第四問
カチカチと箸でおかずを掴み損なって落ちるスローモーション。昼休みは至福の時間のはずなのに、桜が来るようになってから調子が狂ってしまった。誰とも話すこともない、あれこれと考えなくてもいい自分一人の時間。そろそろ騒がしい彼女がやってくる頃だ。
スイスイと減っていく弁当の白米とおかず。見上げる時計は間違っていないよと言っているみたいだった。結局、その日は至福の時間を過ごした。
次の日、弁当を片付けた後、借りた図書の本を開いて「なんでもない、なんでもない」と印刷されたインクの世界へ飛び込んで、ソレについて考えないようにした。
ジワジワ。
次の日も読書が捗った。その次の日は土曜日で休み。事前に何冊も借りて帰ったが、すぐに読み終えてしまった。自分の部屋のベットにうずくまりながらため息をつく。最悪の休みだ。
月曜日、廊下で彼女を見つけた。その自分の行動に疑問符がついて回る。なんでだ?なぜだ?これじゃ、まるで…私が…
その言葉の先を遮るように、逃げるように、教室に急ぎ足で向かった。目が合った瞬間の彼女の笑顔が脳裏にへばりついて「クソ」と吐き出した。らしくない。らしくない。
カリカリと黒板を写す手がいつもより重く感じる。眠りの魔法使いの言葉にも今日は負けずに乗り切れたことに喜びも何もなかった。
あー、イライラする。自分に嫌気がする。たかが一人の人間と急に疎遠になったからって、ここまで心を乱される私ではないはずだ。面倒くさい人が一人減った。むしろ喜ぶべきことだ。なのに、自分から壁を作っておいて、このザマはなんだ?仮面を付けておきながら、この醜態はなんだ?彼女のアホが移ってしまったのだろうか。多分、一人の人に近寄り過ぎたんだ、きっと。きっとそうに違いない。
うんうん、と頷きながら下校の一歩を踏み出す。帰りの会が終わった途端、席を立つ、帰宅部の鏡だ。
下駄箱に手をかけた私に駆け寄る靴音。
「薫!ゴメン!」
「…へ?」
「いや本当に、最近全然会いに行けなくてゴメン!」
私と同じ帰宅部の鏡として優秀な彼女は謝り続けた。
「クラスの人に彼氏だろってからかわれるのが嫌で、って言い訳だよね。ごめんね?寂しかった?」
なんだよ。いきなり謝ってきて、寂しかったかって?そんなわけないだろう。この私がそんなこと思うわけないだろう。
「アホ…」
「は、はい。その通りです」
「バツとして、タコ焼き奢れ」
「はい、何個でも食べてください」
「あと、かき氷と、わたあめと、りんご飴と、それから…」
「…太るよ?」
「そっか。じゃあ道連れだ」
「だ、誰と?」
「分かりきっていることを」
「デスヨネー!?」
桜を数日ぶりにイジったから、悪いアイデアが溢れる溢れる。Sの血が滾る。これくらいは許されるだろう。
あぁ。下校がこんなに楽しいものだったなんて、知ったのは今日が初めてだった。
夕食後、いつものように部屋にこもる。そして、そのままベットにダイブした。今日の下校の記憶をリフレインするも、何一つ心踊らないのは、この気持ちを認めたくないからなのだろう。でも私は知っている。逃げたところで意味なんてないことを。
ベットからムクムクと起き上がり、明日の授業の準備を始める。体育がないというだけで気持ちは随分と楽になる。あぁ、私たち生徒は、その日の教科によって心が揺れ動くほど脆い生き物なのだ。そして最近、桜という人間にも揺さぶられる私である。認めよう。彼女と二人きりでいると呼吸は楽に出来る。素に近い私の顔で接していると。
「はやく…あいたいな」
ビリリと微かに痺れる、こんな気持ちは味わったことがない。故に、抑えが効かないことに不安を感じている。桜本人には決して言えない感情だ。
ノートを開いて、さぁ勉強しようかと意気込んだその時、親は言う「お風呂湧いたわよ」と。
スウーっと長めの息を吐いて、気持ち切り替えるためにも自分の机からノロノロと立ち上がるのだった。
こういう時、LINEでもあれば桜に愚痴って発散出来たのかなって。そう言えば、電話番号も知らないなぁ。次、合った時、諸々聞いておこう。
そして、チャポンと、お湯に入るのだった。