フライが捕れないから1
「来週末に練習試合をする事になった。1年生の今の力量を見るためにも4人とも先発出場してもらおうと思ってる」
前日のミーティングで監督にそう告げられてから、どこか浮ついている恭子はこの日いつもより早く家を出た
電車に揺られ数駅、ちょうど同じ車両に灯が乗ってきた
「おはよ沢井さん」
「おはよう、珍しく早いのね」
あの日、クレープを食べに行ってから灯達の距離は少しだけ縮まった
恭子の実力はともかく、度胸は灯も認めつつある
「来週練習試合に出れるからなんかソワソワしてさ、いつもより気合い入ってるって感じかな」
「そう、でも春日さんはそうでもないみたいね」
「遥は朝弱いからなぁ、今日は先に行くって連絡入れて置いて来ちゃった」
いつもなら電車で2人など気まずくてたまらなかっただろう、だけど今は違った
「いやぁこうして沢井さんとお喋りできるようになって嬉しいよ」
「そう」
相変わらず灯はそっけない返事だが、以前までよりはほんの少しだけ柔らかい声色になったような気がすると恭子は無理矢理思い込む。
「ほら、沢井さん全国目指すって言ってたじゃん?そのためにはやっぱり一致団結して野球しなきゃいけないとおもってたんだよね。とくに私達同期は」
「個々の実力が高いのであればその必要は無いのかもしれないけれど現状を考えればあなたの言っている事にも一理あるわね」
「なんかしれっとディスられてない?」
「実際ウチが弱小なのは事実でしょう。私だって1人で強豪校に勝てるなんて思ってないわ」
少し棘のある言い方ではあるが一応灯もチームワークは重要だと考えていると知り、意外ではあったが少しだけ安心した。
2人が学校につき更衣室へ入ると既に一弓が着替えている途中だった
「あれ前原さん早いね」
「浦上先輩と早めに練習しようって話になってて」
「へぇ〜、浦上先輩と前原さんって結構仲良いよね」
「まぁ...色々あってね」
一弓が言葉を濁したような返答をしたのが恭子は少し気になったが、深掘りしようとするのも野暮だと思い、それ以上は何も聞かなかった。
一弓としてはもう少しゆっくり喋っていても良かったが先に浦上がグラウンドで待っているので着替えを終えると早々に更衣室を出た
「お!前原ちゃーん、先にトスバッティングの用意しといたよ」
「すみません、ありがとうございます」
「いいよいいよ、私教えて貰う立場だし」
軽くストレッチをしてトスバッティングを始めた
一弓がトスを上げ浦上が打つ
黙々と打ち続けカゴに入ったボールを全て打ち切った
「どうだった?」
「そうですね、最短距離でバットが出るようになってたと思います」
「おぉ〜、私もなんか前より良くなったかもと思ってたんだよね」
「あとはスイングスピードを上げればもっと強い打球が飛ばせるはずです」
「うーん、毎日家でも素振りしてるんだけどなぁ...でも来週の試合、もし私にも出番があれば結果を出せるかも」
「そうですね、私もレギュラー目指して頑張らないと」
「あ、そうだよねごめんね私ばっかり打っちゃって!次前原ちゃんね!」
「あ、いえ別にそういうつもりで言った訳じゃ」
浦上が慌ててボールを回収し始めたので一弓もすぐに駆け寄ってボールの回収を手伝った。
そんなやりとりを恭子は横目で見ながら灯とキャッチボールをしていた
グラウンドに出てきてからもう10分以上2人で黙々とキャッチボールを続けていて、アップで軽く肩を慣らすだけのつもりだった恭子は、痺れを切らして灯に向かって声をかけた
「ねぇ、いつまでキャッチボールする気ー?」
「あら、私は私のスローイングとあなたのコントロール練習を兼ねてやっているつもりだったのだけど」
「え?」
「もしかしてただウォーミングアップで遊んでるだけだと思ってた?」
「そ、そんな訳ないじゃんアハハ...」
このやりとり以降、露骨に恭子の球のバラつきが減った
2人は練習が始まるまでひたすらキャッチボールを続けたのであった