青い夏4
相手守備が後退シフトを敷いたのを見て金子は沢井灯という選手の存在を把握されていると、眉間に皺を寄せたが、同時に沢井灯の打席への期待に胸が高鳴っていた。
しかし監督という立場で特定の選手に肩入れしすぎるのは良くないと、表情を引き締めたまま打席に立つ4番打者を見つめる。
何か癖を発見出来ればそれを仲間に伝達する、灯はバッターボックスで構えながら相手投手の挙動を観察する。
相手投手が一塁ランナーを確認し、セットポジションから投球の姿勢に入った。
スライダーなら一度見送る、直球ならスイングする。
灯も相手投手のフォームに合わせて重心を軸足に乗せる。
ボールがリリースされ、灯は瞬時にストレートであると判断した、コースはやや外角の低め、十分捉えることのできるコースだ。
灯はバットを振り抜き快音が響いた、打球は外野手の頭上を越えて右中間方向へグングンと伸びてゆく
林ノ宮メンバーはベンチから乗り出すように打球を見つめる。
打球を追う右翼手が懸命にジャンプしキャッチを試みたがグラブは届かず打球はフェンスに直撃、グラウンドへバウンドしたボールを中堅手が拾い中継へと返球する。
その間に一塁ランナーの高橋は二塁、三塁、そして一気に三塁を回りホームへと駆ける。
中継の二塁手がボールを受け取りホームへと送球しようとするが、捕手がそれを静止した、1点を諦め灯が三塁へ進塁するのを阻止する選択をした。
灯は二塁を回ろうとしたところで、相手捕手の動きと三塁ランナーコーチが静止するように伝えてきている姿が視界に入り二塁でストップした。
高橋のヒットに続き、林ノ宮ベンチが更に沸き上がった。
歓喜の声が上がるベンチの中で金子は武者震いを抑えようと左手で右腕を強く握った。
(やはりあの子は本物だ!)
興奮を隠すように慌てて俯いた金子に後藤がはしゃぐように声をかけてきた。
「沢井さん凄いですね!!!!」
「ええ、流石ですよ。本当に...」
ベンチからの声に顔色一つ変える事なく涼しい顔でメットのつばを摘まむようにして軽く会釈して応える。
灯のタイムリーヒットに衝撃を受けた嗣弓は無意識に口が半開きになっていた。
「凄いなぁ、逆方向にフェン直を打つなんて。あの子一弓より凄いんじゃないかな」
父が漏らしたその言葉に、嗣弓はあの日の姉の言葉を思い浮かべた
『凄く野球が上手い子がいてさ、その子は私なんかより全然才能あるのにわざわざウチみたいな弱小校に入ってさ』
姉が言っていたのは間違いなくこの人の事だ。
「あの人、お姉ちゃんより凄いよ」
嗣弓が真剣なトーンで呟くと、父と母が同時に嗣弓の方へ視線を向けた。
いつもは父が他の選手を褒めると「お姉ちゃんの方が凄い」と反発する嗣弓が初めて、他の選手を、それも姉のチームメイトを認めたという事に、両親は驚いた。
「お姉ちゃんがそう言ってた」
「そ、そうなのか。いや、でも一弓も負けてないと思うな」
嗣弓へのフォロー半分、親バカ半分で父はおどけたように笑うが、嗣弓も母も反応する事は無かった。
5番の3年生二塁手の佐川がベンチからの声援を背に打席に入る。
同じ右打者で2つも下の後輩に負けていられないと、バットのグリップを強く握る。
初球は内角の厳しい所へのストレート、少し身体を引いて見逃す。
1ボールとなり続く2球目も内角へのストレート、今度はストライクゾーンへのボールだったが、空振り
3球目、外角へのスライダーを空振りし2ストライクに
そして4球目高めへのストレートを空振りし三振。
佐川は「うわー!」と悔しさの声を上げた。
2回表、尾上は1アウトからヒットと四球で得点圏にランナーを背負うが後続を外野フライ、内野ゴロに打ち取り無失点で抑えた。
2回裏、この回の先頭打者は一弓。
「さあ一弓の出番だ!」
「一弓ー!」
テンションが上がる両親とは逆に嗣弓は祈るように両手を組み静かに姉の姿を見つめる。
一弓は真っ直ぐ腕を投手の方へ伸ばしバットを立てながら一呼吸つくお決まりのルーティンをしつつ二塁手が定位置についていることを確認し、予定通り引っ張り方向からセンター方向への打撃を意識する事にした
相手投手がスライダー以外の球種が無いなら左打者の一弓に対して外に逃げる球は使って来ないので好都合だ。
相手投手が振りかぶって1球目を投じた、高めへ浮いたストレート、見逃して1ボール
2球目、内角へスライダー、ストライクゾーンに入っていたがあえて見逃して変化の軌道を確認した。
1ボール1ストライクになり3球目、外角へのストレートをカットして2ストライクに。
そして4球目、やや内よりのコースへのスライダーを引っ張り、打球は狙い通り一二塁間への強いゴロに。
一塁手がグラブを伸ばすが間に合わず、二塁手も懸命に横っ飛びするが打球はグラブの先に当たり、そのまま外野へと転がってゆく。
灯を意識して大振りすることなく一弓は一弓らしい打撃でヒットを放った。
「流石だよ前原ちゃん」
ベースコーチの浦上が一塁上の一弓に声をかけながら拳を突き出してくれた、一弓も拳を軽く突き当てて「ありがとうございます。」と返した。
「いや~やっぱりわが子は天才だ」
「一弓~!」
娘のヒットに歓喜する両親の隣で嗣弓もようやく胸をなでおろした。
父が嬉しそうにハイタッチを求めてきたので、嗣弓は目一杯力を込めて父の手のひらを叩き返した。




