第十五問
それは突然だった。薫からLINEで「今度の日曜日、家族に紹介させて」と伝えられた時、正直怖くなって震えてしまった。今でも鮮明に思い出せる母の言葉。もし薫がアノ時、私から離れてしまっていたらと思うとゾッとする。どんなに感謝しても、感謝しきれない。その彼女の言うことなのだから、きっと大丈夫のはずだ。薫を信じよう。承諾の旨を伝えると、数秒も経たないうちに日時を教えられた。集合場所は薫の家。とびきりの菓子折りを用意しなければいけなくなった。
伝えられた日時は初秋に入る頃だった。学校では学園祭の用意が佳境に入ってきている。とは言っても私達のクラスは適当な展示物だけなので楽だ。
薫に「もうすぐだね」と一緒に下校している時言われて、直ぐに思い出せなかったのは許してほしい。別に忘れてたわけじゃない。
決戦当日。何度も訪れたこともある家なのに、いつもと違って見えるのは気のせいだろうか。本当に私たちを応援してくれる大人なんているのだろうか。いや、別に信じてないわけじゃないのだけど、想像が出来ないのだ。怖がっていても、もう、扉の前だ。開けるしかない。覚悟を決めて手を伸ばそうとして「あ」と気付く。まずはインターホンからだった。危うく不法侵してしまうところでした。
ピンポーン
「はーい、どうぞ」
数回だけ、お会いしたことのある薫の母親の声。玄関に入ると奥から二人がスタスタと駆け寄ってきた。
「お、お邪魔します」
「久しぶりね、桜さん」
「はい」
忙しい中、都合のつく日が今日くらいだったと薫から聞いたことを思い出す。
「いらっしゃい」
「うん」
薫の顔を見ると安心する。状況が、とかじゃない。近頃、目と目が合うだけで心が落ち着いて胸が暖かくなる。だけど…
(流石に、ソレは気合い入れすぎじゃない?)
(桜は地味な格好じゃない)
(いやいや!だって、どんな服着ればいいかわからなくなったんだよ!)と、目で会話する。
「それじゃあ、お茶の用意するから。薫、案内してくれる?」
「あ、お母さん。私がソレやるから」
「え?でも…」
「いいから!」
少し緊張しているのか。薫はスタスタとまたどこかへ私とお母様を残して行ってしまった。
「ごめんね?あの子、朝からずっとソワソワしてて」
なるほど。それはいいことを聞いた。自分と同じように着る服に悩んだ結果が可愛い服装だと思ったら愛おしくて、薫の後を追いかけたくなった。そして、ぎゅ〜って抱きしめたい。
「さ、行きましょうか」
「…そうですね」
いつもの癖で暴走しかけるところだった。薫の両親と話せる貴重な機会なんだ。気を引き締めていかないと。お母様の後ろを歩きながらそんなことを考えていた。
(そういえば)あれだけ怖かったのに。ココに入る前の不安は全て無くなっている。
リビングの机に向かい合って座っている。お母様から他愛のない話題を振られて、それを私が答えるという繰り返し。クラスは何組?ココまでどれくらい時間かかったの?好きな食べ物と嫌いな食べ物は何かしら。
私の緊張を取り除こうとしてくれているのが分かって苦しい。
「もうキスはしたの?」
「はい、もう何度もしまし…………ハイ?」
つい流れで解答してしまった。因みに「何度もした」というのはアノ事件のことを指す。
「あら」
「……薫には今言ったこと、内緒にしてください」
バレたら何を言われるか、わかったもんじゃない。
「あ、そうでした。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
今日までの時間、何も考えずに来たわけじゃないのだ。もし会ったら聞いてみたいことがある。実は…と薫にはまだ内緒の話を打ち明ける。
「私からも言ってみたいんです」
「とても良いと思うわ」
「はい、ありがとうございます。それでですね、大変失礼なことを質問させて貰ってもいいですか?」
「…はい、何かしら」
「えっと、答えたくなければ答えなくても結構なので。…プロポーズはどんな感じだったのか、参考にしたくて」
まさか自分の娘さんと結婚しようとしている私から、こんな質問されるとは思いもしなかったに違いない。
「いいわよ」
「えっ!?いいんですか!?」
つい身を乗り出してしまった。そんな私を見て笑うお母様。薫のパートナーとして変なイメージが付いてしまってないか不安になってきた。
「旦那がね、プロポーズのセリフがね」
と、それはまるで今から面白いギャグを言おうとする子供のような様子で語り始めた。
「とても変だったの。『僕は君を絶対に幸せにする保証はない』って言い切ったのよ」
「何ですかソレ」
「ダサいでしょ?」
「ダサいですね」
「かっこ悪いでしょ?」
「かっこ悪いですね」
でもね、と薫のお母さんは照れることなく最高の惚気を続けて言った。
「でもね、大切な人からの“愛してる”以上のロマンチックなセリフはないと思うわ」
うわぁ、と思わず拍手したくなるくらい素敵な二人だ。色々たくさんの言葉を言わたんだろう。けれど、きっと最後に言われた“その一言”で結婚を決めたんだ。
それから数分して、お茶を注いで持ってきてくれた薫と三人で女子トークしていると、仕事帰りのお父様が帰ってきた。
「ただいま〜」
「「「おかえり〜」」」
三人で玄関まで行く光景が、なんだか可笑しくて「フフフ」と三人とも笑った。
荷物を受け取るお母様、そしてキチンとお礼を言うお父様の二人。
お母様がお父様を見つめる眼差し。さっきの惚気も相まって私まで幸せな気持ちになる。男女も良い。私達も負けてない。でも、どちらかが良いか、そんなのは愚問だ。答えは、元々特別なオンリーワンだ。
プロポーズの決意が、固まった。




