなかったんですか?棒立ちしていては動く食指も動きませんよ」



ピタリと、頬に冷たい感触が触れる。

ナイフを突きつけられているのだと、一呼吸の後に気付いた。

透き通った青が観察するように見つめている。

観察。

そう、その瞳は私のことを、ただただじっと見つめていた。

そこにあるのは好奇心だ。

昨夜は、私に見惚れているのかと勘違いしていた。

暗闇で相手の顔すら見えなかったから。

酷い勘違いだ。

きっと彼はあの時も、こんな目で私を観察していたのだろう。


少年だから、可愛い顔をしているから。

それは何の安心材料にもならないと思い知った。

彼の目はれっきとした殺し屋だ。

何か言わなければ。

退屈すれば、きっとこの観察者はあっという間にナイフを首に滑らせる。

ごくりと、カラカラの喉が強引に空気を飲み込む音が響き……



「お友達から始めませんか!?」



私はひっくり返った声でそんなことをほざいていた。

青が、ぎゅうっと細く歪む。



「友達、ですか?」


「……ちょっと、思ったより年下だったんで……私もそういう目で見れないっていうか……まずはお友達から……お試しっていうか……」



ぽつぽつとなんとかそう言葉を紡ぐと、耐えかねたように少年の肩が揺れた。



「ふ、ははっ……友達、友達ですか」



ナイフを下ろしてお腹を押さえ、少年は数秒の間体を震わせていた。

青い瞳に涙が滲んている。



「……ああ、こんな風に笑ったのは何十年ぶりでしょうね」



何十年?

しかしその疑問を口にできるほど、まだ私は緊張がほぐれていない。

目じりの涙をぬぐいながら、少年は私に向き直った。



「命の取引をする相手とまさか恋仲にでもなろうっていうんですか?あんな交換条件を持ち出しておいて、いまさら恋人にしか体を許したくないと?」


「あ、あはは……」



我ながら意味不明だとは思う。

だけどその時その時、私は全力で考えた上で口にしている。

人間って矛盾する生き物なんだよ。

たぶんそう。

とりあえず今この瞬間を生き永らえるので精いっぱいだ。



「まぁ、いいでしょう。最初に言った通り、一か月の猶予がありますから。貴女がオトモダチから悠長に始めたいというのなら、付き合いましょう?」


「……あ、アルベルト」


「アル、と」


「アル……」



どうして自分の命を狙っている相手を愛称で呼んでいるのだろうか。



「何です?聞きたいことがあるんでしょう?違いますか?」



少年がまた、余裕を笑みに浮かべてそう促してくる。

完全に主導権はあちらだ。

聞きたいこと。

それはいくらでもある。

いくらでもありすぎて何から聞いていいのか分からないほどに。

だから焦った私の口はまた滑ってしまうのだ。



「……精通してないって本当?」



アルの大きな笑い声が部屋に響いた。

何を騒いでいるのかとマーヤが戻ってきて叱られた。

……死にたくないけど死にたい。







すっかり夜は更けている。

部屋の明かりはアルが手にしたランプだけだ。

侵入者が来た時、真っ暗では対処しにくいだろうと支給されたものだった。

侵入者対策のランプを侵入者が持っているのだからもう訳が分からない。



「本当に、貴女って人は臆病なのか肝が据わっているのか……」



マーヤからお叱りを受けた後、私はベッドに入っていた。

同じく叱られたはずのアルはマーヤが去るなりまた肩を震わせながら、扉の傍に立っている。



「忘れて、お願い、忘れて」


「いえ、王女殿下から賜ったお言葉を忘れるなんてとんでもない」



にこやかな表情が腹立たしい。

これ以上蒸し返される前に話を変える。



「それより、貴方に依頼をしたのは誰?」


「最初に聞かれると思っていた質問が来るまで、ずいぶん時間がかかりましたね」


「黙って」


「黙りましょう」


「いや、質問には答えて」


「我儘ですね。僕から答えを得られると思っていないくせに」



幼子を諭すような笑みを向けられて唇を引き結ぶ。

アルが本当に年齢通りの少年だったなら。

組織にそそのかされた暗殺者見習の子供とか、そういう存在ならば、口を割らせる方法がいくらかあったのかもしれない。

しかし私がそうしないのは、私の前でだけ見せる彼の言動がどう考えても子供じゃないせいだ。

それでいて、自分が周りからどう見られるかはしっかり理解して、他の人の前では少年らしく振舞って見せている。

それは怪しまれずターゲットに近付くための技だろう。

そんな技を身に着けている本物のプロが、依頼人のことを話すとは思えない。



「……いいわ、予想はついているもの」


「へえ、誰です?」


「妹よ」


「あっさり話すんですね」


「隠したって仕方ないわ。アルが言いふらすこともないでしょうし」


「おや、ずいぶん信頼してくださっているようだ」


「プロなんだろうって思うだけよ」



光栄です、なんて礼を取る仕草は芝居がかっていてなんとも……



「胡散臭い」


「何か言いました?」


「言っていないわ。プロの目で答えてほしいんだけど」


「何でしょう?」


「貴方以外の暗殺者が来る可能性はあると思う?」



アルが首を傾げて微笑んだ。

黒い髪が揺れる。



「そういうことを考えるだけの視野はありましたか」


「私のことを馬鹿にしてるでしょう?」


「馬鹿にされないと思ったのであれば理由をお聞かせ願いたいですね」


「……」



この少年、煽りスキルも高いのか。

私が応えないのを見て取って、アルは肩を竦めた。



「プロとしての意見をプロに求めるのであれば報酬が必要では?」


「……いくらいるのよ」


「そうですね、王女の身辺の情報ともなれば高価ですよ?」



私自身のことだというのに、王族価格が適用されるとはなんとももどかしい。



「……大金貨一枚」



それは毎月イベリスが自由に使える金額と同額だった。

この世界の物価はよく知らない。

食べ物や雑貨を自分で買うことは無いせいだ。

イベリスが自分で買うものと言えば、訪ねてきた行商が見せてくれる美術品や宝飾品くらい。

大金貨が二枚もあれば大抵のものは買える。

この国で一番大きな通貨単位だし、結構な額のはずだ。

私の言葉に、アルは鼻を鳴らして頷いた。



「いいでしょう」



その返事を聞いて、寝間着のポケットに忍ばせていた大金貨を放り投げる。

私の適当なコントロールで放られたコインはアルの三十センチほど上に飛んで行ったけれど、アルは視線もくれずに腕だけを伸ばしてコインを掴み取って見せた。



「なんでこんな大金を眠るときにまで持ってるんです?」


「何かでお城から逃げ出すことになった時、無一文じゃ困るでしょ」


「大金貨なんか持っていてどうするんですか。お姫様はご存じないでしょうが、こんなものを一般のお店で見せようものなら偽物扱いかカモにされるかの二択ですよ」


「………」



イベリスはこの城から一歩も出たことが無い箱入り娘だ。

加えて私は異世界人。

世間知らずだと言う自覚はある。

だけど他の貨幣を持っていないので、万が一の時には心優しい人に出会うことを祈るしかない。



「それより、情報は?」


「ああ、そうでしたね。ええ、暗殺者は他にも派遣されていますよ。基本的に暗殺者というのは結託なんてしません。団体での依頼を除いて、ですが。ルールもマナーも無いので、仕留めたもの勝ちです。金払いのいい依頼人はターゲットを確実に殺すため、暗殺者同士の競争を煽って複数雇うことも珍しくありません」



聞いておいてなんだけど、聞くんじゃなかった。

思わず身震いすると、アルは穏やかな笑みを浮かべる。



「ご安心ください。僕はこれまで獲物の横取りを許したことがありませんので」



その獲物が私自身なのに何を安心しろと。



「アルは……一か月待ってくれるのよね?」


「そうですね、今のところは」


「今のところ?」



不穏な回答だった。



「ええ、今のところは面白そうなので少し様子を見ますが、気分が変われば殺すかもしれません」



天気の話をしているくらいのあっさりとした言葉だった。



「え、えっ……約束、したわよね!?」



あれ、したっけ?

多分した!

賭けをしようって言ったのはアルの方だったよね?

私の自問自答を見抜いているのか、アルは苦笑する。



「うーん、でも……様子見をやめたところで僕にはデメリットも無いんですよね。さっさと次の仕事に移れるというメリットはあるんですが」



ぐうの音も出ないとはこのことだろう。

確かにその通りだった。



「と、友達が一人減るっていうのは……」


「ついさっきできたばかりのオトモダチに思い入れはありませんね」



ですよね。



「それとも、イベリス姫がオトモダチだと僕に何かメリットでも?」



品定めするような視線がまた向けられる。

青い瞳に囚われる。

この目を見ると、それだけでナイフを突きつけられたように体が強張るのだ。

メリット。

私と友達だとどんなメリットがあるんだろうか。

悲しいほど思い浮かばない。

じっと自分の体を見下ろす。

幼いころから大切に管理されてきた肌は白く美しい。

もう少し筋肉があってもいいのではと思うけれど、プロポーションは悪くないし、むしろ胸は大きい方だ。



「……イベリス姫はオトモダチに胸を揉ませるんですか?」


「そんなこと言ってないでしょう!?」


「この話の流れで自分の胸を凝視してたら同じですよ」



アルが一歩だけ近づいてくる。



「な、何?」


「いえ、誘惑に乗るべきか悩みまして」


「……誘惑に乗ったら、賭けは私の勝ちよね?殺すのやめてくれるのよね?」



私の問いかけに、薄い唇が弧を描いた。



「その決断を今下すのは時期尚早ですね。やめておきましょう」



いらんこと言った!

既成事実作ってから言ってやるべきだった!

いや、それで本当に殺されないなんて言う保証はないんだけど!



「さて、あまりお喋りしていては夜が明けます。いい加減横になってはどうです?」


「……暗殺者を前に眠れって言うの?」


「ご安心ください。起きていようがいまいが貴女は簡単に殺せます」



さっきからこの少年は本当に私を安心させる気があるのだろうか。



「それに、僕は関係ないですよね?もともと眠れないんでしょう?昨夜も起きていましたし、隈が出来ています。何日も前から不眠が続いているのでは?眠れなくてもせめて横になっていた方が良いですよ」


「……」



いつも私の身支度をしてくれるマーヤも、日に日に化粧にかかる時間が増えていた。

何も突っ込まないでいてくれるけれど、隈を隠すのが大変なのだろう。

今はお風呂にも入って化粧を落としているので顕著なはず。

でも入浴後はランプで照らされた薄暗い部屋の中にしか居ないので、アルには気付かれていないと思っていた。



「起きている間は思いのほか元気そうに振舞っていますが、よほど参っているようですね。イベリス姫」



なんだかまるで、私が何に参っているのか知っているかのような口ぶりだ。

確かにもともとストレスからか夢見が悪くて眠れていなかったけど、そのストレスの原因に今はこの少年も加わってる。

皮肉だろうか。



「……寝るわ」



私は本当はイベリスじゃないなんて言ってやりたくなったけれど、言ったところでどうしようもない。

頭がおかしいと思われるだけだろうし、そうだとしても彼の仕事は変わらないんだろうから。

キルトを引っかぶり、背を向けるように横になった。

ご覧いただきありがとうございます!


↓以下、ボツシーン


「結局、イベリス姫のオトモダチには何のメリットがあるんです?」


「王族ならではの情報提供とか……?」


「なるほど、例えば?」


「……お城の、七不思議とか……」


「ちょっと興味は引かれますが……それ、メリットですか?」


微妙な空気になった。

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