第二十四問
東京。十分歩いただけ迷子になってしまった。それでも、なんとかナビ等を駆使して征くべき道を見つける。タクシーを拾って一息をついて二人でクスクス笑った。
それから私と桜は、まず普通のホテルに荷物を置いて5分ほど休んでからお土産を買うことにした。外に出る。人の多さにグルグル目が回ってしまう。
「なんとか着いたね」
桜が笑いかけてくれる。その笑顔がなければ辿り着けなかった場所が幾つもあったことを思い出す。これからも、きっと同じ…
「桜のお陰だよ」
「えぇ?何言ってるの?薫のお陰じゃん」
「いやいや…」
「いやいや…」
「それじゃあ二人のお陰ってことで」
「うん、それがいい」
二人して納得してウンウンと頷く。いや、何をしているんだ私たちは。お土産を買わなくては。
しばらく時間が経つ…
お土産を無事買うことが出来た。普段の仕事よりは楽だけれど疲れてしまい、ホテルのベットにダイブしたまま動けなくなった。でも、お風呂に入って汗を流したい。メイクも落とさなくては…。
「ねーねー、薫」
「ん?なあに?」
「お店の人にフウフですか?って言われちゃったね!」
「うん」
キュッと左手を握る。お揃いの銀色が愛おしくて言葉にできない。すると隣のベットから桜の声が聞こえてきた。
「これからもヨロシク〜」
「何それ(笑)」
「ということで、一緒に…入る?」
「え…?」
一緒に、ってお風呂のことだよね?体にタオルとか巻いて入ったりは………しないよね、そりゃあね。これまで何度も見てきたし、見られてきたから平気のはず。ココは普通のホテルだから“そういうこと”はしないだろう。うん、うん。私が考え過ぎているというか欲求不満みたいに妄想しているだけというか…。
この瞬間、脳裏で謎の自問自答を繰り広げてから私は自分の理性と桜を信じることにした。
「う、うん……いいよ。一緒に入ろ?」
「じゃ、じゃあ準備しようか」
そして私たちは着替えとか諸々用意して部屋に備え付けられているお風呂へ向かった。
「………シャワーだけでいいかな?」
肝心なことを見落としていた。まず最初にお湯を貯めなくては浸かれないという至極簡単なことを。でも心の何処かでホッとしたような安心感があった。
「桜、先に入っていいよ」
「そうだね。一緒に入るのは、また今度にしよう」
「………そんなに一緒に入りたい?」
「ん?そりゃあ…ねぇ…」
恥ずかしがることもなく言ってのける桜に私は驚いてしまった。卑猥なことを予想した自分が本当に恥ずかしい…。
「そうだね、また今度、入ろうね」
逃げるように私はベットに戻っていった。どうやら東京に来て浮かれていたのは私の方らしい。買っておいた麦茶をゴクリと飲み干す。そして、そのまま仰向けでベットに倒れ込んで長いため息を吐いた。
こんな調子じゃ駄目だ。
精神統一。明鏡止水。羊が一匹。
「ほら、シャワー浴びて汗流さないと」
「うーん…」
瞼を擦って眠たい身体を動かそうとすると、桜に支えられて起こしてもらった。こんなにだらしのない私を見せれるのは桜だけだよ。
「ふふ、誰にも見せちゃだめだよ?」
あれ?声に出てしまっていたのだろうか。
「うん、見せない。私、頑張る」
「頑張り過ぎないでね」
「うん、頑張り過ぎない」
その後、一人では危ないから、と彼女に手伝ってもらって髪だけ洗って寝た。情けない妻でごめんね。
翌朝、朝ごはんをゆっくりと食べてから面接会場へ向かった。意外と今日の面接を受けているフウフは多く、見た限りではザッと20人程。待っている間は広い部屋でザワザワと話し込んでいる人だらけで落ち着かない。
そして何故かジーと一人の女性スタッフに見られていて更に落ち着かない。
「知ってる人?」
「まさか」
知り合いではない、と思う。他にもスタッフは数名いて受付をやっている。暫くしてその女性スタッフは部屋を出て行ってしまった。
「それでは〇〇さん、こちらへどうぞ」
スタッフに連れられていく人たちを見送った後、私は手元の本に目を移す。実は、この本は読んでいる途中ではなく、すでに一度読破している。彼の研究を彼自身が一般向けに解りやすくまとめて出版した書籍だ。昨日の新幹線の中でも読んで頭に入れてきた。人って、不思議だな。
「二宮さん、大森さん、準備してください」
私たちの番がきた。大学受験に比べれば緊張していないけれど、かける思いは人一倍あるつもりだ。愛する人との子供のためなら、何でもしなくては。
呼んだスタッフに付いて行って部屋に案内される。コンコンとノックは3回。
「どうぞ」
と中から返事を確認してから失礼して入る。そして肝心の面接はというと、イメージより質問内容が普通のフウフ関係のモノで簡単だった。桜も詰まることなく話せていて好印象を与えられたんじゃなかろうか。ただ、終始気になったのは面接官と並んで顔色の優れない彼がいたことだ。彼を支えるように先程の女性スタッフが心配そうな顔をしている。…そういう関係なのだろうかと余計なことを少し考えてしまった。
「…はい、今の質問で最後でした。お疲れ様でした。お気をつけてお帰りください」
「「ありがとうございました」」
ペコリと礼をして部屋をあとにすると桜がグッタリと私に、もたれかかってきた。
「ちょっと…」
「ごめん、終わったと思ったら気が抜けちゃって」
「もう…仕方ないなぁ」
少し先に自動販売機コーナーを見つけて、そこまでフラフラと歩いていく。ベンチに彼女を座らせて飲み物を適当に買う。
「ありがとう」
「これくらい、なんてことない」
二人ともお疲れ様の意味を込めて、サイダーで乾杯をした。
コツコツと誰かが近づいてきている音が聞こえてきた。振り返ると顔色の悪い彼と彼女だった。私と桜はギョッとして何も言えなくなる。
「ちょっと、話、いいかな?」
「…私たちに何か?」
出来れば桜と合わせることなく立ち去りたかったのだけれど叶わなかった。どんな顔をしているのだろうと気になって恐る恐る桜を見ると、キョトンとしていた。あれ?覚えていない?
「元気に過ごせていますか?周りにイジメられたりしてないですか?」
「はぁ……二人とも幸いなことに元気ですし、人にも恵まれて過ごさせてもらってますけど…」
私が答えると満足げに彼は頷いて涙目になってしまった。その横の彼女は、スッゴイ睨んでいる。桜も私も睨んでいる。(まだ、恋仲ではないのか)
「えっと、話ってそれだけですか?」
「あぁ…その、二宮さんと二人で少し話したいかな」
私は桜に視線を送る。
「いいよ、待ってる」
「うん、すぐ戻る」
桜と彼女を残して、私と彼は自販期コーナーから少し離れて立ち話を始めた。(あの二人を残して大丈夫だろうか)不安もあるが今は彼と話そう。
「それで?今更、何の用?」
「いや、そんなんじゃないよ。…覚えてくれてないのはちょっと寂しく思っちゃったけど」
「桜は、そういうところあるからね…」
「色々、苦労しているみたいだね」
「アンタも彼女に苦労しているんでしょ?」
「え?まさか、むしろ僕が彼女に迷惑かけっぱなしだよ。この前だって徹夜で研究していたら…」
「はいはい、そんな惚気話はいいから」
「の、のろけ?」
鈍感主人公に手を焼いているであろう彼女を思うと、睨まれたことも許してあげようと思った。
「それで、話って?もう桜のことは好きではないんでしょ?」
「確かに好きではないよ、もう。でも、好きだった人の幸せを望むのはイケナイことじゃないだろう?」
「そう…かもね…」
私には、残念だけど振られたことないから分からない世界だ。
「あと、図書室では助けてもらったから。ありがとう」
今の彼の言葉で分かった。ただ、お礼が言いたかっただけなんだ。私は重たい話を覚悟していたのに拍子抜けして馬鹿馬鹿しくなってしまった。もう彼に用はない。グッバイだ。
「どういたしまして」
さようなら。どうぞ、あの人とお幸せになってください。私たちは勝手に幸せになりますので、それでは。
そして私は桜の元へ、さっさと帰っていきました。




