第十八問
助けて〜、薫ウーマン!
駅の近くに見つけた喫茶店の人気メニュー、パンケーキの甘い香りが鼻をくすぐる。とろ〜りと蜂蜜を垂らしてパクパクと頬張る桜を見て、更に確信した。私に何か隠している、と。
「あま〜い♡しあわせ〜」
「桜が好きそうだなって思ったから、今日来て良かった」
大学生活には、まだまだ慣れず慌ただしく過ごしている。それでも束の間の休息は必要不可欠だ。カロリーでストレスから少しでも解放されるなら安いものだと思う。
さて、どう切り出したそうかと考える。カップのコーヒーに口をつけ、ひと呼吸をおいて桜に尋ねた。
「ねぇ、桜。何か隠しているでしょ?」
「…なんのこと?」
「言いたくない…か……」
「別に何も隠してないよ」
嘘だな。彼女は、ある時期を境に、なんだか元気がないみたいだった。慣れない環境で少し疲れているのだろう、と思い、いつもより甘やかしていた。だから言いづらいのかもしれない。勿論、相談しやすい雰囲気を作れなかった私にも悪いところがある。
「無理に聞きたくないから、もう聞かないけど…」
「…」
「勝手に推理するね」
まず、桜の性格を踏まえて今の状態になってしまう要因を幾つもあげていく。
最近、デートが出来てないから?いいや、違う。受験の時、私たちは将来のために我慢してきた。大学が決まってからは手を繋ぐこともハグもキスも回数が元に戻りつつある。
授業に付いていけてない、もしくは付いていけるか不安だから?いいや、これも違うだろう。勉強を一緒にして分かったのだけれど、桜は私より頭がいい。正確には覚えがいい。何故今までキチンとやってこなかったのか。まぁ、そういう理由で、コレの可能性はない。
イジメられるはずもない。桜は簡単に友だちを作れるタイプなのだ。私とは真逆のタイプの彼女が嫌われる訳がない。むしろ仲が良すぎるくらいで嫉妬してしまいそうだ。畜生。私だって、もっと…
閑話休題。
考え方を変えよう。どうしたら桜が傷付くのか。彼女の一番のウィークポイントは何なのか。桜が涙を流す数少ない理由を検索して、推理を終える。
「分かった」
「え?なにが?」
私が推理している間も黙々とパンケーキを食べていたようだ。
「桜、私とのことを親に言ったんでしょ」
………
目を丸くする、とは、このことを言うのか。最後の一口をモグモグして飲み込むと桜から一言。
「ゴメン…」
「いいよ、私も気付かなかったから…」
このタイミングでカミングアウトした桜の気持ちを私は尊重したい。きっと色々考えてのことだろう。そして、親に何か言われて今に至る、と。
「今、一番最悪の事態を考えているんだけど」
「…うん」
「家族の誰一人、味方していないなんてことは…」
沈黙、それが意味することは一つだけ。私は唇を噛んだ。最悪だ。いや、むしろ今まで桜が耐えていられたほうが奇跡に近い。じわっと口の中に鉄の味が染みてくる。喫茶店に差し込む太陽の光が最高に心地良いのが過去最高に腹立つ。そして、それ以上に私は自分に腹が立って仕方がない。
ゴクリと残ったコーヒーを飲み干したら自分で噛んだ唇が痛くて泣きそうになった。ここに居たところで何も始まらない。
「行こう」
「か、薫?行くって、どこへ?」
「桜の家」
隣で私と止めようと桜が騒ぐ。私の腕を掴んで無理やり停止させられた。
「…私、今、イライラしているんだけど?離してくれない?」
「だから、ちょっと待って!」
「一刻も早く話をつけなきゃ」
「分かったから!行くから!だから待って!」
「だったら、なんで止めるの?」
「会計!」
「…あ」
「会計してから、ね?」
「…はい」
チャリーン
「ありがとうございましたー!」
冷静じゃなかったのは私の方だ。いつも私は自分のことばかり。仮面つけて自分を守って、誰も敵にせず味方も作らず生きてきた。それで安心していた自分が死ぬほど嫌いになりそうだ。
店を出て、電車に乗り、改札を抜けて家へ向かう。その途中の間、ずっと桜は私と手をつないでいた。いつもだったら私が握ると握り返してくれる彼女の手は今日だけは力が抜けいてた。まるで空っぽのペットボトルのよう。落ちないように掴んでいる、そんな状態だったけれど、なんとか家まで来れた。
ガチャリ。
…。桜は黙ったまま家へ入る。そのことが私には一番堪えた。(ただいま、も言わなくなるほど…桜は…)
偶然、歩いていたお母様に見つかってしまった。
「なんのつもり?」
お母様の声は濁って聞こえた。その低い声が耳に纏わりついて気持ち悪かった。
「なんのつもりかって聞いてるの!!桜ァッ!!」
ビクッと肩を震わせて怯える桜が言い淀む。私一人で来れればよかったのに。でも、ここが桜の家である限り逃げることすら出来無いんだ。
どうして殆どの大人たちは卑怯なことをしないと生きていけないのか。
「いえ、桜に無理を言って私が来たくて来たんです」
「薫さんでしたよね。うちの子に変なことしたんでしょう?だからこの子頭がオカシクなったちゃったのよ!」
何度かお会いしてきたお母様とは思えない言葉遣いでした。だから…………私は計画通りに事が進んで嬉しく思った。
「薫さん、貴方も変なのよ。女の人を好きになるなんて間違っているわ」
「そうかもしれません」
不安そうに震える桜の手が視線の端に見える。今日の話が終わったら、後で抱きしめてあげよう。
「でも、現に好きになってしまったんです」
隣で、すすり泣く音がする。恋は罪だ。夏目漱石に同意する。上手くいくだけの恋なんてあった試しはないのだから。ねぇ?
「貴方っ…そういう人がいるから少子化が問題になってるんでしょ?!」
全然関係のない話で攻撃している大人を見るのは阿呆らしくて堪らないなぁ。
「それでは高齢化社会の話もしますか」
「そんなの、全然関係ないじゃない!話そらさないで!」
もはやコント。お笑いに向いていらっしゃる。でも私は絶対に笑ったりしてあげない。
「じゃあ話を戻しますか。少子化でしたっけ?」
「そんなの、どうだっていいわ。早く桜と縁を切って頂戴。今すぐに!!」
「……嫌だと言ったら?」
「警察を呼ぶわ」
「なら裁判でもしますか?同性愛者の結婚を認めるようになった。むしろ推奨する方も出てきている国で、どんな意見を言ってもらえるのか。私、楽しみです」
「何を言ってるの?テレビではそんなこと言ってないわ」
「どの番組ですか?」
「…」
「もしかして覚えていない?それと、まさかとは思いますが一つのテレビ番組だけの話ではないですよね?」
餌をまいて食いつくのを祈る。
「か、帰って頂戴!!今すぐ消えて!」
よし、ここまですれば大丈夫だろう。私は計画が無事に遂行したことを知らせる為に、桜に目配せをする。
「そうですね。大きな声で話すと近所に変な噂が立ちますものね」
「貴方って人は…ほんとに…」
「長居してすみませんでした。あと忘れてましたけれどコレ。つまらないものですが」
「要らないわ」
「美味しいパンケーキなので是非」
まぁ、初めから受け取らないだろうとは思っていた。だからコレは桜へ渡す。口パクで、マタアトデ、と伝える。
それでは、と言って私は家を後にした。
翌日から桜は少しだけ元気を取り戻し、私は安堵の息を吐くのだった。
桜「うえ〜ん」
薫「よしよし、良い子良い子」




