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護衛が王女(わたし)の命を狙う暗殺者なんですが  作者: 遠山京
第一章 命の対価はベッドの上で
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10 魔法の練習

「アル、魔法を教えてくれない?」



城を出た翌日。

少し長めに取られた休憩時間に、アルにそう声をかけてみた。

マーヤはちょうど騎士とこの後の行程について相談するとかで、私の傍を離れている。

声をかけられたアルは、不思議そうな表情をした。



「僕に、教えを乞うんですか?」


「少なくとも私が知る限り、一番魔法の扱いが上手そうなんだもの」


「僕は貴女の命を狙ってるんですよ」


「少なくともこの旅の間にそれをするつもり無いんでしょ?」


「まあ、そうですが……」


「アルが嫌なら無理にとは言わないわよ」


「……イベリス姫がいいなら構いませんが」


「別料金?」



この流れはもう慣れた。

しかし、私の言葉にアルが一瞬呆けた顔をする。



「あ、ああ。そう……そうですね」


「いくら?」


「頬にキス一回で」


「……いくら?」


「ハグして上目遣いで『お願い』って囁くとかでもいいですよ」


「要求レベル上がってない?」


「どっちがいいですか?」



チャラい男子みたいな絡み方してくるな……

まあ、正直なところ……相手は見た目小学生だから、そういう意味での抵抗こそあれど、恥じらいってあんまり無いんだけどね。

仕方ない、と溜息をついて近づくと、驚いたような顔をされた。



「本当にするんですか!?」


「しなくていいの?」


「王女のキスは特別な意味があるのでは?」


「ああ、そういえば式典とかではそういうのもあるわね。騎士の目もあるしまずいか。それなら」



アルをぎゅっと抱きしめ、囁く。



「お願い。これでやっぱりダメとか言ったらマジ切れする」


「……思っていたのとちょっと違うんですが」



私の胸元に顔をうずめたまま、そんなぼやきが零された。



「アルの方が背が低いんだから仕方ないでしょ」


「ちょっとそこの木陰に行きましょう、元の姿に戻ります」


「それこそ目撃されたら大問題になるでしょうが」



逢引するために城を出てきたのかと思われるわ。

あとそれ、素っ裸になるって話じゃなかったっけ。

そんな変態と抱き合うの嫌だわ。



「まあいいでしょう。顔に胸が当たっていたので良しとします」


「……アルって男なのね」


「何だと思ってたんです?」


「いや、なんか……そのへん超越してそうなイメージが」


「まだ変なイメージが消えていないんですか。僕は普通の男ですよ」


「それは絶対違う」



イベリスの容姿を見ても食指が動かず、ギャン泣き女を見て食指が動く男が普通なもんか。

いや、アルの場合はそれ以前の問題が色々あるんだけど。



「それで?何を知りたいんです?イベリス姫は回復魔法を扱えるんでしたか」


「そうね。扱えるってほどじゃないけど……」



私は回復魔法が使えるけれど、あんまり訓練していないこともあって大したことはできない。

疲労回復とか、自然治癒力がちょっと向上するとか、そういうレベルだと思う。



「若返りの魔法ってさ、あれは何属性なの?」


「あれは完全に独自のものですね。師匠も試行錯誤の結果、たまたま出来た魔法を組み合わせたという感じのようですし。僕もそんな感じです。属性化する前の魔力を練り上げるイメージですか」


「なるほど。無属性魔法ってやつね」


「そのまんまですね」



私が命名したわけじゃないもん。

よく聞くやつだもん。

漫画やラノベで、だけど。



「それなら、私もできるかな?」


「出来るかもしれませんが……かなり高度な魔力操作が必要になりますよ。イベリス姫、普段魔法の訓練は?」


「ほとんどしたこと無いのよね……十歳の時に魔力の測定みたいなのをされて、その時少し勉強したくらい。王女が魔法を使わなきゃいけないことなんて無いからとかで教師もついてないし」


「独学でもできることはあるはずですよ」


「それには返す言葉も無いわ。アルはそうしてたんだもんね。以前の私が受け身だったのは確かよ」


「今は違うと?」


「どうせなら出来ることはやってみたいと思うの。でも独学には限界があるから、良い先生が居るなら頼る方が賢いでしょ?」


「なるほど、やる気は汲みましょうか」



アルは偉そうに頷いた。

妙に癇に障るけれど、今は先生なので仕方ない。



「それでは……」



アルはどこからかナイフを取り出し、無造作に自分の指を切った。



「ええ!?」


「はい、まずこれを治してみてください」



アルの細い指先に、血の線が浮いている。



「えっちょっ!?私の回復魔法って本当に弱いのよ!?その小さな切り傷すら治せないくらいに!」


「回復魔法は怪我を治しながらでないと成果が分かりづらいんですから仕方ありません。大丈夫です。イベリス姫が無能でも、僕は治癒能力が高いので明日には治ってます」


「無能って言った……」


「悔しかったら治してください」



……教師選び、間違えたかも。

煽るスタイルの指導法だわ。

ストレスたまるやつ。

生物の先生がこんな感じで苦手だったことを思い出した。

しかし後悔してももう遅い。

煽りスタイルのアルベルト先生による指導が始まった。



「魔力を無駄にしすぎです。こんな小さな怪我に対して手のひらサイズの包帯引っ張り出してるようなものです。そんな広く浅くだから疲労回復レベルなんですよ」


「魔力を一本の糸で出せるようにしてください。あとはその糸の本数を増やすなり太くするなり、状況に合わせてやればいいんです。この程度の操作ができなきゃ若返りなんて一生無理です」


「それが糸ですか?そこの木の枝より太いじゃないですか。貴女のドレスに使われている糸くらい繊細な魔力をこねてほしいものですね」



と、まぁ……大変ネチネチやられた。

途中で戻ってきたマーヤに『眉間の皺が!』と慌てて止められるまで頑張ったけれど、どうあがいても糸のように細くはならなかった。

一瞬、三ミリくらいにはなったんだけど、安定しないしそれ以上細くしようとすると魔力が切れる。

……悔しい。

結局アルの傷は治らなかった。

いやまあ、そんな劇的な上達は最初から期待してなかったんだけどさ。



「……アル、指痛くない?」



夜、用意された大きなテントの中で、私は横になっていた。

マーヤは別のテントが用意されているため、傍に居るのはいつものようにアルだけだ。

当然のようにテントの入り口付近で控えるアルに声をかけると、訝し気な顔をされた。



「あんな小さな切り傷ですよ?」


「でも指先の怪我って結構痛いじゃない」


「あの程度の怪我でナイフがぶれるほどやわな鍛え方はしていないので大丈夫です。いつでも一思いに殺せますよ」


「ああそう……」



良かった、って言えるような返し方をしてくれない。

ひょっとしたら暗殺者の間では鉄板の返し方とかなんだろうか。

一般人には通じないって教えてあげるべきか。



「それに、言ったでしょう?僕は回復も早いんです。もうほとんど塞がっていますよ」



そう言ってアルが差し出した指は、確かにうっすら切れ込みが分かる程度でもう血も滲んでいない。



「ただ、いつも以上に治りが早いですね。おそらくイベリス姫の魔法の効果でしょう」


「治癒力向上くらいの効果はあるからね……」


「回復魔法の根本はそれです。結局治しているのは魔法そのものの力ではなく、本人の治癒力ですから。魔法はそれを促進しているだけなんですよ。一応の成果は出ています」



……あれ、もしかして励まされてる?

意外だ。

アルは目標達成できなければ嫌味しか言わないと思っていた。



「アルって優しい言葉もかけられるのね」


「……イベリス姫は虐められるのがお好みのようですね、気付かずに申し訳ありません」



一瞬で瞳の色が青くなり、見たことが無いほど満面の笑みを向けられる。

やばい、失言だった。

一歩ずつ近づいてくる、怖い。



「ごめんなさい」


「王族が簡単に謝っていいんですか?」


「王族の権威が通じない相手に虚勢はったって仕方ないじゃない……!」


「いけませんね、謝罪は相手に優位を与える言葉です。立場ある人間であるほど、己の利用価値を理解した上で発言しなければ」



ぐいっと顔を近づけられる。

青い瞳に私の引きつった顔が映っていた。

……え、まさか()られる?



「……私の利用価値って?」



何とか声を絞り出す。

殺す気をなくしてもらう為、ちょっとでも会話を長引かせて話題転換を狙わなければ。

しかしその問いかけに、アルは微笑んだ。



「そうですね」



そして私の顎を掴む。



「その体は男にとって価値のあるものなのでは?」



視線があからさまに胸にいっている。



「へっ変態!」



思わず胸を隠した。

昼間のことといい、アルってこういうこと言う人だっけ!?

容姿が少年だから可愛く見えるけれど、中身は大人だと言うことを思い出した。

でもだからって、そんないきなり男を出されると戸惑う。



「体を散々アピールしてきたのはイベリス姫ですよ。出会い頭に体を売り込み、オトモダチとしてのメリットに胸をあげたり」


「メリットに胸は言ってないでしょ!」


「ご自分の胸をまじまじと見ていたじゃないですか」


「ていうかアルってそのへん興味ないような口ぶりだったじゃない!価値なんて感じてないでしょうが!」



とりあえず自分のことは棚に上げておく。

あれはそんなつもりじゃなかったんだ。

いや、我ながらいい乳してるとは思ってるんだけど。

しかし私はまた失言をしただろうか。

アルから笑みが消えた。

青い瞳が、ただただ冷たく、ランプの明かりを弾く。



「そうですね。あの時はそうでした」


「あ、あの時は……って」


「もう一度試してみますか?同じ言葉を貴女が言った時、僕がどういう反応をするか。知りたいなら試してみればいい」



子供。

十歳の子供だ。

中身がどうあれ、見た目は間違いなくそうなのに。

何で心臓がバクバク言っているのか。

青い瞳がゆっくり動き、私の体をなぞっているのが分かる。

手のひらで隠しているはずの胸のラインを、青が這う。

思わずキルトを頭まで引っかぶった。

心臓がうるさい。

何、何この空気!?



「ふっ……」



布越しに、小さな笑い声が聞こえた。



「……アル?」


「はい」


「からかった?」


「いいえ、まさか。ただ、イベリス姫にも貞操観念が芽生えたようで何よりだと」


「それくらいあるわよ最初っからぁ!」


「はいはい。分かりましたからそろそろ声を落としてください。騎士達が何事かとやって来てしまいますよ」



キルトから頭を出して怒鳴ると、しれっとそんな返事を寄こされる。

いつの間にか、その瞳は緑に戻っていた。



「……悪い大人だ」


「ええ。世の中には怖い大人がいるそうなので、僕たち子供は気を付けましょうね」


「黙って」


「黙ります」



私は再度キルトに潜り込んで今度こそ目を閉じた。







翌日。



「……王女様」



二日目の野営地に到達した頃、見かねたようにマーヤが声をかけてきた。

こっそり私に近付いてくるので、私も耳を近づける。



「アルベルトと、何か?」


「うーん……」



アルは、少し離れた場所に立っていた。

一応私の護衛としての意識はあるのか傍から離れはしないものの、顔はそっぽを向いているし完全に無表情。

誰が見ても機嫌が悪いと分かる。

昨夜からの流れなら、ふつう機嫌を悪くするのは私だ。

だけど私は昨日のことは無かったことにしたかったのでいつも通り振舞ったし、アルだって憎たらしいくらいいつも通りだった。

私がちょっと……やらかすまでは。



「たぶん、これのせい」


「ああ……」



私の指には包帯が巻かれていた。

正直大げさなほどに。

左手の人差し指がぐるぐる巻きだ。

確かに血は出たけれど、そこまで大きな怪我ではない。

その傷は、私が自分でつけたものだった。

ご覧いただきありがとうございます。


↓以下おまけ


「アルって教師には向いてないわ……」


「人に頼んでおいてずいぶんな言い草ですね」


「ほめて伸ばすっていう指導法は念頭にないの?」


「ありませんよ。イベリス姫に関しては」


「何でよ!」


「それをしだすと甘やかしそうなので。多分上達できませんが、それでもいいんですか?」


「……」


「良くないですよね。というわけでビシバシいきますよ。ほらさっさと魔力練ってください。不器用なんですから練習あるのみです」


「甘やかすとか無理よね、絶対」

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