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問題  作者: 朝馬手紙。
13/31

第十三問


 今日は薫とデートの日だ。

 出されていた宿題は全て終らせて、なおかつ自習も多く時間を費やすことが出来た。もはや快挙ですらある。なので、なんの不安も心配も無い快晴の空みたいな心地で出かけようとしていた。偶然、リビングで母がテレビを見ながら吐き出す言葉を耳にした。「変なの」と、その言葉を向けられたテレビの番組では同性愛者の特集をしていた。…見なかったことにして早く家を出よう。しかし運悪く母に気付かれてしまい声をかけられた。

「あら、桜どこか出かけるの?」

「うん、夕飯までには帰る」

「また薫さん?」

 今、その話題だけは避けて逃げたかった。親というのは子供の嫌がる言葉しか喋れない生き物なのかしら。

「うん、友達と遊んでくる」

 なんの躊躇いもなく嘘を吐けるから、女に産まれて良かった。

「あまり変な人と遊ばないでね」

薫は変じゃないよ。大切な恋人だよ。

「れずびあん?だったかしら?そういう変な人もいるのだから。桜はちゃんと普通の男性と結婚してね」

「………ハイ」

「貴方の子供の顔を見れるまで、お母さんもお父さんも死ねないわ」

 ハイハイ。

 あとに続く優しい優しい母親のドウデモイイハナシを聞き流しながら時計の針と時々アイコンタクトをする。

「大学のお金のことは心配しなくていいからね」

「ウン」

「あ、そういえば進路はどうするの?」

「ウン、〇〇大学にイクヨ」

「そう…まぁ、頑張りなさい」

 信じてるから、と母からの言葉を受け取り家を後にする。玄関を出て直ぐポイと棄てた。


 今日の天気は快晴、雲ひとつない日差しの強い日。いつもより余計に眩しく感じるのは何故なのだろう。






 待ち合わせ場所に少し遅れてしまった。彼女が怒っていないことを祈るばかりだ。キョロキョロと辺りを見渡す。私服の薫も可愛いから、すぐに見つかるはずなんだけど、どこだろう。

「さ〜くら♡」

「うぉっ?!薫?」

 振り返ると両手にジュースを持っている彼女が立っていた。

「もう、どこ行ってたんだよ」

「待ちくたびれた」

「うっ、ゴメン」

「まぁ、来てくれたからいいよ。はい、ジュース」

 薫から差し出された飲み物を受け取ろうとすると、ヒョイと取らせてくれない。

「え?なんで?」

「500円」

「高!というか金取るの?」

「当然」

 まぁ、可愛い彼女が買ってきてくれたという事実を踏まえるなら妥当の金額か。仕方ない、と財布に手を伸ばそうとして薫に笑われた。

「……なんてね。嘘だよ。喉乾いているだろうと思って」

 私のことを心配して買ってきてくれたんだ。

「ありがとう」

 家を出る前のやりとりを吹き飛ばすくらい嬉しかった。そして私はジュースを受け取り、早速開けてゴクゴクと勢いよく飲む。そのせいで少しだけジュースが滴り落ちた。でも私は「アァ、オイシイ!」と言ってワラッタ。

「さくら……?」

「さぁ、遅れちゃったから急いで行こう!」

 私は先陣を切って目的地へ向って歩く。ジリジリと暑い太陽もキラキラと眩しいジュースに付いた水滴も今日だけは許してやろう。今日はデートなんだもの。





 駅から近くにあるカラオケボックスに来た。学校の皆とよく利用する私達のホームグラウンド。そして、薫を初めて知った場所。

「いやぁ、懐かしいね!」

 二人きりでフリータイムの歌いまくりだ。歌って、歌いまくって、全部、忘れてしまえ。

「桜」

「あの時は何番の部屋だったっけ?もしかしてココなのかなぁ。だとしたら運命?」

「桜、ねぇってば」

「何だよぉ、薫もジャンジャン曲入れて歌おうよ!」

だって今日は楽しい楽しいデートだから。

「桜っ!!」

ハッとした。普段、声を荒げることのない薫が私を睨んでいる。

「桜、今日、何かあったでしょ?」

「別に何も無いよ?なんで?」

 なんでバレてしまったのだろう。隠すのが下手な自分を心底嫌いになりそうだった。それでも薫の尋問は容赦なく続く。

「嫌なことが、あったんだね」

「…なんで」

「辛いこと、誰かに言われたんだね」

「…なんで、わかったの?」

 もう、まともに薫の顔を見れなくて俯いてしまっている私なんかの両手を、彼女は躊躇なく、ぎゅうって握りしめた。この時点で私のダムは崩壊寸前だった。

「分かるよ。だって桜のこと見ているから。大好きだから」

 ゆっくりと、でも気持ちを込めて言ってくれているのが目を見てなくても声だけで伝わった。

「ダメだよ…」

「何が?」

「だって今日はデートだし」

「デートなら今日じゃなくても出来るよ」

「言いたくない」

「どうして?」

「言って、嫌われたくない」

「なんで言ったら嫌われるの?むしろ言ってくれない方が私は嫌だ」

「でも、でも」

「ちゃんと言って?最後まで聞くから」

 ね?と優しくされると、もう無理だった。ピシピシとダムにヒビが入ってしまった。一筋の汚れっちまった悲しみが私の顔を伝って落ちていく。

「嫌なんだよ。なんでなの?わかんないよ、私にも。初めてだったんだよ、誰かを好きになったの。大切で大事で大好き…。でもね、今日、テレビでやってたんだ。あと母親にも同性愛はヘンだって言われた。そんなの知らないよ。勝手にさせといて後から文句言うなよ。何も考えてない?そう言われたらウンと答えるかな…。でも、薫が好きなんだ。今まで夏帆とかアキとか私達を祝福してくれて浮かれてた。皆がオーケーしてくれているって勘違いしちゃってた。私、バカだ…。変だと言われてツラかった。もし薫も同じような…ううん、それ以上に辛い目に合うかもしれないって気付けなかった。私から好きだって言った。薫と恋人になれて嬉しかったよ。でも今日のことがあってさ、思っちゃっんだ。薫を大変なことに巻き込んでしまったんじゃないかって。怖くて怖くて怖くて…。この先、ずっとこんな辛いことが待ち構えているのなら、いっそ……わ、別れた…方がって…思っ……て」

 ダムは決壊した。最後の言葉は本当の気持ちじゃなかった。言ってはいけない言葉を薫に向かって言ってしまった。それに、終始、自分が何を言っているのかさえ理解出来なかった。全て、崩れ落ちてしまったのだ。溢れ出てくるのを止めようと薫に握られた手を振り払い、抑えることに使った。止めたって意味ないのに…。ヒクヒクと私の肩が動く。そんな肩の上にそっと誰かの手が乗る。

「桜……」

 何を言われるのだろうかと思うと私は怯えてしまい、完全にダメ人間になってしまった。

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…」

 巻き込んでゴメンナサイ。

 人を好きになってゴメンナサイ。

 自分と同じ女性を好きになってゴメンナサイ。

「私のせいだ、私のせいだ……」

 謝って許されたくないです。誰か私を死刑にしてください。そう祈っていた、その時だった。顔を覆っている両手の右手の甲に何か柔らかくて温かいものが触れる。あ、離れた。あ、また、チュッて触れた。

「桜…手を退けて…」

「っ!?い、いやっ」

 こんな私のことなんか見てほしくない。いっそ叩かれた方が幸せだ。でも薫は、やめない。

ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ。

「桜」

 崩壊してしまった私が薫の力に勝てるはずがなかった。グチュグチュになった私の顔を彼女が覗き込んできて、そのまま、チュッ。何度も、何度も、何度も、チュッ。鼻水もダラダラに流れてて最悪の私。ベトベトになってしまった私に薫は少しも引くことなく突き進んで来た。









 どれくらいの時間、チュッチュッされていただろう。私はいつの間にか薫に押し倒されている姿勢になっていて、「ヒック、ヒック…」と悲しみの淵に到達していた。私の口元は彼女の唾液まみれ。その薫の口元は私の唾液と鼻水と涙まみれ。部屋に互いの苦しそうな呼吸音が響き渡る。少しして、薫がカバンからハンカチを出して私の顔を綺麗に拭き取ってくれた。私も慌てて自分のハンカチを出して薫を綺麗にする。

「あはは…なにやってるんだろうね、私たち」

「桜」

「なに?」

「言ってくれて、ありがとうね」

「ううん、私こそ。なんか、ごめ……ありがと」

 思わず誤りそうになって訂正する。

「私、桜がいい」

 え

「女性同士は難しいって分かってたつもりなのは私も同じだから。これから二人で考えていこう」

「…うん」

「それに、他の男女のカップルはしない“愛し合う覚悟”が必要なこと、私は誇りに思ってる。同性愛は…特別なんだって、思う」

薫は凄いなぁと思った。私の何倍も強い人が味方なんだ。世界にたった一人だけの恋人なんだ。私が弱っている場合じゃない。


「もうこんな時間…か、帰ろっか」

「う、うん。そうだね」

さっきまで、あんなコトしていた二人とは思えないほど、目が合わなくなってしまった。

「行こうか」

 と、私が差し出した手を、薫は「もちろん」と答えて繫いでくれる。ようやく薫と本当の意味で恋仲になれたんだと私は確信した。何故なら、自然に彼女の手を握ることが出来たからだ。



まだまだ続きますよ〜

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