第十六問
紅葉の季節。桜からデートのお誘いがあった。いつも二人きりで、よく下校を共にしているのに、どうしたのだろう。
「こっちこっち〜」
桜が子供みたいに、はしゃいで大きく手を振って私を呼んでいる。切符を買って電車で隣町まで紅葉狩りへ行くのは二人とも初めてだ。
ガタゴトと揺られ、桜が「見て見て」と私の肩を突く。頭を窓に近付けてポツリと呟いた。
「ずっと…何かを…誰かを探していた……」
演技していることは分かったけれど、何から抜粋したのか思い出せない。名前は、なんていったっけ。
「君の名は。ごっこ……です……」
「…似てない」
「えぇっ!?」
桜は少し落ち込む。晴れたり曇ったり、私はそんなコロコロと表情のかわる桜が好きだ。(たまに騒がしいけれど)一緒にいると楽しい気分になるから好き。皆でワイワイするのは性に合わないけれど桜だけは違った。あの昼休みの時間が「それは好きだからだよ」と証明してくれる。
そして、私が証明問題を回答している間に着いたみたいだ。ナントカ駅〜ナントカ駅〜、と車掌さんのアナウンスが流れる。
「ほら」
と桜に手を差し伸べる。そして立ち上がった彼女は戸惑いながら言った。
「きょ、今日はさ…このまま、繋いで、デートしよ?」
「え…?」
「ほ、ほら!ココなら知り合いは居ないだろうし。噂にも…ならないし…」
さっきまで元気だったのに。桜の顔が曇り空になっていくのを見るのは耐えられない。
「うん、いいよ。私も桜と手を繋いでいたい…って、うわっ?!」
グイッと掴まれた手が引っ張られたから驚いてしまった。
「ちょ、ちょっと!走らないでよ!」
「ごめん!電車が出そうだったから、つい!」
あぁ、そうか。このまま次の駅に行っていたら折角のデートの予定が狂ってしまうところだった。
「走るなら、走るって言ってよ!」
「ごめーん!」
アハハ、と晴れ渡る今日の空のような笑顔で、彼女は私を連れ出していく。本当に晴れて良かったと思った。
「凄い…綺麗…」
電車の中から見えていた山々も綺麗だと思ったけれど、これは参った。
「ね?いいでしょ?隠れ観光スポットなんだって」
隣で桜が得意げに話す。思っていたより手を繋いでデートするのは、二人きりの時よりも緊張感がある。でも、それ以上に嬉しい気持ちが勝っているのを自分の心臓が教えてくれていた。
「行こうか」
「うん」
楽しい紅葉狩りになりそうだ。
「あ、団子屋がある!」
…花見の代名詞みたいな名前している癖に団子に釣られて歩き出すのか。そんな彼女を横目に見ながら(しょうがないなぁ)と思う私だった。
食べ終わった後、運動をしながら観光客を見ると、意外と海外から来ている人が多くて驚いた。皆カメラやスマホで景色を撮っているみたいだ。
「私達も何か撮らない?」
「いいね。それじゃあ、スマホで撮りますか」
そう言って桜はスマホを取り出す。…取り出したまま何故か固まっている。
「…?どうしたの?」
「いや、片手でどうやって撮ろうかなって…」
「…離せばいいじゃん。ほら」
私は繋いだ手を解こうとした。そしたら桜が、保育園に連れられてママと別れるときの子供みたいな顔をした。
「もう…そんな顔しないの」
「えっ?な、何が?」
「今日はずっと繋いでいてあげるから」
「は?!ち、違うし!離さないで撮ろうかなって思ってただけだし!」
「はいはい」
本当に子供みたいだ。今日は特に私に甘えたがっているように感じる。そんな彼女を存分に甘やかすのも悪くない。
途中、お土産を売っているお店に入って見てまわった。お揃いの名前も知らないご当地キャラのキーホルダーを買った。
二人で並んで歩くだけ、それだけの、この時間を愛おしく思う。初めは少し、ぎこちなく繋いでいた私たちだけれどもコツを掴んだ気がした。もっと、桜のことが好きになった。
「あ、赤ちゃんだ」
桜が仲睦まじい三人家族を見つけた。
「あ、ホントだ」
「カワイイね」
「うん、カワイイ」
「…」
「…」
「可愛いね」
「うん、可愛いね」
胸が苦しくなるような感覚に襲われて会話が途切れる。言葉にできない気持ちが溢れてきた。だけど私たちは繫いでいる手をより強く握り合って、歩を、前へ、前へ進めた。気付けば帰りの時間が迫っていた。
「楽しかったね」
心から思った気持ちが言葉として出てきた。
「そうだね。写真もいっぱい撮ったし、最高だった」
すっかり日差しはオレンジ色になって、私たちの影を目一杯伸ばしている。少し眩しいなぁ。なんだか名残り惜しくて歩く速度を緩める。桜も何も言わずに私に合わせてくれた。
「ありがとう」
「?…何が?」
「ふふっ、なんでもない」
「なんだよ、それ」
「…」
「…」
もっと桜と喋って、楽しかった今日を共有して、名前をつけて保存して、そして、そして、それからそれから…。いざって時に喋れなくなるのはなんでだろう。素朴な疑問を浮かべていた私の隣で桜は何かブツブツと呟いているみたいだ。
「…桜?」
「(そうだよな、言うなら)今日…しかない…」
「どうしたの?」
「えっと、その、き、聞いてほしいことがあるんだ」
「う、うん。…なに?」
立ち止まって向かい合う形になる。
「わ、私さ。今日さ、薫と手を繋いでデートして思ったんだ。いつまでも、こうしていたいって。どのくらいかって聞かれると私にも分からないんだけど」
そこは永遠って言えよ。
「薫と恋人になってすぐ、恥ずかしくて距離を取ったことは今でも後悔してる。でも、私には、私たちには必要なことだったのかなって思うようにしてる。それから色々あって」
いやソコ省くんかい。結構出来事あったよ?
「お母さんに言われた言葉に、自分の気持ちが揺らいじゃって、薫に酷いこと言っちゃって、自分のことが嫌になった。私は、薫のこと不幸にするだけの存在なんだって思った」
「そんなことない。そんなことないよ」
桜は私のことを考えて泣いてくれた。私のために別れる決心までしてくれようとした。本当は大好きなのに、自分の気持ちを我慢して私の幸せを思ってくれた。それが分かったから私は…私は…
「だけど、そんなダメダメな私を好きでいてくれた。ううん、もっと好きになってくれた。け、結婚しようと言われた時は心臓が止まるかと思うくらい嬉しかったんだよ?」
…そうだったんだ。
「私たちは女性同士。世間は冷たい。親にも反対される関係。それでも応援してくれる友達がいる。信じてくれる大人もいた。薫には私を愛し続ける覚悟がある。私はみんなみたいに何か大きなモノを持っているわけじゃない。小さいことしか出来ないかもしれない。怖がりだし、すぐ不安でないちゃう。だけど、私は言いたい。言いたくてしょうがない」
薫、あいしてる。
桜が慌ててハンカチを取り出して私に渡してくれた。その時になって、ようやく自分が泣いていることに気付いた。
「ち、…違っ…うぐっ…コレは…嬉し…涙…だから…」
テレビや音楽とかで聞きまくって「くさい言葉だ」と今まで馬鹿にしてきたのに。“その一言”に私は心を奪われた。いや、もうすでに彼女に夢中なのだけれど。更に想いが強まって、抑えが効かなくて泣いてしまう。
「薫、愛してるよ」
「お…おいうち………やめろぉ…」
拭っても拭ってもポロポロと止まらない。「嬉しい嬉しい」って心が呟いているみたいだ。
「お返し」
え
クイッと顔を上げられて、涙まみれの目元を拭われた。
そして、私の唇は、塞がった。
なんてモノを返してくれるんだ。
「か、返してなんて…言ってない…」
「でも返したい。たくさんのモノを薫から貰ったから」
それは私のセリフ、と伝えたいけど涙が止まらない。
「そして、これは、ほんのお礼」
そう言って桜は返しきれないほどの気持ちを込めた唇を、そっと私の唇に乗せた。




