青い夏1
野球部に入部してから3ヶ月程の月日が流れ、いよいよ県大会を翌日に控えた一弓は夕食後にメッセージアプリの通知に気が付き、アプリを開いた
部活の同級生組だけで作成されたグループで恭子と遥が翌日から始まる大会についてやり取りをしている。
一弓もメッセージを送り、そのやり取りに加わる
そして灯からの既読がつかないことに気が付いた。
元々灯は積極的にメッセージを送るタイプでは無いが、グループのメッセージには一応目を通しているようで、大抵いつも遅れて既読の数が1つ増えるし必要最低限のメッセージは送ってくる。
一弓は暫く自室のベットでくつろぎながらメッセージアプリでのやり取りを続けた。
一向に灯からの既読がつかず、3人の話題は灯の事になった。
『沢井灯はいつも現れるのが遅い』
『私や遥みたいに暇じゃないんだよ。今頃まだ素振りとかしてるんじゃないかな』
一弓は端末に表示されている時間を確認した、現在20時20分
そして素振りをしている灯の姿が脳裏に浮かんだ。
途端に何だか落ち着かなくなり、一弓は
『ごめん、私ちょっと外すね』
とメッセージを送ると、ジャージに着替えバットを持って近所の公園へと向かった。
一弓は帰宅後にも熱心に自主練習をするタイプではない。しかし全くしないという訳でもなく、気まぐれに、バットを振りたいと思った時に素振りをする程度だ。夕食前にバットを振り、わき腹が痛くなるからという理由で夕食後の遅い時間に素振りをすることは殆どない。
しかも大会の試合等の前日はゆっくり身体を休めて翌日に備えるというのが一弓のルーティンだ。
それでも、灯の事を考えると何だかゆっくりしていてはいけない気になった。
共に全国を目指そうと誘われた以上は灯からの期待に応えないといけないという使命感か、それとも灯に負けたくないという対抗心なのかは自分でも分からなかったが、とにかくバットを振らなけらば、と思った。
対戦相手をイメージし、相手が投じた球に対して最短距離でバットが出るように、バットのヘッドが走りすぎないように、スイングが崩れないように、体の重心や軸を意識して。
無心で振り続けるのでは無く、一振り一振り丁寧に、確実にスイングする。
「お姉ちゃんがこんな時間に練習なんて珍しいね」
どれくらい時間がたっただろう、ひたすらにバットを振り続けているといつの間にか嗣弓が来ていた。
声をかけられても一弓は一切止まる事なくバットを振り続けた。
妹に言葉を返す事もしなかった。彼女からの言葉はちゃんと聞こえているが別に会話をする必要はないと思ったし、素振りをしている最中に嗣弓が来た時はいつも一人で一方的に喋りながら素振りを眺めている。
なので会話に付き合わなくても嗣弓は何とも思わないし、一弓も妹が素振りを眺めながら声をかけてくる事に慣れたので邪魔だとも何とも思わない。
「しかも大会の前の日に自主練習なんてこれもまた珍しい。お姉ちゃんでも不安になる時があるんだねぇ」
嗣弓はしゃがみ込みながら紙パックのジュースをストローで啜った
相変わらず一弓は黙々とバットを振り続けた、暫く振り続け、そろそろ休憩にしようと素振りを中断した。
お尻を土で汚さないようにしゃがんでいる嗣弓とは対象的に一弓はジャージなので汚れを気にする必要はないと、その場で座り込んで夜空を見上げる。
「不安なんてないよ、ただ、ベストを尽くしたいって思った。それだけ。」
そう言って一弓は灯と、浦上を思い浮かべた。
あの二人も今、こうして同じ夜空をみてるだろうか。
なんて事を考えながら、夜空を見つめる。
とても穏やかな表情をしている姉を見て嗣弓は微笑ましく、そして少し羨ましいと思った
「そっか、なんか青春してるって感じだね。」
都会では夜空に輝く星は殆ど見えないが、月だけはハッキリと見える。
「ねえお姉ちゃん、月って何で欠けて見えるか知ってる?」
「馬鹿にしてる?知らない訳ないじゃん」
「じゃあ説明して」
「それは…ほら、アレだよ、太陽がさ、なんかアレ、重なるっていうか」
「えぇ~、曖昧すぎない?」
そんな姉妹のじゃれあいの裏で、メッセージアプリの1年生組グループに灯から『明日に備えて早く寝ましょう』とだけメッセージが来ていた。




