第十一問
甘いものは別腹という言葉がある。「もう食べられない」とリングにタオルをかけたスイーツ女子達は糖分が目の前に現れると前言撤回する。だがしかし私は違う。
「あまぁ〜い」
口の周りにクリームを付けながら、そんな情けない声を出してしまう。別腹なんて言葉は辞書にない。美味しい食べ物の為なら、この一つの腹に入れてやる。
「甘っ………よくこんなの食べれるね…」
「これも全て、甘くて美味しいのが悪いんだよ」
これで食べて太らない健康食だったら私は三食アイスクリーム漬けの変態になっていただろう。
夏休みの午後。クーラーの効いたのアイスクリーム屋で私と薫は甘い甘いデートしていた。
「桜って、甘い物好きだったんだね」
「うん、薫のことも大好きだよ」
気分が良くて思ったことがスラスラと声に出てしまう。
「は、恥ずかしいこと言うな、バカ…」
ふっ、と目線を逸らされる。いやほんと、もう可愛すぎて上手く言えないんだけど、脳内で「一秒ごとにlove for you」がミュージックスタートするくらい薫が好きでたまらない。心臓のBPMが曲とシンクロする。私も外の景色に視線を移した。今年も全国的に猛暑が続いているが、もしかして私たちバカップルが原因なのではなかろうか、と思った。ジージージージーとセミのうるさ過ぎる求愛の歌が鳴り響く日のことだった。
どうしてデートしているのか。まさか夏休みの課題全て終わったのだろうか?いや、そんなはずがない。
「ふぅ…ようやく半分、終わったね」
短期間で互いの家で集中して勉強会した成果だ。祝いに近くの喫茶店でコーヒーでもいかがですか?とらしくないことを提案した。
「なんか、らしくないこと言うね」
あちゃー。
「うん、でも…そうだな。デートでも…しようか」
「ハイ」
ドキドキして上手く返事が出来なかった。OKだと分かって嬉しかったのだろう、桜が「ヤッター♪」と万歳をした。彼女らしくない仕草だったけど、照れ隠しなのかなと思うことにした。彼女が両手を上げた瞬間、私の鼻をくすぐるようにそよ風が起こった。その、フワッと香る匂いは正真正銘の美少女の証。私は人には言えないような妄想を素数を数えながら紛らわすので精一杯になる。可愛いなぁ、手を握ったから今度は、ぎゅ〜って抱きしめたいなぁ。薫のツルツルスベスベの頬にチュッてしたいなぁ。
はぁ、とため息が出る。一体どうしちゃったんだろうか、私は。友達からゆっくりやっていこうって決めたじゃないか。急いだって良いことばかりとは限らないし、遅いからって悪いことばかりじゃない。
「よし、行こう!」
私と薫の行きたいところへ行こう。好きな人の好きなことを教えてもらおう。私たちは日にちを決めて星の印をつけました。でもチラリと盗み見たら、桜は♡でした。この可愛いウソつきめ。
それで私はオススメのスイーツを桜に食べてもらっているということなのです。けど、彼女のお口に合わなかったみたい。
「うぅ……」
「食べれなかったら、ちょうだい」
「うん、もう無理ぃ」
「はーい」
と食べかけのアイスクリームを受け取る。桜が口をつけた場所を見つめながら(あれ?もしかしてコレって間接キッスなのでは?)と気付いてしまった。
「…どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
桜はまだ気付いていない今がチャンス。もしバレたらやっぱり無しとなるに違いない。甘い物が食べれなくなるのは本当に悔しいから急いでパクリと口をつけた。
ジーと桜に見つめられている。アイスクリームは何事もなく私の腹に納められたので安心だ。残さず食べたのだから褒められてもいいはずだけど桜はジーと見つめる。原因が分からないから思わず聞いてみる。
「なんでそんなに見てくるの?」
「ふふっ、口にクリーム付いてる」
そう言って桜はカバンからハンカチを取り出して私の口元を拭う。
「小学生みたい」
「それってどういう意味?」
「ば〜か、って意味♪」
モニュモニュと胸がくすぐったい。ゆっくりと揺れる薫の長い黒髪で触られているみたいな心地、いや、少し違うか。3メートル離れて私に向けてだけウィンクされるような心地。投げキッスでもよい、とても良い。段々と自分の顔が火照ってきているのを感じたので「もう行こうか」と席を立つ。せっかく冷たいアイスクリームを食べたのになぁ。
薫に今の私の顔を見られないように、そっぽを向いて薫の好きな場所へ歩を進めた。
黒髪ロングの美少女が書店で本を手に取り「うーん」と唸って元の場所に戻す仕草は可憐だ。そして私の彼女だ。その、マイハニーが浮かない顔で私に囁いてきた。
「なんか付き合わせてごめん」
「いやいや、そんなことないって」
人が楽しそうにしている顔を見るのは本当に面白いから、なんて言えるはずがなかった。
「薫の好きなこと知れて嬉しいから。だから好きなように過ごしていいよ」
「桜が、そう言うなら…」
色々見て回ろう、そう言って頬が綻んでいる薫を私は見逃さなかった。いや、更に薫の横顔に釘付けになった私は動かない木そのもの。
「桜?」
「え?な、なに?」
「あんまり、見ないで」
「えー」
「あっち行って」
「うぅ…」
わざとらしく肩を落とす。仕方ない、漫画の置いてある方へ行っていよう。大して興味のない少年モノの新刊のコーナーを見ると、意外とイラストが私好みのモノがあったりして(今度、買ってみようかな)と思った。
クイクイ。
誰かに袖を引っ張られて、一瞬驚いた。…え?薫?
「どうしたの?」
「いや、その……」
何か言いづらそうにしている。どうしたんだろう?力になれることなら、なってやりたい。
「何か、あった?」
「なにも…ないんだけど…」
「けど?」
「ど…こいったんだろうって……思って…」
消え入りそうな声で、でも確かに私の耳までに届いた。そして私は店の中だけれど、無性に、ぎゅ〜ってしてしまいたいと思った。
「一人にしてゴメン」
別に悪くないけど、私が悪かったことになればいい。まだ手を繋いでデート出来ないけど、繋げるくらい近くにいることは出来る。それからまた薫の横顔観察隊長になって至福の時間を過ごそうとした。だけど、学ばない私は、また薫に「やっぱり、あっち行って」と言われてしまうのだった。
終わりの時間。さよならの時間。夕日って世界で一番綺麗だと思う。そして、別れる瞬間と重なる夕日は卑怯だと思う。
駅の改札前、同じ時計をチラ見しながら二人で他愛のない話をしていた。
「今日は楽しかった」
「まぁ、あのアイスさえなければ最高だった」
「え〜?そんなに甘い物嫌いなの?」
「うん」
電車の時間が数分後に迫っている。
「またね」
「うん」
それじゃあ、と手を振って薫は改札に向って歩き出した。スタスタスタ、とそのまま切符を改札に通すのかと思ったらキュッと踵を返してコッチに駆け寄ってくる?!
ガシッ
文字にするならそんな音が相応しいと思う。何も言わずに、一瞬、抱きしめられて、何も言わずにさっさと改札を抜けて行ってしまった。私は今、何が起こったのか頭で理解するまで数分を要した。なんだか、少しボンヤリとする。熱ではないのは確かだ。それからの帰り道をよく覚えてないけど、抱きしめられた瞬間、いい匂いがしたこと、思ったより柔らかい身体だったことだけは、次の日も次の次の日もハッキリと覚えていた。




