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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で
18/59

18 そして最後の夜へ

「……最終日に殺す?」


「そう。最初にあの子があんたの部屋に入ったのはただの下見だよ」



思いがけない話に、しばし言葉を失う。

そんなこと、アルは一度も言っていなかった。

私が取引を持ち掛ける前から……初めから、私をしばらく殺さないつもりだったの?



「どうして、そんな……」


「さあ。依頼人の指示だからね。意図までは聞いちゃいないよ。そんな難しい指示じゃなかったしねえ。基本的に詮索はしないのがマナーだからさ」



暗殺者にマナーは無いんじゃなかったんだっけ。

いや、そんなことより……カトレアは一体何を考えてそんなことを……



「考えることが多くて大変だねえ」


「……」



他人事のような発言にイラっとする。

いや、間違いなく他人事か。

この人からしたら私の生死などどうでもいいことに違いない。

落ち着くべく、ゆっくり息を吐いた。

どうしてそんな条件をつけて暗殺依頼を出したのかは気になるけれど、カトレアの意図は今考えても仕方ないだろう。

結局はアルがどう行動するかだ。

……アルが、私を殺すと判断するかどうか。

過去の話を聞く限り、彼のトラウマは根が深そうだ。

今世では仕事以外で人を殺したことは無いと言うお師匠さんの言葉を信じたいところ。



「……というか、私……勝手にアルの過去の話なんて聞いちゃってよかったんでしょうか」


「なんだい今更」


「だって、本人が私に話したわけじゃないし」


「気にするこたないよ。どうせそのうち聞いただろうし、あの子があたしに話したのだって、あたしを信頼してってわけじゃない」


「そうなんですか?」


「……あの子はね、少しずつ前世の記憶を忘れてるんだって」



それは前、本人からも聞いたし、私も覚えがある。

夢の内容を忘れるように、いつの間にか記憶にもやがかかり、細部が分からなくなっていく。

……私ですら、家族や友人たちの顔がぼんやりしてきているのだから、ずっと前に記憶を取り戻したアルはなおさらだろう。



「だから、忘れる前に覚えている他の誰かが欲しかったらしい。忘れてしまえば自分は、ただの狂人になってしまう、なんて言って。あたしは笑ったね。まだ狂人じゃないつもりだったのかいって」


「……」



笑えない私はまだまだ未熟なのかもしれない。



「ま、そんなわけでさ。覚えている人が欲しいってんなら、そろそろ他の誰かに引き継いだ方がいいんじゃないかなあって思ったんだよ。あたしももういい年だしねえ」


「いやいや、まだお若いでしょ」



どう見ても二十代後半そこらだ。

そんな私の言葉に、お師匠さんはまた楽し気に笑う。



「あれ、聞いてないかい?あたしの魔法」


「あ」



そうだった。

若返りの魔法の師匠なんだった。



「あたし、もう七十超えてるからさあ」


「えええええ」



想像以上の年齢だった。

これが七十超えのおばあちゃんだと……!?



「す、すごい魔法ですね」


「そうだろお。とはいっても体力はそれなりに衰えてくんだけどね。ここに侵入するのももうしんどいわ」


「公爵邸に侵入できるなんて七十の所業じゃないですよ……」


「そんなに褒めちゃ嫌だよう。ナイフくらいしか出ないよ」



それはしまっといてほしい。



「あの子の魔法もなかなかやるだろう?一見すれば可愛い坊やだ」


「そうですね……目の色はよく戻ってましたけど」



私の指摘に、お師匠さんは今日一番驚いたような顔をした。



「よく戻ってた?」


「まあ、ターゲットである私を目の前にしてますしね。殺意が高まった時にそうなるんでしょう?」


「……ああ、そうか。あんたはそう認識してんのかい。いや、あの子もそう思ってんだろうし無理もないかあ」


「え?」


「あの子の目の色が変わるのはね、正確には感情が大きく動いた時さ」


「感情が、動いた時?」



……そういえば、何で今殺意全開なんだと思ったりしたことがある。

もしかしてそれは、殺したかったわけじゃなかったんだろうか。



「普段あの子は淡々と仕事をこなすんだ。たいていは魔法が解けることなんてなく、あの子は仕事をやり遂げるよ。あたしが見たことあるのは、最初に暗殺依頼をさせた時と、善良そうな親子の暗殺依頼みたいに、気が進まない仕事をする時くらい……例外としてさっきの昔話をしている時もそうだったかねえ」


「殺意とは、関係ない?」


「最初の暗殺依頼の時にそれを指摘したから、あの子は殺意に関連づいてると思ってるんだろうね。たぶん、今世では最初の仕事ってところに思うことがあったんだろう。ま、それも含めて片手で足りる程度だよ。あの子も魔法の扱いはそれなりにうまいんだからね」


「え……で、でも私は何度も……」



この短期間に一体何度あの青い瞳と対峙したことか。

そう言外に付け足すと、お師匠さんは肩を竦めた。



「あんたがあの子の魔法が解ける姿をそんなに何度も見ているなら、それだけあの子の心を揺り動かしてたんだろうよ」



その言葉に、体が熱くなる。

あのどこかズレた暗殺者は、私のために何度も惑い、心を動かしていた。

それは別れ際にも気付いていたけれど、そんなに最初から。



「やれやれ、当てられる前に本来の目的を果たすとしよう」



嫌そうに首を振ったお師匠さんが、どこからか紙を取り出した。



「あの子、あたしから逃げ回ってるからねえ。多分これを受け取りたくないんだろう。だからお嬢ちゃんに預けるよ。命が惜しいならあの子が来てすぐ突き付けておやり」


「え、これは……」



開いた紙は、契約書のようだった。



「……私の、暗殺依頼の契約書?」


「その通りさ」



そこには確かに、契約日から一か月後の日付を指定して私を殺してほしいという依頼内容が明記されていた。

しかしすべての文章を覆い隠すように大きく、取り下げの文字が書かれている。



「取り下げ?」


「あんたがこの屋敷に来てすぐにね。依頼人が依頼を取り下げたんだよ」



……取り下げた?

セロシア様のもとに私が来ていることは、カトレアの耳にももう入っているはずだ。

さらに怒り狂うだろうと思っていたのに、取り下げ?



「どうして?」


「理由なんかは知らないよ。返金を求められていない以上、こっちは文句もないからね」



返金も求めずに依頼を取り下げた?

公爵家で女性の騎士に守られていると知って、諦めてくれたんだろうか。

けれど私はホッとするのと同時に、それ以上の落胆を感じていた。



「……じゃあ、アルはもう」



もう私の元には。



「うん、でもあの子はまだこの取り下げの命令を受け取っていないから。きっと来るよ」


「……最後の日に?」


「あの子はこれまで、依頼を失敗したことなんて無いからね」



そう言い残したお師匠さんは、私が契約書に目を落としている間に消えた。



「……七十代すごいなあ」



思わずそう呟いた。







柔らかなベッドに体を沈ませながら目を閉じる。

眠気は訪れない。

もともとの不眠に加えて、あんな話を聞かされたら当然だ。



「……暗殺者以外の道、か」



偉そうに言ってはみたものの、どうすればいいのかさっぱり分からない。

アルは業界でも名の知れた暗殺者のようだ。

本来の姿を知っている人間は少ないようだけど、彼を引退させると言うのはそれなりに難しい事だろう。

現代日本と違って、彼を裁く法は無い。

もちろん憲兵に証拠をつかまれるとか、貴族にしょっ引かれるとかがあったら別だけど、アルの手際やお師匠さんを見ている限り、そんなへまはしなさそうだ。

彼自身が望むなら、一般社会に戻ることは可能だろう。


道徳的な問題はあるけれど……この世界でそれを気にしだすと生きていけない人はたくさんいる。

貴族も王族も、自らの手こそ汚して居なくても、何らかの形で命を奪ったことのある人間は少なくない。

平民だってそうだろう。

ここは、そういう世界。

元の世界より人の命が軽い。

暗殺者っていうと殺しのプロで裏社会の象徴みたいなところがあるから恐れられてはいるけれど、腕が立つと言う事実は称賛されることでもある。

彼の実力を知れば、元暗殺者でも雇いたいと考える人たちはいるわけで……たぶんそういうスカウトをされたことは何度かあるんじゃないだろうか。



「……だから問題は……私の方なのよね……」



彼の持つ雰囲気、全てをひっくるめた上で惹かれてしまった。

夜の空気の中に立つ彼が好き。

暗殺者なんていうとても健全とは思えない職業なのに、私自身だって殺されそうなのに、それでも好きだと思ってしまう。

だけど王女である以上、暗殺者と結ばれるなんて不可能だ。

今こうしてセロシア様との結婚が限りなく現実味を帯びているように、私は必ず誰かに嫁がないといけない。

それがいくらその道でトップクラスと言われる人であろうと、暗殺者相手では国王陛下の許可も下りまい。



「暗殺者以外のアルって、想像できないわ……」



彼自身も他に身を立てる術を知らないと言っていたけれど、本当にそうだ。

しいて言うなら普通に傭兵として、魔物を狩るとか貴族の依頼を受けるっていう形でもそれなりに稼げると思うけど、結局は一般市民の域を出ない。

せめて騎士くらいになって何か武勲を立ててくれれば王女とも近しくなれるだろうけど……



「似合わない……」



騎士のアル?

団体行動できないでしょ、絶対。

せいぜい隠密部隊だ。

武勲とか立てられる感じじゃない。

だとしたら最悪駆け落ちだ。

この世界の平民の生活レベルを思うと不安はあるけど、それでもアルと一緒に居たいなら……王女という立場を捨てることも考えた方がいい。



「……いや。そもそも、向こうがそこまでしてくれるのかしら」



これまでの言動を見る限り、アルも私のことは好いてくれているはずだ。

だけど私とどうなりたいと思っているのかは、正直なところ分からない。



「お師匠さんの言葉を信じるなら、想いが通じ合ったからって必ずしも殺されるとは限らないと思うんだけど……」



青い目をしていても私を殺したいばかりじゃないというのなら。

死ぬ間際の言葉でなくても信じてもらえるように、私が努力する道もあるだろう。

……生きている私と一緒に居たいと、彼が思ってくれてるなら、だけど。



「ひとまずは、出会い頭に殺されないように……説得の余地があることを祈るしかないわね……」



セロシア様と結婚するくらいなら殺すとかされそうでちょっと怖い。

アルなら本気を出せば、私が気付くより先に殺せるだろう。

……もうこれは、信じるしかない。

問答無用で殺せるほど割り切れていないことを。

散々馬鹿なことをしてきた私が何を言うのか聞きたいと思ってくれることを信じて……

今は、待つしかない。







ついにその日がやって来た。

アルから聞いていた、期限最後の日。

契約書に書かれていた日付もこの日だった。

時刻は二十一時。

期限切れまでもう、三時間に迫っていた。

黒い空に、三日月が浮かんでいる。

夜の庭園の景色を見たいと我がままを言って、私は二階のバルコニーに出てきていた。



「第二王女殿下、早めにお戻りくださいますよう。また暗殺者が来ないとも限りません」



女性の騎士の一人がそう声をかけてくれる。

頷きながら、心の中で謝罪した。

私はその暗殺者に会いたいんだ。

どこから来るのか分からない。

きっと話をする時間をくれると信じているけれど、ターゲットを苦しませないと言う信条を持つ彼だ。

そちらを優先してしまう可能性もある。

そうしたら気持ちを伝える間もなく、私は死んでしまう。

だからこうして見晴らしのいい場所で、彼を待つ。

姿を見たその瞬間に、まずは気持ちを伝えるために。



「イベリス第二王女殿下」



背後から声がかかる。

騎士が一歩下がって出迎えたのは、セロシア様だ。

あれからずっと戻らない公爵様に代わり、今はこの屋敷の主人代理でもある。

こんな夜更けであろうと、彼の来訪を拒むことはできない。

婚約者であるならなおさらだった。



「セロシア様……」


「自室の窓からお姿が見えたもので。このような時間に、どうなさいました?」


「……少し、お庭を見せていただこうかと」


「我が屋敷自慢の庭を気に入っていただいて何よりです。庭師も喜ぶでしょう」



その笑顔の真意は読めない。



「光の魔法を使える者に庭を照らさせましょうか。父が不在とはいえ、私にもそれくらいのおもてなしはできますよ」


「いえそんな……月明かりで十分です」



すっきり晴れ渡った空。

月明かりが庭園を照らしている。

確かにこの庭はとても立派だけれど、今外に出ている本当の理由がそこにない以上、私は曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。

微妙な空気はきっと伝わってしまっただろう。

セロシア様が、背後の騎士を振り返った。



「少し二人にしてくれ」


「しかし……」


「何かあればすぐに呼ぶ。窓もドアも開けたままで構わない。殿下と二人で話をさせてくれ」


「畏まりました」



そう言って、騎士は室内に入っていった。

ドアを開けた廊下の先で待機しているのが見える。

何か異変があれば真っすぐ駆け付けられるようにしているのだろう。

加えて、正式な婚姻を済ませていない私たちに万が一が起きないよう、見張りの意味もある。

もちろん、見張りという意味ではそれを一番の職務としているマーヤの目も光っている。



「……ご安心を。侍女頭殿のお手を煩わせるような無体を働くつもりはありません」


「信用しております」



両手を上げておどけて見せる姿に、思わずこちらも笑みがこぼれた。



「……ようやく笑ってくださいましたね」


「あら、いつも笑っているつもりだったのですが。セロシア様をはじめ、この屋敷の方々は皆……私によくしてくださいますから」


「そう言っていただけて光栄です。でも今日は、ずっと表情が固くていらっしゃいましたから」



気付かれていたのか、と思わず口を閉ざしてしまう。

今日は最終日。

きっと彼が来るのは夜だろうと思いつつも、もしかしたらと思ってずっとそわそわしてしまっていた。

口ごもってしまえばそれは肯定だ。

いまさら否定をしても遅い。

逃げ道を探すように視線をそらし、月を見上げた。

バルコニーの手すりにもたれかかりながら、セロシア様も私に合わせて空を見上げる。



「綺麗な三日月ですね」


「ええ、本当に……」


「待っていらっしゃるんですか?」



思いがけない言葉だった。

私の言葉を遮るように、急に核心に触れられて。

だからすぐに反応を返せなかった。

何をですか?と尋ねなければいけなかったのに、それが出来なかった。

それだけで、セロシア様は理解したらしい。



「やはり。あの少年が掃除屋なのですね」

いつもご覧いただき有難うございます。

先週投稿忘れておりました。

すみません…

明日も更新します!

そのまま完結まで数日以内にまとめて更新予定ですので、あと少しお付き合いください。

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