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出会ってしまった2

朝の出来事が頭をよぎり、一弓は授業に集中出来ず初回からノートを取りこぼしまくっていた

休み時間になり、近くの席の女子達と他愛もない談笑を交わしながらも、彼女がまた来るんじゃないかと内心ソワソワしながら、会話の途中で何度か廊下へと視線を動かしてみたが彼女が現れる事はなく、その日最後の授業が終わった

この日は授業の後に体育館で部活紹介があり、その流れで放課後に軽い部活見学が行われる。

部活紹介は強制参加だが、部活見学は希望者のみの参加なので一弓はどの部の見学にも参加する気は無く、そのまま帰宅するつもりでいた。


部活紹介が終わり、クラスの女子達と談笑しながら体育館を出る、「部活見学行かないならこの後皆でどっかファミレスでも寄らない?」という話になったが人付き合いが得意では無い一弓は、少し面倒くささを感じたのでその誘いを断り、校舎から真っ直ぐ校門へ向かった。


今朝声をかけてきた少女の事が頭に浮かんだ、

グラウンドで会いましょうと言っていたがそんな事は知った事ではない、帰ったら何をしようか、なんて考えながら門を出ようとしたその時、背後から突然何者かに腕を掴まれた。


「どこへ行くの?グラウンドはそっちじゃないけれど」


一弓が驚いて振り向くと、そこには今朝声をかけて来た少女がいた

またこの女か、と一弓は深く溜息をついた。


「いや、そっちが一方的に言ってきただけで私は承諾してないし」


「あ、もしかしてクラブチームに入ってるの?だとしらた今すぐ辞めて野球部に来て」


「は?」


滅茶苦茶な事を言う女だ、野球はもうやらないって決めたのに。

少女は一弓の腕を引っ張ってグラウンドへ向かおうとする。


「ちょっと...ねぇ...あの!」


「何?」


「私、もう野球辞めたんで、野球はやりません」


一弓のその一言で少女は一気に険しい表情になった


「何を言ってるのかよく分からないわね」


「いや、そのままの意味なんですけど...」


「...部活見学が始まるまでまだ時間はあるわ、ちょっと話しをしましょうか」


そう言うと彼女は近くにあった花壇のレンガへと腰掛け、隣に座れと言わんばかりの顔で一弓を見る

多分逃げても追いかけてくるんだろうなと、一弓は渋々隣に座った


「野球辞めたってどういう事?」


「私、別に野球好きでやってたわけじゃないし...いや、元々は好きで楽しかったんだろうけどさ、続けていくうちにどんどん飽きてきたというか...なんか熱中出来なくなってね」


「そんな理由で辞めたの?あれだけの実力があるのに?」


あぁ、また似たような言葉

「辞めちゃうの?」「なんで?勿体無い!」「続けましょうよ!」

野球を辞めると決めてから家族やチームメイト、沢山の人から同じような事を言われ続けた。

野球をやるかやらないかを決めるのは自分なんだから別にいいじゃないか。

もうこの問答にも飽きたし面倒だ。

一弓は少し苛立ちを感じたがそれを気付かれないように表情には出さなかった。


「あのさ、なんで私の事知ってるの?というか私もアンタをどこかで見た気がするんだけど」


一弓は少し強引に話題を変えた。


「あら、覚えてないのね...中2の時代表で同じチームだったのに」


そう言われて一弓はハッと思い出す

そうだ、彼女は確か...


「私は沢井灯さわいあかりよ、あなたとU-15の代表で共に戦った事もあるし、県大会で敵として戦った事もあるわ」


沢井は地元では有名なスラッガーで、テレビや新聞でプロ注目の中学生として特集されたこともある程だった

しかし彼女は中学2年で出場したU-15の日本代表の試合にて守備で打球に飛びついた際に左手首を捻ってしまい、更にその瞬間に体の体重がのしかかってしまった事が原因で左手首を骨折し、その後はリハビリで1年を棒に振り中学最後の年は勿論試合に出場できず、今後、今まで通りのバッティングが出来る保証は無いと、有名校からのスカウトの話も水に流れた


将来有望な逸材だったけど、怪我で終わった選手

そんな風に世間では囁かれ、一弓も何となくではあるがその事を知っていた


「私はまだまだ打てる、それを証明したいの...だから私はここの野球部で全国大会へ出場してその舞台で活躍しなければいけない」


真っ直ぐ前を見つめながら語る彼女の言葉には熱さが、情熱が、感じられた


灯の視線が隣に座る一弓に再び向けられる

さあ、返答を聞かせろと言わんばかりに、ジッと一弓を見つめている。


一瞬、ほんの一瞬だけ

一弓の胸にもなにか湧き上がる気持ちが、込み上げてくる気持ちがある気がした

だけど、野球はもうやらない

そう決めて有名高からのスカウトを断り、野球部が有名ではないこの学校へ来た

今更もう遅い、野球をやったってどうせまた同じだ

何となくで野球をやるだけだ

野球を楽しむ、野球に熱中する気持ちなんて、もう、とっくに失ってしまっているのだから


「そう、じゃあ頑張って...悪いけど私は野球部には入らないから。さっきも言ったけど辞めたの。それじゃあ私は帰るから」


そう言うと一弓は立ち上がったが、灯がまた一弓の腕を掴んだ


「待って!」


灯が声を張り上げる


「あなた、野球に飽きたって言ったわよね?熱中出来なくなったって...」


「そうだよ、だからもうやらないの!」


何度も同じ会話を続ける気はない、と一弓の語気が少し強くなる。


「それはきっとあなたが強豪チームで上手い人達とやっていたからよ、あなたが打っても打たなくても強い、そんなチームにいたからよ!でもここは違う、ここの野球部はお世辞にも強いなんてとても言えないわ。全国大会へ出場した事だってないし...でもそんなチームで全国目指すのよ?馬鹿みたいって思うかもしれないけど、きっとワクワクするわ!自分のプレーが勝敗を大きく左右するんだもの...ねぇ、私達が揃えば本気で全国目指せるわ」


一弓を引き留めようと灯も立ち上がると懸命に身振り手振りを交え言葉を伝える。


「そんなの、今更だよ…それじゃあ他の学校からのスカウトを断ってまでここに来た意味が無いじゃん!」


「意味ならあるわ、きっと私達が出会う為よ。」


「は?意味分かんないんだけど」


一弓は呆れと怒りが入り混じった感情を抑えるように声を震わせ、言葉を絞り出す



「このまま野球を辞めて、あなた本当に後悔しないの?年を取ってから、あの時野球を続けていればって、後悔しないって言い切れる?」


「それは...そんなの…」


一弓は唇を嚙み締めた


「私達が今から過ごす3年間は、人生の中でも大きな意味のある3年間、1度きりの青春。その大事な3年間を野球に捧げて、それでも野球なんてつまらないと思うのならそれは仕方ないのかもしれない、だけどそれを判断するには今はまだ、早すぎるんじゃない?それに、きっとあなたは、理由を探しているだけなんじゃないの?」


理由を探しているだけ、その言葉に一弓はハっとして一瞬、呼吸が止まった。

灯はそんな一弓を気にすることなく言葉を続けた


「絶対後悔させないわ、本気で嬉しい本気で楽しい、絶対にそう思わせてみせる!

私が、あなたが野球を続ける為の理由になってあげる!

だから、私と一緒に野球しましょう!私は...あなたが欲しいの!」


まるで漫画やドラマのセリフのような言い回しを一切の恥ずかし気もなく、堂々と言い切った。

だが、彼女のその言葉には噓くささは感じない、本心からの言葉であるということが真っ直ぐ伝わってくる。

そうだ、自分は、野球を続ける為の理由を探していたのだ。

誰かに言われて野球を始めた訳では無い

自分から興味を持って始めた野球

だからこそ、野球を続ける理由は他人の中ではなく、自分自身の中に確立するしかない、

楽しいから?好きだから?

でも、楽しく無くなったら、好きじゃ無くなったら、何のために野球を続けるのだろう、それがわからなくなっていた。

親に言われたから、友達に誘われたから、誰かに負けたくないから

自分が野球をする理由を、誰かに押し付けることが出来たならどんなに楽だろう。


でも、野球を続ける理由を、他の誰かのせいに出来るなら

自分の責任として一人で抱えなくてもいいのなら…


広い草原に風が強く吹き抜けたような。

そんなイメージが一弓の頭の中で広がる。

灯の真っ直ぐな言葉が、全力の直球が一弓の胸へと突き刺さる。


お互いに真っ直ぐ瞳を見つめ合い、静寂の時が流れる。


この子が、私が野球を続ける理由になってくれるかもしれない。

もしかしたら...もう一度...野球を

もう一度...火が灯るかもしれない...


自分自身を冷めた人間だと思っていたが、こんな馬鹿みたいに単純な言葉で胸が熱くなるなんて。

将来の事なんて分からないけれど、もう少し、もう少しの間だけ野球を続けてもいいのかもしれない。




一弓の口角が上がり、フッと小さな息のような笑いが漏れる。

馬鹿げた口車に乗せられて今から3年間、夢を見てみるのも悪くないかもしれない


一弓は両手を突き上げ大きく伸びをする


「はぁ、仕方ないなあ…断われないんでしょ?」


「勿論よ」


「ふふっ...ホントしょうがないや...いいよ、付き合ってあげる。自分の力を証明したいっていうアンタのワガママにね」


「私のワガママなんて失礼ね、そもそもあなた程の才能がありながらくだらない理由で野球を辞めるなんて勿体無いわ、続けるべきなのよ、きっとプロにだってなれるわ」


「プロか...」



そうだ、元々野球を始めたキッカケはプロのプレーに憧れたからだ

いつの間にか忘れてしまっていた



自分の力がどれくらい通用するかはわからない

それでも、野球を楽しんで野球に熱中出来るのなら


プロを目指してみるのも悪くは無いのかもしれない









こうして一弓と灯の3年間が幕を開けたのであった


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