人気者じゃん2
夏の県大会1回戦敗退後、林ノ宮高校女子野球部は2日間活動を休みにして部員に休息を与え、本日からまた練習が再開する。
3年生にとっては最後の練習の日になり、この日を持って部活を引退することとなる。
部員達はいつもより緊張しながら練習に励んでいるのだが、それは3年生との最後の練習だからという訳では無く、他に理由があった
というのも、この日、グラウンドにはテレビの取材が訪れていて、カメラで練習風景を撮られているからだった。
3年生部員の最後の練習に密着取材…という事ではなく、カメラが追いかけているのは沢井灯だった。
取材に訪れているのはローカルで放送されている情報番組で、過去にも灯を取材した事があり、灯が林ノ宮高校の女子野球部の一員として大会に出場していたという情報を聞きつけ、取材に訪れたのだ。
怪我に泣いた天才スラッガーが完全復活、そして無名の公立高校で全国大会を目指す、といった灯のバックボーンはメディア的にはかなり美味しいものなのだろう。灯の一挙手一投足をカメラがひたすら追い続ける。
練習前にはインタビューも行われていた。
監督の金子は、よりによってこの日に取材が入ってしまった事は3年生に申し訳ない、と思いながらグラウンドで汗を流す部員達を見つめていた。
「今日で最後ですね」
ノックを受けるため外野へと移動する最中、一弓は浦上に声をかけた。
「うん、最後の1年に前原ちゃんや沢井ちゃんみたいな凄い子達と一緒に出来て楽しかったよ」
「いや、そんな」
一弓は照れくさそうに帽子のツバを触り、目深になるように下げた
そしてこの日の練習メニューが全て終わり、最後に3年生部員達が其々後輩達へと激励や別れの言葉を送り、次のキャプテンと副キャプテンの指名が行われた。
新しいキャプテンは2年生の植竹に、副キャプテンは同じく2年の高橋に決まり、2人は部員達の拍手を受けながら、現キャプテンの尾上と握手を交わした。
そんな様子も取材のカメラはずっと撮影し続けていた。
最後の挨拶や引き継ぎが終わり、この日の部活は終了、部員達が更衣室へ引き揚げるなか、浦上は一弓を呼び止めた。
「前原ちゃん!」
「はい」
「あの、良かったらなんだけどこれ、貰ってくれないかな?」
そう言って浦上は自分が使用していたグラブを差し出した
「え、これ、いいんですか?」
「うん、ほら、前にも言ったけど私、大学では野球はやらないから」
「でもずっと使ってて思い入れとかあったりするんじゃ…」
「私が持ってるより、使ってくれる人の所に行ったほうがこのグラブも嬉しいんじゃないかなって思うんだ」
「…!そういう事なら、貰います。ありがとうございます!」
一弓は浦上からグラブを受け取った
「あ!無理に使ってほしいとかそういう訳じゃないからね!いま使ってるやつが壊れた時用とかの予備として持っててくれたらいいから!3年間使ったグラブだしボロボロだし」
「いえ、せっかくなので有難く使わせてもらいます。このグラブを使って、もっともっと上手くなります!」
「そ、そう?えへへ…。前原ちゃん、ありがとね、私の練習に付き合ってもらったり、仲良くしてもらって。さっきも言ったけど楽しかったよ。」
「はい、私も楽しかったです。本当にありがとうございました。それと、お疲れ様でした!」
「ありがと。あーあ、せめてあと1年遅く生まれてたらもうちょっと一緒に野球できたのになあ」
そう言いながら浦上は手を振り、「じゃあね」と笑い、去っていった
一弓は受け取ったグラブを手にはめて感触を確かめる。
自分が使っているものよりも柔らかく、かなり使い込まれているようだが、よく手入れがされているのもわかるくらいキレイだった
グラブからも浦上の人柄が感じ取れる気がして頬が緩んだ、そして瞳に僅かに涙が浮かんだのをすぐに腕でこすって拭った。




