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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で

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19 平和主義の訪問者

その声は、尋ねるようでいて、確信を得たような響きがあった。



「掃除屋、ですか?」



なんとか声を発したけれど、尋ね返すことしかできなかった。

うまい返事が思い浮かばない。

そんな私を、セロシア様は微笑んだまま見つめて、子供に教えるように優しく語ってくれる。



「ええ。王都で最も腕が立つと言われる暗殺者の通り名です。その素性を知る者は少なく、依頼するにも捕まえることすら難しいそうですが、その成功率は百パーセント。ターゲットは必ず即死。現場はほとんど荒れていることもない。その鮮やかな手並みから、一部では畏敬を込めて掃除屋と呼ばれているそうです。もう五年以上活動しているようですのでそれなりの年齢だと思っていましたが……先日会った、あの護衛の少年」


「……アルが、何か」


「あの少年の目は、人を殺したことのあるものだった」


「何を……彼は、十歳の子供ですよ」



否定しなければ。

そう思って言葉を紡ぐのに、声が震える。



「ええ、あの姿は大きな謎ではありますが、本来の彼は成人男性なのでしょう?どうやら貴女は周囲に、それを少年の兄だと偽っておられたようですが」



どうして、何でそんなことまで。

セロシア様の発言は、どう考えてもあの一件を……東の泉でのアルの姿を知っている。

穏やかな笑みが、急に不気味なものに感じ始めた。



「東の、泉でのこと……」


「知っています。配下に跡をつけさせていましたので」



なんで。

そう尋ねようとしたけれど、セロシア様がこちらに一歩近づいたのに気付いて口を閉ざした。



「イベリス第二王女殿下、貴女は彼の正体をご存知なのですよね?そして……貴女は彼と心を通わせている」


「まさか。セロシア様の言う通りアルが暗殺者なら、彼はいつでも私のことを殺せましたよ」



なんとか、せめてアルへの疑いだけは晴らさなければ。

そう思ってようやく声を震わせること無く否定したのに。



「彼はすぐに貴女を殺さなかったはずです。そういう契約になっていましたからね」



そんなことを言われて、頭が真っ白になった。

契約。

アルのお師匠さんは、確かにそう言っていた。

契約書の現物も、私が今も持っている。

アルやお師匠さんが、無暗に情報を漏らすとは思えない。

だからきっとこれを知っているのはこの三人だけだっただろう。

依頼者を除いては。



「まさか、セロシア様……貴方が!?」



セロシア様が、困ったように笑う。



「断っておきますが、掃除屋以外の暗殺者は私ではありませんよ。これだけ多くの暗殺者に狙われれば、すぐに私を頼ってくださると思っていました。掃除屋は横取りを許さないと聞いていたので、他の暗殺者に対しての護衛になるとも思ってはいましたが……計算外でした。まさか私より掃除屋本人を頼りにしてしまわれるとは。彼だって貴女の命を狙う一人だと言うのに」


「……貴方を、頼らせるのが目的だったのですか?」


「厳密には違います。私と国王陛下の目的は、膿を取り除くことです」



国王。

さらりと付け足されたその単語。

つまり、父である国王も、全部知っていたということ……

命が狙われていることも、全部?

それを知っていながら、黙って見ていたの?

普通の親子関係と違うことは分かってはいたけれど、この事実は流石にショックだった。



「膿……というのは、わたくしのことですか?」


「まさか」



セロシア様は笑った。



「お分かりになりませんか?貴女自身も、被害者のはずです」


「……カトレアですか?」


「そう、カトレア第三王女殿下。そして彼女を庇護する王妃殿下と、その支持者たち」



思った以上に大きな話だった。



「王妃殿下まで?」


「イベリス第二王女殿下はご存じないかもしれませんが、あの御方も国王陛下の与り知らぬところで色々と暗躍しておいでです。最近は少し度がすぎると、国王陛下もお嘆きで」



カトレアも王妃も、私を疎ましく思っている。

それならその支持者たちも同様だろう。

つまり、その面々のしっぽを掴む為に……



「私を、囮にしたってことですか?」


「否定はしません」


「……」


「おかげで支持者たちが暗殺依頼を出していた証拠も、それを王妃殿下が手助けしていた証拠も取れました。ただ、カトレア第三王女殿下はご自分では動かれず……ほとんどご自分の宮で過ごしているので手が及びづらく、あの方だけ証拠を上げられていません」


「……カトレアは、暗殺者と会っていたようですよ」


「掃除屋がそう言っていたのですか?」



セロシア様は初めて眉を顰めた。



「残念ながら、こちらでは把握できておりません。ああ見えてカトレア第三王女殿下は部下の扱いがお上手です。側近たちを問い詰めても簡単には口を割りません。今回の件で手駒を失ってもまたすぐ調達してくるでしょう。こうなれば日ごろの貴女に対する言動から直接ご本人を攻めて、ボロを出してくれることを祈るしか無いかと思っています。暗殺の容疑にかけるにはそれでも証拠として弱いのですが」



すらすらと、今回の目論見のことを全て話してくれる。

優しい笑顔の裏で、国王と手を組んでずいぶんな企みをしていたようだ。



「……そんな顔をなさらないでください。私がこうしてお話しているのはせめてもの誠意なのですよ」



私はどんな顔をしていたのだろうか。

視線に耐えられなくなったように、セロシア様は僅かに顔を逸らした。



「誠意、ですか」


「私は貴女の安全には極力注意を払っていたつもりです。一足先に掃除屋を押さえて、猶予付きの依頼を出したのは貴女を守るためでしたし、貴女が私を頼ってくださった時の為に女性の騎士も用意していました」


「集団の暗殺者にも襲われたのに、安全と言われても」


「東の泉のことですね。あれは覚悟された上でご自分から行かれたと思っていましたが?」



にっこり微笑んで突っ返された。

……そうですね。



「私としてはお止めしたかったのですが、カトレア第三王女殿下が動くことを見越して国王陛下が許可をなさったようです。ただ、急なことでしたので手を回しきれず、近衛隊の編成にも王妃の息がかかってしまったと。加えて、獣寄せが撒かれたことは確認できたものの、カトレア第三王女殿下の関与の証拠は見つかりませんでした」



魔法の使えない騎士ばかり集められていたのはそういうことか。

仮にも実の娘をあんな危険な目に合わせた挙句、収穫なしというのもまたがっくりくる。

国王陛下は親子の愛情より国のことを最優先に考えているんだろうから、仕方ないと言えば仕方ないけど。

思わず額を押さえる私を見て、セロシア様は気まずげに視線を逸らした。



「信じていただけないかもしれませんが、私が貴女をお慕いしているというのは本当です」


「……」



ええ、信じてません。

そんな私の心の声が聞こえたかのように、セロシア様の眉が下がっていく。



「お慕いしているからこそ、貴方の安全を脅かす現状を打破すべく今回のような手荒な手段を取りました。カトレア第三王女殿下が私に想いを寄せてくださっている上に、王妃殿下の声が大きい今の状況では、貴女と結ばれることは叶いません」


「……そのためにこんなことを?」


「もちろん、私の慕情のみでこのような暴挙には出ません。理由の一端としてお受け止めください。私の想いを抜きにしても、王妃殿下の勢力を削いでおくことは国益につながると考えています。カトレア第三王女殿下を押さえれば、長期的には貴女の安全にもつながるはずです」


「そうですか」



私はあまり政治のことはよく分かっていない。

教育を受けていないのもあるけれど、私もイベリスもあまり関心が無かった。

それが故に、踊らされた。

私がそれなりに優秀なら、きっと計画段階から協力者として呼んでもらえていただろう。

王妃が何をしていたのかも知らないし、王妃の勢力がどんなものなのかも知らない。

私の実の母親である側妃は、数年前に病で亡くなっている。

後ろ盾がないから余計に、出しゃばらないようにとイベリスは考えていたようだし。

全てはこれまでの自分の無知、振る舞いのせいだ。



「……セロシア様のお考えはよくわかりました。正直恐ろしい思いをしましたし、気持ちの上での納得はまだできていませんが……国益のためだということも、計画を知らされなかったのは私の未熟故だということも理解できます」


「お怒りは当然のことかと思います。その上でこうして冷静に受け止めてくださる貴女だからこそ、私は伴侶にと望んでいるのです」



なんとかフォローしようとしてくれているようだけど、だからと言って前向きな言葉は返せない。

それは怒りや不信感以上に、罪悪感が勝っている。

企みを抜きにしても、私はセロシア様の想いに応えられない。

確かにセロシア様は私にすべてを正直に話してくれているのだと思う。

酷いとも思うけれど、誠実なのも確かだ。

それに反して私は、セロシア様に対して何一つ本当のことを話せていない。

彼は私を好きだと言ってくれている。

今の私たちの関係は限りなく婚約に近く、多分このままなら私の夫になるのはこの人だ。

だけど私は、その未来に夢は見れない。

今私の頭を占めている人物は、夜の匂いのする男だ。

底冷えするような青い瞳で、私を見つめる、掃除屋だ。



「セロシア様、私は……」



せめてそのことだけでも正直に伝えようと思った瞬間。

正門の方から甲高い笛の音が響いた。





ガーネット公爵邸の正門。

そこでいつものように控える二人の門番は、心なしか緊張していた。

事前に、この屋敷の時期当主であるセロシアから注意を促されていたからだ。

今宵、この屋敷に黒髪の男、あるいは少年が侵入しようとするおそれがあると。

そしてそれに類する姿を見ればすぐに警笛を鳴らし、屋敷中に知らせるようにと。

その人物は屋敷に滞在中の王女を狙う暗殺者だと言う。

しきりに暗闇に目をこらし、鉄柵の隙間からの侵入すら見逃さぬよう、目を皿にして周囲を見渡していた。

だと言うのに。



「こんばんは」



すぐ傍に立っていた男に気付いたのは、そう声をかけられてからだった。

黒い髪、青い瞳を持つ若い男。

足音も、近づいてくる姿にも気付けなかった。

そのあまりの異様さに、門番はその時点で男を異常と判断する。

一人の門番がすかさず警笛を鳴らし、もう一人は腰の剣を抜いた。

それを見て、男は楽し気に微笑む。



「……これはこれは、穏やかじゃありません、ね……っと」



捕らえようとする門番の手を逃れ、男は一度の跳躍で門の淵に手をかけるとそのまま敷地内に入り込んだ。



「侵入者だ!」



門番の大きな声に、敷地内の騎士達が一斉に応じた。







「な、何?」


「……やはり来たか。依頼は取り下げたと言うのに」



突然の騒ぎに戸惑う私。

反して、セロシア様は全て見通していたかのように溜息をつく。



「恐ろしいお方ですね。イベリス第二王女殿下。天下の殺し屋をここまで惑わせるとは」


「……まさか」



思わず喜色を露わにする私を見て、セロシア様は肩を落として微笑んだ。



「申し訳ありませんが、そう簡単に貴女は譲れません」



その言葉に私が返事をするのを待たず、この屋敷の次期当主はバルコニーから身を乗り出して叫んだ。



「全隊に告ぐ!広い庭園に追い込み、囲め!侵入者は暗殺者である!暗殺者は大勢を相手にすることを得意としないものだ!」



その声に応じるように、庭に騎士が雪崩込んでくる。

間もなく追い立てられるようにして黒い影がその中に飛び込んでくるのが見えた。



「……アル!」



思わず叫んでいた。

暗い庭の影に溶けるような黒い装束。

あの日見た時と同じ、大人の姿のアルベルトだ。

彼を取り囲むように、二百人は軽く超えるであろう騎士がその場にひしめいていた。

この深夜にこれほどの騎士が控えて居たのかと驚く。

アルが来ることを想定して備えていたんだろう。

セロシア様は、身を乗り出しかけた私を押しとどめるようにしながらまた叫んだ。



「掃除屋!よく聞け!お前は炎の魔法を得意としているようだが、我が屋敷には高等魔法も使える炎の魔法使いが多く居る!魔法は封じられたものと思うがいい!」



魔法使いには大きな欠点がある。

魔法で生み出した現象は、実力が上の魔法使いに制御を奪われることがあるのだ。

もちろん炎が得意な魔法使いが水の魔法の制御を奪うことは出来ないが、属性が同じなら下級魔法使いは上級魔法使いの前で無力と言っていい。



「セロシア様……!」


「ご安心ください。殺したりはいたしません。少々痛い目を見ることにはなりますが」


「そんな」


「彼は逸材です。配下にすれば役に立つ。そうなれば、貴女も離れ離れとまではならずに済むのでは?」



セロシア様の妻になり、配下である彼と時々顔を合わせろと?

……冗談じゃない。



「アル!逃げて!」



アルは魔法を使えないのに、騎士達は惜しみなく魔法を使って彼を追い立てる。

庭園が無残な姿に変わっていくのも厭わず、魔法の光が次々と咲く。

その光に照らされた一瞬、アルの口元に笑みが浮かぶのが見えた気がした。



「……しぶといな」



思わずと言った様子でセロシア様が呟く。

確かに、多勢に無勢だと言うのにアルは未だに立っている。

攻撃が掠った気配も無い。

むしろ、代わりにちらほらと怪我を負わされているのは騎士の方だ。

ナイフ一本を手に黒い影が走っては消え、そのたびに騎士の苦悶の声が響いていた。



「……」



何かがおかしい。

そもそも、だ。

何で彼はこんな正面突破を仕掛けたのだろうか。

王宮にも気付かれず潜り込める人だ。

お師匠さんだって、先日この屋敷に入り込んで見せた。

見つからずに侵入することも簡単にできるはず。

その実力を知っている身としては、思い至れば違和感しかない。

まるで、あえてそうする必要があったかのように。



「……妙に手馴れているな。東の泉での戦い方からして、集団戦になれば魔法頼みだと思っていたが」



セロシア様の呟きを聞いて、思い出す。

アルは前世では魔法の才能が無かったと言っていた。

前世でもこんな荒っぽい仕事をしていたという彼だ。

もしかしたら取り囲まれたことはあるのかもしれない。

だとすれば……アルは、もともとその身一つで集団を相手にできる人なんじゃないのか。

そして、半数の騎士が足を止めねばらならないほどの怪我を負わされたあたりで、彼はこちらを振り返った。



「セロシア公子、もうよろしいですか?」


「何を……」



そう言って彼は残りの騎士を振り切り、木や壁を伝ってするするとこちらへ渡ってきた。

何一つ障害など無かったと言わんばかりの気軽さで手すりに腰かけて、その暗殺者は笑う。



「どうも、こんばんは」



黒い髪が、青い瞳が。

ずっと待っていた姿が、間近にある。

気付けば私はその胸に飛び込んでいた。

会えばまずああしようこうしようと幾つも考えていたはずなのに、全てが頭から吹き飛んだ。

近くに居た女性の騎士達が私を引き離そうとしていたけれど、それより先に、アルの腕が私を抱きしめる。



「……すみません。お待たせしました?」



なんだか呑気な問いかけだ。

けれどうまく声が出せなくて、胸に顔をうずめたまま首を振るしかない。

文句ならいくらでもあるはずなのに……何も思い出せない。

泣き出しそうになっていた私の意識を引き戻したのは、セロシア様の低い声だった。



「……満足か、掃除屋」


「いえ…………正直言いますと、予想外の歓迎にちょっと動揺してます」


「そうか。腑抜けた今のお前ならば私にもやれるやもしれんな」


「怖いですね」



ふわっと体が浮く感覚がする。

私を片腕で抱き上げて、アルは手すりの上に立っていた。



「手荒なことをすればイベリス姫ともども落下してしまいますよ。いいんですか?」


「貴様!第二王女殿下を人質にとるつもりか!」


「いえいえ、とんでもない。僕はただ事実を申し上げただけで」



……感極まって飛び込んだら人質にされた。

この男は本当にどうかしている。



「セロシア公子、僕は平和主義なんですよ」


「どの口が」


「取引をしましょう」



青い瞳が、楽し気に笑った。

ご覧いただきありがとうございます。

煽りスキル高めの掃除屋がそろそろ締めに入ろうとしているようです。

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