フライが捕れないから3
練習試合当日、対戦相手の松丘高校が到着するまでの時間で軽いミーティングが行われた
「事前に伝えてた通り、今日は1年生の実力を見るためにスタメンで出てもらう」
一弓は2番ライト、灯は4番ファースト、遥は7番セカンド、恭子は9番ピッチャーでそれぞれ先発オーダーに名前が挙がった。
「恭子、緊張してるか?」
「うーん、ちょっとだけね。予定では私は3イニングしか投げないし短いイニングくらい頑張って抑えるよ」
松丘高校が到着したと連絡を受けグラウンドへ向かう
練習試合ではあるものの一弓達1年生にとって高校最初の試合が始まる
1回表、マウンドには恭子。遥と話していた通りこの日は緊張しているというわけでもなく体調も万全だ
初球ストレート、相手は手を出さずストライク
続く2球目もストレート、ここで相手はスイングしてきたがファールになり追い込んだ
捕手の植竹からチェンジアップのサインが出る
恭子は構えた通りのコースにチェンジアップを投じた
しかしこれを捉えられセンターオーバーのツーベースヒットを許してしまった
これには恭子も少し動揺したが投げた感覚としては決して調子が悪い訳では無かった
次は抑える
捕手から出されたストレートのサインに頷き構えたコースへと投じる
が、これも相手に捉えられ打球は右中間へ
連続のツーベースヒットとなりいきなり1点を失ってしまう
たまらず植竹がマウンドへ駆け寄る
「大丈夫大丈夫、気にするな。ちゃんと私が構えたコースに来てた。私の責任だ」
ポンっと恭子の肩を軽く叩く、恭子も笑顔で返す余裕は残っていた
「ノーアウトランナー2塁で打線の中軸との勝負になる。ここからは変化球中心で打たせて取っていこうと思う。お前の投球スタイルの本領発揮だ」
「はい」
軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせる
今日は長いイニングを投げるわけではないしペース配分を気にする必要は無い。ここからは思いっきり腕を振って投げていこうと気合を入れ直した
初球、2球目とカットボールをファールにさせカウントを稼ぐ
3球目、4球目と続けてボールゾーンへ外し、勝負の5球目
植竹は低めへのチェンジアップのサインを出す
上手くいけば空振りも取れはずだ
しかし2人の思惑通りにはいかず、恭子の投じたチェンジアップはレフト前へ弾き返されてしまいランナー1、3塁とピンチを広げてしまう形になった
結局この回相手打線の勢いを止める事ができず5失点を喫してしまう
なんとか3つ目のアウトを取りベンチに引き上げる恭子は俯き、顔を上げることが出来ず
チームメイトから励ましの声をかけられるが反応する気力も無かった
林ノ宮高校の攻撃、1番の倉橋が打ち取られ、1アウトで2番の一弓に打席が回って来た
バッターボックスへ向かう途中、ベンチの恭子の様子を伺う
帽子を深く被って俯いたまま、隣で植竹が声をかけていた
なんとか恭子を援護したい、打席に入りバットのグリップを握る手に力が入る
初球、内角へ来た直球を一弓はフルスイングで打ち返し高々と上がった打球はそのままライトのフェンスを越えていった
重い空気につつまれていた林ノ宮ベンチが一気に湧いた
普段はフォームが崩れるからとフルスイングをしない主義だが今はそんな事は構わない
この回試合をひっくり返すと本気で思っていたからこその一打だった
一弓自身、ランニングホームランではなくフェンスオーバーのホームランを打ったのは初めてだったが、ベースを回る彼女の表情は冷静そのものだった
(これで1点、最低でもあと4点。小山内さんのためにも...)
一弓のホームランで活気づくベンチの中で恭子だけは申し訳無さで一杯で素直に喜べなかった
ベンチに戻ってきた同級生を笑顔で出迎える事が出来ず、隅でただ俯いていた