009→【昔の自分に、会いに行く】
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土を踏む四つの足音。
プラス、蝉の声にも埋まらない山田の演説。
「いいかいちーちゃん。僕はタイムカプセルのプロだからわかるんだが、これには未来の自分に届けたい、今の自分が一番大切にしているものを詰めるんだ。そうだね、時を超えることで今には無い価値が付与されるものならばなおいい。今は当たり前でも、時間が経つことで別の意味を持つもの。今持っているもので、何かあるかな?」
「急に難しいことを言わないでください。これだからせんせー以外の大人は。しかしそうですね、未来の自分、今大切にしているもの、時間の経過で別の意味を持つもの……むむむ……あ、閃きました」
ちーちゃん、真面目な顔でぽん、と手を打つ。
「私が使用している学校指定の水着はどうでしょう。水泳こそ千波岬の支柱であり、未来に送る過去の気持ちの証明で、そして、その時にはきっと着られなくなっているでしょうから、実用性に代わる何か別の意味が付与されるかと。しかもちょうど今持ち合わせています。少々お待ちください、そこの木陰で脱いでまいりますので」
「超正解。天才だな君、人の夢を叶えるプロか」
「はーい馬鹿の口車に乗っちゃ駄目だぞ千波?」
「え……せんせーは、わたしが水着脱ぐところ、見たくないんですか……?」
「なんか変な具合に話をこじらせるのもやめようなー?」
平和以外に表現しようのない会話が繰り広げられるここは、向井小学校裏手にある雑木林。
四季の花咲く遊歩道として近所の皆様に愛される散歩コースにもなっているこの場所の奥に、二台の木製ブランコが慎ましやかに揺れるちょっとした広場がある。
目的地は、そこから歩いて三十歩ほど。
大正の文献にも雄姿が残る立派な大欅と、その片隅、ちょこんと立ったちいさな石の祠。
なんだっけなこれ。
確か……昔にあった何かの騒ぎの時の、その石の破片を削って作られた、神様に厄除け祈願するとかって謂れのやつ。
「あーあーあー、ここだここ。この祠の前ですよね、埋めたとこ。しっかしまあ、キワどいところに。バチ当たりスレスレじゃないっすか?」
「ははははは、よく言うよ。忘れたのか? 埋める場所の発案者はおまえだぞ、杜夫」
「……へ?」
「その大物っぷり、さすがは僕の相棒にして悪友」
けたけたと笑う山田。え、お前も覚えてるの?
「タイムカプセルを埋めた場所の分かりやすい目印兼、偶然でも無関係なヤツに掘り起こさせたり持っていかれない為の、まさに厄除けに、神仏まで利用するなんてさ」
……言われると、なんとなく、記憶が蘇ってくる。
どこで小耳に挟んだんだったか。
ある田舎の町が度々やってくるゴミの不法投棄に困っていて、いくら見張りを立てても警告の看板を立ててもまったく被害が止まなかったが、そこに小さな鳥居を建て、御地蔵様を置いた途端、ゴミはぴたりと捨てられないようになったとか。
かつての俺が企てたらしいのも、つまりはそういう文法だろう。
人の裁きを避けるなら、隠れてやってそこから逃げればそれでいいが。
自分の悪行は、お天道様が見張っているし何処までだってついてくる。
「じゃあ、作業に入りますけど。……バチとか当たんないですよね?」
「大丈夫大丈夫。既に一回、埋める時に掘り返したろ。しっかりと手を合わせて、その時にも祟りなんてなかったじゃないか。しかし、ちょっと会わない間に信心深いことを言い出すようになったじゃないか。何か心変わりするようなことでもあったのか」
「あはは……まあ、少し」
何しろつい最近、そういう類の知り合いが出来たばっかりというか。
今の俺がここでこうしていられてるのも、神様の御加護なものでね。
「ほれ」
タケセンに渡される、物々しいスコップと、一本の鍵。
「おまえの仕事だろう。なら、やるのはおまえだ。当然だ。何、傍にはいてやるから、終わったら呼べ」
「うぐぐ……っは、そ、そうだ、山田!」
「さ、それじゃあ僕らは彼の邪魔にならないようにあっちのほうで、中に何を入れるのか考えよっか。いいの決まった、ちーちゃん?」
「思いつきました。私、あなたが急に大事になったので、是非埋まってくれません? 私が成人になる日まで」
「うーん、ロマンチックでタイヘンよろしいけどそれ遠回しに死ねってことだよねー!」
悪い友と書いて悪友と読む。
ブランコ位置まで退避、どっから調達してきたのだかレジャーシートを展開し、お菓子とジュースでピクニックと洒落込み始める山田たち。
ああでもないこうでもない、とちーちゃんタイムカプセル中身会議が、俺を抜きに盛り上がっていく。
雑木林の中は、アスファルトの街路よりか幾分涼しい。大欅が枝を広げる下は気持ちのいい木陰で、ふと気を抜けば、今すぐ草の海に倒れ込んで目を閉じたいという誘惑に駆られる。
さぞ、気持ちがいいだろう。まさに最高というやつだろう。
気楽にダラダラ、無軌道に適当に浪費する、夏休みは。
「――――んじゃ、やるかい」
保健室から持ってきた、真新しい濡れタオルで汗を拭く。
今の俺は、この時間は、決して休み時間でなく。
“探す”為の、そういう猶予だ。
新しいこと。溢れ出たもの。取りこぼしを拾う旅。
立ち止まる場所を、決める為の散歩道。
決して無限でも、永遠でも、無制限でもない、夏休みの端っこ。
「ふっ、ふっ、ふっ…………」
土にスコップを突き立てる。
ガッチリ固まった地面、形成された現在に対抗して、その奥の過去に時間を掘り進める。
ざく、
ざく、
ざく、
ざく——
——ふは、と腹の底から空気が漏れた。
「ああ、もう、ちくしょう。ちゃんと死ぬのって、しんどいなあっ!」
聞こえぬように、悪態をつく。
そして、さもそれを聞いていたように、抜群のタイミングで風が吹く。
揺れてこすれる葉の音が、まるで笑い声のように聞こえる。
木の陰に隠れて小学生の俺がこの苦労を楽しんでいるようで、是が非でもそいつの恥ずかしい文を見てやらにゃならんと、逆に、無性に気合が入った。
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