070→【もしかして:デート】
《20》
相楽杜夫が命日を覆す。
そのために越えねばならない段階は三つだと、メメ子は言った。
「何につけても、まずは私に出会うこと――タイムカプセルを発見し、氷雨芽々子を思い出し、所在を探し当てること。それは既に達成済み。残りは二つ、なのだけれど、それぞれ余分なことを考え過ぎずに集中して欲しいから、内容はその都度に話すわ。とりあえずがらくんは、私を信じて着いてきて」
そうして、手を引かれて歩き出す。ある程度やり過ごしたことで【この手では不足】と見られたか、落雷は一旦打ち止めになったっぽい。延焼・山火事に発展しないよう本堂や樹の火も、メメ子はさらりと天狗風を吹かせて鎮火させてからの移動開始だ。
かといって、危機が去ったわけでもない。
突然に大木が倒れてくるわ、野生のイノシシが突進してくるわ、でっぱりに躓いてこければ丁度頭の位置に割れた瓶の欠片があるわ。
一回一度のペースで死ねる不運な事故が、目白押しで畳みかけてくるも、そのどれもをメメ子がフォローしてくれた。
「――――がらくん。今私、物凄いことに気が付いてしまったのだけれど」
「どうしたメメ子、次はどこから何が来る!?」
「これって、実質デートだわ」
ほほぉすぐ隣から来たかぁ……。
真剣にもじもじするときめきフェイスに「普通デートって数メートル毎に死の危険とエンカウンターするものじゃないんだよ」とはまさか言えない。特殊な能力を持ち、青春時代を山に篭もって生活していた童女に対し、言葉を選ぶ分別はがらくんにだってあるんだよ。
「わかっちゃうのよね。あそこで修業しながら、でも、この日の為の勉強もしてきたから。少女漫画を読んだ冊数、余裕で三桁よ。勿論冊数じゃなくてシリーズで数えてね。ところでがらくん、再会のキス、ときめいていただけたかしら?」
「っぐふ!? 保留にしてたこと急に思い出させるんじゃないよ頼むから……!」
あのシチュエーションであの攻め方って、どっちかっていうと男側のスタンスだからな!
「……なあ、メメ子」
今日、使われることを見越して、本堂から目的地にまで至る道も、あらかじめ整備されていた。歩き易いように均され、闇を照らす電灯まで点在している。
とはいえ、想定できない危険が、八方から押し寄せる夜の山――その緊張を紛らわすように、もしくは、未だに追いつききれない思考を整理するために問い掛ける。
「なんか俺、今回の【死に方】は、いっとう賑やかに感じるんだけど」
「ええ」
メメ子は階段を下りながら頷く。
「【宿命】は、あなたの命を収穫するために、状況に応じた因果を用いるわ。家の中に篭もっていれば火事が起きるし、およそ死因が無い場所に蹲れば偶然通り魔に襲われる。防御を固めるほど、殺し難ければ殺し難いほど相手方の手段は派手に、露骨になると考えていいわね」
つまり、予想に違わない。
今回の、落雷から始まって、冗談としか思えない“事故”や“偶然”の数々は、相楽杜夫の隣に氷雨芽々子という、ありえないレベルのSPがついているからこその苛烈さだということか。
「やっぱ、そうか」
確認出来て、得心がいった――心の重みを、抱え直した。
「さっきから、考えるほど申し訳なくってさ」
話している途中で、頭上から、折れた木の枝が音もなく落ちてきた。
あわや串刺しの軌道を、メメ子が念動力めいたもので弾き飛ばし、先端は俺の身体ではなく地面に刺さる。
「……がらくん。それ、どういう意味?」
「どういうも何も」
先程の、あのおっさんの物言いではないが、氷雨芽々子はこの八年間で、どうやら相当な奴になった。というか、昔からそうだったらしい。
本物の超能力者。
想像もつかないような、凄まじい価値のある人間。
――そんな相手に、手にしていた、得られるはずだった様々なものを捨て、今もこんな、危ない橋を渡らせている。
「お前を、俺の不幸に巻き込んだ。その【宿命】、【相楽杜夫は七月十九日に死ぬ】ってのに逆らって、メメ子が無事な保証はあるのか? ないなら、今からでも手を引いてほしい。そもそも俺は、あのタイムカプセルの手紙を読んできたんであって、お前が無事ならそれでいいし、告白できただけで満足だ。なに、自分が死ぬことなんてとっくに」
「あのねえがらくん」
静かに、淡々と、諭すように。
「私にとって何が一番問題で、無事ではないのかと言えば、あなたを助けれられないことよ」
懐かしい目をされた。
小学校の頃、あの坂道で、素っ頓狂なことを言っていた俺に向けていた眼差し。
「自分が助けられるのが申し訳ない? 相手の足を引っ張っている気がして心苦しい?」
「…………」
「そんなこと言ったら。私のほうこそずっと、君には助けてもらってばっかりだったんだよ、がらくん」
「……メメ子、」
「あなたが子供の頃にしてくれたことを、私は決して忘れない。それは、その時で終わらない――そこから先を生きる指針で、希望で、糧でもある。氷雨芽々子の一生を、あの日、予知なんてものに目覚めて折れそうだった日に、あなたはもう救ってくれたんだ。これは、だから、恩返しだと思ってほしいの。返しきれないほどの借りを、こうやって今、やっと返せてる」
「…………悪いけど」
それがいくら、心からの言葉だとしても。
俺は、メメ子の気持ちを、受け取れない。
受け取るわけにはいかない。
「俺は、あの日に自分がしたことを、お前に命を賭けさせるほどのことだなんて思えない」
「――――がらくん」
「ここに居る奴はな、メメ子。おまえが何かをしてくれるほど、上等な奴じゃないよ。昔から、今日だって、自分がしたいことしかしていない。そのことについて、余分な恩を着せるのも、しなくてもいい何かを強いるのも、冗談じゃない」
そうだ。
相楽杜夫は、何よりも、それだけは、嫌なんだ。
「もう、二度と――自分が大切な相手が、こっちの為に自分を犠牲にするのなんて、たとえ死んでも見たくない」
先導するメメ子の足が、止まった。
振り返った瞳が、俺を真っ直ぐに射貫く。
夢から覚めたような顔。
霧が晴れたような顔。
「がらくん」
「――ああ」
「惚れ直したことをここに報告するわ」
「ええ……?」
ちょい? ちょい待って、メメ子さん?
今結構、大事な、シリアス目な話してなかったっけ?




