第十四問
休みが終わった。私たち二人はカラオケ事件を得て何かが大きく変わった…ような気がした。色々と思い出すと恥ずかしくなることをした。けれどアレをファーストキスにカウントしていいものか、どうか。理想のファーストキスのシチュエーションを考えているとアキや夏帆が私の席に近寄ってきた。そしてアキがいつものテンションで尋ねてきた。
「薫ぃ〜元気してた?」
「まぁ、ぼちぼち」
「勉強は?ちゃんとした?」
「してなかったこと、ないんだけど…誰かさんと一緒にしてない?」
「いやぁ、段々アイツに似てきているなあって」
「え、嘘っ!?」
私が嫌そうな顔をしてしまったからだろうか、二人が不思議そうに見てくる。
「そんな…バカが伝染するはずは…」
「「いや、ソッチじゃなくて」」
(明るくなったよね)と二人の頭に浮かんだ言葉を言うべきか悩んだが、ショックを受けている薫が面白いので言わないことにした。
今日が提出期限の物を全て提出を済まして、そのままホームルームをして解散になった。クラスは騒がしくなり、先生の帰りなさいコールが響く。仕方ない帰ろうムードの中、私は探偵御用達のポーズで様々な考え事をする。まず、ファーストキスをどこで実行するか。帰りに本屋で少女漫画雑誌を立ち読みして参考になるものがないか探してみよう。そして次が大事。桜の不安を少しでも和らげる方法は何か、ないだろうか。ふと頭に結婚の2文字が浮かんできた。が、学生の2文字によって直ちに消え失せた。なら同棲ならどうか?手に職もない私たちだけで暮らしていけるとは到底思えない。アレじゃない、こうでもない、とボツ案が沢山積み上がっていく。黙々と考えていると後ろから抱きしめられた。犯人はすぐに分かった。
「か〜おり♡」
「…く、苦しい」
「一緒に帰ろう」
「わかったから、手を離せ」
気付けば教室には私と桜とその他数名だけになっていた。二人の問題を一人で考えてもあまり意味ないな…。
「帰ろ?」
「ちょっと、来て」
「え?何が、…って、どこに連れて行くの?!」
桜の手を掴んで人目のない場所へ移動する。桜にだけ聞いてほしい話があるから。校舎を二人で手を繋いで駆け回り続けて、ある部屋に到着した。
実験室から先生が出ていくのを確認してから、こっそりと中に入る。よし、誰もいない。
「ね、ねぇ。勝手に入っていいの?」
「ココしかなかった」
「先生、帰ってくるよ…?」
「すぐ済ませる」
「えっ…」
桜の挙動が少し変になった。なんでソワソワしているのだろう?
「話があるんだけど」
「う、ウン…」
「あのね、私と…」
「うん」
あと少しなのに緊張して逃げたくなってきた。けれど、決めたんだ。覚悟はあの時に済ませたんだ。
「私と、結婚してほしい」
「…え、あぁ、うん。結婚しよう」
「そ、そっか」
良かった、と胸を撫で下ろす。
「…んん?!結婚っ!?」
「どうしたの?」
「いや、えっと…ケッコンって、あのケッコン?」
「…?ちゃんと聞いてた?」
私のプロポーズを勢いで了承されたんじゃ堪らない。
「えっと、いいの?」
「いいから言ったに決まってるでしょうが」
「いや、でもだって段階を踏んでから…」
「もう友達ごっこは終わり」
「でもでも!いきなり結婚は端折り過ぎてない?」
往生際の悪い彼女に呆れてため息が出る。
「桜は寂しがりで、怖がりで、私と別れたくないんでしょ?」
「…うん」
「だから、結婚したいなって」
「いや、その理屈はおかしい!!」
それから桜と子供みたいな言い合いをした後、私たちは“婚約”をした。
「さてと」
自分の部屋で気合を入れ直す。思い立ったらすぐ行動、がモットーなのだ。夕飯の片付けを済ましてリビングでテレビを見ているお母さんに突撃作戦を開始する。総員、配置につけ。
戦闘、開始。
「お母さん、大事な話があるんだけど」
「ん?いいよ、何?」
「実は……」
好きな人がいること、その人はわたしと同じ女性であること、これからも付き合っていきたいことを話した。ガクガクと膝が笑っていて白けた。桜の言ったとおりだ。否定される勇気なんて、誰も初めから持ってなんかないんだ。
「薫」
名前を呼ばれただけなのに、ビクッと身体が反応してしまう。正直怖い。それでもお母さんは続けて言った。
「今日、お父さん早く帰ってくるから。3人で改めて話しましょう」
「はい…」
死刑執行を数時間だけ引き伸ばされたような心地がした。今、座ってしまったら立ち上がれないかもしれないなと思った。
カチカタカチ。
時計の針の音がうるさい。3人で机を囲むなんて久しぶりで少しは嬉しく思えるはずなのに、今だけは違うみたいだ。
「薫?」
「…はい」
「まず、話してくれてありがとう」
予想外の言葉が出てきて心拍数が跳ね上がった。
「もし、お父さんだったら怖くて、とても言い出せないことだなと思ったよ。だから、ありがとう」
「い、いやそんなこと…全然……」
お父さんもお母さんも私の話を最後まで真剣にきいてくれた。途中、泣き出しそうになって声が出なくなっても「ゆっくりでいい」と目で訴えてくれた。
「確かに、初め聞いた時はビックリしたけどね。そうか、薫に好きな人ができたのか」
今はお父さんの優しい言葉が痛いほどイタイ。つまり、嬉しい。
「薫の幸せは薫にしか分からないものね。親がアレコレしても余計な、お世話だろうから」
お母さんも思っていることを嘘をつかずに言ってくれている。あぁ、ダメだ。溢れそうだ。
「で、その相手の人とは結婚とか考えてるのか?」
「ちょっと、お父さん」
「き、聞くだけいいじゃないか。…で、どうなんだ?まだこれからか?」
計算しているのか偶然なのか、今日話したいと思っていた話の核心を突いてくるお父さんに少し驚いてしまった。だけど、躊躇なく私は宣言する。
「うん、結婚する。もう約束した」
「おぉ…」
「今日した」
「「え?今日っ!?」」
二人に驚かれてしまった。その二人の様子が可笑しくて私はクスッと笑ってしまった。この二人の子供として産まれてきて、生きてて良かった。
それから今後、具体的にどうしていくのか、全部は考えきれてないけど話せることは話した。それとは関係なのだけれど、二人に「桜さんに会ってみたい」と懇願されてしまった。私も桜に早く紹介してあげたい。近くの大人にはこういう考えの人もいるんだってこと、知ってほしい。
「連れて来るのはいいけど、そんな時間あるの?」
この後、あ、と三人が言ってしまうのは数秒後のことだった。




