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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で
12/59

12 お兄さん?

翌朝、私は努めて平常を装いながら馬車に乗り込んだ。

表情の硬い私と、昨日とは打って変わって機嫌のいいアル。

マーヤは訝しんでいたけれど、昨日より空気がいいとあってか少しほっとしたようだった。


しかし、そんな風に緩んでしまっていた私を叱咤するかのように、事件が起きた。

夕暮れ、闇が深まる時間に、私たちは足止めを食っている。

そこは東の泉にほど近い、街道のはずれだった。



「くそっ、数が多いな!」



まとわりつく狼を打ち払いながら、騎士が呻く。

この世界には魔物がいる。

今馬車を取り囲んでいる、角がある狼なんかがそれだ。

魔物の基準は、人を捕食するか否かだ。

前世でも実在した動物はほとんど魔物じゃないけど、大型の肉食獣は多くが魔物に分類されていた。

もちろん、前世には存在しなかった生き物も多く居る。


そして町の外に出れば魔物に襲われる可能性があるというのは一般常識だ。

だからこそ、国王陛下も騎士をつけてくれた。

とはいえ東の泉は比較的王都に近く、定期的な討伐も行われている。

これだけの騎士がてこずるほど……具体的には、何十頭もの角狼が襲ってくることなどあり得ない。



「道中もやたら獣に目をつけられていたが、流石におかしいのでは!?」


「このあたりはもともと角狼の縄張りのはずだ!」


「だとしても、討伐は先月行われたばかりでしょう!?」


「そうですよ!遠くから誘導されてきたとしか思えない!」



そう口々に叫びあう騎士達に、あまり余裕はなさそうだ。

必死に魔物を馬車へ近付けまいと奮戦してくれているけれど、かれこれ二十分くらい応戦が続いている。

疲れも出ていることだろう。

馬車の中で、ハラハラしながら祈る私とマーヤ。

アルは同じく馬車の窓からその様子を悠然と眺めていた。

窓にガラスは無い。

割れれば怪我に繋がるので、あるのは布だけだ。

それも今、外の様子を見るためにほんの少し開けられている。



「そろそろ僕も行きますか」



不意に、アルがそんなことを呟いて立ち上がる。

そのまま自分のカバンを無造作につかみ。



「イベリス姫、マーヤさん。頭を下げていてください。窓から顔を出さないように。決してこの場から動かないことです」



そう言い残して、馬車の扉を少しだけ開け、その隙間から滑り出て行った。

きっちり、最後に扉を閉めていく事も忘れない。



「アルベルト!?」



マーヤが驚いて叫ぶ。

そんな彼女の頭を抱き込み、私は頭を伏せた。



「王女様!?」


「アルの言う通りにするのよ、マーヤ。たぶん、魔物以外の敵が来たわ」



その言葉にびくりと震えるマーヤに反し、私は思ったより落ち着いていた。

アルの実力は知らない。

だけどあの腹立つ男が、負ける様が想像できない。

その負けというのは本人の死だけでなく、私という獲物の横取りも含まれる。



「大丈夫、アルなら何とかしてくれるわ」



それはマーヤを安心させるために言った言葉だったけれど、悔しいことに本心だ。

彼は私を、自分以外の誰かが傷つけるのを許さない。

その誰かに私自身までも含まれることを、私は昨日理解したばかりだった。



「……ですが、こんなに角狼が居る中、あんな小さな体で……」



アルの正体を知らないマーヤにとっては、ただ少し腕の立つ少年というだけなんだろう。

これまで暗殺者を捕らえてきたのも、きっと運が味方していると思っている。

信じられないのも無理はない。

私以外の人と居る時のアルは、いたって普通の少年を演じているのだから。



「大丈夫よ、マーヤ」



震える体を、そっと抱きしめてやる。

危険があると分かっている旅にマーヤを連れてきたのは私だ。

これ以上彼女に負担が無いよう、私が何とかしてあげなくちゃ。

窓の外をおそるおそる窺うと、まだ角狼の数は多かった。

こんなに仲間がやられているのに逃げないなんて……

もともと人を襲う生き物とは言え、妙に好戦的だ。



「もしかして……」



角狼の動きを見て、気付く。

狼は……馬車を狙っている?

自分たちを傷つけようとしている騎士を無視して、執拗にこちらに来ようとしている。

騎士達が戦い辛そうなのはそれも理由だろう。

自分に引き付けられないから、私達を庇うのが難しいんだ。



「狼は馬車を狙っているのね!?」



窓から少し顔を出し、近くに居る騎士に問う。

彼は万が一狩り漏れた狼がここに来た時、私たちを守る最後の防波堤だ。



「そのようです!もしかすると獣寄せの薬剤がまかれているのやもしれません!」



戦闘音が響く中、自然と互いの声が大きくなる。

獣寄せ……それは魔物の掃討作戦などで使われるようなものだ。

当然、今回のような旅で使うなど危険もいいところ。

道中も獣が多かったという騎士の言葉が事実なら、出発前から馬車に細工がされていたのかもしれない。

またカトレアか。

指定した東の泉が角狼の縄張りだと理解した上での作戦なら、まあ分かりやすい悪だくみだ。

思わず舌打ちが漏れる。



「くっ!」



気付けば、私の傍にいた騎士の元まで数匹の狼が到達していた。

彼は必死に私達から遠ざけようと応戦するけれど、漏れ出た狼の数は減らない。

私とマーヤのところにまで狼が来るのは時間の問題だろう。

ぞっとして思わず叫んだ。



「ねえ!いっそ馬車を放棄して私たちは外に出た方が……」



そうして、ぐっと窓から顔を出した瞬間。



「こら、伏せているように言ったでしょう」



そんな声が聞こえて、ぐいっと頭を下に押し込まれる。

目がチカチカする。

無理やり首を曲げられてパキって音がしたせいだろうか。

背後の壁に何かが突き刺さったような音がしたせいだろうか。

多分頭を下げていなければそれが私の頭に突き刺さっていたと、以前の経験からもう分かってしまったせいだろうか。

それとも……

さっきの会話を彷彿とさせる言葉を、同じ口調なのに、知らない男の声で言われたせいなのかもしれない。

おそるおそる視線を上げる。


そこには黒い影が立っていた。

背の高さや体格から、おそらく男だろうと分かる。

判断材料がそれだけなのは、真っ黒な布で足から口元まですっぽり全身を覆い隠しているせいだ。

肌が露になっているのは目元と手の部分だけ。

その瞳の色は……



「あ……」



何か口にしようとした私を見て、それを封じるように、青い瞳が笑む。

何で?

私が知っている彼は、どんなに言動が大人びていても、私より背の低い、幼さが抜けない顔立ちの男の子。

なのにその背の高さや通った鼻梁やその声は、まぎれもなく大人の男性のものだ。

もともと可愛い顔立ちだったけれど、大人になると少し切長になる瞳は美男子と言って差し支えない。

垂れ目がちなのは相変わらずだけど。

全貌が見れないのがちょっと残念だ。


呆気にとられる私の視線の先で、アルの手に炎が灯り、光となって走る。

こちらに飛び掛かってきた狼二匹が、その一撃で地に落ちた。

狼は既にほとんどいなくなっている。

さっきまであれだけの数が居たのに、まさか……アルが片づけたの?

風だけでなく火の魔法も使えるなんて初耳だ。



「あれ、ここに居た騎士は?」


「あそこで奮戦していますよ」



いつの間にか私の傍にいたはずの騎士は少し離れた場所に居た。

知らない男達を相手取り、剣を交わしている。

その他の騎士達の相手も、狼ではなく人間に変わっていた。

私が顔を伏せている間に暗殺者たちの襲撃があったらしい。

数十人にも及ぶ男たちに知った顔は無く、彼らこそがカトレアの最後の切り札なのだろうと察せられる。

相手は騎士より数が多い。

騎士一人で数人の男を相手にしているものだから、ずいぶん余裕が無さそうだ。

一人の騎士に、男の凶刃が及ぶ。

しかしその瞬間、アルの手のひらにまた、小さな炎が灯る。

剣が振り下ろされるより早く男の脇腹へと飛び込んだ炎が、騎士の命を救った。

男が腹を庇うようにうずくまった隙に、騎士は体勢を整えて男を仕留める。


馬車の周囲はもう血だらけの惨状だ。

ひどすぎてかえって現実味がわかず、吐き気を覚えずに済んでいる。

……ああ、やっぱりカトレアの策に乗ったのは失敗だったかな。



「殿下!?その者は!?」



自分たちに味方する魔法に気付いたのだろう。

騎士の数人がこちらを振り返った。



「え、ええっと!?」



突然黒ずくめの不審な人物が護衛対象の傍に立っているのだから、騎士が焦るのも当然だ。



「ああ、僕のことはお構いなく。臨時の護衛です」



アルが呑気な声で返答する。



「王女様、いつの間にそのような……」



私の背後でマーヤが驚いていた。

そりゃそうだ。

そんな護衛を雇うような動きをしていたところなんて見てないだろう。

寝耳に水のはずだ。

でもね、私にとっても寝耳に水なんだよね……



「えっと……アルの、お兄さま?みたいな?アルから話を聞いて来た……とか?」


「……今回の旅を心配して付いて来られていたのですね。アルベルトはまだ十歳なのですから、無理もありませんわ」



マーヤが胸を痛めたような顔をしている。

変な嘘をつく羽目になった。

どうしてくれるのかとアルを睨むも、青い目が微笑むだけ。



「てめぇ!さては掃除屋だな!何で俺らの邪魔しやがんだ!」



襲撃者の一人が怒声を響かせた。

アルの援護もあって、騎士達が少しずつ攻勢に出ている。

それに焦れたらしい敵の一人が叫んだのだ。

……掃除屋?

思わずちらりとアルを見る。

状況を考えるに、それはたぶん彼のこと。

しかし青い目はうんざりしたように細められていた。



「……どうやら人違いをしているようですね。どうぞ皆さんお気になさらず」



そんなことを言われても、騎士は『本当に信用していいのか』とこちらをチラチラ見てしまっている。

ちなみに、その心配は的外れとは言えない。



「ほら、前を見ないと危ないですよ」



そう言いながら、アルがどこから取り出したのか、今度はナイフを放る。

その狙いも恐ろしく正確で、乱戦になっている騎士たちの間を縫って、的確に襲撃者にだけ当てていた。

騎士達は仕方なく、目の前の男たちを相手にする。

自棄になった男たちがこちらにナイフやビンやらを投げてくるけれど、アルは一歩も動かず全てをいなし、時に投げ返していた。

大道芸のようだ。

私の投げた大金貨くらい、簡単に受け止められるわけだと妙に納得してしまう。



「……あの、本当は一人で片づけられるんじゃないの?」


「ご命令とあらばそうしますが。騎士様達の矜持を傷つけますよ?」



……確かに。



「そういうこと、気にするのね」


「僕は思慮深いことで有名ですので」



……突っ込まない。

絶対突っ込まないから。

突っ込んだら負けだ。

スルーする私を少し残念そうに見た後、アルは私にだけ聞こえるような小さな声でつぶやいた。



「それに、僕のような仕事をしていると、実力を隠していた方が後々自分の助けになったりするんです」


「え?」



どういうこと?と尋ねようとしたけれど、アルが険しい表情になったのに気付いて口を閉ざす。



「……厄介ですね」


「え?」


「次の魔物が来ました」


「魔物って……」


「長くこの場にとどまっていたので、獣寄せが風下に流れたのでしょう。魔虎(まこ)は、この騎士様達では分が悪いでしょうから……僕が行くしかないか」



魔虎とは、その名の通り魔法を使う虎だ。

群れで行動するわけではないので囲まれる心配こそないものの、かなりの強敵らしい。

毛皮が厚く刃を弾くせいで、魔法が使える人間でないと倒すのが難しいと聞く。



「それって、こんな街道沿いに出てくる魔物なの?」


「いえ、かなり強い獣寄せが使われているので、そのせいでしょうね」


「そんなに……騎士の中に魔法を使える人は?」


「昨日確認した限りでは、居ないようです」



そもそも魔法を使える人間は、百人に一人くらいの割合しかいない。

血筋の問題なのか、王侯貴族は使える人が多いみたいだけど、平民で使える人間は貴重だ。

その中でも使用可能な魔法の適性、魔力量、使える魔法の強さなんかは個人差がある。

訓練することである程度上達はするけれど、持って生まれた限界というのがどうしても出てしまうのだ。

剣術の腕があれば魔法が使えなくても兵士や騎士になることはできる。

以前つけてもらっていた近衛隊には上級魔法を使える騎士も数人いたけれど、今回の中には居ないという。

東の泉までの行程は本来そこまで危険度は高くないとはいえ……王族の外出なのになんで人材が出し惜しみされているのだろうか。

ちゃんと確認していない私も悪いんだけど。



「そんな顔しないでください」


「どんな顔よ」


「ヘビが大きい獲物を飲み込んで動けなくなっている時みたいな顔です」



……どんな顔よ。



「ご心配なく。僕が行ってきます。いいですか、今度こそ顔を出さないでくださいよ。そろそろ暗殺者は騎士様が制圧してくれると思いますが、最後まで彼らは貴女を狙います。またいつナイフが飛んでくるか分からないと思ってください。流石に魔虎の相手をしている間も貴女を守るのは難しいので」


「う、うん……」



私の背後、馬車の内壁にはナイフが一本刺さっている。

あの時、アルが来てくれなければ私の額から生えることになっていたであろうものだ。



「この場は任せます」



騎士達にそう一言残し、アルは騎士と男達の壁を飛び越え、向かいの林へと走っていく。

黒い影は、すぐに見えなくなった。

それから五分も経っただろうか。

次第に数を減らしていた男達に対し、騎士は負傷はあれど全員生きている。

形勢が逆転しだしてからは事が早く、最後の数人に関しては逃がさないよう追うのに手間取っていた程度だ。


周囲は悲惨な有様。

冷静になってみれば完全にスプラッタだし、匂いも酷い。

騎士達も返り血でどろどろだ。

今更になって気分が悪くなってくるのをぐっと堪えた。



「……みんな、無事ですか?」



おそるおそるそう声をかけると、今回の護衛隊の隊長がこちらに駆け寄ってくる。

三十路は超えているだろうが、隊長としてはまだ若い。

その足取りはしっかりしているけれど、怪我の有無はよく分からなかった。

あちこちに飛んでいる赤い血が、彼のものでなければいいんだけど。



「王女殿下、御身を危険にさらし申し訳ございません!お怪我は!?」


「私とマーヤは無事です。よく守ってくれました。誇り高き騎士たちよ」



イベリスとしての経験が、そう口にさせる。

隊長は感極まったように頭を下げた。

この言葉こそが騎士に対しては最大の賛辞になる。

気恥ずかしいけど、命がけで戦ってくれた彼らが喜んでくれるならいくらでも言おう。



「私より、騎士たちの中にも怪我をしている者がいるでしょう。ポーションはありますか?」



この世界にはポーションなんてものもある。

回復魔法を使える人が作る薬で、そのものずばり回復効果のあるものだ。

効果はピンキリだけど、王家所蔵のポーションは深い傷でもたちまち塞いでしまう。

騎士達の怪我も癒せるはずだ。



「もちろんです。しかし、持ってきたポーションは王女殿下に何か起きた時のためのものです」


「私の身の安全は、貴方たちにかかっているはずです。万全でなくて私を守れますか?」



そう説得して、なんとかポーションを使わせる。

あれだけの人数を投じてきたのだ。

総力戦だったのだろうと思う。

流石にこれ以上の襲撃は無いだろう。

無いと思いたい。



「最後に、拙いですが私も魔法をかけます」



今こそ練習の成果を見せる時だ。

流石に大怪我は治せなくとも、かけないより治りが早くなるはず。

しかし、当然私の申し入れに騎士隊長は大慌てで首を振る。



「そんな!王女殿下がもったいない!」


「あら、その分皆さんには私を守るためにしっかり働いていただきますよ。私の魔法は高いので」



少し冗談めかしてそう言うと、少しの間の後騎士達からあたたかな笑いが零れた。

その様子を見て、マーヤが驚いたように声をかけてくる。



「王女様……なんだか、明るくなられましたわね」


「……そうかもしれないわね」



以前の私は真面目な王女だったけど、内向的でとっつきにくかった。

前世を思い出した今、その頑なな態度はかえって人を遠ざけると感じている。

かわりに王女らしさは遠のいたかもしれないけど。



「では、怪我の酷かった人から順に……」



そう口にして騎士達を並ばせようとした瞬間。

アルが向かったはずの方角で、爆発音が響いた。

ご覧いただきありがとうございます。


おまけ↓


「本当のアルの身長って何センチなの?」


「そんなに高くないですよ」


「へえ、何センチ?」


「そんなに高くないので」


「……」


「イベリス姫よりは高いです」


「知ってるけど」

(背が高くないの気にしてるのかしら……)

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