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問題  作者: 朝馬手紙。
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第十問


桜の家で勉強会をしようと思う。その次は私の家で勉強しよう。そのことをLINEで伝えると「まじか」と返信が帰ってきた。冗談を言えるほど余裕がないというのに、本人は呑気なものだ。




長期休暇に入った。しかし、学生の私達にとって、それは宿題地獄でしかなかった。

「あ」

電車の時間が来ていた。急いで靴を履いて家を出る。少し準備に時間がかかっていたのは、服を選ぶのに少しだけ時間がかかって、メイクを少しだけしていたから。キュッと重たい荷物を握りしめ改札を後にする。背負っているリュックに詰め込まれた課題は全体の何パーセントだろうかと計算しようとして慌てて頭の中の消しゴムで消した。取り敢えず今は目の前のことを一つずつやっていこう。桜と一緒に。





駅、待ち合わせをしていた場所へ行く。北口だったっけ?と引き返そうとしたときだった。

「薫〜」

知っている人の顔ってどうしてこんなに恥ずかしいんだろう。パッと出会うこの瞬間が一番心臓に悪い。

「はしゃぎ過ぎ」

「祭りの時以来だからね。学校以外で会うのは」

「あぁ…」

ふと、花火の音に紛れて、あのシーンがフラッシュバックして目を逸らしてしまう。

「い、行こっか」

うん、と言うつもりが声にならず、無言で頷くだけになった。桜の後ろを歩く…時の…距離は何センチが良いのだろう。近過ぎたり遠過ぎたりしている気がしてならない。

「あのさ」

「え」

桜が振り向いていた。

「なんで、ヨチヨチ付いてくるの?」

「はぁ?!」

「もっと普通に歩いてよ」

「歩いてるから!普通に!」

「…並んで歩きませんか?」

「べ、別に良いけど」

なんで敬語?とは言わなかった。あと、私はヨチヨチなんてしていない。ただリュックが重たいだけ、そういうことにしといて。


「カバン重そうだけど、もしかしてお菓子?!」

「課題です」

「ゲーム?!」

「課題」

「えー、なんで?」

「多いから」

冗談ではなく本当に夏休みに出された課題が多いのだ。桜のことだから最後の日にまとめて終わらせようとしているだろう。

「ハクチュン!」

ほら、当たっている。そんなことをして成績を落とされたら困る。せめて高校は卒業してもらわなくては困る。二人で泣きながら勉強だけして夏を終わらせたくない。私だって、桜とデートしたい。その為の勉強会なのだ。





あれから、五分くらい歩いただろうか。

「ここだよ」

桜が刺し示す家は普通の一軒家だった。外見で人を判断してはいけないと学校で習ったけれど、桜は私より裕福なのだと思ってしまった。

私は、仮面を探り始めた。


「お母さ〜ん、ただいま〜」

「おかえり、貴方が薫ちゃん?いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

桜のお母様は来客用の生き物になっていると感じた。そして私も対抗する。

「いえいえ。お構いなく」

スッと手を自分の前で軽く重ね合わせて優雅にお辞儀をする。隣の桜がピクリと動いた気配がしたが私はそのまま続ける。これが私の生き残り方なんだ。

「つまらないものですが」

リュックから用意してあった菓子折りを取り出す。桜が「あるじゃん!」と、うるさいが気にぜす、お母様に両手で渡す。

「あらあら、まぁ」

「今日は桜さんと勉強させていただきます。お世話になります」

すっかり感心した様子のお母様は笑った。

「本当、ありがとうね。桜の面倒を見てやってね」

「はい」

失礼しますと言って家に上がらせてもらった。勿論、脱いだ靴を揃えてから桜の部屋に入らせてもらった。




バタン。部屋に二人きりになった。後でケーキを持って行くから、とお母様。いえいえとんでもないです、と私。

「やっぱり持ってきてたじゃん」

と桜。お前は気楽でいいな。

「これくらい当たり前でしょ」

「あ、戻った」

したくないのにムッとなってしまう。

「なに?こんな私、嫌い?」

「ううん、嫌いじゃないよ。好き…かどうか聞かれると、まだ分からないけど」

「けど?」

「これから好きになっていくつもり!」

「っ!!」

何か言い返してやりたいのだけれど、前髪とか髪先が気になって言えなくなった。こういう、ポワポワした空気は恥ずかしくて耐えきれない。何かして気持ちを紛らわせよう。ドサッとリュックを降ろして筆記用具とプリントを引っ張り出して机に置いた。





カリカリカリカリ。

「隣、行っていい?」

始めてから30分経った頃、桜が変なことを言っている。

「課題に集中して」

「はーい」

それから何分か過ぎて、お母様が部屋にケーキを持って来た。少し休憩しようか。桜の勉強の方は順調に進んでいると思う。遊んでばかりの青春を取り返すことは出来ない。ここから歩き始めるのに遅すぎるとは全然思えなかった。

「一人じゃ集中できないタイプか…」

「食べたら英語終わらせよっと」

自分でやる気のスイッチを押せる人だったら、私の方が教えてもらう立場だったかもしれないな、と思った言葉をケーキと一緒に飲み込んだ。



私は文學少女のハシクレとして集中力に関して言えば得意分野である。みるみると、プリントの山が減っていく。この調子なら桜とデートも遠くないかもしれないと思った時だった。

「薫」

「なに?」

つい気を抜いてしまい、課題から目を離して桜と目が合ってしまった。勉強に集中していたら絶対に顔を上げることはなかったのに。


「ひま」

「は?」

「おわった」

「全部?」

「…今日の分」

明日の分に手をつけてしまえばいい。出来る時にやっていたほうがあとが楽になれる。そうすればいい、と言おうとしてたら桜の顔が少し紅くなっているような気がした。

「て、繋いでもいい?」

声が震えていて、ものすごく緊張しているのがわかる。

「良いところで誰かが部屋に入ってくるかも」

「映画や小説じゃないんだから。平気だよ、きっと」

ちょん、と指先同士が触れる。手を握り合ったのもアノ夏祭り以来だったなぁ、と思い返していた。

肌が触れる。それだけのこと、なのに、どうしてだろう。桜の手って、こんな形なんだ、とか。以外と細いんだ、とか。私の手、汗が出て変になってしまったらどうしよう、とか。グルグルと声に出せない気持ちが部屋中に溢れかえって、私達は心地良い息苦しさに飲み込まれた。

あぁ、桜の手、震えている。自分から繋ごうと言ってきたくせに少し可笑しくて書いていた文字が歪んだ。それから私は課題をこなして、桜は暇だから私の手を握って、今日の勉強会の終盤を過ごした。

足がしびれた。お互いの手汗でびっしょりになった手を扇いで「何やってるんだろうね」と不思議な笑いがこぼれ落ちた。長居すると桜が私に変なことをするかもしれないので仕方なく夕飯前には解散することにした。


その夜、私は繋いだ方の手を胸の辺りに置いて、彼女の温もりを思い浮かべながら眠りについたのでした。




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