第二十問
「シャワー、先にどうぞ」
「あぁ…うん…ありがと」
曖昧な返事をする桜。私は笑った貴方が好きなんだよ。
桜には元気を出してほしいので、二人とも髪を乾かしたら話をしてみよう。もし桜が話したくなかったら聞かないでおこう。恋人にだって役に立てない時もあるのだから。
シャンプーの香りが漂って来るのと同時に桜もあがってきたみたいだ。
「…おまたせ」
貸した私の服を着て、髪をタオルで乾かしている桜は普段より魅力的に見えた。今、物凄く抱きしめたい欲求が湧き上がってきている。濡れた髪のまま、フェロモンを撒き散らさないでくれ。
私の気も知らずにペタペタと歩き始めた桜が口を開ける。
「部屋で待ってるから」
「う、うん」
いつもなら時間をかけて洗うのに手が忙しなく動いてアッという間に終わってしまった。なんだか人肌恋しい。早く部屋に行って桜と…桜と…イチャイチャしたい。キュッとシャワーを止めてお風呂をあがる。
「話を聞いてからにしよう」
タオルで身体を拭きながら一人呟くのだった。
部屋に行くと桜はボンヤリと窓の外の雨を眺めていた。
「桜、おまたせ」
「うん…」
そして曖昧な返事をする彼女の隣に座る。何分沈黙があっただろうか。桜は小さくため息を吐いて自分の膝を抱えるように顔をうつ伏せた。体育座りで寝ようとしている訳ではないことは分かる。
「桜…私、」
「あのさ」
話を遮るように桜が語り出す。
「最近さ、ずっとモヤモヤするんだ。変な意味じゃなくてね?薫といると、大好きー!って気持ちが吐き出しきれずに溜まっていくんだ。好き気持ちが弱くなったわけじゃない。むしろ強くなって、大きくなってる。ただ、全部出しきれないっていうか……好きなのに、愛しているのにそれだけじゃ、もう限界がきちゃいそうなの…」
「桜…」
「私、どうしちゃったのかな…」
私には桜が可愛く思えて仕方なかった。その気持ちは私が今感じているモノと酷似している。私も体育座りをして、桜の肩と私の肩をくっつけた。
「薫とキスをするとね、モヤモヤするの」
「…うん」
「薫に助けて貰ったアノ日から知らない感情ばかりになる時があるの。もうすぐ抑えきれなくなりそうなの。でも、私は怖い。私のこの感情が薫のことを傷付けてしまうんじゃないかって」
「桜、顔を上げて…?」
クイッと上げた桜の顔は少し紅色に染まっていた。さっきからドキドキしっぱなし。
「自分が抑えられなくなるのが怖いんだよね、桜は。それで私を傷付けてしまうんじゃないかって不安なんだよね」
「うん」
「私のことを考えてくれている桜になら何されてもいい」
初めての気持ちは誰だって怖いものだ。私だって少し怖いと思っている。でもそれ以上に桜を受け入れたい思いの方が勝つ。
「桜は、何がしたいの?」
ほぼ分かりきっている答えを私は聞いた。
「えっと…その…」
「ん、なに?」
「か、薫と………“そういうこと”…したい」
桜らしい返答に私は無言の頷きで応えた。肩同士はくっついたまま、見つめ合ったまま、互いに頬をおそろいの色に染まったまま、触れるか触れないかの距離まで顔を近付けた。桜の息がかかる。私の心臓が激しく活動している。雨は、まだ降り続いている…。だから、その音は私の耳にまで届かなかった。多分、桜も同じだと思う。でも確かにキスをしたんだと証明できるのは互いの唇の感触だけのようだ。
14回、キスをした。
次に動いたのは桜の右腕だった。指が震えながら私の胸に届いた。
「すごい…バクバク鳴ってる…」
私は聞かれてしまった羞恥で顔を覆いたくなる。だけど身体が言うことを聞いてくれない。
「か、薫…」
「な…に…?」
「えっと、その……ここからどうしたら、いい?」
「そ、それは………」
二人とも止まってしまった。私たちは肝心な事を見落としてしまっていた。“そういうこと”のやり方が分からなかったのだ。
結局その日は解散となった。
「私、ちょっと調べてみるね」
「危ないことしないでね?」
「分かってるって」
でも、桜にだけに任せて大丈夫なのだろうか。
大学の講義が終わろうとしている中、ふと考え込む。チャイムが鳴ったので先生が今日の内容を適当にまとめてスタスタと帰っていった。ザワザワと騒がしくなる講義室。特別仲の良い人はいないので私は一人で伸び伸びと昼飯を取り始める。こんな姿を彼女に見られたら、なんて言われるんだろう。特に通知のない桜とのLINEを開いて閉じる。そして適当にニュースを見て気になる記事を見つけた。そしてその話題は同学年の人にも刺さったようだ。聴こえてくる雑談のちょっとした中心になった。
「おー!俺らと同い年じゃん!」
「iPS細胞?」
「天才っているんだな」
「実用化まであと僅かだってさ。すげぇなぁ…」
もう、彼と会うことはないだろうと思っていたのに。一度だけ手助けしたことのある、その人物の活躍によって何かが変わっていくかもしれない。そんな小説みたいな予感が的中しないことを祈るばかりであった。
ため息が出るのは私自身のせい。桜に「助けてもらった」なんて言われる私だけれど、私のほうが助けられてばっかりなんだ。自分から他人と仲良くしようとしないのが原因だ。でも、そのお陰で桜と出会えたのなら別にいいかなって思う。自分のことは嫌いだけど桜が好きなのなら、私も少しくらい好きになってみてもいいのかもしれない。だって…
「私も“そういうこと”してみたいんだもの…」
朝馬「多分、読んでる人よりドキドキしてます…(色んな意味で)」




