第十二問
夏休みも半分が終わって、課題の方も終わりが見えてきていた。勉強の息抜きに遊びに出かけるといった日々が続いている。私と桜の関係に変化があったかと言われれば有るし、無いと思えば無いように思える。大して変わってないようだ。相変わらず手を繋ぐので精一杯の恋。キスのキの字も二人の間に出てこない。
「よし、終わったー」
「…」
一時間したら小休憩するのが決まりみたいになっているので、その時間まで目標を立てて課題を積む。その課題が相手より早く終わってしまったのだ。
「えへへ」
桜が私の隣に満面の笑みで座る。休憩時間になるまでの少しの間、桜はこうして私の隣にやって来て手を握りたそうな雰囲気を出すのだ。集中できないので仕方なく使ってない方の手を出してやる。勉強している横で、うるさくされたら困るからな。仕方のないことなんだ、うん。
「うへへ」
子供のように喜んで握る彼女が可笑しくて、でも、少し可愛くて困る。
友達から始めよう。二人で決めたことは守っている。恋人になることに囚われすぎないようにしているつもりだ。でも、この瞬間だけは友達では味わえない高揚だ。そしてその高揚は休憩時間で終わる。なぜなら桜がお菓子に釣られて離れていってしまうからだ。その瞬間が一番寂しい。でも「いかないで」と言うのは負けた気がするので悔しい。
そして、なんやかんやで二人とも今日のノルマを達成してしまった。やることがない。かと言って解散するには少し早い気がした。何をしようかと言おうと思った時、桜が私を呼んだ。
「薫」
「なに?」
「……呼んでみただけ」
「あっそ」
嘘だ。用もないのに呼ぶなんて桜らしくない。何か言いたいことがあるのかな。話を聞くだけなら聞いてあげたい。
「薫」
「だから、なに?」
「…き、」
「木?」
「キ」
「キ?」
そして遂に、桜の口の形が小さく、小さく萎んで音が消えていった。私も息を吸って吐いて、そして閉じて「うん」と答えた。
初めは膝と膝が付くくらい近くに座って、視線は部屋の何処かへ彷徨い続けていた。温度は適温、カーテンは少し開いてしまっている。だけど私の部屋は二階だから大丈夫。大丈夫だからね、って高鳴る自分の心臓に言い聞かせて肩と肩をピタッと揃えた。
息が震えている。私じゃなくて桜の息がフルフルとしている。
「桜」
私が呼びかけると
「はい」
と返事が返ってきた。桜がいつもより少し変になっているので私も変なことをしてみた。
「お手」
「…はい」
…これ以上やると桜が可哀想だ。仕方ないので、普段と同じように、きゅうきゅうきゅうと落とさないように大切に握りしめた。何度も繋いできた筈なのに少し熱くなってきた。やめるか?いや戻りたくない。むしろ進みたい。そして、顔を桜に向けて前に進もうとした途端、ブレーキが誤作動してしまって軌道が少しズレてしまう。そうすると桜も私も顔を伏せてしまって数秒。トクトクと鳴る心臓に後押しされて顔を上げるものの、ハンドルがいつもと勝手が違って上手く前に進めない。丁度、磁石のS極とS極(またはN極とN極)が近づき過ぎちゃって、ついそっぽを向いてしまうアノ現象に似ていた。近いのに、遠く感じる。
互いの吐息がゴチャ混ぜになってから何分経った頃だっただろうか。桜が普段のテンションで逃げようとした。
「なんか、ゴメンね!急いでこんなことしないって決めてたのにね」
アハハ、と謝りながら頭を掻く姿が私の目には痛く映った。
「バカ、そんなこと言わなくていいから。急いでも…いいよ。ちゃんと付いていくから…だから………」
だから、のその続きを言わなくちゃ。言わなくちゃ、と思えば思うほど言えなくなることを忘れていた。だからじゃないけど行動で示そうと思って、ゆっくりと近付いていった。桜がビクッと身体が動きそうになったからギュッと更に強く手を握って抑止する。
「動かないで」
今度はピタッと素直に動きを止める桜が可愛くて、もっと見ていたいと思った。でも、その為には恥ずかしいこの空気を吸わなければいけないので考えものだ、と思いながら、あと数センチ。
チョン
お鼻と、お鼻の先っちょ同士、ぶつかっちゃった。
「い、今は、これが限界…です…」
「う、うん…」
私まで敬語になってしまった。今なら、逃げたくなった桜の気持ちが分かる気がする。多分、桜が「私、帰るね」と言わなかったら私がココを出ていっていたかもしれない。
「駅まで送るよ」
「うん、ありがとう」
駅までの道は課題について少し話し合った。あと少しで終わるから記念?にデートしようと持ちかけられた。恋人みたいだと言ったら恋人だよって言われて照れてしまった。
「それじゃあ」
「うん、送ってくれてありがとう」
「いえいえ」
親切にお礼を言われるとなんて返したらいいのか、私はよく知らない。でも、言われる気分は嫌じゃない。
「ねぇ」
「ん?」
「また、ハグしてくれないの?」
「っ!?し、しません!」
もうすでに忘れているのかと思っていたのに。畜生。
「じゃあ、私からするね」
「え?ちょ、こんな所でっ」
拒む私の身体は桜に抱きしめられた途端、力を抜き取られた。時間は数秒くらいだったと思う。その短い抱擁の感覚が、これまた、いつまで経っても消えてなくならない。勿論、嫌じゃない。そんな私の気も知らないでバイバイと手を振る彼女に、小さく手を振る。
そして、その帰り道、大変なことに気付いてしまったのだ。どうやら私は、どう足掻こうと桜への想いを止めることが出来ないらしい。困った、困ったと呟く私の顔は、きっと頬が緩んでいたに違いなかった。




