人気者じゃん4
学校にテレビの取材が来ていたという噂は、あっという間に学校中に広まっていたようで、朝練が終わり、眠たそうにに瞼をこすりながら重い足取りで自分のクラスの教室へ入った一弓は、突然クラスメイト数人に囲まれた
「ねえねえ、昨日女子野球部が取材されたんでしょ?」
「インタビューとかされたの?」
「またテレビカメラ来たりする?」
普段話した事もほとんど無いような人達に囲まれ、質問攻めに合い一弓は戸惑いながらも、状況を理解した
「え、えーっと...女子野球部が、というより1組の沢井さんの取材だったけど」
「じゃあ前原さんは撮られてないの?」
「うーん、練習風景、みたいな感じでチラッとは映ったかも」
「なーんだ」
「1組の沢井さんって確かすごいんでしょ?」
「そうなの?」
「なんかこの前の試合でホームラン打ったって聞いたぜ」
「凄いじゃん、後でサインとか貰いに行こうよ」
一弓は盛り上がるクラスメイト達の輪からひっそりと抜け出して自分の席に座り「ごめんね沢井さん、後はよろしく」と心のなかで灯に謝罪した。
1限目が終わった後の休み時間、恭子と遥は一弓のクラスへ向かい、廊下から手招きして一弓を呼び出した
「いやー、朝から大変だったよ、昨日の取材が来てた件で色んな人から質問されちゃってさー」
「小山内さん達もそうなんだ、こっちも同じ目にあったよ」
「全部1組の沢井さんに聞いて下さいって言ってシャットアウトしたけどね」
「それも同じ」
一弓と恭子が吹き出すように笑い合っていると、なにやら騒がしい声が聞こえて来た
3人がそちらに視線を向けると、20人近くはいるであろう人だかりと、その中心には、投げかけられる言葉を全て無視するように口を閉ざし、死んだような目をしながら歩いて来る灯の姿があった
灯は一弓達がいることに気づき、目が合ったと同時に「あ!」と口を開いた
一弓達は一斉に側にある窓の外へと顔を向けて無関係を装った。
「ちょっと!」
灯は3人に近づき、一弓の肩を掴んだ
「わあ、沢井さんいたんだ」
一弓のその言葉は一切感情のこもっていない棒読みであった
「いたんだじゃないでしょう、あなた達明らかに目が合ったでしょ」
「え、そうなの遥?」
「いや、どうなんだろ、なあ前原?」
「さあ、私たち窓の外を眺めて語り合ってただけだしね」
「あなた達ね...」
灯は呆れたように溜息を漏らした
「まあどうだっていいわ、それよりこの状況を何とかして欲しいのだけれど」
灯は困ったように振り返ると相変わらず「どんなインタビューされたの?」「え、その3人も取材受けたの?」「もしかしてプロになれるの?」等、様々な声が飛び交っている
「すご、沢井さん人気者じゃん」
一弓は灯の腰をポンポンと軽く叩いた
「は?いつまでも冗談言ってないで何とかして」
「知らないよ、あそうだ、私喉乾いたから自販機行こうよ」
「奇遇だね、私も丁度喉乾いてたんだ」
「同じく」
「じゃあ」と言い残して3人はその場から離れて行った
「あ、ねえ、ちょっと!」
灯もすぐ3人を追おうとしたが、人だかりはどんどんと増え、行く手を遮られてしまった。
一弓達は校内の自販機でジュースを買い、近くのベンチに腰掛けた。
「流石にちょっと可哀想だったんじゃないか?」
遥はそう言うと、缶ジュースを一気に飲み干した
「でも私達に出来ることなんて無かったでしょ」
「まあ、数日もしたら皆落ち着くと思うし、それまで沢井さんには辛抱してもらうってことで」
一弓と恭子も購入したペットボトルのジュースに口を付ける
「そう言えばいつ放送だっけ?」
「あー、確か来週とか言ってたような気がする」
「意外と早いんだな」
「その日、みんなで集まって観賞会でもする?」
そう言って恭子が笑みを浮かべると
「やめてちょうだい」
と、灯が現れた。
「げ!沢井さん...よくご無事で」
恭子の表情が一気に引きつる
「あなた達はいつもそうやって私をからかって楽しんでいるのね」
「か、からかってなんかないよ!ねえ、前原さん?」
「そうそう、私達は沢井さんをリスペクトしてるんだから」
「どうだか...」
「えー、でも本当にみんなで見ない?」
「見ないわ」
「別に集まらなくても、放送見ながらみんなでグループ通話しながらとかさ」
「お、前原さんそれいい!」
「何もよくない!」
「通話しなくてもどうせみんなグループチャットで実況すると思うけどな」
「春日さん、あなたまで...」
「私録画して近所に配ろうかな、これ私の友達が出てるんです!って」
「はあ...もうなんでもいいわ...」
そして1週間後の夜、一弓は自分の部屋のベッドに座りテレビを眺めていた
ニュース番組の後半、スポーツコーナーが始まり、いよいよ灯がテレビの画面に映し出された
小学生から野球を始め、中学では全国屈指のスラッガーとしてその名を轟かせたが、怪我により中学最後の1年は殆どをリハビリに費やした、という経歴が当時の写真と共に紹介され、続いて灯のインタビュー映像が始まった
『怪我をしてからは、やはり相当辛かったですか?』
女子アナウンサーが灯へ質問を投げかける
『そうですね、元のように打つのは難しいかも知れない、と医師から言われたので、左打ちから右打ちに変えようという事になったのですが、ある程度治るまではバットを振る事は禁止されていて、けれど早く右打ちに慣れていかないと、という焦りがあり、それが一番辛かったです。』
『なるほど、その時はお父様やお母様とリハビリにはげんでいたのですか?』
『父がトレーナーの仕事をしていたので、リハビリにはよく協力してくれました』
『今はもう怪我の方は大丈夫なのでしょうか?』
『医師から言われた通り左で打つ事に関しては、前みたいに飛ばせなくなりましたが、今は右で普通にバッティング出来るようにはなっています』
『なるほど、スラッガー完全復活というわけですね。しかし、沢井選手程の逸材、沢山の学校からスカウトがあったかと思いますが、なぜこの林ノ宮高校への進学を決めたのでしょうか?』
『いくつかの高校からのお誘いはありましたが、怪我をしてからは、元のように打てるかは分からないという状態だったこともあって、お誘いの話の殆どが白紙になってしまって。それでも私に来て欲しいと言ってくださる方もいましたが、あえて全国大会出場経験のない公立高校で全国を目指してみようと考え、林ノ宮高校へ入学しました。』
『沢井選手のお母様は強豪叡智学園の監督をされていますが、お母様からのお誘いというのは無かったのでしょうか?』
その質問を受けて、今までテンポよく回答していた灯が一瞬、言葉に詰まったように見えた
『母の高校からもスカウトの話しはありましたが、同じく怪我で白紙になりました。』
『そうですか...やはりお母様の下で野球をしたかったという気持ちはありますか?』
『それは...まあ、選択肢の内の一つではありましたが、そこを目標にしてきたという事は無いです。』
『いつか対戦する日が来るかもしれませんね』
『全国大会に出場すればその可能性もありますね。兎にも角にも今の私の目標は、この林ノ宮高校で全国大会に出場することです。その為に全てを捧げる覚悟です。無理だと思ったことはありません。』
『私も応援しています。頑張ってください』
そしてインタビューが終わり、最後に少し練習風景の映像が流れて特集は終了した。
一弓はテレビを消してベッドに横たわり、灯の事を考える
怪我で強豪校からのスカウトが取り消しになり、見返す為に全国大会を目指しているという事は知っていたが、母の高校からのスカウトの話は初耳だった。
インタビュー中、一瞬言葉に詰まった灯の顔が頭に浮かんだ
沢井灯は、自分が思っていたよりもっと重い物を背負っているのかもしれない
一弓はスマホを手に取り、グループチャットを開いた
実況するとか通話するとか言っていたのは、やはり冗談で、誰からのメッセージもなかった
『行こうね、全国』
一弓はメッセージを投稿し、スマホと部屋を消灯し、眠りについた




