第二十三問
そのニュースを知ったのは薫と二人で嵌める指輪を決めた日のことだった。
同性婚も子供を
アメリカではすでに実用されているとかなんとか。あと難しい専門用語が並んで頭が痛くなってくる。
私は正直そのニュースを見て、怖く感じた。得体の知れない何かが降りかかれば、それは恐怖でしかないのだ。だけども薫と並んで座ってテレビを見詰めながら、新しい何かが始まる予感に興奮しているのも事実だった。
「薫…」
「桜…」
その時、私たちは互いに名前を呼び合うことしか出来なかった。まだ素直に喜ぶには早い。握った彼女の手が汗で濡れていたので、私が「大丈夫だよ」と言うと「そうだね」と返してくれた。大丈夫なんだろうか。誰よりも不安がっているのは私なのに…。
iPS細胞による同性婚者の子供を許可するかしないか、日本政府は頭を悩ませていたに違いない。海外ではもうすでに実用化されていて、一般の人でも授かることが出来るレベルにまでいっている。だから日本では同性愛者の結婚の普及率がいつまでも低いままなんだとテレビの人が言っていた。
私たちは忙しなく過ぎていく日々に追われていて件のことにまで気を回せずにいた。でも確かに二人の頭の中には同じ考えがありました。
後日、なんとポストに一つの茶封筒が投函されていて、中を見ると難しい書類が入っていた。同性婚者への案内。魅力的な案件だ。それは私たちが口にしたくても忙しくてできなかったこと。
「ねぇ…」
子供、欲しいね。
それを言ったのは私。そして薫も、子供欲しいね、と言ってくれた。いつか二人で見た幼い命の眩い星に手が届きそうだ。もし星に手が届いたなら、“三人”で絶対に笑って暮らしたい。そうなったらいいな…。
その願いを込めて、書類と一緒に封入されていた記入用紙に面接への参加に承諾します、を丸で囲んだ。
「名前、どんなのにする?」
私は薫と布団で抱き合いながらそんなことを言った。審査が通ったのだ。まだ面接が控えているけれども薫となら合格するに決まってる。今から未来のことを考えてもバチは当たらないはずだ。
「えぇ〜もう?少し早くない?」
「だってぇ」
私と薫の子供なんだ。可愛い名前をつけてあげたい。キャラクターとかキラキラネームじゃないのにしよう。ちゃんと意味を込めた名前を薫と二人で考えたい。
「遥、なんて、どう?」
「はるか…、いいんじゃない?」
「薫は、どういうのがいいと思う?」
「私は……普通がいいな」
「えー」
でも確かに普通が一番いいかもしれない。普通の幸せの人生を送ってほしい。私がアレコレ喋っていたら薫に優しく頭を撫でられた。
「…どうしたの?」
「別に、いいよ…」
「え?何が?」
「私は桜だけでも寂しくないよ。女同士で子供が出来なくても桜と一緒がいい」
ギュウ〜、と薫の胸に顔が沈む。とても良い匂いが注ぎ込まれていく感覚。好きな人の身体って落ち着く。
「私も薫といるから寂しくなんかないよ」
「でも…」
「でも?」
「私たちの子供に逢えるなら…逢いたい気持ちも…ある…」
歯切れの悪い彼女の声から不安や迷いを感じた。二人でもいいけど、家族が一人増えるのもいいかもと思っているんだよね。
「私も薫の子供に逢いたい」
「うん」
「一人ではしゃいでゴメン」
「ううん、そんなこと…」
「ゆっくりと時間をかけて決めよう?」
コクリと彼女が頷いた瞳は少し潤んでいた。
チュッ。
そうだ、私たちはいつだってゆっくりと二人三脚してきたんだ。足を引っ張ってしまったのは私。遅いって意味じゃないよ?薫と繋いだ足を引こずってしまった。
「少しずつ、いこう」
「うん、ありがとう。桜、大好き♡」
チュッ。
深夜、普段ならもう寝なくてはいけない時間帯。あ、そういえば偶然にも二人とも明日は仕事休みだ。
「薫♡」
まだ少し恥ずかしいけど甘えた声で彼女の名を呼ぶ。コレをしたら薫がフッと視線を外すのも見慣れた羞恥の癖。
もちろん、この後はメチャクチャ、自主規制、した。
そして、この日が来た。
面接場所は東京なので私たちは新幹線に乗って向かっている。有給を取るのに少し抵抗があったけれど職場の上司は快くオーケーしてくれた。なんと薫の仕事場も暖かく送り出してくれたようだ。世界は意外と親切な人でいっぱいだった。初めは理解されずにイジメられるかもと覚悟していた私たちだったが、すんなりと受け入れてくれた方々には頭が上がらない。本当に人に恵まれている。多分、全員が同性愛を正しく理解してくれているわけではないと思うけれど、それでも嬉しかった。
「皆にお土産沢山買わなきゃね」
「もちろん」
ギュッと握り合う二人の手には銀色の輪が光る。お陰で安物になってしまったけれど、私たちは十分すぎるくらいに満足している。なので、これ以上を望むのは遠慮させてもらおう。
「桜」
「ん?、なあに?」
なんだろう、キスかな?こんな人がいる場所でだなんて…でも薫が望むなら…私……
「本読みたいから、手、離すね」
…。
「あ、あぁ…うん、いいよ」
「ん、ありがと」
スルスルと、いとも簡単に私の手から文庫へ移住されてしまった。でも、そんな気まぐれなところも好きだ。ぼんやりと眺める窓の外の景色はいつの間にかビルだらけになっていた。でも東京まで、まだまだ何時間もかかる。その間にもう一度だけでも手を繋ぎたいなと思う私でした。
桜 (ほっぺにならキスしてもセーフなんじゃ…)
薫 (アウトだよ)
桜 (コイツ、直接脳内にっ!?)




