努力無くして2
女子野球界で東の強豪校の1つと言われる、天京学園
全国大会の常連校であり、春夏合わせて過去3度の全国優勝の実績のある名門である。
その天京学園女子野球部に所属する1年生の大野メアリーは、練習後に寮の部屋へ戻り水分補給をすると
「ランニングに行って来ます」
と同室の上級生2人に告げ、部屋を出ようとする。
「夕飯までには戻ってきなよ」
と上級生の1人が声をかけ、メアリーは「はい」と返事をして部屋を出た
「ここの所毎日ですねー、あれも”お嬢様”のパフォーマンスか何かなんですかね」
「さあね、ただの頑張り屋さんなんじゃない?」
部屋を出たメアリーが廊下を歩いていると、正面から同じ1年生の山田昇梨が歩いてきた
「あら山田さん、お疲れ様」
「あ、大野さん、えと…お疲れ様、です」
メアリーが声をかけると昇梨は驚いた様子で応えた
「あ、トイレ、今、空いてます」
「そう、でも私お手洗いへ向かってる訳では無いわ」
「え、あ、すみません」
昇梨がペコペコと頭を下げる
「私今からランニングへ出るところなの」
「ランニング!?今からですか?」
「ええ」
「練習終わったばっかりですよ!?」
「勿論ちゃんと先輩方には許可を得ていますわ」
「そ、そういう事じゃなくて…」
「良かったら山田さんも一緒にいかが?」
「ええ!?」
昇梨は練習後でかなり疲れていたので正直行きたくないと思った、しかし内気が故に流されやすい性格なせいで人からの誘いや頼みを断るのが苦手だった。
「うう、はい」
昇梨はか細い声で、同意の返事をした
「そう、ではご一緒に」
またやってしまった、と昇梨は渋々メアリーの後をついていく
そして二人は学校の外周を黙々と走った、昇梨は2周目ですでにしんどいと思ったが、誘いに乗ってしまった手前早々にギブアップするわけにもいかないと、メアリーから少し離されながらも何とかついていった
昇梨はもう何周したかわからないくらい走りヘトヘトになっていると、メアリーがペースを落として隣にやって来た
「お疲れ様、今日はこの辺で終わりましょう。後はクールダウンの為に少し歩きましょう。」
そう言うとメアリーは減速しゆっくりとした足取りになった
「山田さんとはあまり話す機会は無かったわね、良かったら少しお話ししましょう?」
「え、あ、はい」
昇梨は息を切らしながら答える
「山田さんもここの野球部に居るってことは当然、プロを目指しているのよね?」
「え?えーっと...」
勿論、昇梨はプロになりたいという思いで野球をやっている。
ただ、実力があるという訳でもなく、内気な性格もあって、自分なんかがプロになりたいなんて言えば笑われるかもしれないと、メアリーからの質問に答える事が出来ず黙ってしまった。
「ねえ、プロになれる人ってどんな人だと思う?」
「それは、上手い人...?」
「そう、それも、この部内で一番上手い人じゃダメで、アマチュアで一番上手い人じゃなきゃダメよね」
「はい...」
昇梨はますます自信が無くなり声のトーンが下がる
「じゃあその一番上手い人になる為にはどうすればいいと思う?」
「それは...練習、するとか」
「そう、その通り。やっぱり努力無くして成功はないわ。あなたもそう思わない?」
「...でも、どんなに頑張っても才能が無ければ意味ないですよ...」
昇梨は俯き、足を止めた
「すみません、さっきは上手い人って答えましたけど、ちょっとちがいますよね、正しくは、才能のある人がプロになれる、そうですよね」
「いいえ、才能のある人、才能が無くても努力で実力をつけた人、どちらも含めて”上手い人”がプロになれるのよ」
「で、でもそれって綺麗事でしかないですよ。どんなに頑張っても才能のある人には敵いませんよ、野球に限らずプロになれるのは、天才と呼ばれるような才能に恵まれた人なんですよ」
昇梨は拳を握り、身体を震わせている
そんな昇梨の様子をみてメアリーは少し、眉間に皺を寄せた
「私はね、ハッキリ言って野球の才能に恵まれている方では無いの。アナタの言う通りなら、私はプロになれない、そういう事かしら?」
「な、何を言ってるんですか…あなたは推薦でこの部に入った人間でしょ…本当に才能が無いっていうのは、一般入試でここに入ってきた私みたいな奴の事を言うんですよ」
「あら、アナタは本当に私が実力で推薦を頂いたと思ってくれているのね」
メアリーのその言葉に、昇梨は「え?」と顔をあげた
「もしかしたらアナタもご存知かもしれないけれど、私は『アポ―リオ』の創設者の家系なの」
アポ―リオとはアメリカ発祥の世界的人気ファッションブランドのことである
メアリーがそのアポ―リオの創設者の血筋であることは、昇梨を含め部員、いや、学校中の皆が知っている事だった
「私の家族がこの学校の関係に何かしらのお話しをした、という訳では断じてないわ。でも、私が実力で推薦を頂いた訳では無い、という事は私が一番よく分かっているわ。だって私、飛びぬけて上手いなんて事は無いんだもの」
メアリーは恥ずかしがる素振りもなく、堂々と胸を張ってそう言った
「そう、私は上手く無いって知ってる。だから努力するしかないの」
そう言うとメアリーは昇梨へ一歩近づき、昇梨目を真っ直ぐに見つめる
「才能に溺れて努力を忘れた者、才能を言い訳に努力をしない者、それらに勝利は訪れないわ」
メアリーのその言葉に、昇梨は思わず息を吞んだ
「私は負けず嫌いなの、だから誰にも負けたくない。勿論、自分にも。負けない為に、勝つ為には努力するしかない、アナタはどうなの?」
「わ、私は…」
その瞬間、昇梨の脳に、過去の自分の姿がフラッシュバックした
三振ばっかりの日々、エラーを連発してチームメイトに呆れられたり、正直野球を続けるのはしんどいと涙を流した日もあった。
自分の部屋に貼っている憧れの選手のポスターを見て何度も勇気を貰った
諦めたくても諦められない夢、笑われたくなくて自分の胸の中にしまい込んだ夢、言い訳ばっかりでも追いかけてしまう夢、その夢を、自分の目標を、今なら、全てさらけ出せるかもしれない
昇梨は大きく息を吸い込み、そして口を開いた
「わ、私は…私は!プロ野球選手になりたい!」
昇梨は大きな声でそう叫んだ
その言葉を聞いたメアリーは優しく微笑んだ
「ホームランを打つ、速い球を投げる、身体が大きい、手足が長い、確かに才能がある人だからこそ成せるプレーがある。でも、努力をする事っていうのは、才能なんて関係なく誰にでも出来る事でしょ?」
「はい」
「だから努力するしかないの、それも周りと同じようにじゃダメ、周り以上に努力するしかない、そうすることで開ける道っていうのは必ずある。私の好きな野球選手の言葉にこういう言葉があるわ『小さい事を積み重ねる事が、とんでもない所へ行くただ一つの道』ってね」
昇梨の表情がだんだんと明るくなっていく
「あ、あの。大野さんは毎日こうやってランニングしているんですか?」
「ええ、できる限り毎日」
「良かったら、私もご一緒させてください!」
「大歓迎よ、あ、でも…」
メアリーは顎に手を当てて考える仕草をした
「でも...?」
「それってつまり、ライバルが増えるってことになるわね」
その言葉に昇梨は嬉しさと興奮で顔を赤らめて、口をもごもごとさせた
「なんて顔をしているのよ」とメアリーが笑い、昇梨も照れくさそうに笑った。




