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刹那、駆け抜ける4

一弓達が店に入ってから1時間以上が経過した。

得意な教科、苦手な教科、小、中学生時代のエピソード、休日の過ごし方等、野球に関する事以外の話も沢山した。

一弓、灯、恭子は注文した料理を食べ終えていたが、遥はパスタが僅かに残っており、もう20分ほどフォークでつついてはいるものの、口には運ばなかった。

行儀が悪いと注意するタイミングを伺うように恭子は遥の手元をチラチラと見る。


「沢井はさぁ、いつもどんなトレーニングしてるの?」


遥が相変わらずフォークでパスタをつつきながら沢井に質問を投げかけた。


「そうね、春日さんはまず、もっと下半身を鍛えた方がいいんじゃないかしら」


「はあ!?質問の答えになってないぞ」


パスタをつつく遥の手が止まり、フォークを皿に横たえた


「あら、自分のトレーニングの参考にしようとしているのかと思ったから、アナタに必要なトレーニングを答えたつもりなのだけれど」


「うっ...まぁ少しは参考にしようと思ったけど」


「実際どうなのかは分からないけれど、アナタは上半身ばかり鍛えているように見えるわ。確かにアナタは長打力はあるとは思うけれど、上半身の力に頼ったバッティングに見える。もっと下半身も鍛えて体の軸を安定させるのと、重心移動や上半身の回転の意識ね。そうすれば内角へのボールにも対応出来るようになるわ。」


意外と自分の事を見てくれていた事と的確な指摘に驚きながらも遥は灯の言葉を黙って真剣に聞いていた。


「あとはもっと素振りをしてフォームとスイングを安定させることね。ただ闇雲にバットを振るだけじゃダメよ。一振り一振り自分のスイングを確認するように振る。アナタは来たボールに対して力任せにバットを出しているからスイングがバラバラになっているわ。」


一通り伝え終えて、灯はコップの水を飲む


「お、おう、ありがとう、そんなにアタシの事を見てくれたなんてちょっとビックリしたぞ」


「アナタが私に見せつけるように目の前でアピールばかりしてくるから自然と目に入るだけよ」


「ア、アピールなんてしてないぞ!」


「そう...まぁ、私一人が打つだけじゃ勝てないし全国にもいけないわ。アナタにももっと打てるようになってもらわないと困る。それだけよ」


「言われなくても分かってる!今はお前に4番を譲ってやってるが、いずれはアタシが4番を打つんだからな!」


「それなら、もっと若い背番号を貰えるようにならないといけないわね。ベンチスタートじゃ私の代打や代走で出場しない限りは4番にはなれないわよ。」


灯のその言葉に遥は歯を食いしばり屈辱の声を漏らすと、フォークを再び手に取り残っているパスタを一気に口へ詰め込み、それを飲み込んだ。


「さ!アタシも完食したしそろそろ帰るか!」


そう言うと遥は一人立ち上がった


「ちょっと...いきなり何なのよアンタは...」


「あはは...そうだね、もう結構喋ってたもんね。沢井さんも大丈夫?」


「ええ、それじゃあお会計行きましょうか」



会計を済ませて店を出た4人は駅へ向かった

その途中で突然遥が大声をあげた


「ああ!!」


「ビックリした~、何?」


「アタシのスマホがないんだよ!店に置いて来ちゃったかも!」


「もぉ~、何やってんのよ!」


「大変じゃん、なら取りに戻ろうよ」


「うーん、前原さん達には悪いし私と遥だけで取りに戻るよ。ごめんね駅まで送るって言ったのに」


「え、でも」


「悪いのは遥なんだし全然気にしないで」


「そう、じゃあここで解散ってことで」


「うん、今日は楽しかったよ。来てくれてありがとう。また集まろうね」


遥と恭子が手を振りながら来た道を戻って行く、一弓と灯も手を振り見送り、再び駅へと向かって歩き出した。


「それにしても沢井さんが春日さんにあれだけ真剣にアドバイスしたのは意外だったなぁ~、いい指導者になれるんじゃない?」


「からかっているのかしら?」


「からかってないよ、沢井さんってクールな感じで他人に興味なさそうだけど、前に小山内さんを励ましてた時といい、割とチームメイトの事を考えてみてるんだなって思った。」


「他の人に興味があるとか無いとかはよく分からないけれど、春日さんに上手くなってもらわないと困るというのは噓ではないわ。何度も言うけれど私一人だけの力で全国に行けるなんて思っていないもの。だからアナタを誘った。勿論アナタの力も必要よ。」


言葉を言い終えたと同時に灯は足を止めた、灯より数歩前に出たところで一弓も足を止めて灯の方へ振り返った。


「ねえ、辞めないわよね?」


お互いの目と目が合い、沈黙が流れた。

灯が発したその言葉は、少し寂しげで、少し不安そうだと、一弓は感じた。


「辞めないよ、辞めない。」


一弓は目を閉じた、昨日の試合での最後の打席がフラッシュバックする。

そして、次に自分を野球部へ誘った日の灯の言葉がが思い浮かんだ


『それはきっとあなたが強豪チームで上手い人達とやっていたからよ、あなたが打っても打たなくても強い、そんなチームにいたからよ!』


目を閉じたまま、一弓は口を開く


「私ね、正直自分でも野球の才能があるんだって思ってた。でも、誰かのためにヒットを打つ事が出来なかった。何本ヒットを打ってたとしても、最後のあの場面で打てないようじゃ、才能があるなんてただの自惚れだなって思い知った。」


「そう、つまりあなたは天才ではなく、まだ不完全。更に上手くなれるという事よ。」


灯のその言葉を聞いて、一弓はゆっくりと目を開いた。


「うん、私はもっと上手くなりたい。二度とあんな悔しい思いをしないためにも。だから、辞めないよ。」


「そう、ならよかった」


灯は満足気に口角を少し上げて微笑んだ


「でも本当、あっという間に夏が終わっちゃったなあ。ついこの前まで春だったのに」


「3年間なんてあっという間よ、ぼーっとしていたら上手くなる前に過ぎてしまうわよ」


「それは嫌だなぁ」


「それなら後悔しないように全力で駆け抜けなさい。」


「じゃあ沢井さんが引っ張って行ってよ」


一弓がそう言うと、灯は突然一弓の手首を掴んだ


「嫌よ、アナタの方が足が速いのだから自分で走りなさい。そして、競走しましょう。」


灯は一弓の腕を引っ張り、駆け出した。

一弓はしっかりと掴まれた自分の腕を見て、春に灯と出会った時の事がフラッシュバックした

あの日もこうして突然腕を掴まれたなと、一弓は思い出しながら笑みを浮かべる。


「よーし、じゃあ私、負けないからね!」


灯に負けじと一弓は速度を上げた、灯も一弓に追い抜かれないように更に速度を上げる。

人生に一度きりしかない短くて青い春を、少女達は全力で駆けてゆく。

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