Anemone -雨に咲く黒い花-
「涙雨だね。」
参列者の誰かがひそひそと話していた。
彼の最後は、新聞の三行に小さくまとめられていた。
小さなアパートのそれはそれは小さな一室で、彼は自らの命を閉ざしてしまった。
もうこれで、永遠に彼と会うことも、話すことも、触れることも、出来ない。
−あたしは許さないわ−
怒りとも悲しみともつかない感情が、胸にうずまいていた。
と、同時に、彼の苦しみにちっとも気付いていなかった自分が、どうしようもなく腹立たしく、無力さに絶望したくもあった。
傘を持つ右手がとても重く感じて、放り投げてしまいたくなる。
彼が…自分に突き立てたナイフは…どのくらい重かったのだろう。
彼の流した血液は、いったいどのくらいの量だったのだろう。
彼は、最後に何を思い、何を見て、逝ってしまったのだろう。
あたしの頭は、思考を止められなかった。
そして、すべての思考の結びには、"何故"という文字が浮かぶ。
理由などあたしがいくら考えたところで、きっと彼の苦しみには追いつけないのだろうけど…それでも思考は止まらなかった。
でも、彼は、彼が残した衝撃の大きさについて考えたことがあっただろうか。
ここにいるみんなが、ひどく悲しみの淵にいる。
時間が経てば、日常に何の影響もないほど、古い思い出にしかならないかもしれない。
それでも、きっとみんな、思い出す。ふとした瞬間に、彼の終わりを思い出す。
少なくとも、あたしは…
あたしはあなたを許さない。こんな別れは絶対に許さないわ。
あなたは逃げたのよ。生きることから、すべてから、逃げて、一番楽な方法を選んだのよ。
そして、この結果が、これよ?
あなたの周りの人たちは、一生悲しみを抱えていくわ。あなたが大切していた人たちを、あなた自身がこんなにも傷つけたのよ?
ここにいるあたしたちの誰もが、身に着けた黒の色のように、悲しみに沈んでいた。
でも、どれだけ悲しみ、涙を流そうとも、消えた命は戻らない。もう、二度と…
彼の顔は、凄惨な情景とは裏腹に、安らかに微笑んでいた、と聞いた。
「本当に、こうなることが満足だった?」
だるそうにけぶる線香の、弱弱しい煙が、写真立ての彼の笑顔を曇らせた。
あなたがそこからどんなに優しく微笑みかけても…あたしはやっぱりあなたを許さない。
あたしが死んでも、生まれ変わっても、あなたの残した悲しみを許すことは出来ない。
こんな雨の中に狂い咲く、黒い花々のような思い出なんか…いらなかった…
雨の音は一段と強くなり、この世のすべてが泣いているような…そんな気がした。
この作品には『Anemone』という、自殺した彼の"そのとき"の心情や情景を綴った話が実は前振りであるのですが、作品の荒さが目立ち、手直ししてから投稿したいと思っております。