060→【氷雨芽々子の事情/裏】
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氷雨芽々子には、不思議な力があった。
両親はごく普通の人間で、突然変異としか言いようがない。
『で、一体何ができるの?』と尋ねられたら困ってしまう。
何が出来るのかは、私の成長につれて拡張していったからだ。
念じるだけで火を起こせたり、身体を触れないで物を動かせたり、隠されているものを透かして見られたり。
両親はそのことについて、多くのことを話し合ったらしい。本当にたくさん、毎晩、毎晩。
その結論が出たのは、私の物心がつく前だった。
「そうだよ。逆に考えればいいんだ。こいつはありえないほど気持ち悪いが、うまく使ってやれば、つまらない仕事をしなくて済むじゃあないか!」
幼稚園や保育園には入れられず、私はその時間で、色々なことを仕込まれた。
一言で纏めれば、詐欺の作法だ。それだけでは気持ち悪いだけの私の力を、お父さんが間に入ることで収入へ置換する。火を焚いてお水を沸かしてタービンを回し電気を作るみたいな変換の仕組み。
小学校に上がる少し前ほどから本格的に活動が始まり、その間私の父は氷雨槙吾ではなく、【天地万物の理を読む奇跡の占い師 神野晴明】だった。
父が適当に口にしたでまかせへ私が起こす不可思議な現象を添えると、たちまちに信憑性を付加された“ありがたき卜占”に早変わりする。
おかしなはなしだ。大切なのは占いの内容のほうなのに、風も無いのに蝋燭の火が消えたとか、札の柄を当てたとか、そういうものは予言と何の関係もないただの現象なのに。
父は持ち前の話術と図々しさで、商売を軌道に乗せていく。出し渋りの駆け引き、本当はいくらでも出せるし、自分も受けたいはずの依頼を、あれこれと理由をつけては断ることで占いに希少性を与え、結果的に少ない労力でより多くの得を得る。値段と、ブランドイメージを吊り上げる。
貧乏だった氷雨家は、お金持ちになった。家の中から【差し押さえ】と書いた札は消え、母は御洒落な服を着て外出することが多くなり、見せられた父の手帳には、今後の予定がびっしりと詰まっていた。
当時、二年生になった私は、新しい力を目覚めさせていた。
それは【疲れている生き物を元気にする】というもので、試しにと睡眠不足の母のクマを無くした時、父は喜び勇んで新しい商材の売り方を考えた。母は、体調によるものではなく、心因で吐いた。
売り出している項目に【ヒーリング】が追加され、父の仕事は更に増えた。
使っても使っても使い切れないお金が入り、けれどあくまでも氷雨家は、表向き、経済的に変わらない様子を装い続けた。
『この世には意地が悪い連中がいてね。父さんのお仕事にいちゃもんをつけて、とっていこうとする欲深は多いんだ。芽々子も絶対にこのことは、どこでも言っちゃあ駄目だからね』と、お父さんは自分の部屋の天井裏に、お金が一杯に詰まった金庫を隠していた。
「世の中には、人の失敗を待ち望んでいる連中でいっぱいだ。そういう奴らに目をつけられないように、つけこまれないように、いい子でいるんだよ、芽々子」
私は、それが嘘だと知っている。
だって間違えなかった。両親が言った通りに、優秀な、手のかからない、『あんな子を育てたなんて立派なご両親ね』と言われるような子供であり続けたのに。
私が何かをできればできるほど、まわりから人がいなくなる。
がんばった。
私は、私なりに、がんばったのだ。
自分が出来ることを。自分に望まれていることを。自分がやらなければならないことを。
お父さんと、お母さんを、落胆させない子であろうと。
その為に、ズルをした。
他の子は誰も持っていない不思議な力を、学校生活の中で使っていた。
優秀な成績の子の答案を盗み見て、満点を取った。
物を動かす力を使って、運動ができる振りをした。
お父さんがやっているみたいに、相手を気持ちよくするためだけの演技を続けた。
氷雨芽々子は、頭が良くて、運動ができて、優しく明るく元気な“いい子”だったのに。
気がつくと私は、一年でも、二年でも、クラスの中で浮いていた。
結局、原因は私の甘えだったのだろう。
子供は時に、大人より敏感に真実を見抜く。氷雨芽々子が本心では、自分たちをどれだけ冷めた目で見ているのかを察していたに違いない。
けれど私は誤り続ける。正しいと思うことをやればやるほど、蟻地獄へと沈んでいく。
それが最も高まった、二年生の三学期。
ついに、その日がやってくる。
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