第一問
好きです、付き合ってください。何度も、何度も、繰り返し、練習してきた。あの人を前にしても上手く言えるだろうか。いや、そもそも、放課後の教室に呼び出されて、本当に来てくれるかという問題がある。今になって、やっぱり止めとけば良かったと思った時だった。
ガラガラと教室のドアが開く。
「ごめん、日直で遅れちゃって」
来た。
何度も見てきたはずの彼女の顔を見て、更に好きが加速していくのを、胸の鼓動の音で感じた。
…
そして、その日、僕は振られた。
私には親友と呼べる人がいない。それは今も昔も変わらない。別に欲しいわけでも、欲しくないわけでもない。
「数学の課題、忘れた…」
それより課題を解く時間が欲しい。ついでに昼寝する時間もプリーズ。
「え、桜ちゃん、宿題忘れたの?」
「うん、すっかり頭から抜けてた」
「良かったら私の見る?」
そう言ってノートを差し出す彼女、クラスメイトの春香が女神に見える。受け取ったノートの文字は丸っぽくて、いかにも女子が書いたように見えた。女子が書いてるんだから当たり前か。
「そういえば」
「…ん?なに?」
「昨日の放課後、どうだった?」
「くるはまふじこぴぃ!?」
「さ、桜ちゃん!?なんかバグってるよ!?」
いかん、いかん。冷静になれ、素数を数えるんだ。えーっと…あれ?
「素数ってなんだっけ?」
「えっと、1、3、5、7、11、13…って、そうじゃなくてぇ!」
凄い、あの春香のノリツッコミだ。カワイイ。
「き、昨日は…その…何もなかったよ」
「え〜、振ったの?」
「…一体、どこでバレたんだ?」
「桜ちゃんの顔に書いてあったよ?」
「え?」
「ずっと、ソワソワしてたもん。なんとなくわかったの」
「マジかぁ…」
これが噂に聞く、女の勘ってやつかぁ。
頭を抱えて机に伏せた時、丁度先生が入ってきた。授業開始のチャイム数分前、普段と何も変わらない。私たち生徒は席に座りノートを開く。眠そうな奴は先生に問題を当てられ、涙を流す。私は必死に女の勘を頼りに、当たりそうな問題を解く。結果を言おう。ハズレだ。
そんな、普段と何ら変わりのない生活が続いていく。退屈だけど暇なわけじゃない。遊びたい気持ちが放課後の校門から迎えに来るのを待ち焦がれているのだ。
そして、なんやかんやで帰りの会が終わった。おいおい、すっ飛んだな、と思うかもしれないが、しょうがないのだ。授業内容なんて書く必要がないし、書きたくない。
「そうだろ?」
はい、その通りです。
「桜ちゃんもカラオケ行く?」
「聞くまでもないでしょう?」
「うん、わかった」
女子にはグループがある。国と言ってもいい。私は、大変よく遊ぶ組だ。エッチな意味ではない。
「私と春香の他に誰が来るの?」
春香、女神様は、部活動組。テスト明けの時に羽目を外すグループだ。私は混ぜてもらえない世界だ。畜生。
「えっと、演劇部の人とか」
「あぁ…夏帆たちね、了解」
なんだ、いつものメンバーじゃないか。中学からの馴染み。だから、特に意識して構えることなくダラ〜っと青春を垂れ流していた。が、これから私の人生が少しずつ変わり始めていくとは思いもしなかったんだ。
演劇部は仲良し4人。それと私達で6人…ではなかった。7人?一人、私の知らない人がいる。
「こんにちは…」
「こ、こんにちは」
肩まで伸ばしたストレート黒髪の地味な感じ。私達みたいに弾けて遊ぶようにはとても思えない。そんな彼女は誰経由だろうか。
「夏帆の知り合い?」
「あぁ、桜は、初めましてか」
「うん」
「彼女、薫ちゃん、同じクラスなの」
「へ、へぇ」
「じゃあ、部屋取って歌うか」
え、それだけ?どういった理由で彼女、薫さんはココに来ているの?楽しみにしていた放課後が大量の疑問符で少し雲行きが怪しくなる。しかし、あまり人間関係には足を踏み入れないのが賢明な判断だろう。今までも、そうやって渡り歩いてきたんだ。気にしなければいい。そう、せっかくカラオケボックスにいるんだから、1曲目を薫さんが入れて、マイクを持って………あれ?
「う、歌い…ます…」
キンキン、スピーカーが悲鳴をあげる。目の前の状況を全く飲み込めないまま、ジャカジャカ、イントロが始まる。そして、薫さんは小さく息を吸い込んで…
「特捜戦隊デカレンジャーーーー!!!!」
ええええええええええええ!??
キョロキョロみんなの方を見ると、演劇部の4人はノリノリで合いの手を入れたり、何故か春香はすでにタンバリンを叩き始めていた。ていうか、薫さん、歌うま!
特撮、アニメ、洋楽、ロキノン、ボカロ、ネタ曲、と彼女の振り幅に私は正直ついていけなかった。よく見れば、この中で一番華奢な身体で両手でギュッとマイクを握りしめているのは彼女だけだ。世の中にはいろんな人がいるもんだな。飲み終えたメロンソーダのコップに顔が映り込む。グニャグニャと歪んでいる。空っぽの私とは、まるで正反対である。
薫さんは歌手になるんだろうな。地道に努力して、雑誌に取り上げられて有名になって、ふとテレビに出てるのを見て、劣等感に陥る私まで妄想できた。
まだ、グニャグニャしてる。
この現象は思春期によくある、将来の不安、の一言で片付けられるモノだ。頭を冷やそうと思い、メロンソーダのお代わりを求めて部屋を出た。
「あ」
「あ、ども」
彼女もドリンクバーに立ち寄るみたいだ。
「歌、上手いね」
「いやいやいや!そんなことないですよ!」
「スキ?」
主語がない。
「はい…?」
「歌うこと」
今度は主語しかない。私の質問に無言のまま、だけども眩しいくらいの彼女の笑顔に「はい」と文字が見えた気がした。薫さんを地味な人だと見た目で判断した自分が恥ずかしい。飲み込むメロンソーダは炭酸が抜けてないのに美味しく感じられなかった。
カラオケはワイワイ騒ぐだけ騒いだ。そして最後、皆でWAになって踊ろうを歌って解散した。
次に薫さんに出会えたのは、あの日から3日過ぎた学校で4限目の教室移動の時だった。
あ、と声が漏れる。相手も気付いた様子だが、カラオケの時のテンションから程遠い、暗い顔が見えた。
「ひ、久しぶりー」
「…うん」
反応が薄い。初対面だっただろうか、と思うほど視線が合わない。もしかして何か嫌われるようなことをしたかも。…ありえる。
「えっと、なんかゴメン」
「…なにが?」
「なんか私したのかなって」
人は生きている限り、誰にでも迷惑をかける。自分が知らない間に他人を傷付けていた、なんて日常だ。
「…もう、授業始まるから」
そう言って薫はプイっと背を向けて歩き出した。私も授業がある。それに私達は友達じゃない。知り合いの知り合いだ。つまり他人だ。グループじゃないのなら、関わることはない。小学生の時に覚えたことだ。少し、面白い子だな、と思っただけ。スタスタと歩く私達生徒は「はやく学校終われ」の呪文をブツブツ唱えるのだった。