071→【禊への旅立ち】
「まいった。こういうことってあるものなのね。少女漫画の読み込みが足りなかったのかしら。やはり百聞は一見に如かず、恋は常に想像を超えてゆくものなのだと? これ以上の“好き”はないだろうって思うぐらいのマックスから、更に限界の壁をぶち壊していくのが、嗚呼、現実の愛だった――」
「……う、」
初恋の相手から出る隠しもしない愛情、感動に蕩ける表情が、その、あまりに破壊力が高すぎて、気を張らねば恥ずかしさで目を背けてしまいそうになる。
――考えてみれば、両想いだったということを、今更に殊更意識してしまいかけ、そんな場合ではないだろうと必死で感情を押し留める。
「いえ。それはもっと、今だからこそ、表に出すべき本性よ。このように」
「ぅちょちょちょちょぉいッ!!!!」
背伸びをして眼を閉じて唇を迫らせて来るメメ子をブロックする。ちなみに周囲では相変わらず俺を殺そうと方々から【死の宿命】が、たとえば急に岩が転がってくるわ電灯がはじけ飛びガラスが飛んでくるわするがその全てはやはり抜かりなく阻止される。なにこれこのシュールな状況。
「あのね。私、知ったわ」
「え?」
「あなたに派遣していた【神様】を回収したから。相楽杜夫が今回に至る十一回を――【今日が自分の命日だ】と知った後の過ごしかたを、氷雨芽々子も共有したの」
え待って。待ってそれって、それだとすると……。
「タイムカプセルを掘り出した【九回目】。私たちにとって思い出深い坂道で、周りにもはばからず、熱烈な求愛をしてくれたわね、がらくん」
「んにゃああああああああぁあああっっっっ!」
殺して! 今こそいっそ殺して!
言っておきますがメメ子さん、アレ知られたのは十分死因になりますからね!?
「それだけのやり直しをこなすまで、自分のことは後回しで。しかも、タイムカプセルの掘り出しすら――千波岬ちゃんに未来をあげるための、二の次な口実に過ぎなかったなんて」
あなた、いくつになってもがらくんね――困ったように言いながら、嬉しそうに笑う。
「自分の最期の日だろうと。それが、心的外傷に由来する強迫観念であったとしても。もう半分は本当に心からの善意、人の笑顔を願う思いで行動した。自分がいなくなった後の世界が、自分がいなくても健やかなものであることを祈った」
「――――」
「本当、あなたって――小学生の頃から、馬鹿みたいにお人好し。妬けるぐらいに、誰彼構わず、簡単に好きになりすぎる。そんなのじゃあ、未練なんて、何度繰り返したって無くなるわけがないでしょう? 繰り返す度に、新しい気がかりを見つけてしまうのだから」
「……うん、だよなあ」
その辺りは、なんとなく、薄々とわかってはいた。
結局のところ。
相楽杜夫って奴は、自分が嫌いで、皆のことが好き過ぎる。
やり直す度、繰り返す度、世界の別な輝きかたが眩しかった。どれだけ見ても飽きの来ない、魔法の万華鏡のようだった。
そこに、ひとつでも、関わりたかった。
自分がいた証、自分のやれたこと、しくじらずにうまく行った、世界を良くする手助け。
俺は、俺なんかより。
俺が大切だと感じる、周りのほうを光らせたかった。
「がらくんは、君枝さんの一件から、生きることに、命の使いかたに、罪悪感を持ってしまった。結果として、それが今のあなた、八方美人に振る舞いながら、ただ一人、自分だけを蔑ろにする人格を創り上げた」
「…………改めて言われると、なんか照れるな」
「八年間、ずっと考えていたの。あなたの命を、たとえ【死の宿命】、【命の期限日】から逃したところで、その心は救えないんじゃないかって」
その通り。
たとえ今日を生き延びたとしても、今日が命日でなかったとしても、相楽杜夫は何回だって、同じことを繰り返す。
他人の為に、自分を消費い、【死ぬにはもってこいの日】を目指し続ける。
だから、そう。
相楽杜夫には、こんな命要らずには、救われるだけの価値が無い。
周囲を満たすことだけ考え、死ぬまで自分を省みない自己満足の“中心欠け”に、つける薬もありはしない。
「それが、この【宿命】の限界点」
彼女は再び、俺を引いている手を止めた。
「私があなたを愛していても。あなたが私を好いてくれても。どんな言葉でも、どう力を添えられようと、変えられない部分がある。自分一人が変えなければならない、誰にも頼らず変わるしかないことがある」
それを、しかし。
“促すこと”だけは出来る、とメメ子は言った。
「あなたが私に、決して何も、押し付けはしなかったように。ただ、隣に寄り添い、共に歩き、【ここにいる】と示してくれたように」
「……メメ子」
「だから、行ってらっしゃい」
言いながら。
彼女は俺を、自分は動かずに、
「あなたの中の曇りを晴らす、禊の旅へ」
その場で引き寄せた――引っ張った。
不意を突かれて踏ん張りもきかず、、俺はそのままなされるがまま、軽い傾斜であったことも影響して、とん、とん、とんとよろめくように、メメ子が背にしていた茂みに突っ込む。
「――――え、」
その向こうに、道はおろか地面も無く。
滝壺に続く、断崖で合ったことを知る。
――ああ、そうか。
禊と言えば、山で、滝で、行水だっけ。
でもさ、こんな乱暴で、突然で、強制的なのってのは、
「自分には何もないと思い込んでいる、その“真ん中にあるもの”を見てきて、がらくん。それこそが、あなたに取り憑いている【死の靄】を、撥ね退ける為の力になる」
メメ子が遠ざかる。
俺は、未来の大水泳選手と初めて出逢った屋上のように、馬鹿馬鹿しい高さから落ちていき――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ざぶん。
●○◎○●




