表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/48

同級生カルテット3

「悪いけれど私、帰って自主練するから」


答えて灯は背を向ける、明らかに自分を相手にしていないその態度に悔しさが込み上げ恭子は拳をグッと握った。


「逃げるんだ?なら私の不戦勝だね」


「なんでもいいわ。私忙しいから」


挑発にも灯は足を止める事無くそれを受け流すだけだった。

それでもここで諦める訳にはいかないと恭子は灯の目の前に回り込み立ち塞がる


「沢井さん、私本気だよ。ふざけてるわけじゃない」


2人の視線が交わる、少しの沈黙の後、先に口を開いたのは灯だった


「何が目的なのかしら」


じっと沢井の瞳を見つめたまま恭子が答える


「私は沢井さんと仲良くしたいだけだよ、そのために沢井さんに私の実力を認めさせる」


「なるほどね」


「1打席勝負で沢井さんが勝てばもう二度と仲良くしたいなんて言わないし馴れ合いをしようともしない。そのかわり私が勝ったら...この後私達と一緒にクレープを食べに行ってほしい」


本気なのかふざけているのか分からないその提案に灯は呆れたが、真剣な表情でこちらを見つめ、通さないと言わんばかりに両手を広げている恭子があまりにワガママな子供っぽく見え、これは少し付き合ってあげるしかないなと、灯はため息をついた


「はぁ...わかったわ...引き受けないと帰してくれそうもないし」


灯は荷物を降ろし自前のバットを取り出した

恭子も急いで用具置き場へボールを取りに向かった


「小山内さん、大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫、監督には練習後少しグラウンド使わせて欲しいって許可取ってるしマネージャーから鍵も預かってる」


「いや、そういう事じゃなくて...」


練習での恭子の投球を見る限り正直良い球を投げてるとは思えない

一弓はこの勝負に対して不安しかない、今からでも中止してもらって自分がなんとか沢井との仲を取り持つべきだろうかとも考えているうちに恭子は遥を座らせて軽く数球投げた後マウンドへ向かった

それと同時に灯もバッターボックスへ向かう


「キャッチャー出来る人がいないからキャッチャーは無しで、ジャッジは沢井さんに任せるよ」


恭子は軽くマウンドを足でならし、一呼吸置いてバッターボックスの灯を見つめる

あの沢井灯相手に甘いコースは投げられない

ワインドアップからの第1球、アウトコースへのカットボール

灯は合わせるようなスイングで右方向へ打ち返し、打球はライト方向ファールゾーンのフェンスに直撃した


(初対戦なのに初球から振ってくるなんてナメられてるな私...)


続く2球目はストレート、アウトコースへのボール球


(私は打たせて取るタイプだから三振なんて最初から狙ってない...次の球を引っ掛けさせる)


3球目、内角低めへのチェンジアップ

狙った通りのコースへいったが灯はそれをスイングし綺麗にレフト前へ運んだ

勝負を見つめていた一弓は、やはりダメだったかと両手で顔を覆った


「それじゃあお疲れ様」


灯は顔色1つ変える事無くヘルメットを取り、帰り支度を始めようとする


「あれれ?どこ行くの?私の勝ちだよね?」


打たれたはずの恭子はマウンドで不敵な笑みを浮かべ仁王立ちで声をかける


「何を言っているのかわからないけれど、そんな挑発をしても再戦なんてしないわよ」


「はぁ〜そっかー、あの天才スラッガー沢井灯はあんな単打で満足するようなレベルだったんだぁ〜、残念だなぁ。私みたいなショボい投手からホームランどころか長打コースにも打てないんだなぁ...せっかく打ち頃のコースに緩い球投げてあげたのに」


それを聞いて灯の表情が強張る


「あなたね!負けを認められないからってみっともないと思わないの?」


「まぁそうだよね、ヒットはヒットだもんね、レフト前への...フフッ...しょうがないかあ...私の負けでもいいよ!」


勝負に勝ったはずの灯が何故かどんどん悔しそうな顔になる


「なら...引き分けって事にしておいてあげるわ」


「引き分けねぇ...ま、私は打たれた立場だから沢井さんがそれで良いなら私は良いよ」





「ねぇ...小山内さんってあんな感じの人だっけ?」


まだ短い期間とはいえ一弓が接してきた恭子のイメージとかけ離れた言動をとるその様子に驚き、側にいた遥に小声で尋ねた

遥は難しい顔をするだけで何も答えなかった



「さ、前原さん、遥!クレープ食べに行こう」


恭子は並んで見ていた2人の間に入って肩に手を回す


「もちろん、沢井さんもね」


灯が大きなため息をつく


「わかったわ...ただし、食べたらすぐ帰るから」


灯がなんだかんだで満更でも無さそうな表情に見えて一弓はホッと胸を撫で下ろす気分になった


安心したと同時に一弓は自分の肩に触れている恭子の手が震えている事に気付いた

そしてふと遥と目が合った、彼女はやはり何も言わず一弓を見つめるだけだったが一弓も察して、それ以上は詮索しないようにした





「恭子、そもそもクレープ屋さんって何時まで開いてるんだ?」


「わかんない」


「もう陽も落ちそうだけれど」


「え?ヤバイかな?着替えてる時間なさそう」


「じゃあ競争だ!沢井灯!」


「嫌よ...」


「あ、小山内さん、鍵返しに行かなきゃ」


「じゃあ職員室まで競争だ!沢井灯!」


「必要以上に私に突っかかって来るのはやめてちょうだい」


騒がしい様子でグラウンドを後にする4人

初めて一緒に帰った頃よりそれぞれ少し近い距離で並んで歩いていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ