第八問
あの日から数日経った。なのに桜とはLINEでしかやり取りしていない。ベットの上で過去の私たちのLINEを見返しながらニヤニヤする時間が増えた。ぼーっとする時間も増えた。勉強の時間は減りもしなければ増えもしていなかった。
「はぁ…」
恋する乙女のような、ため息が出る。私は自分を笑った。
ゴロンと寝返りをしながら机の上にあるお面に目がいく。まるで少女漫画のような時間だった。震えていた桜の手、少し緊張した様子で私に少しずつ顔を近付けてきた時の花火の音、大切に思ってくれていると面越しに伝わってきたキス。全部、RECしてある。
そして私は、桜がした部分を見つめて、チュッと唇を乗せる。
コンコン
「薫、夕飯出来たわよ」
「は、はーい」
スタスタと母の歩く音が離れていくのを確認する。それから、ゆっくりと身体を起こしてベッドから降りた。今の私は少し浮かれすぎている。落ち着かなければいけない。この先のこととか、二人で死ぬほど考えなければいけないのだから。
桜と会えたのは一学期の終業式の日、廊下ですれ違う一瞬だった。そういえば登校も下校も私と桜は別々で、昼休みの、あの場所でしか繋がりがないのだと思い知った。人と仲良くならない。なってはいけない人間なんだと思いこんで生きてきた。脳内検索エンジンで「友達 作り方」を打ち込んでもヒット件数は絶望的な結果だ。同様に「恋人 長続き」も悲しい。今まで、あの時、き、キスされるまでは必要のないものだとして気にせずこれた。が、今は違う。好きな人がいる。まさかこのまま終わりになんてしたくない。ものすごく嫌だけど彼女たちに聞くのが良いだろう。…すごくネタにされて笑われる未来が見えてくるようだった。
恋人のことは、恋人がいる人に聞くのが一番だろう。
「あ、あの」
夏帆たちと話すときは大人しい真面目の『私』で話しかける。
「おう、薫から話しかけるなんて珍しい。どうした?」
「いや、大したことじゃないんだけどね」
いや、大したことなんだけどね。
「なに〜?恋人でもできた〜?なんちゃって」
「うぐっ」
鋭い。
「…マジで?」
やめとけば良かった、やっぱり聞くの、やめとけば良かった。恥の多い生涯でした、お父さん母さんさようなら。
「ああ、違う違う。笑ったりなんかしないよ。好きな人が出来たんなら笑わないよ」
「あ、ありがとう」
「で、誰なの?」
「…」
人に聞かれて初めて気付いた。私の好きな人は女の子だと。もし、ここで言ってしまうと何かが音を立てて崩れ落ちてしまうかもしれない、そう思うと怖くなってしまった。
「薫?…もし言いたくないのなら、無理にとは言わないから」
「ううん」
横に首を振る。こんな私にも仲良くしてくれるんだ。信じなきゃ、彼女を。彼女の言葉を信じて、言わなきゃ。
「い、言うよ」
「おう」
「実は、」
私の好きな人の名前を言おうとした時、ガラッと教室のドアが開いて誰かが入ってきた。
「夏帆〜ちょっと聞きたいことが……アレ?」
「おう、桜。久しぶりー」
…
「えっと、……はい」
人差し指を桜に向けて伸ばす。夏帆の頭上にクエッションマークがポンと出てきたが、すぐに「えっ!?」と声を漏らした。察しが良くて助かります。桜の頭上のクエッションマークは残したままチャイムが鳴った。
「なんで私が怒っているか、わかる?」
「「いいえ」」
帰りに寄ったフード店、二人並んで座って、向かいの席の夏帆の説教を受けていた。それなりに付き合いが長いと思っていたけれど、夏帆がこんなに怒っているのを見るのは初めてだった。こりゃあ夏帆の彼氏さんも苦労するだろうな。
「薫?聞いてるの?」
「す、すみません!」
何故こうなってしまったのだろうか。恋愛初心者の私たちが間違いだらけなのは仕方ないことなのに。
「じゃあ、もう一回聞くけど、付き合ってるの?」
「「はい」」
「付き合ったのは昨日?」
「「いいえ」」
「じゃあ何日くらい経ったの?」
「「一週間ぐらい」」
「その間に手は繋いだ?」
「「いいえ」」
「デートした?」
「「いいえ」」
「電話した?」
「「いいえ」」
「付き合ってから二人きりで話し合った?」
「「いいえ」」
「この……バカ野郎ぅううう!!」
失礼ですが夏帆さん、私たちは野郎ではありません。淑女です。あと、バカなのは桜だけです。
「女の子同士の恋愛なんだからさ、もっと二人で話し合わなきゃダメでしょ」
「はい…」
スミマセンと桜が頭を下げる。私もスミマセンと頭を下げた。本当はキス?をした祭りの次の日にでも話し合うべきだったんだ。適当な気持ちでOKしたわけじゃないのに、有耶無耶にしてしまった私が悪かった。長い付き合いにしたいのなら尚更、真剣に自分の考えを桜に知ってもらう必要がある。
「もう…頭上げてよ。怒った私が恥ずかしいから」
人の多い夕暮れ時とはいえ、二人して頭を垂れていれば結構目立つ。
「反省してくれたみたいだし、私は帰るから」
「あ、うん、なんか色々ありがとう」
手を握りたいくらい感謝していた。
「まぁ、初め知ったときは驚いたけどさ、お似合いだよ」
「「え」」
「お幸せに〜」
ヒラヒラと手を振る彼女の背中を見つめながら目の前の注文したジュースを一口飲んだ。実は彼氏とデートの予定があったみたいだけど私たちの面倒を見てくれた彼女には感謝してもしきれない。
「桜」
「ん?」
「聞いてほしいこと、あるんだけど」
「うん」
不安だらけの私たちの道を歩くために。これからの話を桜と沢山した。飲めずに残してしまったジュースを捨てて、その日は別れることにした。
まだ周りに人が大勢いる中、「スキ」を口の動きから読み取ることを私たちは覚えて帰ったのでした。