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メメントモリオ!!!!  作者: 殻半ひよこ
【第零章(#001) 芽々子と杜夫】
66/81

066→【ばいばい、がらくん】



 私の思い。

 私の心。

 それは、今の彼には、届き切らない。


 気持ちは表面をなぞるばかりで、冗談のように受け取られ、軽口として返される。


「助けてくれる人、か。なら、もしもいつか俺が困りに困っちまった時は、いちばんにおまえを頼ってみよっかね、ライバルさん?」

「ええ、受けて立ちましょう」


 冗談で言われた言葉に、本気で返す。元より何より、こちらはとうにそのつもりだ。

 私に人生をくれた人の為に、私は人生を使うのだと、氷雨芽々子は決めたのだから。


「うし。そんじゃあ、しばしのお別れだ。今日は俺、水泳にいかなきゃならん日でさ」


 坂の終わり、別れの場所。

 彼との最後の時が来る。


「また、夏休み明けかな。それとも、お前さえ望むなら――」


 彼が愛用している、特撮ヒーローのノートのページを破ったメモ。どうやら、あらかじめ準備していたらしい。

 ……ああ、これ、この間も貰ったな。

 タイムカプセルを、埋める時。

 私が、書くものが欲しいって、お願いした時。


「これ、うちの電話番号。なんかあったら、遠慮せずにかけてこい。いつでもすっとんで、挑戦の呼び出しに応じてやるよ」

「――ありがとう。使うことはないでしょうけれど、大切にするわ」


「うん。とてもいいものをもらっちゃったから、私も、お返しをしないと」

「あぁ? いいよいいよ別にそんなん、俺が好きでやったことだし」

 

 これ以上好きになるようなことを言われると、別れるのが辛くなるから。

 私は言葉を遮って、彼の手を握る。

 そして。

 超能力者、氷雨芽々子がこの四ヶ月間、準備し続けていたものを、

 渡す。



「ばいばい、がらくん。また顔を合わしちゃう時まで、私はあなたを忘れるから。あなたも私のことなんて、次に会うまで忘れてね」



 繋いだ手から、彼の中へと、流れ込む。

 それは、私が持つ、九歳までの時間で成長し続けてきた超能力のほとんどすべて。

 

 彼には見えない。わからない。今、自分に何が起こっているのかを察していない。

 だが、私には見えている。

 私が創り出したものが、傍らに、寄り添うように立っている。

 

 今この時の私と同じ姿、背格好で……仕事の時に使っていた和服を着た、もう一人の私。

 行われるべき“憑依”が済んだことを確認し、私は手を放す。

 

 果たして、がらくんは、目の焦点が合わないようにぼぉっとしている。

 彼の中では今、氷雨芽々子と過ごした時間の一切が、【思い出さなくてもいいもの】として再分類されていっている。この処置が終わった後、彼はこの間クラスで埋めたタイムカプセル、その中に私が残した【解除】を適用されない限り、私を殊更に意識しない。氷雨芽々子に対する行動を起こさない。

 

 これは、私の計画の中で、どうしても必要な手順だった。

 彼の優しさは、同時に何より危惧すべき要素だ。もし今日以降、あの七月十九日までに、突然いなくなった私を案じ、起こっていたことを知り、危険な行動をとられては、宿命の日以前に命を落とす可能性がある。そんな事故を防ぐ為の安全装置こそが、この忘却措置。


 そして同時に、その果てに、願いが成就するのかもわからない――未来という大海へ、一通のボトルメールを流すような賭けだった。


『任せて』


 私にだけ聞こえる声で語ったのは、彼の隣に立つ、もう一人の私。

 忘却措置が【宿命の日まで】の安全装置であるのなら、彼女こそは【宿命の日における】安全装置だ。


 私は宿命は変えられないが、運命までならば組み替えられる。自分の持つ様々な能力を、単なるエネルギーとして混ぜ合わせ、その一点の用途にのみ集約させた存在である。


 もう一人の私は【死の宿命】に囚われた七月十九日の相良杜夫を、絶命の直前に介入し、その意識に働きかけ、彼が納得しない限り――生存の意志が尽きていない場合のみ、その日の朝まで意識を遡らせ【命日をやり直させる】ことができる。この方法を思いつくきっかけになった本では、タイムリープ、と呼ばれていたっけ。


 勿論、私は彼に、何があろうと未練を抱いて欲しい。だからそのために【予知】の力を一部残した。その運命における、一周忌の日を確認できるようにした。


 願わくば。

 自分がいない世界、相良杜夫が失われた世界で、彼が何がしかの感慨を抱き、ほんの少しでも過ちを察さんことを。

 死を受け入れ、生を諦め、最も基本的な部分を履き違えていた彼が、とても簡単なことに気付いてくれますように。



     ●○◎○●



 私はそうして、自分自身に彼を託し、こちらでやるべきことのために背を向けて歩き出す。

 流されるボトルメール。拾われる確率は限りなく低く、だからこそその奇跡が力を持つと信じ、繰り返しの果てにこそ手に入ったそれが、いつか、彼を助けることを祈りながら。

 

 八年後。

 南河から北峰、遥か水汲山で、相楽杜夫が氷雨芽々子と再会することで、宿命との、最後の戦いが始まる。


 何度目かの七月十九日。繰り返し繰り返した最後の日。

 相楽杜夫が自覚もしない【未練と本音】を体感し、その為に行動してきたことこそが、自分自身を救う鍵となる。



     ●○◎○●



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