第十七問
これから先、どうしようかな。考えても答えが出ないから、考えることを止めたくなる。でも、それじゃあ駄目なんだって私は知っている。
私が今、考えていることが二つある。一つは将来のこと。主に夢とかやりたい仕事とか頭が痛くなることだ。そして、もう一つは薫との関係を自分の親に打ち明けるタイミング等々。
どのような結末になるとしても、私と薫、あと応援してくれている友人や薫の両親の信頼の為にも挫けるわけにはいかない。絶対に幸せになれる。私たちは幸せになるんだ。
忙しなく過ぎていく学校生活も残りを気にする程に少なくなってきた。私たちは受験生になった。一生に一度しかない期間限定の称号。コレがスイーツなら迷わず買うのに、と白い息を吐く。つべこべ言わずに勉強だ、人生が決まるかもしれないんだ、大人はいつも大げさに語る。私も大人になったら同じことを言うようになるのだろうか。ベンキョウシトケバヨカッタ病を患って、拗らせてしまう自分なんて想像出来ない。
「受験なんて無くなればいいのに…」
私には将来を誓った相手がいるのだから、卒業したら働くという選択肢もあるはずだ。専業主婦になって毎日薫の帰りを待ちながら甘いモンブランでも食べて過ごしたい。
カチッとシャープペンシルの芯が折れた。脳内スケッチブックに描いていた楽な生き方をブンブンと振り払って目の前の英文に意識を戻す。逃げちゃ駄目だ。叶えたい未来があるんだから。今が踏ん張り時なんだ!
夢を見た。大学はどこに行くのかと薫と話している夢。スマホを手に取り時間を確認して制服に着替える。すっかりと寒くなってしまった。でも、デート出来なくても学校で毎日合っているから平気。隠れてキスを何度もした。確認じゃなくて立証。「この前の“お返し”」「私からも“お礼”」音が出ないように、静かに…静かに…。時間が許す限り、抱きしめ合った放課後もあった。昔、子供番組で歌っていた唄で黒ヤギさんと白ヤギさんの手紙のやり取りを思い出す。「ダイスキだよ」「私が先に言おうと思ったのに」「愛しているよ」「それも私が先に…」
面談、面談、模試、実力テスト。C判定、C判定、B判定、そして本番。
面接は覚えていない。志望動機だけは練習どおり言えたことだけは朧気に思い出せる。自信は使い果たしてしまったから、そこんところ宜しく…
肌を裂くような風が止まないでいる。
まだまだ長袖が必要だな。
蕾が膨らんでいる傍ら、私たちは受験結果を聞いても泣かないような心構えをしていた。
気付けば、あっという間に卒業式が間近に迫って来ている。式を終えたらクラスの人たちとは会えなくなる、わけじゃない。まだまだ学校で合う可能性がある。そのせいで感動の別れを味わえないでいるけれど、別に悲しまないで済むのならソレに越したことはない。
「元気でね」
「桜ちゃんも大学受かってね」
もちろんだ。
「春香も受かってね」
「うん」
クラスメイトの一人ひとりと話したいけれど、早く帰って机に向かいたい。もしかしたら今日でサヨナラになる友人がいるかもしれないことを知ってもなお、私は自分の道を優先している。受験生とは年の若い囚人のようだ。あぁ、そうだ、病人のようだ。
「忘れないよ、絶対に連絡するからね」
「約束だよ?」
「うん、約束」
その時の記念撮影は削除することなくメモリーの中で輝き続けている。
そして私たちは高校を卒業した。
(もちろん、薫とも記念撮影をした)
それから少し経った頃、私にも合格通知が自宅に大きめの封筒に入れられて届いた。もっとズッシリと重いイメージがあったのに存外軽くて拍子抜けする。
これで4月から大学生。楽しいキャンパスライフがあるだろうけれども、私はそれよりもまず初めに告白しなければいけないことがあるのだ。
「私、薫と付き合っているの」
「は?なにその冗談」
お母さんは初めは信じてくれなかった。そりゃあ自分の娘が“変な人”に成り果てている事実をそう簡単に受け入れられる筈がない。
「本当に、薫と付き合っているの。結婚も考えてる」
「ちょ、ちょっと待って…。え?嘘なんでしょ?へ、変なこと言わないでよ。そんなビョウキみたいな」
グチュグチュと古傷が抉られていく。
「お母さん、私、女の人と将来を誓っているの」
「なんで?いや、だって…桜に限って…あぁ……」
まるで事後にあって亡くなったようにショックを受ける母を目の当たりにしても私はギュッと拳を握って立っていた。ココを乗り越えなきゃ、先へ行けない。薫と一緒に行けないんだ。
「大学卒業して、就職したら結婚する」
「やめてよ!!」
あぁ、憤怒とはこのことか。今まで見たことのない形相で睨まれる。
「あんた!何を言っているのかわかっているの!?そんな汚い関係で周りになんて説明するの?!」
「そんな…汚くなんかない!」
私たちのこと、何も知らないのに!今でも手を繋ぐ時、薫は少し緊張している恥ずかしがっている可愛い顔を見たことないくせに!
「恋愛ごっこするのは中学までよ!将来の事を考えてる?違うわ、何も考えてないじゃない」
「そんなことない!」
「じゃあ、私たち家族への迷惑もちゃんと考えたことあるの?世間は冷たいわよ。死ぬより辛いわよ」
そ、それは…
「あんたのお兄ちゃんの家は来年赤ちゃんが産まれるのよ?お父さんだって会社の立場がある。あなただけが良ければいいの?」
「そんなこと…思ってない」
「いいから、そんな人とは別れなさい!」
「っ!?」
「ちゃんと病院にも連れて行ってあげるから、ね?」
先程までの怒りの感情はオヤノアイジョウに変化したようだ。
「あなたは同性愛者なんかじゃないわ。普通の人間よ。今日聞いたことは秘密にしてあげるから、ね?」
優しい、いつものお母さんだ。別に嫌味でも悪意でもない。この人はコレが普通なんだ…。私は精神異常者ないと全世界に発表しかねない潔さが目の前を暗くする。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
やっと、ここまで来たのに。今日まで費やしてきた時間が一瞬で崩れ落ちてしまう。薫と少しずつ、ほんの少しずつ積み上げてきた思い出が要らないゴミとして捨てられてしまう。
「お母さん…」
「平気よ、私はあなたの味方だから」
数分前の貴方を鏡に写して見比べて、ゲラゲラと笑い飛ばしてやりたい。殴る、蹴るじゃ物足りない。でも話がしたいだけだから暴力は決して使ってはいけない。もし、手を上げたら「ほら、こんなに乱暴になってしまって。可哀想に…」と、更に勘違いされてしまうだけだ。
「大丈夫、きっと治るから」
優しく背中を擦られる。私は、妄想で母親をぶん殴った。
「ヤメテ」
「…?さくら?」
「お母さん」
それはまるで遺書に書いた言葉を読み上げるように、勇気を振り絞って言った。
「お母さん、私、やっぱり女の人が好きなの」
「え」
「私、同性愛者なの。病気なんかじゃないよ」
その日を堺に私は家での居場所を無くした。家族に愛されなくなったのだ。お前といると不幸になるよ、って言われたわけじゃないけれど………
大学へ通い始めると同時に私はバイトを始めた。はやく、この家から出ていってあげなきゃ。私がいると駄目なんだ。
そして、19歳を迎えた。家族の誰にも祝われない体験をさせてもらった。薫に会いたい時間が、日に日に増えていくのだった。




