第二十一問
桜「見せられないよ!」
私も薫も、この一週間はソワソワしていた。あの話題には互いに触れないようにしているのが分かって更に、ぎこちなくなる。
日曜日は予定がないことが私も分かって、薫の方も暇であると知り、デートを決意した。電話で話し合って色々決めたのは午前中のことだけ。お昼を食べた後は…なんていうんだろう…。暗黙の了解というやつなのか。薫からも何も言わずに話を終えた。
その日は快晴。傘はいらない。遠足前とは違うし試験前とも違う、不思議な高揚に数十分、私は眠ることができなかった。
デート当日。今日は楽しもう!
「まずは本屋だよね?」
「うん、一度行ってみたかったの」
付き合う前から薫は文學をこよなく愛する少女だった。まるで子供に新しいオモチャを与える前の気分になる。でも最近、私といる時は本を読んでいる彼女を見なくなった。私がいない時にどうやら読み耽っているらしい。ニヤニヤしてしまう。
「本当に本が好きなんだね」
「まあね」
自慢げに胸を張る薫。
「私と、どっちが好き?」
「なっ?!なに言ってるの?!」
「ねぇ、どっち?」
赤くなる薫が可愛くて、つい意地悪したくなっちゃう。
「本!本!」
そう言って薫はプンプン怒りながら先に行ってしまった。分かりやすい嘘をついた彼女を追いかける。
「ごめんね」
「ふん」
とソッポを向かれてしまった。でも手は繋ぐんだ。きっとこれ以上からかったら怒られるから言わない。いつまでも薫といたいから…。
ドキドキとうるさい鼓動のせいで食べ物が上手く喉を通らなかった気がした。昼飯を食べた後、私たちは当てもなく歩いていた。薫が一歩、歩むスピードを遅らせたから私が先行する形になった。
「………」
「………」
私は、ずっと迷っていた。その迷いは完全には消えなかったけれど、大丈夫だと思った。
「行こうか」
私の一声で何かが終わった気がした。何がが終わって、そして何かが始まっていく。
まだ時間は十分にあったけれどホテルに着いた。
「…ねぇ、桜」
「え?な、なに?」
「調べるって言ってたよね」
「あぁ…うん。ちゃんと調べたよ」
「不安になってきたんだけど」
場所によっては値段が馬鹿にならないことを心配しているのだろう。
「その道に詳しい友達に聞いたから安心して」
「その人はなんて?」
「安くて綺麗」
私の返答に薫が深い溜め息をつく。なにか間違ってしまったのだろうか?
「気を悪くしちゃったのなら謝るからさ…」
「まぁ、桜に任せっきりにした私がいけなかったんだ。……後で説教ね」
「そ、そう。じゃあ取り敢えず部屋とるね」
最後、聞きたくなかったセリフが聞こえた気がするけどスルーした。カウンターで女性同士キャンペーンで更に割引してもらった。終始、普通を繕うのに必死で使用上の注意がよく聞こえなかったのは秘密だ。
部屋に入り薫からシャワーを浴びて私もその後に入った。
二人、ベットの上に腰掛けて準備は整った。よし!
「まずは」
「まずは?」
「爪を切ります」
「……つめ?」
小首を傾げる彼女をよそにカバンの中から爪切りを取り出す。
「えぇ…持ってきてる…」
「ほら、手、出して。切ってあげる」
「ほ、本当に任せて大丈夫なんだよね?」
どこか不安そうに出す薫の右手を優しく掴む。数え切れないほど握った薫の手は細くて綺麗で暖かくて気持ちよかった。
「やっぱり、綺麗だね」
「いいから早く」
「はいはい」
とは言っても薫の爪は殆ど綺麗に切り揃っていたのですぐに終わってしまった。
「はい、今度は桜の番」
「はーい」
爪切りを渡して自分の手を差し出す。マジマジと手を見られて恥ずかしくなってきてしまった。変じゃないかな?
「ねぇ…薫…」
「ちょっと、動かないでよ。危ないから」
うう……なんだか、くすぐったい。自分がされると、こんなにも恥ずかしいのか、と思い知った。でも、たまにやってもらおうと思うのだった。
「はい、爪切り終わり」
「ありがとう」
「で、次は?どうするの?」
「え、えっとねぇ…次は、どちらかが猫になる」
「…はぁ?」
「猫になります」
「ネコってあのネコ?」
「そうです」
「じゃ、じゃあもう一人は?イヌ?」
しまった。ど忘れしてしまった。(たしかネットに書いてあったのはネコと何だったかな…?)ここで調べたけど結果よく分からなかった、なんて言うわけにはいかない。よし、犬でいこう。
「私、犬やるね」
「桜ぁ?」
「ワンワン!」
漫画とかでよく見かけるお座りのポーズで鳴いてみた。恥を捨てて犬の気持ちになってワンワンと鳴いた。
「桜、お手」
「ワン」
薫の右手に私の左手を乗せる。自分が何をしているのか自問自答の地獄に陥りそうになった時、薫が笑った。
「ふふっ。可愛いワンちゃんですね〜」
よしよしと撫でられ始めたから私は顔が熱くなって犬から人に戻ってしまった。
「お、おしまい!犬おしまい!」
「えぇ〜?おもしr…可愛かったのに〜」
今、面白かったのにって言いそうになった?!なんでだよ、畜生。私が落ち込んでいると薫がソワソワしだした。
「ん?どうしたの?」
何か我慢していることでもあるのかと不安になる。
「こ、こう……かな………?」
そう言って薫は両手を丸めて自分の顔の前にやる。
「み、みゃあ……」
瞬間、雷に打たれた。
語彙力というものを失ってしまった。女性同士で“そういくこと”のやり方なんて実はこれっぽっちも知ることは出来なかった。なので正解かどうか分からないが(おそらく間違っているだろうが)いや、これは正解だよ!ネコの意味とは違うだろうけど今日からネコはコレだよ!
私は思わず鼻を抑える格好になってしまった。鼻血が出るかと思った…。
「桜…何か言ってよ…」
「ハイ…」
「ねぇ、桜ってばぁ」
「ハイハイ…」
「ちょっと、もしかして…」
あ、ヤベ。だが、もう気づいた時には遅かった…。
「それじゃあ変なサイトで調べたわけじゃないのね?」
「はい、そうです…」
私は勿論正座させられて薫は腕を組んで仁王立ちしていた。お説教である。
「だったら、そう言えば良かったのに」
「本当にスミマセンでした」
私がリードしてみたかったんです。調子に乗ってスミマセン。
「もういいよ…桜が変な知識を得てなくて良かった」
「その変な知識って?薫は知ってるの?」
「ううん、全然。もし知ってたら私がリードしてる」
「で、ですよねぇ…」
さて、けして安くはない料金を払って借りた部屋で何をしようか。時間は、まだ沢山残っているけれど出て何か美味しい物でも食べに行こうかと言いそうになった時、薫が口を開いた。
「ひ、昼寝でも……しよう…か……」
「え?」
「ほ、ほら。時間余っちゃったし」
彼女の耳が赤くなっているのが見えてしまった。私はまた逃げようとしていたことに気付いて恥じた。もっと愛したい。薫を満たしてあげたいし私も薫の好きにされたい。私たちは私たちらしく、“そういうこと”をすることにした。
服を着たまま同じ布団に包まって天井を見つめる。チラッと薫を見ると、目があって「わっ」と熱くなってしまう。互いに恥ずかしいねって呟いた、初めての一緒の昼寝。ちっとも裸になってないけれど、正解とはほど遠いけれど、薫と同じゴールへ向かって歩いている。こうやってゆっくりと関係が進むのは私たちらしくていいじゃないか。回数を追うごとに近付いて服も一枚ずつ丁寧に脱がして綺麗に畳んで。大切に大切に優しく抱きしめ合えばいいんだ。他と違っていいんだ。
薫と“そういうこと”が出来たのは、それから数年後のことでした。
薫「にゃー」
桜「あぁあああ!!かわいいいいいい!!」




