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メメントモリオ!!!!  作者: 殻半ひよこ
【第一章(#010) タイムカプセル】
6/81

006→【強襲、ゴリラも驚くチョコレートレディ】



    ●○◎○●



「どうも~~~~! ご無沙汰してます、武中先生~~~~! 山田です~~~~~!」

「杜夫です~~~~! 相変わらずド迫力の三白眼に磨きがかかっておりますね~~~~!」


 訪れますは向井小学校、正門。

 出迎えに現れた赤ジャージ先生は、予期しない突風がいきなり顔に叩き付けた時と同じ顔をかつての教え子相手にする。

 気持ちはわかるんだけどあんまりじゃない?


「いいか。あらかじめ釘を刺しておくが、卒業生とはいえ、おまえらは部外者なのだという意識を持てよ? 在学中と同じノリで妙な真似をしでかしたら、私は擁護しきれないし、いっそむしろこれ幸いと反省促しサイドに回るからな?」

「まあまあ先生、邪険にしないで! 本日はちゃんと許可も取ってきたんですから!」

「そうですそうです! 何も無許可でプールに侵入したなんてわけでもあるまいし!」

「そんな真似したらそれこそノータイムノーチャンスで警察沙汰だぞ?」


 心臓破りの勾配を乗り越えてやってきたかつての教え子二人に、容赦なき塩対応。さすがわかってらっしゃる、やっぱり夏の発汗には塩分が無くっちゃネ!


「で、杜夫。今日の来校目的なんだが」

「はい。三年の時、クラスで埋めました、タイムカプセルですね。……許可、降りました?」

「ああ。ごく個人的に、自分の分の中身だけを見ることは、私の同伴があれば、と了承は得たんだが」


 おや。珍しい、いつも強気な武中先生が、ばつが悪そうに眉を寄せている。


「すまないが、今少し立て込んでいる。そちらが一区切りつくまで待ってくれないか」

「……武中先生。もしかして、それって」

「たけちゃーーーーん!」


 校舎左側、保健室の窓から顔を出して叫んだのは、武中先生の幼馴染である絵に描いたようなメガネ白衣消毒液の匂いフェチな保険医紙谷(かみや)先生だ。変わらないなー、あの人も。


「ご、ご、ごめんなさーーーーい! ちょっとね、書類、整理して、家に連絡してた隙にっ! 気を付けてぇッ! ()()、そっち、行ったーーーーーーーーっ!」


 目の色が変わる。

 対卒業生用形態、懐かしさと呆れを混ぜた、それなりに柔らかな態度だったタケセンが、腰を落とし、重心を整えた。


「逃げろ」

「はい?」

「いいから私から離れていろ、山田、杜夫ッ! ここにいるなら辺りを見張れッ!」


 余裕が無い。手で払いのけるように俺たちを引かせ、タケセンは周囲を素早く警戒する。


「うまくいったつもりだった! 裏口から塀を越え、あらかじめ開けていたらしい窓から入ろうとしていたところを発見した時にはな! 同時に深く恥じ入ったよ、ウチの生徒に、たかが自分の受け持つクラスではないという程度でSOSに気付けなかった自分自身を! そして誓ったんだ、君を笑顔でこの学校を卒業させる為になんだって私が手伝うと!」


 事情が掴めない。いや、混乱気味のタケセン本人が思っているよりかは、伝わっている――のではなく、俺の場合、勝手に自前の知識で保管し、察しはじめている。

 

「わかっていたはずなんだがなぁっ! 彼女にはこれまで、打ち明けられる相手が決定的にいなかった! そんな時に得た理解者は、どんなに嬉しかっただろうと!」


「あれれ? どうやら心あたたまる話があったように聞こえるんですけど、なんだか態度と一致してなくないですか、武中先生?」

 

 呑気こいて首を傾げる山田に、苦渋の表情を浮かべながら答える、


「不機嫌だったんだよ実を言うなら! お前らが来ると聞いて、明らかにヘソを曲げたッ! いかないでと袖を引かれた、縋りついてこられたんだ全力で! いくら小六とはいえ、ジュニアオリンピックカップ競泳競技出場選手(JOCアスリート)の全力タックルなぞ、攻撃と呼べる威力だぞ! 最初の一撃はモロに背後から食らって、一回転して尻餅ついたわ!」


 やけっぱち気味な笑い。周囲を確認するタケセンに冗談や遊びの雰囲気は無く、大の大人が、それも燃える炎のメスゴリラが、本気で、何処から飛び込んでくるかわからない子供を警戒をしていることが伺い知れた。


「わははは先生面白いですね写メっていいですか」とスマホを出す山田、「ふざけとる場合じゃないんだマジに!」と吠えるタケセン、一方俺は『やたら日焼けしてるし運動系のクラブかに入ってんだろなー』と思っていたのがナルホドそういうわけだったのね、と密かに納得し、


 ――傍観していたからこそ。

 頭上で聞こえた、窓の開く音に、いち早く気が付いた。


「山田、上ぇぇぇえッ!」


 もう遅い。警告を飛ばされた山田が反応するより早く、その影は二階の窓から木に飛び移り、そして、強襲してきていた。

 しなやかな小麦色の足刀が、山田が突き出して持っていたスマートフォンを蹴り上げる。青空に舞う長方形は、さながら飛び立つ鳥のように美しく、そして、一秒後の末路を予感することはなはだ儚く、


「あぁぁあああぁあうおおおおぉおおおおぉ僕の美少女名鑑ッッッッッッッ!!!!」


 その悲しみの未来を防ぐべく走った。山田は走った。おそらくは奴の人生で一番ひたむきに、がむしゃらに、心の底から本気の愛で。


「っつぁぁぁぁあああうッ!!!!」


 こんなところではなく甲子園球場で披露されるべきヘッドスライディング。

 スタンドと観客があれば満場一致のファインプレーが今、向井小学校昇降口前で炸裂し、


「ステイッッッッッ!」


 歓声ではなく、響き渡った怒号が、ファインプレーを覆す悲劇を未然に止めていた。

 無慈悲なる追撃、山田のスマホを踏み砕かんとしていた足裏が止まり、首がギギギと、声の主、武中先生の方へと向かう。


「ありがとう。助かった。……ほら、おいで」


 緩やかに広げられる、慈愛に満ちた両腕。

 その姿勢を取る途中で、既に弾丸は放たれていた。


「せーんーせーーーーーーーーっ!!!!」


 さながら真夏真昼の闘牛ショー。小麦色の襲撃者は赤ジャージの腹へ吶喊し、受け止める衝撃でその時確かに向井小学校玄関前は揺れたのです。

 

「ねー! 危なかったねせんせー! もう大丈夫だよ! とーさつまのヘンタイは私がこらしめたから! 昔の生徒だかなんだか知らないけど、こんなヘンタイたちはさっさとケーサツに突き出しちゃえばいいんだよ! だから、ねっ! せんせーせんせー私と遊ぼー! そうだ、プール! プールにいこうよ! せんせーは投げたり叩いたりは得意だけど、泳ぐのはにがてなんだよね? だからだからだからせんせー、私が水泳教えてあげる! 水の中ってね、最初はちょっと怖いけど、ちゃんと慣れるとすっごくふわふわで楽しいんだよー!」

「…………え、えーっと。はじめまして、きみ確か、千波岬ちゃん、だよね」

「誰が勝手に呼んでいいって言いましたか」

 

 ヒェッ。

 なにその一秒前と別人の目。


「もしかして()()()ですか。やめてください気持ちが悪い。私の味方はせんせーだけです。大好きなのもせんせーだけです。防犯ブザーを鳴らしますよ」

 

 自分の悩みに気付いてくれた、愛する恩師に抱き着きながらの、真っ直ぐ敵意。

 その頭上、褐色少女の死角では、赤ジャージ先生が申し訳なさそうに手を合わせている。

 うーん。

 すっげぇな、この子、こういうふうになんのか。



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